NOEVIR Color of Life

EVERY SAT / 09:00-09:30

今、仕事も家庭も自分磨きにアクティブな生き様を実践する女性達。そんな女性達がいつまでも輝く心と勇気を失わず、体も心も健康な毎日を送るため、各界を代表して活躍する女性ゲストが自らの言葉でメッセージを送るのが、このノエビア カラーオブライフ。「生きること、輝くこと、そして人生を楽しむこと」をテーマにした、トークや音楽、話題、情報などが満載です。

TOKYO FM

NOEVIR Color of Life

EVERY SAT / 09:00-09:30

唐橋ユミ

今、仕事も家庭も自分らしく、いきいきと生きる女性たち。いつまでも輝く心を失わず、心も体も充実した毎日を送るため、各界を代表して活躍する女性ゲストが自らの言葉でメッセージを伝えます。“生きること、輝くこと、そして人生を楽しむこと”をテーマにした、トークと音楽が満載のプログラムです。

Guest家入レオさん

家入レオさん

シンガーソングライター。1994年福岡県出身。
2012年2月に「サブリナ」でデビューしその年の第54回日本レコード大賞最優秀新人賞など数多くの新人賞を受賞。
これまでに数々のドラマ主題歌やCMソングを担当。力強さと切なさが同居するその声感情豊かな表現力で多くのファンを魅了している。
8月26日に9th Album「31」をリリースし、9月より全国11都市を巡るツアー「家入レオ TOUR 2026 -Log:31-」を開催中。

悩みをゼロにしようと思うから、苦しくなる・・・家入レオ、31歳の記録

2026/10/17
今週も家入レオさんのライフストーリーをお話をお届けしました。
◆置いてけぼりの焦りから、逃げない
「30代って、周りも結婚や出産、転職でライフステージを進めている子が多い。自分も頑張っているはずなのに、ちょっと置いてけぼりな焦りを感じる瞬間が正直あって」という家入さん。けれど「その気持ちから逃げちゃいけない」と自分と向き合った時、「おばあちゃんになっても歌い続けたい」という思いにたどり着いたといいます。
そのためには「常に新しい何かをアップデートして、自分を磨き続けることが大事」。そう願った時に出会えたのが、アルバム「31」をプロデュースした Ryosuke“Dr.R”Sakai さんでした。ツアー先にも遊びに来てくれる「本当に愛のある方」で、「もがけたことも幸せ。いい一枚ができた」と振り返ります。
◆「喋るように歌う」——自分を許せた変化
ちゃんみなさんや花さんなど世界に進出するアーティストを手がける Dr.R Sakai さんですが、家入さんは「その色に染めてもらおうという他力本願な気持ちで一緒にやったわけじゃない」と言います。「歌い続けていくために、音楽をストイックに楽しくやっている人とご一緒したい」と相談したところ、提案されたのが『歌い方の進化』でした。
「レオさんは普段低音で喋るのに、歌うと急に10年くらい時代が戻るというか高音が強くなる。喋る声と歌う声に隔たりがあるから、歌うんじゃなくて喋るように歌うと、自分だけのメッセージも出しやすくなるのでは」・・・そんな言葉にハッとしたといいます。家で洗濯物を畳みながら歌う時と違い、レコーディングでは無意識に『よそ行きのスイッチ』が入っていた。「素のつもりでいるのに、もっと素を見せてと言われるジレンマがずっとあった。そこを突破できたのが、私の中で大きな出来事でした」。
◆30代なのに、10代のメイクと服でいるのは健全じゃない
歌うことは「自分を許すことだった」と家入さんは語ります。10代でデビューし、当時の歌唱スタイルを好きでいてくれるファンがいる一方、「生きることは変わっていくこと。自分も年を重ねて思想が変わるし、体も年齢を重ねている」。それでも10代の頃のスタイルを「維持しなきゃ」という固定概念が強くあったのだとか。
「今までが好きだった人には、今回のスタイルを受け入れるのが厳しい人もいるかもしれない。でもそれも自然なこと。くっついたり離れたりしながら、また人生のどこかで出会えるかもしれない」。ずっといてほしくて自分が苦しい方向の努力を続けるのは違う——そう思えたそうです。「30代なのにずっと10代のメイクと服でいるのは、私は健全じゃないと思う。今の年々に合った等身大のものを選びたい。ファンの気持ちもわかるけれど、私は私の人生をちゃんと生きなきゃいけない。その気持ちが自分らしさだと思っています」。
◆ツアー「LOG 31」・・・悩みの中でも、人は幸せになれる
9月12日から全国ツアーがスタート。既存曲も Dr.R Sakai さんのリアレンジで「新しいお洋服」をまとい、同じメロディ・同じ言葉でも響き方が変わるといいます。ステージは絨毯や観葉植物、ソファを配した「自分の部屋に招待しているような」セットで、家で歌う自分をそのまま届けるリラックスした空間に。
「最初はアルバムをどう受け止めていいか分からなかった、という方がツアーに来て『あの曲好きになりました』と言ってくれた時がうれしい。私を支えてくれた人たちをハグしたい」と、愛のこもったツアーなのだとか。
◆海外ツアー、そして来年はデビュー15周年
ツアーは11月に香港、12月に台北でのライブも予定。「海外は愛の伝え方がダイレクト。みんなで大合唱したり、日本のドラマをすごく見てくださっている」。ドラマ主題歌に恵まれてきた家入さんは、「アジアでも自分の音楽が聴かれているのがうれしい」。現地の言葉での自己紹介も試みたものの、「日本語でMCしてほしいというリクエストも多くて、そう感じるんだと改めて思いました」。
そして来年2027年はデビュー15周年。2月14日に東京国際フォーラム ホールAでアニバーサリーライブの開催が決まっています。「ここからいい予感がする」という家入さん。次の節目に期待が高まります。
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もがき切ってよかった…17歳のデビューから「31」まで

