川島明 そもそもの話

TOKYO FM/JFN 37 Stations
Every Saturday 17:00-17:55
エフエム青森 Every Saturday 19:00-19:55

そもそも、なんでこの世界に?
そもそも、有名になったきっかけは?そもそも、あの作品を手がけた理由は?
芸人、俳優、ミュージシャン、漫画家、映画監督、スポーツ選手、料理人……
誰でも知ってるあの人の、意外と知らない“そもそもの話”。
平日の喧騒を逃れた土曜日。
バリトンボイスの聞き巧者 麒麟・川島明がおくるインタビュー番組。
様々な質問や相談に川島明が答えていきます。

番組では、リスナーからのメッセージも募集中!

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On Air Report

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04 May 2026

【#120】ゲストは"芝居の中で素顔を見せる情熱の俳優" 木村多江さん!【2026.3.7 OA】

『川島明 そもそもの話』3月7日放送のゲストは、俳優 木村多江さん!
現在も、同時並行でいくつもの作品に携わっていると言う、数々の作品に引っ張りだこの木村さんのそもそもの話をじっくりと伺っていきました。

◆俳優になるまで◆
小学5年生の時に演劇部のお芝居を見て面白いと思い、中学から演劇部に所属するようになったと言う木村さん。人間関係の中で自分を出すのが得意ではなかったそうで、「自分を出せるのがお芝居だけだった」と当時を振り返ります。
高校卒業後は、専門学校時代から劇場に立ち役者を志します。しかし、オーディションには「落ちた記憶しかない」と言うほど落ちまくっており、アルバイトを3つほど掛け持っていたとか。アルバイトで人間観察するのが好きで、ホテル業のアルバイトでは立食パーティーーに来ていた人のことを細かく観察し、それを周りの人に報告するのが喜びだったとか。ただ、アルバイト先での屈辱的な出来事もありました。ホテルで映画の受賞パーティーがあった際に、同世代の俳優仲間も参加していて、仲間はパーティーに参加できる立場だけど、自分はまだバイトしなければならない…という状況に落ち込んだこともあったとか。このことがきっかけでアルバイトを辞めることを決意。すると、オーディションも受かるようになり、俳優としての道を歩み始めることができました。

◆貞子◆
1999年にドラマ『リング~最終章~』と映画『らせん』で貞子役を演じたことが木村さんの転機となります。当時、幸薄い役や死ぬ役をやることが多かったそうで、その流れで貞子になったんじゃないかとおっしゃっていました。撮影は日曜日ののどかな公園で行われたそうで、公園に井戸だけ持って行き、子どもたちがキャッキャしてる中でちょっと血とか口につけて、隅っこで井戸からおえーっと出てきたのだそう。
悲しみや恨みが描かれた作品ということもあって、悲しみをしっかり表現するのが課せられた使命だと感じていたとも。そうした中で手に入れた“不幸が似合う”という唯一無二の肩書きは自信に繋がったと言います。ただ、その一方で、コメディや青春ものは一回も通ってないそうで、「一回井戸に入っちゃうと、暗闇からなかなか這い上がれない」とも。20代からコメディやりたいって言ってたけれど、そのキャリアが無いことが不安に変わることもあったとか。

◆ぐるりのこと。◆
2008年にはリリー・フランキーさんとダブル主演を務めた映画『ぐるりのこと。』で映画初主演を務めました。この作品で木村さんが演じた翔子役は、木村さんいわく「全部さらけ出さないとできない役」。それまでは、演じるときに自分自身を出すのが怖いと感じていた木村さんですが、ひたすらエチュードを繰り返すことで、さらけ出すことができるようになったと言います。
こうして木村さんが命を懸けて撮影されたこの作品は、日本アカデミー賞・最優秀主演女優賞など数々の賞を受賞。「賞を獲るのもすごく重荷だった」と話す一方で、生きづらい人たちがたくさんいる中で、その人たちを励ましたいと思っていた中で、生きづらさを感じる人たちからの声を聞いて、役に立てたことを感じて、喜ぶことができたともおっしゃっていました。

◆深浦加奈子さん◆
今回、事前アンケートで「仕事で影響を受けた人物」として、先輩女優で40代で亡くなってしまった深浦加奈子さんのお名前を挙げた木村さん。もともと木村さんがファンで、共演したときにそのことを告白したことで、可愛がってくれるようになったと言います。
木村さんが40代の時に8ヶ月入院した際には、「私が代われるなら代わってあげたい」と木村さんに声をかけてくれた深浦さん。ただ実は、深浦さんはその時すでに癌を患っており、その半年後に亡くなってしまいます。後になって考えると、そのときすごく苦しい状態のはずなのに…そんな深浦さんの気配りは、今も木村さんの心に残っています。「加奈子さんに恥ずかしくない芝居をしたい」「そういう人になりたい」と力強くおっしゃっていました。

