yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

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第450話 生活に芸術を!
-【今年メモリアルなレジェンド篇】テキスタイル・デザイナー ウィリアム・モリス-

[2024.04.13]

Podcast 

©BTEU/KUGH/Alamy/amanaimages


今年、生誕190年を迎える、世界的に有名なテキスタイル・デザイナーのレジェンドがいます。
ウィリアム・モリス。
その名を知らなくても、彼がデザインした「いちご泥棒」を一度は目にしたことがあるかもしれません。
木々が生い茂る深い森を背景に描かれる、鳥といちご。
日本人にも大人気のこの作品には、モリスの思いが色濃く、凝縮されています。
彼が活動した19世紀のイギリスは、産業革命以後の華々しい技術革新と、工場の乱立。
大量生産、大量消費に経済はうるおい、人々は、表面上、便利で快適な暮らしを手に入れました。
しかし、内面はどうでしょう。
あふれかえる物質にスペースを奪われ、深く息をすることすら忘れる毎日をおくっていたのです。
モリスは、幼い頃見た風景を思い出しました。
神秘的な森。
そこには、解き明かされない秘密があり、ロマンがあり、未知への探求心がありました。
煌々と照らされる電気により、全てが明らかに映し出される生活の中にこそ、「不思議な世界」が必要であると彼は説いたのです。
大量生産による質の低下を恐れたモリスは、手仕事の刺繍や、手作りの椅子や調度品の復興を願いました。
「生活の中にこそ、芸術は必要だ」
そんな強い信念のもと、デザイナーに留まらず、詩を書き、社会主義活動に尽力し、世界をより豊かにするために、一生を捧げたのです。
迷ったときは、いつも幼い頃愛した森を想起しました。
ひとは、幼少期に見た原風景に癒され、守られる、そう信じていたのです。
モダンデザインの父、ウィリアム・モリスが人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

©lm_photography /Alamy/amanaimages

テキスタイルの神様、ウィリアム・モリスは、1834年3月24日、イギリス・ロンドン北部の街、ウォルサムストウで生まれた。
モリス家は、代々、ウェールズ出身の富裕層。
ウィリアムの父は金融の世界で成功し、母は教会と音楽に関わりが深い、由緒正しい家柄だった。
父が証券仲買人として巨万の富を得て、一家は、ウッドフォード・ホールに大邸宅を構える。
家のすぐ脇には、エピングという名の森があった。
モリスは、物心ついた頃から、すぐ近くに森があるという生活をおくる。
風にそよぐ木々。奇妙な声で鳴く鳥。
うさぎが顔を出し、リスが木によじのぼる。
緑にも、さまざまな色があることを知り、やがて、絵を画くようになった。
13歳で父が亡くなった朝、霧のような雨が降っていた。
モリスは、森に入った。
湿った緑の匂い。
奇妙な鳥が、何かにおびえるように鳴いた。
クチバシの赤さが心に焼き付く。
欲しいものならなんでも手に入るくらいに稼いでいた父も、一瞬でいなくなる。
神秘の森は彼を包み込み、気がつくとモリスは泣いていた。

「いちご泥棒」の壁紙で有名なウィリアム・モリスは、父の喪失感を埋めるかのように、19世紀イギリスのロマン派の大作家・ウォルター・スコットの歴史小説にのめりこむ。
フィクションの世界には、冒険があり、ロマンがあり、ミステリアスな事件があった。
現実と空想の世界。
リアルが厳しければ、フィクションの世界に逃げればいい。
そして、想像の世界は、心を伸びやかに広げてくれる。
「目に見えないものにこそ、大切なものが潜んでいる」
そんな考えが、彼の中で育ち始めた。
オックスフォード大学に進学したモリスは、当初、牧師になろうと思っていた。
実業の世界に、自分は不向きだ。
父のように、生き馬の目を抜く生活は送れない。
大学で、運命的な出会いが待っていた。
生涯の親友となる、エドワード・バーン=ジョーンズ。
エドワードもまた、幼い頃に母を亡くし、無慈悲な家政婦に育てられ、孤独な少年時代を送った。
同じく聖職者を志し大学に入ったが、二人の共通の話題は全て絵画や文学、芸術に関することだった。
特に二人が感銘を受けたのは、美術批評家・ジョン・ラスキンのこんな言葉だった。
「芸術というのは人間が労働から感じた喜びを表現したものである」

大学で意気投合した、ウィリアム・モリスと、エドワード・バーン=ジョーンズ。
中世芸術をより深く知るために、二人でフランスを旅する。
旅の最中、セーヌ川を見下ろす橋の上で、エドワードは、「ボクは、決めたよ。画家になる」と言った。
ほんとうは、モリスも画家になりたいと思っていたが、エドワードの才能の前に、気おくれしてしまう。

モリスは言った。
「僕は、建築家になる」
一度は本格的に画家の修行をしたが、ウィリアム・モリスは、芸術家になろうとは思わなくなっていった。
「生活の中に、労働の中に、デザインという名の芸術を持ち込めば、必ず生きることが楽しくなるはずだ。
僕は、生涯をデザインに捧げよう…」
当時、芸術は富裕層のものだった。
でも、モリスは、たった一枚、壁に面白い紋様の壁紙を貼るだけで、生活に彩りが加わるのではないか、そう考えた。

印刷技術や翻訳も学び、世界中のひとに、自分のインテリア装飾を広める努力をした。
今、日本の100円ショップで、自らデザインした「いちご泥棒」が買えることを、彼が知ったらどう思うだろう。
きっと、微笑むに違いない。
彼が幼い頃、大好きだった森を案内しているかのように。

「豊かさと神秘こそが、すべての模様作品のなかで一番大切なものである」
ウィリアム・モリス

©lm_photography /Alamy/amanaimages

【ON AIR LIST】
◆BLACKBIRD / The Beatles
◆いちご協奏曲~フルート、オーボエ、ファゴットと吹奏楽のための 第2楽章 Andantino / 酒井格(作曲)、東京佼成ウインドオーケストラ、大井剛史(指揮)
◆SOLSBURY HILL / Peter Gabriel
◆MY HONEY'S LOVIN' ARMS / Bing Crosby

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