2026/10/10
今週も家入レオさんのライフストーリーをお届け!
17歳・現役高校生でのメジャーデビュー、答えを探してもがいた20代、そして自身の歌い方を一新した最新アルバム「31」の制作秘話まで伺いました。

◆明日を考える余裕がなかった、17歳のデビュー
2012年2月、家入さんは17歳の現役高校生として「サブリナ」でメジャーデビュー。その1年前に上京し、「授業が終わったらそのままスタジオ、プロモーションでラジオやテレビ。明日のことを考える余裕がなかった」といいます。その年の第54回日本レコード大賞最優秀新人賞をはじめ数々の新人賞を受賞しますが、名前を呼ばれた瞬間は「不器用が炸裂。もっと上手にリアクションできたらよかったのに、と思うけれど私らしい」と笑います。受賞を、連絡を絶っていた父に報告することはありませんでした。それでも「ちゃんと応援してくれていたことは後々知った」そう。

◆保険をかけず、とことん落ちてみる——もがいた20代
10代は「初めて尽くし」で「頑張らなきゃ」が先に立っていた家入さん。むしろもがき迷ったのは20代でした。「自分は何がしたいんだっけ」と向き合い始めた時、「いろんなことが不足しているんじゃないか」という不安定な気持ちに襲われたといいます。
「もがき切ってよかった」と今は思えるそう。「変に保険をかけず、とことん一回落ちてみる」と、保育園の実習生のアルバイトをしたり海外に行ったり、貪欲に経験を重ねました。節目ごとに救われたのが、パウロ・コエーリョの小説「アルケミスト」。この時期、「感動できるものなら自分で作ろうが作るまいが届けたい」と、シンガーソングライターでありながら歌うことにも向き合う『二軸』のスタイルを獲得しました。

◆沖縄合宿から生まれた、アルバム「31」
8月26日リリースの最新アルバム「31」は、今の自分の年齢がそのままタイトルに。全曲を Ryosuke“Dr.R”Sakai さんのプロデュースで作り上げた一枚です。きっかけはドラマ主題歌「Mirror feat. 斎藤宏介」での共演。「音楽の価値観を一新されるくらい大きな出来事」で、次も一緒にと伝えたところ「沖縄で合宿しませんか」と誘われたそう。夜ご飯やお酒を共にしながら語り合う中で、「一枚一緒に作りませんか」という言葉が生まれました。

◆一曲120テイク——歌い方を一新する覚悟
ハッピーに終わった合宿から東京に戻り制作に入ると、「14年間の音楽スタイルを進化させるのは想像よりはるかに難しかった」という家入さん。なかでも「Walk」は本人もスタッフも納得がいかず、一曲に120テイクを重ねたといいます。「何を歌っているんだろうと頭が真っ白になったりもしたけれど、自分の実力の足りなさも含めて向き合えてよかった」。
完成した時は「誇らしかった。私の中で何かが変わるきっかけになった」と振り返る家入さん。制作現場はピリッとしていたものの、「31」自体は、朝の光の中で一日を始め、昼は散歩してコーヒーを飲み、夜はベッドで一日を振り返る——そんな穏やかでしなやかな物語のあるアルバムに仕上がっています。
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音楽の原点と音楽塾での日々

