川島明 そもそもの話

TOKYO FM/JFN 37 Stations
Every Saturday 17:00-17:55
エフエム青森 Every Saturday 19:00-19:55

そもそも、なんでこの世界に?
そもそも、有名になったきっかけは?そもそも、あの作品を手がけた理由は?
芸人、俳優、ミュージシャン、漫画家、映画監督、スポーツ選手、料理人……
誰でも知ってるあの人の、意外と知らない“そもそもの話”。
平日の喧騒を逃れた土曜日。
バリトンボイスの聞き巧者 麒麟・川島明がおくるインタビュー番組。
様々な質問や相談に川島明が答えていきます。

番組では、リスナーからのメッセージも募集中!

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On Air Report

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23 Nov 2025

【#97】ゲストは"才能を時代に証明し続けるヤバい天才" 漫画家 魚豊さん!【2025.9.20 OA】

『川島明 そもそもの話』9月20日放送のゲストは、漫画家 魚豊さん!
漫画大好きな川島さんですが、魚豊さんの漫画を読むと心を揺り動かされると言います。そんな、人の心を揺らす魚豊さんの原点に川島さんが迫る55分間!

◆漫画との出会い◆
絵を描くのは子どものころから好きだったと言う魚豊さん。13歳の頃は部活にも行かず、3ヶ月に1度のペースでギャグ漫画を描いて投稿していたとか。こうして定期的に読み切りを投稿するようになり、17歳の頃には担当さんがつくように。16歳の頃にようやく小さく載ることができ、その時はとても嬉しかったと言いますが、周りの友達にはそのことを言わず、今も地元の友人には漫画家であることを明かしていないのだとか!
そんな魚豊さんが影響を受けた漫画家として挙げたのが、『賭博黙示録カイジ』などで知られる福本伸行先生!それまでは専らギャグ漫画を読んでいた魚豊さんですが、たまたまブックオフで『カイジ』を見つけて、この作品特有の「・・・」だけの表現に魅了され、衝撃を受けたとおっしゃっていました。
(ちなみに、今年2月に福本先生が『そもそもの話』に来てくれた際の放送後記はこちらから!)

◆ひゃくえむ。◆
その後、様々な賞を目指してラップの漫画やロボット漫画などを描いてみるも、なかなか上手くいかない中、2016年8月に転機が訪れます。当時の魚豊さんはこの月の月末に漫画賞の締め切りがあったものの、何も思いついておらず、”今回はパスか…”とも思い始めていた頃でした。ある日、テレビで放送されていたリオデジャネイロ五輪の陸上100m予選を偶然見ていて、選手がフライングで失格になっているシーンを見て、”え!これで終わり!?”"4年間頑張ってきたのに、一瞬の揺らぎで次のチャンスは4年後!?"と驚いたと言います。”この一瞬の極限世界って他の職業にはないな…”と思ったところから『ひゃくえむ。』の読み切りが生まれ、編集者にも初めて目の前で「面白い」と言われたとか!
『ひゃくえむ。』の作中の台詞には多くの名言がありますが、ご自身でも「哲学とお笑いとHIP HOPが好き」だったと言うように、そもそも言葉に対して強くこだわりを持っている魚豊さん。こういったものからも無意識のうちに影響を受けているかも、とおっしゃっていました。ちなみに『ひゃくえむ。』の中で川島さんが大好きな台詞は、財津選手が陸上部の人に向かって演説する中での一節。この台詞は21歳の時に考えたものだそうで、魚豊さんの本音でもあるのだとか。
そんな『ひゃくえむ。』がこのたび劇場アニメ化!声優を務めるのは松坂桃李さん・染谷将太さんなどの面々。ロトスコープという表現技法が用いられており、魚豊さんいわく「アニメ映画として、動きを見ているだけで面白い」とのこと!劇場アニメ『ひゃくえむ。』の詳しい情報はこちらから!

◆チ。―地球の運動について―◆
『ひゃくえむ。』の次回作として、2020年からビッグコミックスピリッツで連載されたのが、"地動説"をテーマにした作品「チ。―地球の運動について―」でした。担当編集者とは"『ひゃくえむ。』のようなスポーツや競技をテーマにしたものだと同じような作品になってしまうのでは"と話していたこともあり、"人を殺さないルール”だった『ひゃくえむ。』に対して"逆にいっぱい人が死ぬやつをやろう"というところから生まれたのが「チ。」だったとか。
様々な意味の「チ」がかかっている、この作品タイトルについて川島さんも「これ以上ない完璧なタイトル」「これ、しびれますね!」と絶賛!このタイトルは魚豊さんが考えたもので、当初は「血」と「知」のダブルミーニングのつもりで考えていたところ、友人に「地」もかかっていることを指摘され、トリプルミーニングになったのだとか!ちなみにその友人の名前は”カイドウくん”だそうで、『ひゃくえむ。』に登場するキャラの「海棠」はこの友人から名前をもらっているのだとも明かしてくれました。

