第133回 5月3日「学ラン」前編
2026.05.03

詰襟がある男子学生服の通称「学ラン」。
学ランの“ラン”は何からきているか、考えたことはありましたか?
“ラン”は、オランダからきているとする説が有力です。
鎖国政策をとって以降の江戸時代に、日本が西洋で唯一、貿易をしていた国がオランダ。
そのため、舶来物の生地は「ランダ」と呼ばれ
舶来物の衣服は「蘭服」と呼ばれていました。
もともと日本人が着ていたのは和服。
しかし、江戸時代が終わって、文明開化を目指す明治時代を迎えると
官僚の制服や軍服から洋装化が始まります。
今のように義務教育以降の進学が当たり前ではない時代
将来の日本を担う存在と注目された学生の着る制服も、その流れに則りました。
明治5年、新たな学校制度を定めた法令の「学制」が発布となり
近代教育の象徴として洋装が採用されます。
そして、明治19年に現在の東京大学、当時の帝国大学で、
陸軍の軍服に倣った詰襟で金ボタンの制服が導入。
ここから、詰襟タイプの男子学生服が普及していきました。
その過程で和装との対比で学生が着る「蘭服」というところから
「学ラン」の呼び方が生まれ、広がっていったと考えられています。
当時、日本における大学は帝国大学だけ。
学ランを着ていれば外見から一般大衆と区別されるとともに、自らの威厳を保ち、
国や大学への帰属意識も表現できるという効果も期待されたようです。
学ランの“ラン”は何からきているか、考えたことはありましたか?
“ラン”は、オランダからきているとする説が有力です。
鎖国政策をとって以降の江戸時代に、日本が西洋で唯一、貿易をしていた国がオランダ。
そのため、舶来物の生地は「ランダ」と呼ばれ
舶来物の衣服は「蘭服」と呼ばれていました。
もともと日本人が着ていたのは和服。
しかし、江戸時代が終わって、文明開化を目指す明治時代を迎えると
官僚の制服や軍服から洋装化が始まります。
今のように義務教育以降の進学が当たり前ではない時代
将来の日本を担う存在と注目された学生の着る制服も、その流れに則りました。
明治5年、新たな学校制度を定めた法令の「学制」が発布となり
近代教育の象徴として洋装が採用されます。
そして、明治19年に現在の東京大学、当時の帝国大学で、
陸軍の軍服に倣った詰襟で金ボタンの制服が導入。
ここから、詰襟タイプの男子学生服が普及していきました。
その過程で和装との対比で学生が着る「蘭服」というところから
「学ラン」の呼び方が生まれ、広がっていったと考えられています。
当時、日本における大学は帝国大学だけ。
学ランを着ていれば外見から一般大衆と区別されるとともに、自らの威厳を保ち、
国や大学への帰属意識も表現できるという効果も期待されたようです。



