26.06.11
AIで人を減らすと会社も損をする?“AI解雇の罠”と人を雇う意味

ネットニュースの内側にいるプロフェッショナルがニュースを読み解きます。
コメンテーターは情報社会学がご専門の、学習院大学・非常勤講師 塚越健司さんです。
塚越さんに取り上げていただく話題はこちら!
「AIで人を減らすと会社も損をする?“AI解雇の罠”と人を雇う意味」
吉田:AIの発達によりさまざまなタスクをAIが実行できるようになり、企業は人間の従業員をAIシステムに置き換えようと動いています。そんな中、アメリカの経済学者らが発表した「AI解雇の罠」という議論を受け、哲学やテクノロジーに関するブログを書いているオーウェン・マクグラン氏が、人員削減がもたらす社会経済の問題を「死んだ経済理論」と名付け、話題になっています。
ユージ:塚越さん、日々急速に進化するAIですが、実際にどのくらいの仕事がAIに置き換わると言われているのでしょうか?
塚越さん:まず、AIと仕事をめぐっては、様々な企業が試算を行っています。例えば世界の主要1,000社以上へ調査した「世界経済フォーラム」の去年のレポートでは、AIの業務効率化で、企業の41%が2030年までに従業員を減らす計画があるということです。その代わりに社員への再教育もするということですが、仕事の中身はずいぶん変わるんじゃないかと言われています。また最近のニュースだと、日本で今年1月から5月の経営コンサルティング企業の倒産や休業・廃業が、去年よりも1割多いペースで増えています。コンサルというとデータ収集や分析、資料作成が必要になりますが、生成AIが代替可能になるとも言われていますので、倒産の原因がすべてAIではないにせよ、今後は専門性がないと厳しくなっていくものと思われます。
吉田:そんな中、話題になっているのが「AI解雇の罠」と「死んだ経済理論」ですね。
塚越さん:この2つのワードなんですけれども、まず「AI解雇の罠」というのが、アメリカの2人の研究者が今年3月に発表した、査読前の論文なんですけど、話題になっているのでお話しします。ポイントは3つあります。まず、AIを使うことで企業が人員削減を進めます。人件費が下がって企業の短期的な利益は増えます。次に失業した人が増え、収入が減るので社会全体で消費が減ります。すると、飲食やサービス、小売業など、いろんな業種が打撃を受けます。そして、最終的には経済全体の規模が縮小することになるので、人員を削減して収益を上げた企業も、市場が縮小した結果、最終的に業績が下がって、お客さんも少なくなってしまう。
ユージ:まわりまわって自分たちに返ってくるんだ。
塚越さん:人員削減が進めば進むほど、そもそものお客さんも削られていくので、誰も得をしないということですね。これがAIによる人員削減の罠という論文なんですね。
ユージ:良くない方のループに行くんじゃないかという話ですね。
塚越さん:マクグラン氏はこれに加えて、企業が人間の雇用を減らせば、税収も減るし労働組合も形骸化し、一部の富裕層とそうでない人の格差も拡大する。結果的に人間の社会参加が難しくなって、民主主義にも危険が及ぶと主張しています。こうしたいろんな論点を含めて「死んだ経済理論(Dead Economy Theory)」というふうに呼んでいるんですね。
吉田:今後、「AIと仕事」「AIと社会」はどうなっていくのでしょうか?
塚越さん:AI企業もこうした問題に敏感になっています。たとえば「Claude」を開発するAnthropic社は、AIの急速な発展が社会や民主主義に与えるリスクを考えて、必要に応じて開発を減速する仕組みも必要だと主張しています。一方で、Anthropic自身も先日、「Claude Fable 5」という高性能なAIを一般公開しているんですよね。「Claude」は少し前に一般公開が見送られた「Mythos」っていうのもありますけど、それとほぼ同じものと言われているようなものです。強い強制力のある取り決めで世界全体で開発を遅くするっていうのはいいんですけれども、なかなかそうはできないんですよ、この「Claude」自身もですね。これはAI解雇の問題も同じで、1社だけが「いや、うちは人を減らさないです」と言っても、「じゃあうち減らします」ってなったら、結局損しちゃうから。
ユージ:他社はAIを活用して、コストを下げて利益を上げているわけですから。うちの会社だけ粘っても、辛いですよね。
塚越さん:できないですよね。だからこれジレンマになっちゃうんですよ。みんなでやらないといけないけど、抜け駆けしちゃうっていうことですよね。そこで言われているのは新しい税制です。経済学の議論では、例えばAIやロボットの導入に新たな税をかけたり、逆に人を多く雇っている企業ほど法人税を軽くしましょうという案が出ていて、AIがあれば1人で起業して利益も出せますが、人をたくさん雇えば税金を減らすという仕組みを導入するとかですね、そういったバランスも今後考えられているということです。
ユージ:AI税を設けるっていうことね。AIは魅力的だけど、その代わり税金かかりますよ、みたいなね。これも1つの案ですね。AIが仕事を担っていく時代に“人を雇う意味”とは何でしょうか?
塚越さん:最近、アメリカの大学の卒業式にGoogleの元CEOが登場してAIの話をしたところ、卒業生からブーイングが起きたことが話題になりました。若い人はもうAIで仕事がなくなってるって、本当に危機感が強くなっています。調査会社のガートナーによると、アメリカではAIを理由に顧客サービス部門の人員を削減した企業の間で、「やっぱり大事なところには人間が必要だ」と、同じ部門の人材を再雇用する動きが一部で見え始めているそうなんです。中長期的には、「やっぱり人がいた方がいい」という会社も一部に出てきています。今後にもよりますが、最終的には人を大事にする社会、人を大事にする経済にしていこうという動きが今、少しずつ見えてきていることは今後の明るい兆しかなとも思います。