◆お笑い好き◆
「芸人になろうか漫画家になろうか悩んでいたこともある」と話すほど、お笑いも大好きな魚豊さん。「漫画が面白くないと言われてもそこまでダメージないけれど、お笑いは否定されたくなかった」とおっしゃるように、お笑いが好きすぎてお笑いの道には進まなかったとも。
そんな魚豊さんの悩みが"同い年や年下の凝った大喜利で笑えない"というもの。小手先のテクニックを見せつけられている感じがして、”今技術でやらなくても、熱でやれよ!”といったように、こじらせたお笑い愛が爆発してしまうのだそう…。ちなみに、魚豊さんが最近注目しているコンビは同い年の「イチゴ」。川島さんも注目している存在だと話していました!

♪オンエア・リスト♪
M1. 怪獣 / サカナクション
BGM. 漫画で爆笑だぁ! / ECD
M2. break boy in the dream feat.七尾旅人 / 環ROY
M3. フィロソフィー / amazarashi
M4. らしさ / Official髭男dism

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20 Nov 2025

【#96】ゲストは"さりげなく周りの人を明るくする人見知りの太陽" TBSアナウンサー 田村真子さん!【2025.9.13 OA】

『川島明 そもそもの話』9月13日放送のゲストは、TBSアナウンサーの田村真子さん!
田村さんとはこの5年間、TBS『ラヴィット!』で毎朝一緒に共演している川島さんにとっては”地元の友達が職場に来た”みたいな感覚!?
他局への出演は初めてだと言う田村アナの意外と知らないそもそもの話をたっぷり伺いました!

◆アナウンサーになるまで◆
子どもの頃はテレビのお笑い番組に夢中になっていたと言う田村さん。中学生の頃には、NON STYLEのネタを学校でマネしていたこともあったとか。川島さんからは『ラヴィット!』に大ファンのロバート・秋山竜次さんがゲストに来られたときには、まるで素人に戻ったかのような雰囲気だったというお話も飛び出していました!
その後、上智大学文学部新聞学科に進学。その時点ではマスコミ志望ではなかったそうで、博物館で働く資格を取ろうと思ったり、国家公務員にも興味を持ったこともあったと言います。ただ、大学時代のゼミの教授に「テレビ局を受けるんだったら、絶対アナウンサーも受けた方がいい」と強く勧められたことで、アナウンサー就活をすることに。本採用が一番早かったTBSテレビのアナウンサー試験にたまたま受かったことで、"最初にご縁を頂いたところに入るべきだ"という考えもあって、晴れてTBSアナウンサーの道へと進むことになりました!

◆ビリビリ椅子との出会い◆
TBSテレビ入社後、様々な番組での仕事を経験しますが…その中で大きな経験として挙げたのが「ビリビリ椅子との出会い」!
これはもちろん『ラヴィット!』名物の「ビリビリ椅子」のこと。開始当初の『ラヴィット!』はかなり情報番組寄りのテイストだったこともあり、今よりも”情報番組のアナウンサー”のような雰囲気だったと言います。ただ、2022年9月23日の放送でジャングルポケットの太田さんの企画で番組にビリビリ椅子が持ち込まれたことで、いつからか番組内で定番となり、『ラヴィット!』自体もお笑い寄りの雰囲気になっていき、田村さんの笑い方もより豪快になっていったとか。田村さんからは「"世界一ビリビリ椅子に座ったMC"としてギネスに申請したい」という宣言も飛び出しました!

◆ラヴィット!のそもそも◆
ここからは田村さんが『ラヴィット!』を担当することになった経緯についてお話をじっくり伺いました。
ある日、アナウンスセンター長から電話が来て、驚きながらも電話に出たところ、担当することが決まったと言います。『ラヴィット!』が始まる前にも、千鳥がMCの『クイズ!THE違和感』でたまに共演していた2人。『ラヴィット!』が始まる2ヶ月ほど前に『クイズ!THE違和感』の収録で一緒になった際に、田村さんが川島さんの楽屋に挨拶に行ったところ、川島さんはかなり戸惑ったようなリアクションで、逆に田村さんの方が戸惑ってしまったと言います。川島さんいわく、当時は朝の帯番組を初めて担当するプレッシャーを感じていて、新番組の『ラヴィット!』のことを考えたくなかったのかも…とおっしゃっていました。
川島さんが忘れられない出来事して話したのが、『ラヴィット!』が始まる少し前の頃に行われたリハーサルでのこと。その最中に、東京で大きな地震が来て、リハーサルが一時中断。30分ほど経って安全が確認され、リハーサルは再開されましたが、この突然の出来事を経験したことで腹をくくることができたと川島さんは言います。”生放送中に急に何が起こるかわからない…”ということを身をもって体感した瞬間だったのです。

