今回は東京・奥多摩の森の動物たちの調査・研究を続けている動物学者の今泉忠明さんにお話しをうかがいます。
今泉さんは動物の生態に関する著書を多数出されていて、現在は、奥多摩の森の動物たちの調査・研究を続けている方。伊豆高原ねこの博物館 館長という肩書きもあるそうです。
今泉さんに奥多摩の森のお話しをうかがいました。


〜今泉さんは動物学者として色々な研究機関でお仕事されてきたんですよね?
今泉:そうですね。大学を出る頃は、海の研究をしようと思って、海のことをやっていたんです。そこへイリオモテヤマネコが発見されて、現地に調査に行けといわれて、以来、ずっと陸の動物を調査してます。

〜私も西表島に行ったんですけれど、イリオモテヤマネコを見ることができなかったんですが、、どうやって見ることができたんですか?
今泉:行動範囲を調べるのが目的だったんが、まず最初の一ヶ月は生きてる鶏を森の中につないでくるんです。そして、そしてそこに屋根を作って、餌箱と水と置いて、それを7か所を鶏が食べられているかどうか毎日見にいくんです。そして20日くらいで最初の鳥が食べられたんです。鶏というのは4キロくらい体重がありますので、イリオモテヤマネコは一度には食べません。一度獲物を仕留めると、3日は来るんですね。葉っぱをかけてしまっておくんです。だから、観察するには最初に来た日の晩が狙い目なんです。そばの木の上にテントを張って隠れて待ってるんです。そうすると、向こうからトコトコ来るんです。ただ真っ暗のときに来ますんで。イリオモテヤマネコは夜行性なので、昼間は日向ぼっこしたりしててあまり行動しないんですけど、夜になると来るんですね。

〜イリオモテヤマネコってどんな感じなんですか?
今泉:家猫より少し大きくて、10センチくらいかな。尻尾がとても太いんです。色は黒いので、真っ暗闇のなか、やって来るとなかなかわからないんです。

〜そうなんですね。ぜひ一度見てみたいです。ところで、現在は伊豆高原猫の博物館の館長を務めながらその奥多摩の調査もされているそうですね。今日は奥多摩の森のお話をおうかがいしたいのですが、なぜ奥多摩を調査されているのですか?
今泉:奥多摩はまず東京都ということですね。東京都にも熊がいるっていうと結構びっくりしますよね。奥多摩は東京都でありながらたくさんの自然が残った地域です。そこがおもしろいかなと思ってるんです。

〜最近も奥多摩の森に行かれてるんですか?
今泉:月に1回、基本的には2泊3日で行ってます。僕は動物が入ってくる近づいてくるとビデオが回り始めるカメラを設置していて、その記録メディアとバッテリーの交換をしに行っています。それで、大体それは着いた日に終わってしまうんで、次の日からはその地域の自然観察。ブラブラ歩きですね。最近は若い子連れのお母さんとか、そういう人も参加してきてるんですよ。邪魔じゃなければ連れてってくださいっていう人が結構いて、それで一緒に森の中を歩いてるんです。この間は初めて来たお子さん、6歳だったかな?その人も一緒に川へ降りていって遊んだら、とても喜んで、ずぶ濡れになって遊んでましたね。

〜設置しているカメラには、動物は映っているんですか?
今泉:日本にいる中形以上の哺乳類全て映ってますね。ニホンカモシカ、ニホンジカ、イノシシ、ツキノワグマ、アナグマ、タヌキ、イタチ、テン、ニホンザル、野兎、キツネ…
〜うわあ!すごいですね!今ちょうど、紅葉もし始めていて、秋真っ盛りって感じなんですが、この時期の奥多摩の森っていうのはどんな感じなんですか?
今泉:奥多摩は杉、ヒノキの植林が多いので、濃い緑と、残っているコナラ、ミズナラといった自然林の木が黄色く変わって、色とりどりという感じですね。あと、ナナカマドの赤ですね。ですから3色ちゃんとあってとてもきれいです。

〜訪れるには絶好の季節なんですね。奥多摩での動物の調査は、具体的にはどんなことを調査されているんですか?
今泉:動物の行動、習性ですね。どんな動きをして、何をしているのかっていうのを種類ごとに調べようとしているわけです。

