第三百六十六話 過去など焼き捨てればいい -【メモリアルイヤー篇】音楽家 アストル・ピアソラ-

LOADING...
  • 第三百六十六話 過去など焼き捨てればいい-【メモリアルイヤー篇】音楽家 アストル・ピアソラ-
  • 第三百六十六話 過去など焼き捨てればいい-【メモリアルイヤー篇】音楽家 アストル・ピアソラ-
  • 第三百六十六話 過去など焼き捨てればいい-【メモリアルイヤー篇】音楽家 アストル・ピアソラ-
  • 第三百六十六話 過去など焼き捨てればいい-【メモリアルイヤー篇】音楽家 アストル・ピアソラ-
  • 第三百六十六話 過去など焼き捨てればいい-【メモリアルイヤー篇】音楽家 アストル・ピアソラ-
  • 第三百六十六話 過去など焼き捨てればいい-【メモリアルイヤー篇】音楽家 アストル・ピアソラ-

yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

放送時間

STORY開閉

第三百六十六話過去など焼き捨てればいい

今年、没後30年を迎えた、アルゼンチン出身のタンゴの革命家がいます。
アストル・ピアソラ。
幼い頃からバンドネオンを弾くことが大好きだったピアソラは、4歳から15歳までニューヨークに暮らします。
再びアルゼンチンに戻ってきて、たまたまラジオから流れていたタンゴに魅了されました。
彼の言葉を借りれば、「タンゴと恋に落ちた」。
作曲家としても優れていたピアソラは、踊るためのタンゴの概念そのものを崩し、クラシックやジャズとの融合をはかりました。
従来のタンゴを愛していたブエノスアイレスのひとたちから、「こんなのは、タンゴじゃない!」と激しい抵抗を受けても、ピアソラは、自分の革命をやめませんでした。
苛立った一部の過激な若者たちは、ピアソラの家に石を投げ、演奏を妨害したといいます。
移民の街、ブエノスアイレスにとって、自分たちが作り上げたタンゴという文化は、多様性をつなぐ、大切なアイデンティティだったのです。
ピアソラは、晩年、バンドネオン奏者であることにこだわり続けました。
楽器の重さは10キロにも及び、一晩の演奏で2キロ痩せることもある、過酷なパフォーマンス。
ドキュメンタリー映画『ピアソラ 永遠のリベルタンゴ』の中で、娘に「バンドネオン奏者をやめて、サメを釣る毎日をおくったら?」と聞かれ、「バンドネオンもサメ釣りも、どちらも体力勝負。サメを釣る体力があるんだったら、私はバンドネオンを選ぶよ」と答えました。
彼は、バンドネオンという楽器をたずさえ、音楽にさまざまな改革、革命を起こしましたが、過去を振り返ることを嫌いました。
家族とのバーベキューで、自分の楽譜を燃やす父に、息子がたずねます。
「せっかく作曲したものを、どうして燃やしてしまうの?」
ピアソラは、こう答えました。
「いいか、過去を振り返るな! 昨日、成したことは、ゴミだ!」
ジャンルを超えた伝説の音楽家・アストル・ピアソラが人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

アストル・ピアソラは、1921年3月11日、アルゼンチン、マル・デル・プラタに生まれた。
イタリア移民三世。
生まれながらに右足に疾患を抱えていた。
左足に比べ、極端に細い右足。
7回の手術をほどこし、なんとか歩けるようになったが、疲弊した両親は次の子どもをつくることを断念した。
足の具合が一段落した4歳のとき、一家は、ニューヨークに移住。
夢を抱いて渡った新世界だが、貧しかった。
暮らした場所も、貧民街。
父は理髪店をやりながら、マフィアと関係を持ち、裏でカジノをひらいた。
息子の誕生日に、父は、ある楽器を中古で買ってきて、渡した。
「なにこれ、扇風機?」
「違う、これはバンドネオンだ」
「バンドネオン?」
「今日からおまえはこれを練習して、父さんが夕食を食べるとき、傍らで弾いてくれ」
ピアソラは、父を喜ばせたくて、必死で練習した。
父もまた、息子に先生をつけて習わせた。
どんなに音をはずしても、どんなにうまく弾けなくても、父はほめてくれた。
「すごいじゃないか、いやあ、たいしたもんだ。おまえは、天才だ!」
うれしかった。葉巻をくわえながら、目を閉じて自分の演奏を聴いている父の横顔を見るのが、幸せだった。