◆陽がのぼるほうへ◆
田村さんは8月に『TBSアナウンサー・田村真子1stフォトエッセイ 陽がのぼるほうへ』を太田出版より出版されました!
カルチャー誌「Quick Japan」とその公式ウェブメディアに毎月掲載されてきた連載エッセイに加えて、新たな書き下ろしエッセイや、親友・近藤千尋さんとの対談インタビューなど書籍オリジナルコンテンツを加えた一冊。帯のコメントは川島さんが務められています!
みなさんもぜひ、チェックしてみてくださいね◎

♪オンエア・リスト♪
M1. 世界はそれを愛と呼ぶんだぜ / サンボマスター
M2. Fate / i-dle
M3. Say What? / 赤坂サイファー
M4. 拝啓、少年よ / Hump Back
M5. ありあまる富 / 椎名林檎
M6. ヒューマニティ! / サンボマスター

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30 Oct 2025

【#95】ゲストは"静かにパンクを響かせるアーティスト" 武田真一さん!【2025.9.6 OA】

『川島明 そもそもの話』9月6日放送のゲストは、武田真一さん!
川島さんとはテレビ東京『川島明の辞書で呑む』で共演されていますが、川島さんいわく「会う前と後で印象が170度変わった」とか!「お酒を飲むと人が変わる」という武田さんと、今回はお酒なしでじっくりトーク!のはずが、気づけば度々の”口三味線”も!?

◆パンク好きからアナウンサーに◆
バンドブーム全盛期に青春時代を過ごした武田さんは、高校・大学とパンクバンドでギターを弾いていました。そんなパンクに傾倒していた武田さんがアナウンサーになった理由は「就活でたまたま受かったから」。そもそも、言葉を扱う仕事に就きたいという想いがあり、コピーライターを目指していたものの上手くいかず、友人の誘いでNHKも受けた結果、採用されたのだそう。
新人時代は地元の熊本放送局で、5分ほどのニュースリポートを制作する業務やラジオニュースのアナウンサーなどをしていたそう。ここでは、ディレクターとアナウンサーを兼務しており、記者の仕事から映像編集まで…その業務内容は多岐にわたっていたと言います。
そんな新人時代の赤っ恥エピソードも明かしてくれました。15分間のテレビニュースのアナウンサーをしていた際、原稿の束が5~6束、アナウンスブースに自分で持って行くときに順番を間違えて持って行ってしまい、生放送中に原稿を見失って焦っている状態のまま、1~2分経ってしまい、そのまま映像は熊本城のお天気カメラに切り替わったことがあったのだとか…!当時は全くエリートアナウンサーではなく、ただただ”パンクの心を持ったアナウンサー”だったようです。

◆転機となった臨時ニュース◆
その後、1999年に東京へ異動になり、全国放送のニュースでアナウンサーをするようになります。その年のある日、大きな銀行合併の臨時ニュースが飛び込んできたことがありました。臨時のニュースは基本ベテランのアナウンサーが担当するそうですが、その時はたまたまベテランのアナウンサーがそのタイミングで席を外していて、武田さんが急遽担当することに!急に訪れたチャンスをなんとか務め上げ、これがきっかけで“武田さんにある程度任せても良いのではないか”と、局内の雰囲気が変わっていったと言います。先輩のアナウンサーに言われた「お前の舞台はお前が思っているよりもずっと早く来る、だから準備しておけ」という言葉も印象に残っているとおっしゃっていました。