〜イノシシの牙かけというのがあると聞いたんですが、これはどういうものなんですか?
今泉:イノシシは、泥んこがある場所を知っていて、そこでゴロンゴロン、ぬたをうつっていうんですが、泥を体になすりつけるんですね。それを30分くらいやると、タタタタッと駆け上がっていって、マツの木を見つけてそこに体をこすりつけるわけです。その時に牙かけといって、牙でマツの幹を削るんですね。そうするとそこから松ヤニが出てきます。それを体になすりつけるんですね。おそらく虫よけのためにしてるんじゃないかと思います。ですから、そこの下に行くとイノシシの毛が落ちてるんです。イノシシの毛は特徴的で、長い毛で、先が3つに分かれてるんです。それがあれば、絶対にイノシシが来たということ。本当はそこの泥を調べないといけないんですよね。そこにダニとかノミとかそういったものがいれば、確実にそれらの寄生虫をとるために泥浴びをして牙かけをやるということがいえるんですねが、まだ泥を集めるまではいってないんです。
〜泥を集めるのは難しい作業なんですか?
今泉:うーん、やっぱり泥を集めてもですね、それを水で溶いて、コーヒーのろ紙みたいなものでろ過して、そこから探さないといけないんですね。それだけで結構大変ですね。



今泉さんのお話いかがだったでしょうか。来週も続きをお届けします。

今回お届けした模様はポッドキャストでも詳しくご紹介しています。
こちらもぜひお聞きください!


【今週のオンエア曲】
・Roar / Katy Perry
・Turn our world around feat.Emi Meyer / 大橋トリオ
九州・宮崎県 椎葉村から、伝統的な農法「焼き畑」のレポートを先々週からお届けしてきましたが、今回で最後となります。
山の木々を刈り取って、斜面を焼き、そこに4年間かけて様々な種を植え、その恵みを頂く。
縄文時代から受け継がれるこの 農法に隠された秘密の一部を、今日もお伝えしたいと思います。

まずは、先週までのおさらいです。
この土地に伝わる、焼き畑農法には、ずっと変わらず守られて来た「順番」があります。ここに嫁ぎ、「焼き畑」の伝統を受け継いだ椎葉クニ子さん、通称「クニ子おばば」に改めて教えてもらいましょう!


8月に種を撒いて実になるっちゅうたらソバよりほかのものはない。ソバは75日の夕飯。翌年、この畑にヒエ、アワを撒く。だから、1年目はソバ、2年目は穂もののヒエ、アワ。3年目は小豆、4年目は大豆。焼灰の力で4年間はピシャっとできるわけ。遷地輪作っちゅう仕事をすっと。同じ土地に種を変えて撒くわけ。4年間使ったらあとはもう自然に返す。その農法が、5500年前の農法。もう全国的に焼き畑せんと生きていけんかったとよ。


焼き畑1年目は、すぐに育ち、冬を越すための貴重な食料になるソバの種をまくというのは、前回もお伝えしました。
椎葉村の焼き畑は、その後の順番も厳密に決まっています。2年目はヒエとアワ、3年目は小豆、4年目は大豆。
この順番には、どんな秘密が隠されているのでしょうか。今度は、クニ子おばばから、焼き畑の技と知恵を受け継いだ、息子の勝さんのお話です。


焼き畑をして、1回ではもったいないから、4年間くらいは使おうと。4年が作物を作るぎりぎりの目安かな。なぜ4年かというと、1年目はどうしても主食のソバを撒かなくてはなりません。2〜3年目は、まだ雑草が生えてこないので穂もののヒエやアワを撒きます。ヒエやアワは結構細くて弱いので、畑に栄養があって幹を太くできるうちにつくらないと台風で倒れてしまいます。3年目からはボチボチ雑草が生えてくるので、そこに大豆や小豆を撒きます。大豆や小豆は葉っぱが広いかので、密集して種を蒔くと遮光してくれて、雑草がはえるのをおさえてくれるんです。先人たちがそこまで考えたかは分からないが、他に考えつかない。なぜ3、4年目に小豆や大豆を育てるのか考えると、きっとそうなのだろうと思います。


ということで、2年目はヒエやアワなど、そして3年目以降は、葉っぱを広げて、太陽の光を遮ってくれる小豆や大豆を育てるんですね。光を遮ることで、雑草の成長を抑える効果があるということなんですが、自然の力を活かしていて、本当に良くできていますよね。そして4年目をこえたあと、椎葉の焼き畑では栗などを植えて、あとは自然に戻すんです。その期間は、30年。30年かけて森は自然に返り、そして再び、焼き畑が行われるというサイクルになっています。


