プロジェクト概要

太古の昔より、森は動物や植物などたくさんの命を育み、田畑や海、川にたくさんのミネラルをもたらし、地域と暮らしを守ってきました。 東日本震災では津波でコンクリート堤防や松林がことごとく破壊される中、その森や、昔からその地方に根差す、深く地面深くに根を張った潜在自然植生の木々たちは、津波の勢いを和らげました。 関東大震災や阪神大震災では、大火により建物が燃える被害を食い止め、防災林として大きな役割を果たしました。 この「鎮守の森」をモデルとした森をできるだけ多くつくることは、災害の多いこの国に生きていく私たちが、後世に伝え残さなくてはならない貴重な知恵であり、自然と共生していく教訓でもあります。 番組「いのちの森〜voice of forest~」では、「鎮守の森のプロジェクト」が行う活動をはじめ、日本のみならず世界各地の森を守る活動を行う人や団体にスポットをあて、森の大切さについて考えていきます。

さて今週は、まだ人類が森や、自然の中で生きていた時代のお話です。
スタジオに起こしいただくのは、わたしたち日本人はどこから、どうやってこの日本の土地へやってきたのか。その謎を解き明かそうと取り組む、国立科学博物館の人類進化学者 海部陽介さんです!


〜今日はスタジオに国立科学博物館の人類進化学者、海部洋介さんにお越しいただきました。前回は2016年の年末ごろにご出演いただいて、フランスラスコーの洞窟に描かれたクロマニヨン人の壁画の話をたくさんしていただきました。その時も少しお話しいただいたんですが、海部さんは長年日本人に関する大きな大きな謎に取り組んでいらっしゃっていて、3万年前の航海というお話がすごく興味深かったのを覚えています
 ちょうどクロマニヨン人と同じ時代の話なんです。クロマニヨン人は3万年前のヨーロッパにいた人たちで、壁画を描いてたりしたわけですが、それと同じ時に、東アジアの方では海を越えて、それまで人がいなかった島にもどんどん進出していった人たちがいたんです。それが僕らの祖先になるはずなんですけれども、アフリカでホモサピエンス、つまり私たちが生まれて、西へ行ったのがクロマニヨン人。東のほうに行ったのが僕らの祖先と考えればいいです。私たちの祖先はアジアなどで、新しいチャレンジを繰り広げていたんです。
 面白いことにアジアでは、オーストラリアに当時の遺跡が現れます。おそらく人が海を渡ったんでしょう。今まで人がいなかった場所に、インドネシアの海を超えて、そこに突然遺跡が現れる。同じことが日本列島でも起こっていることがわかってきたんです。日本列島では3万8,000年前に急に遺跡が出現します。つまり誰かがやってきたということです。それはホモサピエンスに違いないわけなんですけれども、その頃の日本列島は海で切り離されていることもわかっていますので、これは海を越えてきたということに他ならないわけですよね。


〜海部さんはその航路を研究されているわけですね
 遺跡の分布からいくつかわかっていて、対馬海峡を超えて九州に入ってくるルートが存在したことは間違いないと思います。それから、沖縄に人が現れるんですね。ですから琉球列島にも人が入ってきます。つまりこの時期に、突然人が海に出て、今まで無人だった島にどんどん入り込んでいくということが起こっているんです。日本列島の人類の歴史は、どうやらそうやって始まったということが見えてきたわけです。僕らの最初の日本列島人は航海者だったんですね。そして、どこから来たかというのもおもしろいんですが、どうやってきたかということもとてもおもしろいんです。泳いで渡るのは厳しいですよね。1つ大事なポイントは、これは冒険ではなくて移住なので、ある程度の集団でいかなければいけないんですね。男だけで行ってもダメです。女性も一緒に行かないといけない。そういうことになると、やっぱり船が存在したんだろうということにはなります。でも、何の船だったのかというのが謎なんです。

〜そんな中で海部さんはどういったルートを今研究されているんですか?
 僕らが注目しているのは沖縄です。理由は簡単で、難しいからです。琉球列島は1,200キロにわたる島の列ですけれども、一個一個島が遠いですよね。何度も航海しないと沖縄までたどり着けないんです。でも、そのど真ん中の沖縄島に3万年前に人がいるんです。琉球列島の、少なくとも6つの違う島で、3万年前クラスの遺跡が見つかっています。つまりこの時期に突然人が現れるんですね。それも、1つの島に現れるのではなくて、突然列島全体に人が散らばる。そういうことが見えてきたんですね。つまり、海を越える技術を身に付けた人たちがここに現れて、どんどん海を越えて新しい島にたどり着いていたんじゃないかと、そんなことを考えざるをえない状況なんですよね。