♪オンエア・リスト♪
M1. 春よ、 来い / 松任谷由実
M2. How Do I Survive? / Superfly
BGM. MAIN TITLE OF THE RING (「リング~最終章~」オリジナルサウンドトラックより)
M3. STARS / Original Love
M4. Peruna / Akeboshi
BGM. トッカータとフーガニ短調BWV565 / 石丸由佳
M5. カントリー・ロード / 本名陽子

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04 May 2026

【#119】ゲストは"嫉妬の炎で現実を料理する等身大の漫画家" 谷口菜津子さん!【2026.2.28 OA】

『川島明 そもそもの話』2月28日放送のゲストは、漫画家 谷口菜津子さん!
谷口さんの漫画『じゃあ、あんたが作ってみろよ』はドラマ化で大きな話題に!川島さんが「彼女の描く世界観、空気、少しの毒が大好物」だと言う谷口さんのそもそもの話をじっくりと伺いました。

◆ドラマの反響◆
川島さんとは以前、読売テレビ『川島・山内のマンガ沼』で共演!その後、谷口さんの漫画『じゃあ、あんたが作ってみろよ』がドラマ化され、大反響を呼びました。ちなみに、川島さんはこの作品に早くから注目していた一人。この番組でも以前、INIの松田迅さんがゲストに来た回(2025年12月6日放送)でその魅力を熱弁されていました。
川島さんの周りでも若槻千夏さんが聖地巡礼している様子をインスタに載せていたり、川島さんの奥さまの友だちがタイトルを「じゃあ、あんたが一口食べてみろよ」と言い間違えていたり…と、広く世間で話題になっていたと言います。一方、谷口さんがそれを最も感じた瞬間が、普段からよく聴いているママタルトのラジオでこの作品のあらすじを説明をしていた回があったこと。ただ、そのあらすじは全然違ったのだそう…。

◆漫画家になるまで◆
「漫画家を目指し始めたのは小6」と話す谷口さん。セーラームーンが大好きな同級生が、真似して漫画を描いていたのがきっかけだったとか。中学生に入ってからも『りぼん』に投稿したり、普段から漫画を描いていたそうですが…その内容は谷口さんがおっしゃるには、ラジオでは話せないほどつまんないとか!?
高校生になると、美術高校に行って絵の勉強をするようになり、大学では美大に進学します。一方、高校生の頃からからブログで漫画を連載。その作品が谷口さんの好物だった「レバ刺し」との疑似恋愛を描いた『レバ刺しとわたし』。エッセイ漫画のスタイルが好評で、大学以外の人からも褒められるようになり、ついには書籍化までされました。
今回、事前アンケートで「人生における重要な出来事」を伺いました。1つ目は「滝行」。『レバ刺しとわたし』を読んだライター兼編集の方から、『hanako』で滝行の取材漫画を描かないか、というオファーがあり、実際に滝行に行ったところ、思った以上にツラかったとか。ただ、このおかげでいろんな雑誌での仕事が舞い込むようなったと言います。2つ目は「料理を描くのが下手だねと言われたこと」。先ほどの編集の方から言われた言葉なのですが、すごく気を遣いながら言われたことが当時の谷口さんにはすごくショックだったそうですが、その悔しさをバネに、料理を美味しそうに描くように努力を重ねることができたとか。3つ目は「ストーリー漫画を描くために向き合ってくれた編集さん」。これは先ほどとは別の編集の方で、谷口さんいわく”ストーリー漫画の師匠”ともいうべき存在。谷口さんのアイデアを大きく広げてくれる手助けをしてくれたとおっしゃっていました。

◆『じゃあ、あんたが作ってみろよ』誕生秘話◆
2023年に描いた漫画『じゃあ、あんたが作ってみろよ』は昨年ドラマ化され、TVer再生数 歴代1位を記録!
この作品を描くきっかけはいくつかあったそうなのですが、そのうちの1つが「ラランド・ニシダさんのラジオ」。当時、ニシダさんがラジオ内で、同棲している彼女に「ご飯全部茶色いね」って言ったら彼女が泣いた、というエピソードを話しており、これを聴いた谷口さんばどうやったらニシダさんを更生できるかを考えているように。この作品タイトルはニシダさんのおかげで生まれたものだとも。
また、別のきっかけとして、元彼に「元カノはもっと家事してくれた」と言われたことも挙げていました。当時、悔しくて涙してしまったそうで、律儀に料理勉強しようと思ったと言いますが、「今思ったら何だアイツ」とこぼす一幕も…!さらに、数年前にインターネット上で話題になっていた「ポテサラ論争」もきっかけのうちの一つなったと言います。