栗を植えたら、あとは自然の紅葉落葉樹の山になります。栗は動物が食べて、人間も食べ、20〜30年経つと栗の柱がとれる。栗の木はあまり価格が変わらず安定しています。また栗の繊維はとても強いんです。杉は腐るが栗は腐りません。腐食がないので耐用年数が長い。だから昔は枕木に使われていました。栗の木の成長期が止まるのは30年が目安ですね。栗の木は30年が過ぎると病気になる特性があります。人間と一緒で足腰が痛くなってくるんですね(笑)。その時期になると材料としても使えなくなるし、栗の実も小さくなってきます。老齢化した山は荒れて枯れ木が増えてきます。それも自然林として良いかもしれないが、焼くことが森の再生になるのは間違いないですね。


30年という年月は、人間にとっては世代交代が行われる年月です。30年前の子どもが、大人になった頃に、再び焼き畑が行われるんですね。
さて、今年は台風や長雨の影響で、焼き畑のタイミングが上手く行かなかったため、ソバの育ちがちょっと心配ではありますが、本来ならこの季節は新蕎麦の季節。
椎葉の秋の旬、新蕎麦について教えてもらいました。


椎葉のソバは古い歴史があります。小粒で日本で一番小さいかな。特に焼き畑で作ったものは匂い、味、粘着力、溶ける早さが違いますね。特に粘着力があるから、茶碗ににくっついて回せなくなるくらいです。それは時期に来ないと食べられないですね。11月頃に来れば新蕎麦が食べられますし、刈り取りの体験もやっています。蕎麦が好きな人は一回来て欲しいですね。


この蕎麦、ぜひ食べてみたいですね。椎葉クニ子さん、息子・勝さんの民宿「焼畑」では、毎年この新蕎麦を宿泊客に振る舞うそうです。ただ、数に限りがあるので予約が必要です。また、蕎麦の収穫体験などもできるそう。
詳しくは、民宿焼畑のサイトをご覧ください。


今回お送りした内容はポッドキャストでも詳しくご紹介しています。
こちらもぜひお聞きください!


【今週の番組内でのオンエア曲】
・Sugar / Maroon 5
・Dragon Night / SEKAI NO OWARI
今週 は、先週に引き続き九州・宮崎県 椎葉村から、伝統的な農法「焼き畑」のレポートです。
5500年前から脈々と受け継がれてきたという、この村の焼き畑。古代からの知恵が、少しずつ積み重ねられたその技術には、まだまだ目からウロコが落ちるお話がたくさんあるんです。

山の中腹に小さな集落が点在する、本当に森の中にある村。椎葉村。
ここに嫁ぎ、「焼き畑」の伝統を引き継いだのが椎葉クニ子さん。通称「クニ子おばば」。
そしてそのクニ子おばばから、バトンを渡されたのが、息子の勝さんです。
取材した日は残念ながら雨に見まわれ、延期となってしまったのですが、勝さんは、今年焼き畑が行われる予定の山の斜面で、焼き畑の準備について教えてくれました。

焼畑はおいしいものを食べるためであるし、種子の保存というためでもあります。灰にするために、基本的に一年前からとにかく切って枯らす。焼き畑というのは灰をたくさん作るのが目的です。燃やすためにどうするかなんで、枯らして、あとは何もしない。大径木はその場から出しますが、小径木は残して枯らしておく。一年前からする仕事はそれだけ。杉は間伐しながら、光を入れて雑草を生やさないといけない。雑木がないところは燃えないし、杉の葉だけでは栄養がないんです。だから3〜4年かけて、間引きをして、光を入れて雑木を増やす。それで4年目くらいにやっと雑木や草とかが生えてきて、それが1〜2mくらいになりますね。またそれを切る。切って枯らす、それで杉を倒す。だから手がいるというか、そうしないと新しい芽が出てこない場合もあるし、作物がおいしくなかったり、生育が悪かったりするんです。やっぱり栄養がないと生育が悪いんです。


椎葉家が所有する土地の多くは、現在「杉の木」が占めています。かつては雑木林だったのですが、国の方針で、建築材むけの杉・ヒノキを育てることが推奨されたからなんです。椎葉家もその頃は、焼き畑のあと、杉の植林に力を入れていたと言います。
その杉の林を、いちど雑木林に戻してから焼き畑にするという、とても手間のかかる作業なんですね。
さて、先週もご紹介しましたが、焼き畑では種まきに順番があります。1年目はソバ。2年目はヒエ・アワ。3年目が小豆で、4年目が大豆。
この「1年目のソバ」にも、ちゃんとした理由があるんです。