〜その中でも今回の「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」とはどんなものなんでしょうか。
 海を越えるのが難しいのは想像できると思うんですが、考えていただけでは分からないのでやってみようということなんです。自分で船を作って海に出てみたらどれだけ難しいかわかるだろうと思ったんです。それでこんなプロジェクトを始めました。実際に昔の船を推定して作るんですが、船自体は遺跡に残っていないんです。ですからどいういうものかはわからない。ずっと後の時代の縄文時代には丸木舟があったことが遺跡から出てわかっているので、丸木舟を超えてはいけないという制限がかかります。もう一つのポイントは地元に素材があること。もう一つは当時の遺跡から出てくる当時の道具で加工ができること。最後は作った船がそれなりの耐久性とスピードがあって、ちゃんとこの海を越えられるかというテスト。これを全部やれば、どういう船だったかということが絞られるんじゃないかと考えました。

〜縄文人が使っていた丸木舟よりも前の時代の船は、素材は何が考えられますか?
 いろいろ考えた結果、草で作るか竹で作るか、その2つだろうということで、日本の1番西で、台湾に1番近い与那国島に生えているヒメガマという草を使って船を作りました。
 琉球列島に人が渡るにはいろんな海を越えないといけないんですけれども、僕らは最後に台湾から与那国島を目指すという航路に挑戦したいと思っているんですが、それまでにいろんなテストをするんです。船を作って試して、祖先たちがどうやって海を越えてきたのかという仮説を作るわけです。草の船が使えるのか、竹の船がうまくいくのか、これからテストを始める第3の候補の船、丸木舟ですね。この3つの中から絞っていきます。ベストの仮説、3万年前はこれだったに違いないという仮説を作って、来年、台湾から黒潮を越えて与那国島に入るという実験航海をやりたいと思っています。


〜テストを通じて既に解けてきた謎はありますか?
 僕らは船を漕ぐということをやっているんですが、よく帆はなかったんですかと聞かれるんです。これもいろいろ調べているんですけれども、縄文時代の船に帆がついてる証拠がないんです。櫂はたくさん見つかっているので、縄文人が舟を漕いでいた事は間違いない。それから弥生時代に描かれた舟の絵だとか、古墳時代の舟の埴輪があるんですけれども、これを見ても全て漕ぎ船なんです。つまり風を自在に操るような技術は、当時はまだなかった。ましてや3万年前ですから、人類最初の頃の船にそういう高度な技術があったわけはないということ考えています。それからもう一つのポイントは、僕らが本番をやる台湾と与那国島の海域は西風が吹かないんです。これは台湾が大きいからなんですけども、追い風を利用して進みたい方向に進むと言う事はできない場所なんです。それも考えると人力でやるしかないと考えています。人間の力って実はすごいなというのがだんだん見えてきているんです。

国立科学博物館の人類進化学者 海部陽介さんのお話、いかがだったでしょうか。来週もインタビューの続きをお届けします!

「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」
https://www.kahaku.go.jp/research/activities/special/koukai/

そしてこのプロジェクトを応援するクラウドファンディングについてはこちら
https://readyfor.jp/projects/koukai2

【今週の番組内でのオンエア曲】
・Passionfruit / Drake
・Born To Be Yours / Kygo & Imagine Dragons

今日は6月23日に行われた鎮守の森のプロジェクトによる「鎮守の森のプロジェクト植樹&育樹祭2018 in岩沼市」の模様をお届けします。
津波からいのちを守る森を作る、という趣旨でスタートしたこの取り組み。すでに、東北はじめ各地に広がっています。今回取材した宮城県岩沼市では、東日本大震災の津波被害を受けた土地を活用、市の沿岸およそ10kmに6つの公園と園路が整備され、こうした森作りが続いています。
今回は植樹祭と合わせて「育樹祭」、すでに植樹した場所の草取りが、市内外から集まった500人のボランティアの手で行われました。
このプロジェクトで、植樹指導をされている、東京農業大学の西野文貴さんに伺いました。


