25.05.20
実質賃金1%アップ、政府の目標をはばむ3つの壁
ネットニュースの内側にいるプロフェッショナルが、注目のニュースを読み解きます。
今日は、ダイヤモンド・ライフ編集長の神庭亮介さんにお話を伺いました。
神庭さんが注目した話題はこちらです。
「実質賃金1%アップ、政府の目標をはばむ3つの壁」
吉田:政府は今後5年間で、日本全体の「実質賃金」を年平均で1%程度、上昇させるという初めての数値目標を打ち出しました。神庭さん、そもそも「実質賃金」の定義から教えて下さい。
神庭さん:一口に賃金といっても「名目賃金」と「実質賃金」があります。「名目賃金」は、労働者が会社からもらうお金です。給与明細に出ている、税金や社会保険料を引かれる前の額面の賃金をいいます。「実質賃金」は、さらに物価の影響を考慮したものです。名目賃金÷消費者物価指数×100で計算します。名目賃金が上がったとしても、それ以上にインフレが進めば実質賃金は目減りします。名目賃金が3%増えても、物価が5%上がったら、実質賃金はマイナスになるわけです。
ユージ:今回の実質賃金1%アップという政府目標その狙いは何でしょうか?
神庭さん:石破さんは「賃上げこそが成長戦略の要」「実質賃金1%程度の上昇を社会通念、ノルム、規範として我が国に定着させる」と言っています。ノルムは聞き慣れないかもしれませんが、人々が「こういうもんだ」と考える社会の規範みたいなものです。日本では長らく、物価が安くて当たり前、給料も上がらないデフレマインドがノルムとして定着してきました。これを転換させて、物価上昇に負けない賃金アップを実現して、1%くらいの実質賃金アップは常識だよね、と変えていこうとしています。
吉田:実際、最近の名目、実質それぞれの賃金の状況はどうなのでしょうか?
神庭さん:足もと、3月のデータを見ると、名目賃金の方は、30万8,572円で前年同月比2.1%増えています。実に39カ月連続のプラスです。これだけ見るといいじゃん、と思うかもしれませんが、一方で物価上昇を反映した実質賃金の方は2.1%減で3カ月連続のマイナスになっています。賃上げが物価上昇に追いつき、追い越していけるのかというと、今の日本は瀬戸際の状況にあります。
ユージ:実質賃金をあげるために、政府はどんなことをしようとしているのでしょうか?
神庭さん:政府は「賃金向上推進5カ年計画」というものを打ち出しました。日本は、全企業の99%が中小企業で雇用面でも7割を占めています。なので、大企業ばかり賃上げが進んでも、中小企業が元気にならないと日本全体の実質賃金アップは難しいです。そこで、中小企業の生産性向上のために2029年度までの5年間で官民合わせて約60兆円を投資することを目指しています。具体的には、飲食・宿泊・建設・介護・福祉など12の業種について、ロボットやITツール、AIの導入といった省力化を進めます。この他にも、「国や自治体の発注事業で、適正な価格転嫁を促す」「経営者の高齢化に対応して事業承継やM&Aを進める」「AIやデジタル技術のリスキリング支援・医療・介護・保育などの公定価格の引き上げ」といった施策が盛り込まれています。
吉田:そういったことがうまくいったとして、実質賃金1%アップという目標は、実現できるのでしょうか?
神庭さん:そこには3つの壁があります。1つ目は、トランプ関税の逆風です。NHKの報道によれば、トランプ関税によってトヨタは4月、5月だけで1,800億円の損失が出る見通しです。ホンダは6,500億円、日産4,500億円、SUBARUも3,600億円のマイナスの影響が懸念されています。影響額は自動車6社の合計で数兆円規模に達するとみられています。なかでも日産は関税の話が出る前から経営不振にあえいでいて、国内外で2万人をリストラする方針です。創業の地である神奈川県の追浜工場や、子会社・日産車体の湘南工場を閉鎖することも検討しているという報道が出て、衝撃が走っています。自動車産業は裾野が広く、数百万人が従事しています。関税の影響が深刻化した場合、「賃上げどころじゃない」となって目標が遠のく恐れがあります。
ユージ:なかなか厳しいですね。2つ目の壁は何でしょうか?
神庭さん:中小企業の構造問題です。去年の春闘を見ても、大手企業の賃上げ率が5.58%に達した一方で、中小企業は4.01%にとどまりました。従業員100人未満の企業は3%台に低迷しています。中小企業は大企業に比べると生産性が低いです。価格交渉力も弱くて、価格転嫁しにくいので賃上げの原資を確保しにくい、という背景があります。円安やエネルギー価格の高騰など、企業努力ではどうしようもない理由で仕入れ値が上がった時に、スムーズに価格転嫁できないと自社で損をかぶることになりかねません。そうやって、賃上げが後回しになってしまうわけです。
吉田:そして、最後、3つ目の壁は何でしょうか?
神庭さん:3つ目の壁は、非効率な補助金行政です。コロナ禍を振り返ると、持続化給付金の不正受給は総額24億円を超えました。また朝日新聞によれば、コロナ対策で国が地方に配った地方創生臨時交付金18.1兆円のうち、2割にあたる3.2兆円が使われないままになっていました。今回も中小企業の生産性アップのために60兆円投資すると息巻いていますが、60兆円の数字ありきでよく精査せずにお金をばら撒いて、ゾンビ企業が延命しちゃうとまずいですし、詐欺師たちが補助金に群がるような事態は絶対に避けないといけません。例えば、コンサル・ベンダーは栄えて、中小企業は滅ぶみたいなことになったら最悪です。石破総理が言っている「ノルムを変える、価格転嫁しやすくする」という発想はいいと思うので、くれぐれも活きたお金の使い方をしていただきたいなと思います。
そして、今日の #ユジコメ はこちら。
#リポビタンD TREND NET #ユジコメ①
— TOKYOFM/JFN『ONE MORNING』 (@ONEMORNING_1) May 20, 2025
『実質賃金1%アップ 政府の目標をはばむ3つの壁』について。…
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#ユジコメ ③…
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