◆漫画家夫婦◆
夫の真造圭伍さんも漫画家で、真造さんの手掛けた漫画『ひらやすみ』も『じゃあ、あんたが作ってみろよ』と同じ時期にドラマ化されました。週によっては放送時間が被ってしまったこともあったそうで、どっちを観るかで揉めかけたこともあったそうですが…TVerのリアルタイム配信のおかげで無事解決したのだそう…!
そんな漫画家夫婦の日常についてもお話を。基本的にアドバイスはせず、褒めること以外はしないのが夫婦間のルールなのだとか。ちなみに、谷口さんは真造さんの漫画『ひらやすみ』は2巻から読んでいないそうで、その理由はエゴサーチをしていたところ「谷口菜津子は真造圭伍の影響を受けている」と出てきてムカついてしまったからだとか。ただ、ドラマは見たそうで、”こんないい漫画を君は描いていたのか…!”と感動したと言います。

◆これから◆
最後に今後、描いてみたい漫画について伺うと、「今の自分だから描けるものを描きたい」というお話が。現在38歳の谷口さん、”どんなおばさんになるのか考えることがある一方、世の中の”おじさんならイジっていいだろう”という風潮が気になることがあり、”一般社会でおじさんがあまりにもむげにされている感じはどうなんだろう…”と思うことがあると言います。そのため、おばさんのことだけでなく、おじさんのことも描きたいというお話もありました。これを聞いて「このバランス感が素晴らしいですよね」と川島さんも話していました。

♪オンエア・リスト♪
M1. that's all i can do / Chilli Beans.
M2. 絢爛マイユース / でんぱ組.inc
M3. シェイプシフター / This is LAST
M4. 卵とじ / 倉橋ヨエコ

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04 May 2026

【#118】ゲストは"人生を奏でるジャズプレイヤー" 大江千里さん!【2026.2.21 OA】

『川島明 そもそもの話』2月21日放送のゲストは、大江千里さん!
川島さんが昨年、リリースしたアルバム『アメノヒ』では『夜明けの歌』を作詞作曲してくれた大江さん。普段はアメリカ在住ですが、ツアーのために来日しているタイミングで、念願の1対1トークが実現しました!

◆夜明けの歌◆
川島さんのアルバム『アメノヒ』には『夜明けの歌』という楽曲を書き下ろした大江さん。川島さんによると、昨年このアルバムを引っ提げてツアーを回った際に、『夜明けの歌』は、性別年齢問わず幅広い方がゆっくり揺れながら泣いている様子が印象的だったと言います。大江さんいわく「どんな仕事してる人でも“これ俺や”って思えるような曲に…って藤井隆さんに言われた」とのこと。楽曲を作っている時から、コンサートで川島さんが歌う時に、まさに夜明けのようにスポットライトが川島さんに当たり、川島さんが出てくるとゆるやかに波の様に拍手が起こる…そんな様子をイメージしていたとか。

◆デビュー◆
大江さんは、1983年、23歳の時にシンガー・ソングライターとしてデビュー。そもそもジャズが好きで、大阪芸大で歌っている人のバックでピアノを弾いたり、曲を書いたりしていたことも。その後、ヤマハの「ポプコン」などのコンテストに応募するも思うように結果が出ず…そんなことしてるうちに大学を留年。ある時、バンドを組んで、枚方でお客さんが1人の会場で演奏していると、そのたった1人のお客さんがソニーのスカウトの方で、大江さんに「君さ、ソロでやる気ない?」と話しかけたことが、デビューのきっかけだったと言います。
上京すると、佐野元春さんなどを手掛けていたプロデューサーが大江さんを担当することに。当時は原宿の女の子が千里ロゴグッズをつけて、千里マークで一色になるような…そんなイメージを目標にしていたとか。こうして、シングル『ワラビーぬぎすてて』とアルバム『WAKUWAKU』を同時リリースする形でデビューします。

