プロジェクト概要

太古の昔より、森は動物や植物などたくさんの命を育み、田畑や海、川にたくさんのミネラルをもたらし、地域と暮らしを守ってきました。 東日本震災では津波でコンクリート堤防や松林がことごとく破壊される中、その森や、昔からその地方に根差す、深く地面深くに根を張った潜在自然植生の木々たちは、津波の勢いを和らげました。 関東大震災や阪神大震災では、大火により建物が燃える被害を食い止め、防災林として大きな役割を果たしました。 この「鎮守の森」をモデルとした森をできるだけ多くつくることは、災害の多いこの国に生きていく私たちが、後世に伝え残さなくてはならない貴重な知恵であり、自然と共生していく教訓でもあります。 番組「いのちの森〜voice of forest~」では、「鎮守の森のプロジェクト」が行う活動をはじめ、日本のみならず世界各地の森を守る活動を行う人や団体にスポットをあて、森の大切さについて考えていきます。


先々週から、三重県・伊勢神宮の森を案内してきましたが、今回でラストです。

今年10月に、20年に一度行われる式年遷宮と、
伊勢神宮を囲む森 『神宮宮域林』の、200年先を見据えた森作り。
この2つを通じて、次の世代、また次の世代へ
受け継がれていくものって、一体何なのか。最後はそんなお話です。

伊勢神宮の南側に広がる、5500ヘクタールの広大な森「神宮宮域林」。この森は、「第一宮域林」と「第二宮域林」の2つに分けられていて、第二宮域林では、200年かけてヒノキを育て、式年遷宮の際の御用材にするための、森作りが続けられています。

そして。大正時代に始まったこの森作りは、しっかり今の世代へ受け継がれ、今年 行われる式年遷宮でついに実を結びました。

◆200年後の姿を夢見て
1300年前から神宮の森の中で木を伐り始め、鎌倉中期にはこの森からの生産は途絶えていたが、今回700数十年ぶりに回復して、お2人方の先生方の基本理念に沿った計画を我々も引き継ぎ、後輩たちもそれにそって事業を進めていったおかげで、今回20%にあたる御用材が生産できた。今後、将来の展望に明るい一筋の光が差した。非常に喜びを感じている。200年後、後輩たちが見届けてくれる。我々では200年後の世界は見届けることができないので何とも言えないが、200年後の姿を夢見て、託して、しっかり植えて下さいとお願いをしている。


この「お二人の先生方」とは、東京大学の川瀬善太郎教授と、
本多静六教授という、大正時代の林学博士のことです。
お2人は、東京・明治神宮の森作りの計画にも大きくかかわっています。
また、本多静六教授は、日比谷公園を設計した方でもあり、
「日本の公園の父」と呼ばれているそうです。
こうした先人たちの立てた森作りの理念は、確実に受け継がれています。

そして、20年に一度の式年遷宮。
なぜ20年に一度、全ての神殿を新しく建て替えるのでしょうか。

◆次の世代へ「受け継ぐ」もの
神殿の建て方、竪穴式で建てられている様式は唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)と呼ぶもの。これだけ技術が進んでいる中で、なぜ腐らない方法でやらないのかという素朴な疑問があると思う。穴を掘ってそこに素木を建てる掘立柱。腐るのを待つような恰好で続けている。そこのところの疑問というのは絶えず我々の祖先から受け継いでいる崇敬の気持ちがある。絶えず神様には若々しくあって欲しい、こうした技術を伝承する過程でどうしても必要だということで、その結果が式年遷宮が繰り返されている。そこで技術が棟梁から下のものに受け継がれ、金具や神宝類もその年の最高の技術で作られる、というのが守られている。
また解体した柱は再度削り、再利用し、全国のお宮さんに無償で分ける。そこからまた新しいお宮として再出発して頂き、また繰り返す。そこでも技術の伝承が起こる。伊勢神宮だけではないということ。全国的に宮大工が修練して自分で建てたという誇りも生まれてくる。


20年ごとに遷宮が行われる理由は諸説ありますが、伊勢神宮の御用材が、なんども生まれ変わり、そこに刻まれた技術や考え方が次の世代へ受け継がれているのは間違いないようです。

◆木は生まれ変わる
宇治橋の外の鳥居は、外宮の棟持柱が利用されている。宇治橋の内側の鳥居は、内宮の棟持柱が再利用される。ご昇殿で20年、鳥居で20年、そこから20年たって鈴鹿峠「関の追分け」の神宮遥拝の鳥居に使われ、桑名の「七里の渡し」の鳥居になる。合計60年再利用される。
あとは地元のお宮さんで細分化されて、使われる。相当長い年月、木はそうして生まれ変わって使われる。これがコンクリートだったらできない。生まれ変わることはなく、壊されるしかない。
神宮の材は「壊される」という言葉ではあるが、解体され削りなおされ、再度使われ生まれ変わる。
非常に意義が深い。見て頂くと、来年、解体された棟持柱で柱が作られる。その時どのくらいの光沢を放っているか。見たら違いが分からないと思う。
削られてどんどん細くなるが、生まれ変わっていく。ヒノキの香りも抜けていない。


伊勢神宮は、正式な名前は「神宮」。
地域の神社は、それぞれの地域の氏神さまですが、伊勢神宮は、日本人全ての「総氏神」という風に考えられています。伊勢神宮の御用材が、全国で再利用される…というのも、それを聞くと納得しますよね。

建て替えられた新しいお宮に「ご神体」を移す儀式。
「遷御(せんぎょ)の儀」は、内宮が10月2日、外宮が5日に執り行われます。

お時間のある方は、出かけてみてはいかがでしょうか。




ポッドキャストもお楽しみください!