〜今日は、最初に植樹じゃなくて、育樹祭ということで雑草抜く作業なんですね?
 そうなんです。植樹祭は木を植える作業なんですが、育樹祭は木を早く育てるために我々がサポートをしてあげる作業なんですね。

〜今日の作業する場所は、何年前に植樹をしたところなんですか?
  2年前ですね。大きいものは1メートル50センチくらいまで大きくなっていて、この場所の故郷の木であるタブノキも、大きくなっていますね。
 今、ちょうど目の前にあるのが、セイタカアワダチソウといいます。今は20センチ位なんですけれども、将来は80センチとか1mくらいの高さにになって、1年間の間に種子をたくさんつけます。その種がどんどんばらまかれて、セイタカアワダチソウだらけになってしまうんです。


〜じゃあここで抜いておかないといけないんですね。
 大事なのは根っこから抜くということです。抜いた草は外に出すのではなく、そのまま置いておいて、自然の新しい肥料にします。これも自然のメカニズムを利用するんです。
 雑草だらけになっても、それでたくさんの木が死んでしまうということでは無いんですが、早く自然の森に育ってもらうためには、我々の力がもうちょっと必要なのかなと思います。3年たって木が大きくなると、その影にはなかなか雑草は出てこないんですね。それまでの間、我々がもうちょっとサポートをする必要があるんです。明治神宮の森にしても、最初は人間が手伝ってあげて、でも最後の仕上げは自然がするんですね。



〜見ていると小さい木もあるじゃないですか。これって競争が始まっているということなんですか?
 競争が始まっているということもありますが、いま、目の前にあるワサキという木なんですけども、実はこの木はあまり大きくならない木なんです。縁の下の力持ちな存在なんですね。ですので、この木はゆっくり自分のペースで成長していきます。逆にタブノキは、ここの場所で将来、20メートル位まで大きくなる主役の木なので、今一生懸命どんどん上に伸びていますね。

〜なるほど。この場所は津波から命を守る森に着実に成長していってるんですね
 そうですね。これから何百年何千年とどんどん成長して、この場所の名前になっている「千年希望の丘」と言う場所になるんじゃないかなと思っています。


今回の植樹&育樹祭には、鎮守の森のプロジェクトの発足当時から理事として参加している、日本文学研究者のロバート・キャンベルさんも参加されていました。

〜やっぱり植樹した場所って特別な場所になりますよね。
 なりますね。海との距離とか、生き残った松とか、周りにたくさんあるんですね。それが私たちの活動を見守ってくれている、震災の向こう側からずっと見つめてくれているような気がしますね。ゼロから全てを作るんじゃなくて、昔の風景が所々に残っている。そして海は変わらない、海の表情そのものは変わらないので、それをミックスした空間の中に立ち会えるというのは気持ち良いですよね。2、3年ずっと通っていて感じる事は、最初はすごく海の遠い波の音と風が耳に響いていたんですよね。すごく静かだったのが、この1、2年は、鳥がたくさん飛んでいて、鳥の鳴き声がうるさい位に聞こえてきますね。季節のこともあるのかもしれないですけれども、やっぱり緑に惹かれて、鳥たちがやって来て、歌ってくれているのかなって思いますね。ここは、ちょっとまだ頼りないけれども、まずはちょっと寄ってみようかなって鳥たちが来ているみたいですね。あと2、3年ぐらい経つと、その鳥たちが色々と、生活を営めるようになっていくんですよ。


「鎮守の森のプロジェクト植樹&育樹祭2018 in岩沼市」の模様をお届けしましたが、いかがだったでしょうか。今回の模様はポッドキャストでも詳しくご紹介していますので、こちらもぜひお聞きください!


鎮守の森のプロジェクトによる植樹、森作りは、さらに全国へ広がっています。7月1日には三重県明和町でも行われ、8月には岩手県山田町でも予定しているそうです。詳しくは鎮守の森プロジェクトのサイトをチェックしてください!
鎮守の森プロジェクト→http://morinoproject.com/

【今週の番組内でのオンエア曲】
・Live Forever / OASIS
・Unlonely / Jason Mraz
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パーソナリティ

高橋万里恵
高橋万里恵

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