20.10.08
schadenfreude(シャーデンフロイデ)の検索回数が上昇
いま知っておくべき注目のトレンドをネットメディアを発信する内側の人物、現代の情報のプロフェッショナルたちが日替わりで解説します!!
今日は、いま気になる・人に話したい旬のネタをお届けするネットニュースサイト『ねとらぼ』の編集長・加藤亘さんにお話を伺いました。そして、加藤さんが取り上げたニュースはこちらです。
schadenfreude(シャーデンフロイデ)の検索回数が上昇
ザベス:アメリカの代表的な辞書サイト「Merriam-Webster(メリアム=ウェブスター)」で、今月2日に「他人の不幸を喜ぶ」という意味の「schadenfreude(シャーデンフロイデ)」という単語の検索回数が3万500%増えました。その原因は、トランプ大統領が新型コロナウイルスに感染したことにある ということです。
鈴村:加藤さん、まずは「シャーデンフロイデ」って何ですか?
加藤さん:schadenfreude(シャーデンフロイデ)は、19世紀半ばのドイツ語が発祥となっている言葉で、前半のSchaden(シャーデン)には「損害」という意味があり、後半のfreude(フロイデ)には「喜び」という意味があります。その2つが合わさって、「他者のトラブルから得る喜び」という意味をもつ単語のことです。日本語で例えるなら、「人の不幸は蜜の味」や、ネットスラングの「メシウマ」に近い意味のようです。
この言葉が、アメリカの辞書サイト「メリアム=ウェブスター」で非常に多く検索され、今月2日には検索回数が3万500%増えたそうなんです。
鈴村:これは一体なぜなんでしょうか。
加藤さん:これは現地のメディアで、とある報道があったからなんです。ザベスさん、現地の新聞の見出しをご紹介ください。
ザベス:USA Today紙に10月2日に掲載された記事の見出しです。
「トランプ大統領の新型コロナウィルス感染は、国際社会から同情されると同時に、少しばかりのシャーデンフロイデをもって受け止められた。」
加藤さん:…という感じです。ほかにも「ロシアの大統領が同情と心配、うっすらと見えるシャーデンフロイデを表す。」といったような報道もあって、多くの人が「schadenfreude(シャーデンフロイデ)って何だ?」と、ニュースで見て気になった言葉を調べることで辞書サイトの検索回数が爆発的に増えた、とみられます。
鈴村:じゃあこれ、現地の人も知らないんだ。ザベスさん、この「シャーデンフロイデ」って単語は一般的ではない?
ザベス:私は聞いたことがなかったですね。
鈴村:確かに、だから調べるんだもんな。なんでわざわざこんな言葉を使ったんだろう?
加藤さん:つまり、先ほど紹介した記事に日本語の「メシウマ」を当てはめると、「トランプ大統領の新型コロナウィルス感染は、国際社会から同情されると同時に、少しばかりのメシウマをもって受け止められた。」といった意味になります。そう聞くと、なんだかすごくいやな気分になりますね…。単語を調べて意味を知った人たちがどんな気持ちだったのか、気になるところです。
ザベス:日本語で「人の不幸は蜜の味」ってあるじゃないですか。こういう感情が感じ取れる言葉が世界にもあるんだなぁ、と思うと面白いですよね。日本人だけの感情じゃないんですね。
鈴村:アメリカ大統領のコロナ感染に関する、少し違った角度からのニュースでした。
加藤さん:さて、そのトランプ大統領ですが、5日に無事退院されたということで、入院からわずか3日後の退院でした。これかなり早いな、という印象なんですが、健康問題は大統領選において、相手候補からの攻撃の対象になりやすいので、「大統領は強くなくてはならない」というイメージもあって、本人も「コロナを克服した」「20年前よりも元気だ」と、自身の健康状態が良好だということをかなり強調していますよね。
そして、今日の #スズコメ はこちら。
"リポビタンD TREND NET” #スズコメ ① #ワンモ
— TOKYOFM/JFN『ONE MORNING』 (@ONEMORNING_1) October 8, 2020
今朝は【schadenfreudeの検索回数が上昇】につい
「他人の不幸を喜ぶ」という言葉の意味。日本で近い言葉だと「メシウマ」。こういう言葉は海外にもあるんですね。トランプ大統領がコロナにかかったのをどう捉えるか、ひとつの指針になりますが、
"リポビタンD TREND NET” #スズコメ ② #ワンモ
— TOKYOFM/JFN『ONE MORNING』 (@ONEMORNING_1) October 8, 2020
かかった後は「コロナに打ち克つ」という強い自分を見せるという行動を取っているけど、そうじゃなくてコロナに悩んでる人がいることを考えると、コロナにどう向き合うかという繊細さが大事というふうにも感じます。