あの日から15年 それぞれの復興⑤

来週11日で東日本大震災から15年です。



復興の歩みはいまどこまで進んでいるのか。


そして、私たちは次の災害にどう備えるのか。



『あの日から15年 それぞれの復興』と題してお伝えします。



東日本大震災のボランティアをきっかけに気仙沼に移住した


東京生まれ東京育ちの根岸えまさん。


根岸さんが取り組んでいる若手漁師の担い手育成事業をきっかけに


気仙沼に移り住んだ愛知県出身の松影拓朗(まつかげたくろう)さん。


現在は牡蠣養殖の仕事をしています。


もともと島根、三重で漁師として働いていたという松影さん、


気仙沼で働く決め手について聞きました。


まず、街と人とぼくの中でえまさんが大きいというのは、えまさんありきで、
みんなの活気がたっています。やめてって言われると思うけど、ビッグママだと思っています。                    気仙沼の、漁師たちの相談相手であり、何を言ってもなんでも答えてくれるし、                         相談のってくれるしで、えまさんがいなかったら離れていく人もいると思うくらい、                       漁師の支えにめちゃくちゃなってると思いますね。


住む場所や、イベントの提案、漁師の収入を増やすにはどうすればいいか?                         など根岸えまさんには仕事のことだけでなくプライベートな相談にも乗って貰っているそうです。                   ところで、牡蠣の生産量は、広島県についで宮城県が2位。                                その中でも気仙沼の牡蠣は県のおよそ3割を占めています。                                 松影さんに気仙沼の牡蠣の特徴について聞いてみました。


気仙沼の丁度、大島のかかる橋があるんですけど、そこに向かって流れてくる川みたいなのがありまして、        そこ一番恩恵を受けるられるのが亀山だと思っているんですよ。                             一番栄養価が高い、海水、水を一番最初にぱくぱく食べる事ができるので、                      こっちの言葉で「おがる」っていうんですけど、一番成長するイメージです。                           (どんな味ですか?)クリーミーで磯臭くない磯うまさが感じられると思います。


気仙沼には、唐桑、大島、階上と3つのカキ養殖が盛んなエリア
があります。松影さんは、大島地区の亀山というエリアで牡蠣を育てています。

その地区のどのエリアで育てるかによって牡蠣の味はさらに変わるのだそうです。

実は、地元で一番おいしいと言われているのが、
3月~5月ごろの『春の牡蠣』一年の中で最も身が大きく、
クリーミーで甘みが強くなるのだそう。

この豊かな気仙沼の海も東日本大震災・津波の影響を大きく受けました。
それから15年、漁場を建て直した地元漁師さんたちの
存在について松影さんはこう話します。

震災の話をあえて言わない人もいれば、こういう事がったんだよって、                            僕一人で悲しい気持ちになったりするんですけど、強くて前向きな人達が多いんで、                        その人達が住んでいる街に住んでいるだけでも自分がたくましくなった気になりますし、                      みんなで協力して立て直したんだなってすごく住みやすいです。

震災から街や海を建て直した人達が住む街で働ける事を誇りに思っている


松影さん。自分も気仙沼人として若手漁師としてこの地域の力になっていきたいと話します。



『あの日から15年 それぞれの復興』



来週は、被災者と移住者の震災の記憶についてお伝えします。

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