今週は先週に引き続き、今年10月に20年に一度の“神様のお引越し”、
式年遷宮が行われる、三重県・伊勢神宮の森にご案内します。
伊勢神宮の周囲を囲む、「神宮宮域林」という、広大な鎮守の森。
この森では、「200年後」を見据えた森作りが、ずっと続けられています。
今日そんな、伊勢神宮の「森作り」のお話です。

伊勢神宮を囲む、5500ヘクタールの森が「神宮宮域林」。
東京・世田谷区とほぼ同じ広さの広大な鎮守の森です。
この森は、「第一宮域林」と「第二宮域林」の2つに分けられていて、
第一宮域林は、そのほとんどが、人が手を入れることは許されない天然の森。
一方、第二宮域林は、大正12年の計画のもとで植林された、式年遷宮で使う
ためのヒノキ中心の森になっています。

伊勢神宮営林部・倉田克彦さんに伺いました。

◆この森から700年ぶりに御用材として式年遷宮で使われた
ちょうど今入ってきたのが第二宮域林の中の、昭和2年に植えた御遷宮用材を育成する林です。
計画初期の植栽地になります。今が83年経過したところ。
ひとつの節目になったのが、今回、平成25年の62回目の式年遷宮の年です。
遷宮に備えてのご用材育成林から、御遷宮のための用材として、全体量の20数パーセントが、700数十年ぶりに生産できたということで非常に喜びを感じております。


すでに伊勢神宮は、新しい社殿・お社が完成していて、来月の遷宮への準備は整っています。
その2割が、700年ぶりに、神宮の森から切り出された木材ということになるわけです。

ところで、この第二宮域林の中には、白いペンキで印をつけたヒノキが、いくつもあります。
実はこのペンキが、200年先を見据えた森作りの「目印」なんです。

◆2重ペンキは、先代と後世をつなぐ橋
植えてから30年〜40年経った頃に林を見てみると、ずば抜けて良い木と劣勢な木と、優劣がはっきりしてくる。その時点で一番優秀なものに二重ペンキ、それに匹敵するものに一重ペンキのマークをつけ、後世につないでいく目印とする。
二重ペンキは、根の張り具合がどっしり四方に張っていて、上を見上げると円状に枝が伸びていること。まっすぐ伸びているもの。そういう条件を兼ねそろえたものが二重ペンキとなる。1ヘクタール(100m×100m)の中に、二重ペンキが50本から70本。一重ペンキが130〜150本。一重と二重を合わせて200本という本数を基準にしている。


◆なぜ200年なのか
植えてから200年育てるわけだが、なぜ200年かというと、神宮の御遷宮用材として使う木は、直径60センチくらいの木が多く使われている。今長野県や岐阜県の木曾から分けて頂いている御用材は、直径60センチ=樹齢200年の木が多い。つまり60センチになるのにかかる時間が200年。間伐を200年繰り返し、目的の木を育てる。200年経つとこの木が何本くらいになっているかというと、植える時は1ヘクタールに4000本植えるが、200年で100本にまで減らす。


間伐されず、立派に育った木材だけが、200年後により大きな柱などに使われることになります。

そして神宮宮域林の目的の一つが「災害に強い森作り」。
第二宮域林は、植えたヒノキ以外にクスノキやカシ、シイの木も生えています。
針葉樹・広葉樹が上手くミックスされることで、台風などの強い風から、森全体を守る役目を果たすと、伊勢神宮営林部・倉田さんは説明しています。

◆災害に強い森づくり
二重ペンキの木の成長のため間伐すると、周りが切り分けられ非常に明るい山になる。お日様もサンサンと林内に降り注いできます。これだけの日が当たると、下草が太陽の明かりを受け恵みを受け、多種多様な植物が芽吹く。下層、中層、高層と色んな植物が成長する。それらを取り除くわけではなく自然のまま。目的のヒノキだけではなく、多種多様な植物が育つことで本来の森が出来上がっていく。たくさん小鳥がさえずり、木々が花をつけ、その蜜を求めて昆虫や鳥が寄ってくる。そうすると自然と実がなる。その実を求めて小鳥や大きな哺乳類がやってきてその実を食べる。食べた排せつ物が林内にまき散らされ、肥料濃度があがる。糞を分解する昆虫やミミズ、微生物の分解が起こり林内は腐葉土ができる。スポンジ状態の土作りが自然に出来る。スポンジ状になった土で山の中が作られると、今盛んに言われるゲリラ豪雨、集中豪雨が降っても、スポンジがいったん吸収して、吸収された水は濾過され地下へ地下へ行き、谷から下流へ流れ、川になり、下流へ。肥料分の高いところでろ過された土はミネラル効果が高い美味しい水となり、下流の川に生息する魚、貝類を増やす。神宮の下流で塩を作っており、海ではアワビ、離れたところでは鯛を神様のお供えとして調達している。上流の山が持つ使命というのは非常に公益的な機能がある。公益的機能を備えながら、自分たちが目的とする御遷宮用材を育成するという基本理念。森と川と海の循環は、こうした森ができることでおのずと生まれるものだと思う。


大木を育てるためには、山そのものが元気でなければならない。
「生物多様性」、最近はよく耳にする言葉ですが、それを大正の時代から計画され、地道に守り、またそれを受け継いできた成果が、今年の式年遷宮で実を結んだのですね。

貴重なお話、ぜひポットキャストでもお楽しみ下さい!

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パーソナリティ

高橋万里恵
高橋万里恵

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