◆ヒット◆
1990年リリースのアルバム『APOLLO』が初のオリコン1位を獲得。そして、翌年には代表曲『格好悪いふられ方』が発売されます。大江さんによると、『格好悪いふられ方』は元々3つの曲のそれぞれサビだった部分を合わせて1つの曲にしたのだとか。
また、数々のアーティストにもカバーされている名曲『Rain』は、シングルでリリースされていないのが意外ですが…これにはわけがあるのだと言います。実は、『Rain』と『Glory days』が同時期にできていて、どちらかをシングル曲にしようということになり、スタッフとも話し合った結果、『Glory days』を推そうということになったのだとか。その結果、『Glory days』がシングルとしてリリースされ、『Rain』はアルバムに収録されることになりましたが、当時のプロデューサーは「『Glory days』で売れるだろうけど、僕は『Rain』やと思う」とも話していたとか。

◆ドラマ・バラエティ◆
ミュージシャンとして活躍する一方、数々のドラマ・バラエティにも出演!浜田雅功さん、田中美佐子さんと共演したドラマ『十年愛』では、大江さんはツアーがあるから途中で撮影を抜けなければいけない、という制約がある中で出演していました。有名なメリーゴーランドで亡くなる衝撃のシーンは、こうした制約があったために生まれたものだと言います。
また、思い出深い番組を伺うと、1997年~2001年まで益子直美さんとMCを務めていたNHKのテレビ番組『トップランナー』を挙げてくださいました。幼い頃からキャシープリンのラジオとか聴いてきていた大江さんは、話のテンポを重視するあまり、ついつい追撃してしまいそうになる中、カメラの向こう側でプロデューサーが5人くらい×マークをしていたり、横にいる益子直美さんが僕の肉をギューッ!とつねったり…こうした中で「待て」を覚えたとも。金言は用意してきた言葉の後に出るのですが…そうした波がくるときについつい待ち切れずに喋ってしまうのが大江さんらしさでもあるのです。

◆渡米◆
こうして順風満帆に芸能活動を続けていた大江さんですが、47歳の時に全てを捨てて渡米。川島さんはちょうど47歳になったばかりのタイミングということもあって、このことには興味津々です。
大江さんいわく、ポップに命をかけていたけれど、どこかでジャズをやらないと人生を終えることはできないなあ…という想いを持ち続けていたとか。ふと、ニューヨークにジャズの大学があったよなあ…と思い出して応募して試験を受けたみたところ、まさかの合格!慌てふためいて事務所に話したところ、背中を押してもらえたため、「スクールデイズ」と題されたクリスマスコンサートを終え、年明けには渡米することに。こうして大江さんの”スクールデイズ”がアメリカで始まったのです。
大江さんが入学したのはジャズの名門「ニュースクール」。周りはアメリカの血気盛んな18歳の生徒が多い中で、47歳の学生として奮闘。この日々は、アーティスト大江千里にとってはかけがえのないものになったともお話ししてくださいました。

♪オンエア・リスト♪
M1. 格好悪いふられ方 / 大江千里
M2. 夜明けの歌 / 川島明
M3. ワラビーぬぎすてて / 大江千里
M4. Rain / 大江千里
BGM. ありがとう / 大江千里
BGM. Orange Desert / 大江千里
M5. Boys Mature Slow / 大江千里
M6. STELLA'S COUGH (Class of '88 version) / 大江千里

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23 Apr 2026

【#117】ゲストは"原稿用紙に笑いのピースをはめる言葉の職人" ピース 又吉直樹さん!【2026.2.7 OA】

『川島明 そもそもの話』2月7日放送のゲストは、ピース 又吉直樹さん!
川島さんからみて”本当に独特”と感じる後輩でありながら、今は「先生」と呼ばれる存在に!そんな又吉さんのそもそもの話をじっくりと伺っていきました。

◆お笑いの道へ◆
又吉さんが最初に影響を受けたお笑いは「吉本新喜劇」。よく「ベタなお笑い」と評されることも多い新喜劇ですが、又吉さんいわく、ベタではなく、むしろ古今東西、世界のどこ見渡してもあんな演劇はないと感じているとか。
又吉さんがお笑いに関して、最初に感じた衝動は"書きたい"というもの。学童に通っていたときに、『赤ずきんちゃん』の劇を書いたそうなのですが、”観客を飽きさせたくない”という一心で、当時のCMソングを入れ込んだりと趣向を凝らした演出をしたところ、大盛り上がり!ここでウケる快感を知ったと言います。
その後、中学生の頃にはノートに漫才やショートコントのネタを書き溜めるようになり、それを生徒の前で発表したこともあったとか。その流れで、1999年に中学の同級生の原さんとコンビ「線香花火」を結成します。養成所ではそこそこの結果を残していたという、当時の経験が、のちに発表する小説『火花』の原体験となっていきます。そんな「線香花火」は1年目から平日夜のルミネtheよしもとの公演に出演するなど、着実にステップアップしていきますが、相方の遅刻やネタ合わせの際の態度が気になったことがきっかけで、程なくして解散することになりました。