アストル・ピアソラは、幼い頃、二つのことを習った。
ひとつは、バンドネオン。
もうひとつは、ボクシングだった。
父は、言った。
「いいか、決して待つな。殴られる前に、殴れ!」
それだけ覚えれば、おまえはチャンピオンになれる。
ボクシングでも、父はほめてくれた。
「すごいぞ、あのパンチはよかった。よくがんばった!」
父にほめられるたびに、自信をつけていく。
相変わらず、右足は細かった。
隠すために、ダボダボのズボンを履いた。
その右足を台の上にのせ、そこにバンドネオンを置いて演奏する。
なかなか安定しなかった。
バンドネオンでは、先生にバッハを叩きこまれた。
クラシックを聴きこむ。
さまざまなジャンルの音楽が、ラジオからあふれていた。
徐々に、少年ピアソラの心は、タンゴから離れていく。
あらゆる芸術家を育てる街、ニューヨーク。
そこで、ピアソラの感性は磨かれていった。

19世紀の終わり、アルゼンチンの首都・ブエノスアイレスで、陽気な調べにのせて、男女が踊る文化「タンゴ」が生まれた。
20世紀に入り、ドイツから持ち込まれた哀愁ただよう楽器が、その文化を熟成させる。バンドネオンの登場。
タンゴの歴史は、他国の伝統音楽に比べれば、意外にも浅い。
アストル・ピアソラが、再びタンゴに魅了されたのは、一家がニューヨークからアルゼンチンに戻った、17歳のときだった。
ラジオから流れてきた、「エルビーノ・バルダーロ楽団」の演奏。
体を雷が貫くような感覚。今まで知っているタンゴではない。
ニューヨークで触れたさまざまな音楽が、脳内に響く。
バンドネオンの可能性を感じた。
クラブやキャバレーに自分を売り込み、演奏の機会を得た。
さらに独学で作曲を学び、楽譜に思いをぶつける。
新しいこと、まだ、誰も開けていないタンゴの扉を開く。
場末のダンスホールで、試しに演奏した楽曲が大ブーイングを浴びても、ひるまなかった。
ひとと同じことをしても仕方ない。
自分が生まれて来た意味を見つけるまでは、死ねない。
そのためには、昨日をひきずっていてはダメだ。
常に前を向く。
どんなに揶揄され、非難されても、ステージに立って、今、自分がやりたい曲を演奏する。
アストル・ピアソラは、亡くなる直前まで、右足に10キロにも及ぶバンドネオンを置いた。
かつて、細くてたよりなかった右足は、しっかりと楽器を受け止め、彼の演奏を支え続けた。

【ON AIR LIST】
リベルタンゴ / アストル・ピアソラ五重奏団
アディオス・ノニーノ / アストル・ピアソラ五重奏団
私の隠れ家 / アストル・ピアソラ
天使のミロンガ / アストル・ピアソラ

★今回の撮影は、「名古屋アルゼンチンタンゴクラブ」様にご協力いただきました。ありがとうございました。
営業時間など、詳しくは公式HPにてご確認ください。
名古屋アルゼンチンタンゴクラブ HP
 

音声を聴く

今週のレシピ

RECIPE開閉

霜降りひらたけと牛肉の赤ワイン煮

今回は、アルゼンチンでよく食べられている食材、牛肉を使った料理をご紹介します。

霜降りひらたけと牛肉の赤ワイン煮
カロリー
274kcal (1人分)
調理時間
20分
使用したきのこ
霜降りひらたけ
材料
【2人分】
  • 霜降りひらたけ
  • 1パック
  • 玉ねぎ
  • 1/2個
  • にんじん
  • 1/2本
  • オリーブオイル
  • 大さじ1/2
  • 牛もも肉
    (カレー・シチュー用)
  • 140g
  • 赤ワイン
  • 大さじ2
  • 300ml
  • ビーフシチュールウ
  • 2皿分
作り方
  • 1.
  • 霜降りひらたけは小房にほぐす。玉ねぎは薄切りに、にんじんは乱切りにする。
  • 2.
  • 鍋にオリーブオイルを熱し、玉ねぎとにんじんと牛肉を炒め赤ワインを振りかけ、霜降りひらたけと水を入れて、煮立ったらアクをとりながら弱火で10分ほど煮る。
  • 3.
  • 火を止めてルウを加えて溶き、再度火にかけとろみがついたら火を止める。

RECIPE LIST

yesとは?開閉

『自分にyes!と言えるのは、自分だけです』
今週あなたは、自分を褒めてあげましたか?
古今東西の先人が「明日へのyes!」を勝ち取った 命の闘いを知る事で、週末のひとときを プレミアムな時間に変えてください。
あなたの「yes!」のために。

―放送時間―
TOKYO FM…SAT 18:00-18:30
FM OH!…SAT 18:30-19:00
FM長野…SAT 18:30-19:00
FM軽井沢…SAT 18:00-18:29

ARCHIVE開閉

  • twitter
  • facebook
  • LINEで送る
  • 霜降りひらたけ おすすめレシピ
  • Audee