8月に焼くのは、ソバの収穫のためです。ソバは75日で食べられるんですね。11月になると霜がおりるので、霜がおりる前に刈り取りするためには8月の上旬から中旬にまかないと間に合わない。それで8月に焼くんです。8月はまだ青葉がある時期で、それで延焼が防げる場合もあるしね。暑くないと燃えないというのもあるじゃないですか。完璧に乾燥しないというのが。気温が30度とか、35度だから体感温度は50度くらいになります。キツイ作業ですね。ただ、終わった後のビールは旨い!
サイクル的に良くできていて、感心するところはあります。やはり先人たちに知恵が長い間積み重なってきた農法かなと思います。ソバを植えるというのも、ソバは早く食べられるし、栄養も豊富。鉄分とか。ルチンとかいろいろたくさん栄養が含まれている。カルシウムも多いから、そういうことを考えるとソバの力もすごいよね。



夏の終わりに焼き畑をして、すぐにソバをまく。そうすれば、育ちの早いソバは2ヶ月ちょっとで実り、すぐにおなかを満たしてくれる・・・。結果、冬を越すことができるわけです。
勝さんによれば、8月に焼き畑をしないと、ソバ畑に霜が降ってしまうそう。ソバの実は霜に弱くダメになってしまうので、焼き畑のタイミングは、どうしても8月の上旬から中旬じゃないとダメなんだとか。これも、長年培われた知恵なんですよね。
自然のサイクルに忠実に従えば、ちゃんと山は恵みを与えてくれる。だから昔の人は、山や自然の中に、神様の存在を感じてきました。その考え方は今を生きるクニ子おばばや、息子、勝さんにもしっかりと受け継がれているようです。

みんなで集まって安全祈願をするんです。御幣とか神様を立てて、山の神とか火の神とかあるんだけど、それをちゃんとお祀りして、御幣を切って、みんなで安全作業を祈願する。それはずっと昔からのしきたりです。そんな中で言う文句もあるんです。「このやぼに火を入れもうす。 へび、わくど、虫けらども、早々に立ち退きたまえ。山の神様、火の神様、どうぞ火の余らぬよう、また焼け残りのないよう、お守りあってたもりもうせ」。やぼっていうのは焼畑のことですね。わくどというのはカエルのこと、虫けら、アリであろうとなんだろうと、焼くから早く出て行け。山の神、火の神に、できるだけ燃えるように、火事がないようにという文句なんです。ずっと伝統でやっています。神と一緒になってすべてを大事にするというか、その中でものをつくって食べていくということなんです。
焼くときは上から燃やします。上から燃やすと炎は弱い。下から燃やせば上昇気流でよく燃えます。でも上から燃やすのは、少しずつ燃やして完璧に燃焼させて灰を作るためです。下からつけると炎だけが速く上がっていって、灰にならないんです。山には元々栄養はない。まあ窒素くらいはあるんだけど、リンとかカリとかはないんで、どうしても灰を焼いてつくる必要があります。灰は窒素も多く含まれているし、窒素リン酸カリすべてが揃います。だから、燃えて灰ができなければ焼畑はできない。それがすべてです。
〜ソバの種はどういうタイミングでまくんですか?
焼くのは午前中、12時前に終わるんだけど、まだ煙はくすぶっています。で、その間にご飯を食べて、それからまくんです。結構まだ熱いうち、その日のうちに。ソバの殻は厚いので、温度によって発芽を促すという説もあります。だから、本当に先人たちの生活の知恵はそれは大したもんだと思います。こういうものはやっぱり残していかないとね。



今回お届けしたお話はポッドキャストでも詳しくご紹介しています。
こちらもぜひお聞きください!


【今週の番組内でのオンエア曲】
・Flowers In The Window / Travis
・タユタウタ / MONGOL800
今週 ご紹介するのは、九州・宮崎県にある、山の中の小さな村で受け継がれる、伝統的な農法「焼き畑」です。
場所は東臼杵郡椎葉村。山の中腹に小さな集落が点在する、本当に森の中にある村です。
この場所で、ずっと「焼き畑」の伝統を守り続けて来た方が、椎葉クニ子さん。「クニ子おばば」の愛称で呼ばれる、名物おばあちゃんです。

ソバはね、三角で角が大きいと身が少ない。丸いのがいっぱいつまっとっとよ。この種を切らしたくないけん、50年も60年も焼き畑をしてきたとよ。これが何千年も昔からの種だけ。