2026/10/03
今月のゲストは、シンガーソングライターの家入レオさん。1994年福岡県出身、2012年に「サブリナ」でデビューし、その年の日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞。力強さと切なさが同居する声で多くのファンを魅了する家入さんに、その音楽の原点からライフストーリーを伺いました。

◆ライブの日は、縄跳び3分を5セット
アルバム制作に入ると「気づいたら朝日が」ということもあり、土曜はお昼前まで寝てしまう日もあるという家入さん。一方、ツアー中のライブの日は6時、7時に起床し、ランニングや筋トレをしてから臨むそう。「自分の体が楽器なので」とストレッチや筋膜リリースを欠かさず、「今日は横隔膜が硬いから念入りに伸ばそう」など、体と対話するんだとか。
縄跳びやランニングで肺活量が上がると「どんどん高音が伸びてくる感じがする」とのこと。会場入りしてから縄跳び3分を5セット・・・計15分のウォーミングアップで、歌う体を整えてステージに向かいます。

◆歌はどこへ行っても、自分と一緒だった
音楽はごく一般的な家庭に自然と流れていたといいます。エンタメ業界が盛んな時代、母がテレビの音楽番組で見たCDを買い、カーステレオで流す・・・それを自然と口ずさむ幼少期。ビートルズやカーペンターズ、平井堅さんやMISIAさんを歌っていたそう。「一人っ子で引っ越しも多く、荷物を増やせなかった。でも歌はどこに行っても自分と一緒なので」と、生活の中に流れる曲を歌い続けてきたそう。
そんな家入さん、小学校では合唱部に入部。「大勢で歌う喜びを合唱に教えてもらった」そうで、「いつか歌う人になりたい」という思いが芽生えていきます。

◆尾崎豊の「15の夜」が、固定概念を変えた
「歌は歌うもの」という固定概念を覆したのが、母のCD棚で見つけた尾崎豊さんの「15の夜」でした。「歌って自分で作って歌ってもいいんだと気づいた」という家入さんは、13歳で「シンガーソングライターになりたい」と思い至ります。合唱では「自分のスタイルを持ちながら他者と心を合わせる」ことを学んだ一方、尾崎さんの歌には「心に散らばった悲しみや怒りを、声になっていない叫びごとぶつける」荒削りな魂の動きがあり、強く惹かれたといいます。
ちょうど思春期に差し掛かる時期でもあり、女子校に入学した日、「これ、1回でもミスったら10年間友達がいないことになるんだ」と気づいてしまったという家入さん。人の顔色をうかがい、それを明るさや無邪気さでごまかす・・・「日常がキラキラする分だけ、音楽が暗くなる」。その鬱屈したものに名前をつけたのが「家入レオ」というアーティスト像だったと、当時を振り返ります。

◆「あなたの声は宝物だから」・・・音楽塾ヴォイスとの出会い
13歳で地元・福岡の音楽塾ヴォイスの門を叩いた家入さん。当時はマンションの一室で営む寺子屋のような場所で、入塾のお金がなくても諦めきれず、デモテープを送ったといいます。会ってくれたプロデューサーの西尾芳彦先生の「あなたの声は宝物だから」という言葉が、その後の縁を呼び込んでくれました。「自分が何者でもない時から声を信じてくれた方。この方がいなかったら今の自分はない」と語ります。
レッスンでは、大好きな松任谷由実さんの完結した歌詞に「自分で続きを書いてみる」という課題も。「いざ続きを書くとなると、より読解が必要で、ここにこういう比喩が隠れていたんだと解像度がどんどん上がる」。制限の中で自分らしさを出すこの訓練が、今の作詞の基盤になっているといいます。

◆YUIさんの電話で、上京を即決
デビュー曲「サブリナ」は15歳の時に完成していました。女子校の思春期ならではの、互いに気を使い合う教室の空気。派手なグループの子が帰り道にポロッと「安定した居場所が欲しいよね」とこぼした瞬間、「自分だけが嫌われたくないと思っているわけじゃないんだ」と気づき、歌詞が生まれたといいます。
「サブリナ」のデモテープが西尾先生を通じて東京の事務所に持ち込まれ、「デビューは約束できないけれど東京に来てみないか」という誘いが。即答したものの父に猛反対され、一度断った矢先、憧れのYUIさんから電話が。「家入レオちゃんの声は絶対未来を切り開いていけるから、東京で待ってるよ」・・・その一言で上京を即決しました。羽田で待っていてくれたマネージャーと電車に乗り、右も左もわからないまま、家入レオさんの新しい日々が始まりました。
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