(第3話)ロシア風ビリヤード
取材を忘れていた。ボーイフレンドはいますか?「はい」かれはどこにすんでいますか?「モスクワ」さびしくないですか?「すこし」、、、何を質問しているんだ、僕は。なにが“さびしくないですか”だ。帰ろう。時計を見たら夜の十時半だ。外はまだ明るい。「時間ありますか?」彼女に聞かれた。
彼女は運河沿いの道を僕に用意してくれた。時々,,,is beautiful,,,I think so,,,といった簡単なやりとりをした。何度も疲れていないか彼女に確認した。
答えはいつもノー。ロシアの女性は歩くなと感じた。僕は日本でそんな距離を歩くことはなかった。特にデートのときには。
その店は外から中が見えるようになっていた。男達は古くなりすぎて曲がってしまっているキューでボールを突いていた。台の上には白いボールしかなくどういうルールなのか検討もつかなかった。ロシア人の女と東洋人の男はカウンターに座っていた。ビールを飲みヒールを脱ぎ捨てその真っ赤に腫れてしまった足を手で揉みほぐしていた。彼女の脚も手も白く細かった。表情やしぐさは日本人を連想させた。僕は自分の足下を見た。プーマのスニーカーを履いていた。決めた。明日彼女にスニーカーをプレゼントしよう。
(つづく)