焼き畑で取れた「ソバの種」を手に取りながら話してくれたのが、椎葉クニ子さん。
大正13年生まれ。御年90歳になります。なんとお子さんが6人、お孫さんが18人、ひまご23人!!
そして山の植物や食べ物の知識は、学者さん以上!本当になんでも知っていて、色んなことを教えて下さいました。
そんなクニ子おばば、10歳の頃から親とともに焼き畑を経験。一時は大阪に勤めに出たこともあるのですが、その後 椎葉村に嫁ぎ、以来、60年以上、この村で焼き畑の伝統を守り続けています。

ここへ嫁いだのは昭和22年の激動の時代。もう日本全国何もない。これくださいというものは何もない激動の時代にここへ嫁いで66年になる。焼畑も1年もやめないで66年。今は息子たちがするけんね。焼畑農法は5500年前の農法。もう焼畑せんと生きていけんかったとよ。
〜何故最初にそばをつくるんですか?
ソバっちゅうのは、2ヶ月半で食台に上がる。だから8月に種蒔いて実になるのは、ソバしかない。ソバは75日の夕飯。翌年この畑にヒエ、アワを蒔く。だから1年目はソバ、2年目はヒエ、アワ、3年目は小豆、4年目は大豆。遷地輪作ちゅう仕事をすっと。同じ土地に種を変えて蒔く。焼け灰の力で4年間はピシャっとできる。4年間使ったら、あとはもう自然に返す。その農法が、5500年前の農法がここに私たちが現に活かしとるから、外国からだって31ヶ国から視察に来とるよ。



この椎葉村の焼き畑は、いま日本で唯一行われている焼き畑農法。今ではクニ子さんから、息子の勝さんに受け継がれ、旅館「焼き畑」の宿泊客のための、見学会も実施されています。
焼き畑が始まったのは5500年前、つまり縄文時代。長い年月をかけ、先人たちの知恵を積み重ね、いまの形になったといいます。
一度焼いた場所は、4年間かけて、ソバ、ヒエ、アワ、小豆、大豆の順番で種をまき育てます。焼いた灰の力で作物が育つのは4年目まで。それ以降は、種をまいてもあまり育たなくなるので、「森に戻す」そうです。これも長年かけて編み出された方法なんです。
というわけで今回は、民宿「焼き畑」の宿泊客の方とともに、焼き畑が行われる予定の場所を見学させてもらいました。
案内してくれたのは、クニ子さんのご長男・勝さんです。残念ながらこの日は雨のため、焼き畑は中止だったのですが、山の急斜面は、焼き畑に向けて木が全て切り倒され、切り株と雑草だけになっていました。
実際に焼き畑が行われると、ここはどうなるのでしょうか。

◆クニ子おばばのご長男・勝さん
焼いたらいい山になりますよ。焼けるの大体は10センチくらいです。乾燥していたら土も焼けますね。病害虫も一緒に焼けます。一年間は本当に良い場所になります。焼いた後はタラの芽が何百本と出ます。4年間肥料は全く与えません。最初にソバを植えて、最後は小豆、大豆を植えます。その時期になると雑草が焼き畑の栄養をすって生い茂ってきます。それを抑えるために小豆と大豆を植えるんです。小豆や大豆は葉が広くて光を遮るので、雑草がはえるのを防ぎます。
焼き畑をする杉の山は間伐して3〜4年かけてした草を生やします。杉だけでは栄養分がないんです。だからくまざさなどの雑草をはやします。
跡を継ぐひとを育成するためにクラブを作って小学生も呼び込んでやっています。できたら継いでいってほしい。ここに住む人たちががんばっていければいいと思っています。


椎葉村の焼き畑のお話し、いかがだったでしょうか。取材したのは8月の初めでしたが、その後も天候の悪い日が続き、なかなか焼き畑ができなかったそうです。結局、焼き畑を行ったのは9月12日で、これは例年より40日ほど遅いそうです。やはり、雨が続いて地面が十分に乾いておらず、綺麗には焼けなかったとおっしゃっていました。本来であればこの時期はソバの花が咲いているそうなんですが、今年はまだ芽が出たばかりだそうです。やはり自然が相手だとなかなか思うようにはいかないんですね。

次回も焼き畑のお話しの続きをお届けします。
お楽しみに!

今回ご紹介したお話しはポッドキャストでも配信中です。
こちらもぜひお聞きください!


【今週の番組内でのオンエア曲】
・シャングリラ / チャットモンチー
・Sunshine Girl / moumoon
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高橋万里恵
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