今週は、私たち人間が、いまと違い、森や自然の「中で」暮らしていた時代のお話です。
インタビューしたのは、東京・上野、国立科学博物館で開催中の「世界遺産 ラスコー展〜クロマニヨン人が残した洞窟壁画〜」を監修した研究者・海部陽介さん。
フランス西南部ラスコーの洞窟に、およそ2万年前の人類が描いた、有名な壁画の話をきっかけに、私たちの祖先が何を考えどんな暮らしをしてきたのか。そこから見える、彼らの自然観・生命感まで色々伺います。


高橋:今日はスタジオに国立科学博物館人類史研究グループ長の海部陽介さんお越しいただきました。海部さんは人類進化学者。人類がどこからきて、そしてどうやって世界へ拡散していったか。さらに日本人はいつどこからどうやって来たのか、そうした研究を長年されてきた方です。ちなみに今年の夏、海部さんはその研究プロジェクトで沖縄にいらっしゃったんですよね
海部:はい。沖縄琉球列島のいろんな島に、大体三万年前くらいに遺跡が突然現れ始めるんですね。これは当時も島だった琉球列島に人が渡ってこれるようになったっていうことですね。海を越えて人類がそこに進出してきたわけです。
ですが、考えてみると、沖縄の島って小さいし、遠いし、あんなとこにどうやって行ったんだろうってすごく疑問になりますよね。そういう技術とかチャレンジの心があるんだと思うんですけど、そういう祖先たちがいたっていうこと、これがおもしろい。それで、それを知るために実際に実験航海をして、当時の姿を再現して彼らがどんなチャレンジをしたのかっていうのを知るというプロジェクトを始めたところなんです。その最初の第一段階の実験航海というのを今年の夏にやりまして、沖縄に行っておりました。
 僕らの最終目標は、台湾から与那国島まで黒潮を越えて、すごい距離を行かなければいけない大変な航海になるんですが、その前段階として僕らも色々経験を積まないといけないので、与那国島から隣の西表島を目指す航海っていうのをやりました。
 実際には、当時の舟が草の舟かどうかはわからないんですけれど、一つの有力候補として今回は草舟で試してみたわけです。しかし残念ながら上手くいきませんでした。非常に海流が強い海流が発生していて流されてしまった。
まあそういう状況だったんですが、でも逆にそういうハードルを越えてきた先祖たちってすごいですよね。簡単じゃないことをやっぱりやってるんだっていうことを体感した非常に貴重な体験をさせて頂きました。
高橋:当時は草の舟だったんですね?
海部:あり得るということで考えてますね。縄文時代には丸い木舟、木をくり抜いて作る刳船(くりぶね)が出てきますけれど、それを作るには斧が必要ですね。縄文時代の遺跡からは石の斧が出てくるんですが、その斧が当時の沖縄にはないものですから、丸木舟は作ってなかったんじゃないかと思います。まあわからないですが、一応そういう前提で何があり得るかと考えてみると、浮く物体を束ねるタイプの舟。例えば竹のいかだだとか、草を束ねて作った草舟だとか、そういうのが候補になってくるので、まず今回は草の舟を作って試してみたんですね。
 僕らは遺跡の調査をやっている人間なので、調査をやって初めて沖縄には三万五千年前に人がいたっていうことがどんどん明らかになってくるわけですね。その最先端の研究をやっている過程で、遺跡を掘ってるだけだと、人がいたことはわかるんですけど、どうやって来たのかまでは見えてこないんですよね。どうしてもこれは見たいと思いまして、実際に再現してみる、体感してみることでそれを知りたい。そういうプロジェクトを始めたわけです。やっぱりどんな難しいことだったのかっていうのがわかってきたときに、本当はこうだったんじゃないかって具体的なことが考えられるようになると思うんですね。ですからその祖先たちの実態に迫るためにいろんなことをやってみたいと思っています。

高橋:そして海部さんといえば、国立科学博物館で11月1日から来年の2月19日まで開催の「世界遺産 ラスコー展〜クロマニヨン人が残した洞窟壁画〜」の監修を務めていらっしゃいます。まずこのラスコー展は、フランス、ラスコーの洞窟にある、昔の人類が描いた壁画に関する展示なんですよね。どんなものが描かれているんですか?
海部:洞窟に描かれているのはほとんど動物ですね。ラスコーの洞窟だけで600頭くらい描かれてると報告されているんですけれど、非常にたくさんの動物が描かれていますね。それも生き生きとした姿がですね。ラスコーの中は主な空間が7つあるんですけど、その七つの空間にそれぞれ違ったタイプの絵が描かれているんです。そのなかには牛とか、馬とかバイソンとかですね、それから今は絶滅した動物もいます。ラスコーの中ではライオンなのかなっていうような動物も描かれていますから、当時ヨーロッパにライオンがいたんですね。ホラアナライオンと呼ばれているのがいたんですが、あとはサイですね。ケサイって呼ばれている、寒冷地に適応したマンモスと同じように、そういったサイが当時もいたんですけど、それもラスコーの中に描かれてます。
 ラスコーの洞窟が描かれたのは二万年前です。これは日本の縄文時代が始まるよりも前の話になります。旧石器時代と呼ばれる時代なんですけれど、まだ人々が狩猟採集の生活をしていた時代のことです。そしてその当時は氷河期。寒い時代だったんですけれど、マンモスやケサイ、それからハイエナとかライオンとか、そういう動物もヨーロッパにいた、そんな時代ですね。

高橋:二万年前の人はなんでこの壁画を描いたんですか?
海部:これは究極の謎をいきなりぶつけられちゃいましんたね。なんでって言われるとちょっと難しいんですが、これを描いたのはクロマニヨン人と呼ばれてる人たちです。ヨーロッパの旧石器時代、後期旧石器時代と呼ばれる時代にヨーロッパにいた人たちをクロマニヨン人と呼んでいるんですが、彼らが洞窟の中に入り込んで絵を描いているんですね。
「なんで?」ってことを考える前に、まず洞窟に絵を描くっていうことをイメージしてください。我々は観光用の洞窟僕ら入ることありますが、そこは電気がたくさん点いてて明るくて、道も整備されています。そうじゃなくて、全く整備されていない洞窟。明かりが点いていない洞窟。そこに自分が入るっていうことをイメージしてほしいんですが、当然真っ暗です。その中には何らかの明かりを持って入らないといけない。実はクロマニヨン人たちはランプを持っていました。これは皿状に窪んだ石の上に動物の油なんかを乗っけて火を灯すものです。それを持って洞窟の中に入り、そのほのかな明かりの中で、ここにこういう絵を描こうって考えてああいう絵を描くわけです。
展覧会に来ていただけるとそういったものが見れます。彼らが実際に絵を描くのに使った石器だとか、絵の具なども、ラスコーの洞窟の中から回収されたものを今回フランスから借りてますので、そういう風にできた絵だってことをまず想像して頂きたいんですね。

高橋:クロマニヨン人は絵の具も使っていたんですか?
海部:そうです。ラスコーの洞窟の壁画は色彩が豊富だっていうことでも有名で、いろんな種類の絵の具を使っているんですね。黄色とか赤とか茶色とか黒とか、いろんな色を使っているんです。

特別展「世界遺産 ラスコー展 〜クロマニョン人が残した洞窟壁画〜」

海部さんのお話いかがだったでしょうか。来週もこの続きをお届けします。

【番組内でのオンエア曲】
・ADVENTURE OF A LIFETIME / Coldplay
・I Walk Until / Yael Naim

パーソナリティ

高橋万里恵
高橋万里恵

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