◆ピース結成◆
2003年、同期の綾部祐二さんとピースを結成します。コンビを結成してすぐに綾部さんにかまされたそうで…又吉さんはすぐに綾部さんの傘下に入るような形に。川島さんいわく、綾部さんは驚異のコミュニケーション能力を持っていて、売れてる先輩の横にいて、対等にオトナとして話している姿が印象的だったとか。
2010年には『キングオブコント』で準優勝。当時、若手芸人はみんな単独ライブを盛んに開催していましたが、独特の感性を持つ綾部さんは「単独ライブやっても売れる時代じゃない」と言って、早々に単独ライブを切り上げたそう。そのため、この時披露したネタは2005年頃に作ったネタなのだとか。この年には『M-1グランプリ』でも決勝へ進出。川島さん周りでは、"久しぶりに東京吉本からエース出てきたぞ"という空気だったと言います。ただ、このように、飛ぶ鳥を落とす勢いで売れていったピースですが、又吉さんからすると"もうちょっとゆっくり世間に出たかった"と感じていたとか。

◆火花◆
2015年、又吉さんは小説『火花』で小説家デビュー。もともと文章を書く仕事はしていたそうですが、『ピカル』や『いいとも』、『ほこ×たて』といったレギュラー番組が立て続けに終わり、スケジュールが一気に空いたタイミングで、”今なら書けるんじゃないか…”と思ったことが執筆のきっかけだったとか。また、当時の又吉さんは芸歴15年目くらいで、劇場で一緒に出ていたメンバーが結構辞めていた時期。”セカンドキャリアを歩み、収入はあるけれど、テレビに出ている芸人を見ると後ろめたい気持ちになる”といった、同世代の芸人仲間の話を聞いて、なんていう言葉をかけたらいいかわからない…そんな葛藤を見つめながら物語を紡いでみようという気持ちが芽生えたのがこの時期だったとも。
この作品はこの年、芥川賞を受賞し、大きな話題を呼びます。当時、芥川賞の選考対象になりやすいのは100枚程度の作品だと言われていましたが、『火花』は原稿用紙230枚程の分量を書いているため、又吉さんからすると芥川賞のことは意識すらしていなかったとか。受賞後は”先生”のようなポジションに立たされることも増えていきましたが、当時を振り返ると「しんどさが大きかった」と言います。それまでのご自身の芸風を振り返ると、自虐だけでやってきたそうなのですが、芥川賞作家になると自虐が通用しなくなってしまったのだとか。ちなみに、この状況は麒麟の田村さんが『ホームレス中学生』でベストセラー作家になった時と全く同じ状況だそう。

◆綾部さんの渡米◆
一方、相方の綾部さんは2016年に渡米。その少し前に明石家さんまさんに「ニューヨークのいろんなショー観た方がいい」と薦められたことがきっかけで、綾部さんだけ実際にアメリカに行ったそうなんですが、それ以降アメリカをすごく意識したようになったと又吉さんは言います。又吉さんいわく「『火花』で芥川賞を獲って、1人でもやっていけるのではと思った可能性があるのかな…」とも。ちなみに、川島さんは又吉さんの芥川賞の受賞式が生中継されている様子を見てる綾部さんと一緒にいたそうで、綾部さんは生中継を観ながら「どこまで行っちゃうんだろなあ…」とポツリとつぶやいていたとか。その話を聞いた又吉さんは「お前やろって言いたいですけどね」と話していました…!
こうしてコンビ同士、それぞれ日米で活動するようになりましたが、解散を考えたことは一度もないと言います。又吉さんいわく”単身赴任”のようなイメージだと言い、「これからも解散はない」と力強くおっしゃっていました。

◆生きとるわ◆
又吉直樹さんの新たな小説『生きとるわ』が1月28日に文藝春秋より発売になりました!又吉さんいわく「ダメなヤツが結構出てくる」作品。芸人笑いとも違う、人の"おかしみ"を描きたいと思って書かれた小説だとも。
詳しい情報はこちらから。ぜひチェックしてみてくださいね◎

♪オンエア・リスト♪
M1. サティスファクション / 真心ブラザーズ
M2. 東京 / くるり
M3. CRAZY DAYS CRAZY FEELING / ZAZEN BOYS
M4. 虎 / ハンバート ハンバート

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