26.10.05
SNS中傷の賠償額、引き上げ検討

ネットニュースの内側にいるプロフェッショナルがニュースを読み解きます。
コメンテーターはダイヤモンド・ライフ編集長の神庭亮介さんです。
今朝、取り上げるテーマはこちら!
【SNS中傷の賠償額、引き上げ検討】
吉田:法務省は先週、SNS上の誹謗中傷に対する賠償額の引き上げなどを検討する有識者研究会を設置しました。ネット上の中傷をめぐっては、裁判所が認める賠償額が低過ぎるという指摘も出ています。神庭さん、まずは今回設置された研究会はどんなものか教えてください。
神庭さん:「不法行為法制の在り方に関する研究会」という名前で、民法の専門家や弁護士、裁判官らが参加して9月30日に初会合が開かれました。誹謗中傷以外にも、死後の人格権侵害、未成年者が性被害を受けた場合の消滅時効の見直しなど、様々な論点について話し合いました。法務省は議論の経過を踏まえ、民法改正を法制審議会に諮問するかどうか判断するということです。そのなかでも今日は誹謗中傷の話について掘り下げたいと思います。
ユージ:以前、ネット上の中傷が社会問題として大きく取り上げられました。その後、制度も変わってきましたが、賠償額についてはまだ十分ではないのでしょうか?
神庭さん:だいぶ安いです。法務省の調査によると、ネット上の権利侵害事案では、慰謝料の額が30万円未満の事案が約半数を占めていて、他の媒体に比べても低額な事案の割合が高いという結果が出ています。少し古いですが、2014年の日本弁護士連合会のアンケートでも、精神的損害の慰謝料について、47.8%の弁護士が「想定より低い」と回答しています。人気法律マンガ『しょせん他人事ですから』には、主人公の弁護士のこんなセリフが出てきます。「誠に残念ながらこの日本において名誉の価値は低いのです」。
ユージ:名誉の価値が低い…本当そうですよね。弁護士に調査をお願いして、こちらにかかるお金が相手から貰える金額が上回らないので、結局勝ったとしても損をする感じが多いらしいですよね。
神庭さん:膨大な時間と労力、お金をかけても勝ち取れる慰謝料はわずかです。弁護士費用で赤字となれば、訴えることすらできず、泣き寝入りという人が増えてしまいます。ですから「今回の賠償金を引き上げよう」という大きな方向性には賛成です。昨今のインフレを反映する意味でも見直しが必要だと思います。民法に直接、賠償金額の目安が書かれているわけではなく、裁判官が過去に積み上げられてきた判例をもとにジャッジしています。読売新聞によれば、今回設置された研究会では、被害内容や悪質性などを賠償額の算定要素として、民法にどう明文化するかが焦点になるようです。海外のような「懲罰的損害賠償」の仕組みも議論の対象になるというです。
吉田:これから議論される際の課題は何でしょうか?
神庭さん:1つは表現の自由とのバランスです。どんないい制度も、悪用しようとする人間はいます。例えば、政治家や権力者が超高額訴訟をチラつかせて、メディアや内部告発者に圧力をかけてくる可能性も考えられます。これまでにも、嫌がらせ目的のスラップ訴訟・恫喝訴訟はありましたが、最近はAIに法律文書を書かせて本人訴訟を起こして、気に入らない言論を片っ端から封じようとするようなケースも出てきています。スラップ訴訟が繰り返されると、「チリング・エフェクト」といって訴えられる恐怖から言論空間が萎縮してしまいます。そうしたことが起こらないよう、賠償額の引き上げは進めつつも、制度の濫用を防ぐような仕組み、例外規定などを設ける必要があります。
ユージ:他にはどんな課題がありますか?
神庭さん:一番大きいのは賠償金の踏み倒し対策です。現状の安い賠償金ですら、踏み倒してバックレようとする輩が後を絶たないです。警察庁の2023年度の調査によると、訴訟や交渉をして賠償額が決まった人のうち、1円も支払われていない人が18.6%。全額払ってもらえた人は4人に1人に留まっています。理由としては、「加害者側に賠償する意思がなかった」「途中から賠償する意思がなくなった」「加害者側の所在が分からず、督促ができなかった」などの点が挙げられています。これは財産被害、DV、ストーカー、性被害、暴力被害などの刑事事件の犯罪被害者を対象にしたデータなので、民事の誹謗中傷と単純比較はできないですが、中傷事案でも踏み倒しがあると思います。せっかく賠償額を引き上げても、確実に徴収できなければ意味がないです。
ユージ:これはどうしたらいいですか?
神庭さん:ネットやSNSでいきなり中傷されるのは、交通事故に遭ったようなものです。自賠責保険に似た仕組みを誹謗中傷にも導入できないかと考えています。交通事故では、相手が自賠責未加入だったり、ひき逃げで犯人が分からない場合でも、政府から一定の保障金を受けられます。誹謗中傷でも、裁判に勝ったのに相手にお金がなくて回収できないようなケースでは、何らかの救済が必要だと思います。ただし、お金を出すのは政府ではないです。SNSや検索エンジンでボロ儲けしている巨大プラットフォーマーに払わせればいいです。名目は「言論の自由保険」の保険料でも、「中傷被害 救済基金」への拠出でも何でもいい。とにかく、プラットフォームは無駄なお金は払いたくないので、これまでに適当にやってきた誹謗中傷対策にも、「お金を払わないといけない」ってなったら少しは真面目に取り組むようになると思います。とはいえ、予防に走り過ぎて、少しでもグレーな要素のある投稿を片っ端から削除、垢BANされたりしても困るので、バランスの取れた制度設計が求められると思います。
ユージ:本当そうですよね。早急に対応しないと、今日もどこかで誰かにそういう問題が起こっている可能性もありますよね。