石山大輝選手は2000年生まれ、愛媛県のご出身。
視覚障がいのT12クラスで競技しています。
2024年の神戸世界パラ陸上では、走幅跳で銀メダル。
パリ・パラリンピックでは、日本選手団の旗手を務め、走幅跳で5位に入賞しました。
そして今シーズンから短距離に専念。
400メートルでは2度、日本記録を更新しています。
石山選手が陸上を始めたのは中学生の時。
小学生時代はミニバスケットボールに取り組んでいましたが、“自分には球技よりも、走る競技のほうが向いているのではないか”と考えたことがきっかけでした。
高校生の時、網膜色素変性症と分かり、少しずつ見えにくくなる可能性があると告げられます。
しかし石山選手には、陸上を辞めるという選択肢はありませんでした。
石山: 陸上を始めたきっかけは、小学生の頃にミニバス、バスケットボールをやっていたんです。先天性の病気ということはその時はわかっていなかったんですけど、あまり自分のなかではうまくできなかったことも含めて、球技よりは(目を)使わない競技だろう、ということで、中学の時に陸上部か水泳部の2択を迫られまして、走る方が速いだろうと思い、陸上部に入部しました。
高校生の時に障がいについてわかって、網膜色素変性症ということと、少しずつ見えなくなるのではないかということを医師に言われたんですけど、逆に言えば、“辞める”という選択肢が出なかったというか。自分の人生において、“じゃあ陸上を辞めようかな”と思うことがなかった。それくらい陸上が好きだったので、病気がわかった時も、陸上を辞めないといけないとは思いませんでした。
中学時代は走高跳、高校と大学では三段跳に取り組み、大学では100メートルにも挑戦した石山選手。
大学4年生の時、知人との会話をきっかけにパラ陸上を知ります。
それまで一般の大会に出場していた石山選手は、自分にはパラリンピックという選択肢がないと思っていました。
石山: 一番最初にパラ陸上を知ったのは、愛媛に、新居浜高校のOBでガイドランナーをしている知人がいたんです。僕は高校生の時から、紫外線が病気の進行にあまり良くないと聞いて、サングラスをかけて競技をしていたんですけど、愛媛では高校生でサングラスをかけている人があまりいなかったので、それを不思議に思って話しに来てくれました。そこで「網膜色素変性症です」と話したら、「僕がガイドしている方も網膜色素変性症なんだよ」と聞いて。もともと僕は健常者の試合に出られていたので、パラ陸上には出られないものだと思っていたんですけど、よくよく調べてみると、その時に東京パラリンピックが開催されていて、澤田優蘭選手という弱視の選手がいらっしゃって。“まったく見えないわけではなくても、パラリンピックという選択肢があるんだ”と知ったことがきっかけになりました。
大学4年生の時にパラ陸上に出会って、パラ陸上の跳躍種目は走幅跳しかなかったので、走幅跳に挑戦しました。高跳び、三段跳び、幅跳びという形になっています。
パラ陸上と出会い、走幅跳で世界のトップを争う選手になった石山選手。
ところが、2028年のロサンゼルスパラリンピックでは、石山選手のクラスの男子走幅跳が実施されないことになりました。
大切にしてきた種目を失うという知らせ。
それでも石山選手が次の道を決めるまでにかかった時間は、一晩でした。
石山: 一番シンプルな転向の理由としては、ロサンゼルス・パラリンピックに、自分のT12クラスの走幅跳がなかったことが大きな理由になります。
その一報を聞いた時は、“ああ、マジか”とは思いました。正直、やっぱり一番大切にしている種目だったので。でも、1日寝て考えてみて、“じゃあ、ある種目を探そう”と思って、100メートルと400メートルがあったので、“できるやつがまだある”と思いました(笑)。
会社に、競技を転向することと、練習環境もスプリントに特化したところに行きたいということを伝えて、サポートしていただきました。
スプリントは、しんどいですね(笑)。技術的な部分も、スタミナ的な部分もそうですけど、今までやってきたことと似た部分も違う部分も、すごくたくさんあるので、そこを自分の感覚とすり合わせながら。簡単に言ってしまうと、本当に足を速くするだけの競技ですけど、そこには無数の技術が詰まっているんです。それをスプリントのコーチから1つずつ教えてもらい、1つずつ学習して、1つずつ自分の体に染み込ませる作業をしているところなので、今回の、そして今年の集大成として、アジアパラでパフォーマンスすることが一番かなと思っています。
ロサンゼルスで勝つことが一番の大きな目標ですし、そのために競技転向してきているので、そこで世界一を獲ること。そのために、もちろん筋力やトップスピードなどが必要ですし、自分の中で一番足りていないところをまずは探すこと、そしてそこに対してコーチやアシスタントと話をしながら、まずは自分に何が必要なのか。スプリンターという心構えかもしれませんし、そこも含めて今シーズン、1シーズン通してやってきたことを振り返りながらロサンゼルスに向かっていきたいなと思っています。
石山選手には、トヨタ自動車への入社前からつながりのある、同じ走幅跳の先輩がいます。芦田創選手です。
石山選手がパラ陸上に関わり始めた頃から、代表チームでの過ごし方や競技の仕組みを教えてくれた、頼れる『お兄ちゃん』のような先輩です。
入社前から、芦田選手に送られるトヨタの大きな声援を目にしてきた石山選手。今度は自分が、地元・愛知でその声援を受けます。
石山: パラ陸上にはトヨタ自動車の選手がいて、走幅跳では芦田創選手がいらっしゃったので、同じ走幅跳の先輩として良くしていただきました。特に、パラ陸上に関わってすぐ、右も左もシステムがわからない時期に、いろいろお兄ちゃんしていただいただいたと思います(笑)。
“創さん、すごく応援されてる!”と思いながら観ていたので、それを自分も浴びられるように頑張りたいと思います。
東京の世界陸上を観た時、日本人選手という肩書きで、自国開催のパワー、応援の圧含めてすごく応援されるんだなと思ったので、それをアジアパラで浴びたいなと。
一番は、そこで選手が勝つことが、応援している観客の方にできる恩返しだと思うので、勝ち切れるレースをお見せできればと思っています。大変多くの社員の方がスタジアムを埋め尽くしてくださると聞いているので、そこの一角に、すごくカッコいいVサインを送れるように頑張りたいと思います。
愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会は、10月18日から24日まで開催。陸上競技の会場は、名古屋市瑞穂公園陸上競技場です。
石山選手は現在100メートルと400メートルのスプリントに取り組んでいます。
石山大輝選手のCheer up songは、石山選手がファンと公言する、乃木坂46の「帰り道は遠回りしたくなる」でした。
今回お話を伺った石山大輝選手のサイン色紙を1名のリスナーにプレゼントします。
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