◆新潟県中越地震◆
武田さんにとって大きな出来事だと言うのが、2004年の「新潟県中越地震」。
当時、武田さんは正午のニュースを担当していましたが、正午のニュースの担当アナウンサーは日中に臨時ニュースを伝えることになった際にシフトに入るというルールになっていたそう。この「新潟県中越地震」に際して、武田さんは発災から4日後に、ガレキの中から当時2歳の男の子が助け出される瞬間を伝えることになりました。
道路が崩れていて、そのガレキの中に車が埋まっている中、”どうやら男の子が生きているらしい”との情報があり、ガレキの中から男の子がしっかり消防隊員の服を掴んで助け出される様子を映像で生中継され、それを見ながらスタジオの武田さんが「生存してます!」と涙ながらに実況したことは、今でも心に残っている瞬間だと言います。
「ニュースは人が亡くなったとか、事件があったとか、悲惨な出来事を伝えることがほとんど」と話す武田さんですが、「その中で人の命が助かったことをニュースとして伝えられたのが本当に嬉しかった」ともおっしゃっていました。
ここで、このエピソードに関連して、武田さんから川島さんに伝えたいことがあるそう。それは、川島さんの2024年の『ラヴィット!ロック』でのスピーチ。ここで川島さんは「つらいことがあったらラヴィット!をつけてください。ラヴィット!やっている限り大丈夫です。」と話していましたが、これを見て感動し、涙が出たと言う武田さん。「放送の役割って、人の不幸を伝えるだけでなく、寄り添う、笑いを提供する、勇気づけること」と、ご自身の考えにも通じるスピーチだったと語っていました。

◆DayDay.◆
2023年、55歳でNHKを早期退職し、その年の4月から日本テレビ『DayDay.』のMCに就任!
定年まで残り5年となり、"夏休みが終わるような、旅が終わるような寂しさ"があったと話す武田さん。目標が見えなくても、先が見えない大海原に一歩踏み出してみたいという想いから、この決断を下したとも言います。
『DayDay.』とともにMCを務める南海キャンディーズの山里亮太さんについて伺うと、「正義感が強い」「社会に対していろんな思いを持っている」「若い人、子育て中の人に対して、メディアとしてどういうことができるだろう…と考えている」とお話しに。
『DayDay.』での山里さんは、スタッフに対して"なんでこのニュースやるんですか?"と、受け身ではないスタンスなのだそう。もともとアナウンサーとしてニュース出身の武田さんは、”ニュースは出来事がそこにあって、起きたらそれを伝える”という考え方を持っていたと言いますが、「『DayDay.』という番組が社会に対してどう作用するか?社会をどう変えるか?」と問う山里さんのスタンスに刺激を受けているとも。

♪オンエア・リスト♪
M1. アンジェリーナ / 佐野元春
BGM. BAD FEELING / BOOWY
BGM. 解剖室 / THE STALIN
M2. 青春を切り裂く波動 / 新しい学校のリーダーズ
M3. ともに / WANIMA
M4. 約束の橋 (New Recording) / 佐野元春 and THE COYOTE BAND

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18 Sep 2025

【#94】ゲストは"くるまに乗って、ゆったりと芸能界を走る漫才師" 令和ロマン 松井ケムリさん!【2025.8.30 OA】

『川島明 そもそもの話』8月30日放送のゲストは、令和ロマン 松井ケムリさん!
川島さんいわく、初対面の時からどっしりと構えていて、その周りを"くるま"が走り回る、車庫のような男!そんなケムリさんのこれまで、そして今に迫りました。

◆お父さんは偉人◆
お父さんが”すごい人”なケムリさん。現在の肩書きは大和証券取締役副会長兼関西テレビ放送監査役…と、これまでのお笑い芸人とは太さが違いますが、最近はカンテレに行くとMCよりも深めにお辞儀されることもあるとか。「独断と偏見で選ぶ~」というフレーズをテレビで耳にして「時に独断は必要だが偏見はダメだ」と格言を残す、偉人のようなお父さんですが、Perfumeのファンクラブに入って、LIVEで飛んできた銀テープを大切に保存したり、家のオーディオでSEKAI NO OWARIの曲を聴いて「Fukaseは深いよなあ」とポツリとつぶやいたり…若い感性もお持ちのようです。

◆学生芸人からNSCへ◆
そんな恵まれた家庭のもとで、幼い頃から大きく苦労することもなく育ったケムリさん。学生時代から人前に立ちたいという気持ちが大きかったと言い、高校生の頃には竹下通りを何往復かしたこともあったそうですが…特にスカウトはされなかったそう。
現在の相方・髙比良くるまさんとの出会いは大学のお笑いサークルでのこと。くるまさんの第一印象は”ずっと喋ってるやつがいるな…”というもので、最初に見た時は”いかにコンビニで新品のジャンプを手に入れるか”というような話をしていたとも。もともと、くるまさんではない方とコンビを組んでいて、このコンビでプロになりたいとも思っていたケムリさんでしたが、大学3年の時にフラれてしまいます。それを見かねたくるまさんから、半ば同情にも近い形で「魔人無骨」というコンビを結成。こうしてケムリさんとくるまさんはコンビとなったのです。
その後、吉本のお笑い養成所・NSCへと入りますが、そこで学生芸人はかなり目をつけられていたと言います。先輩芸人のナイチンゲールダンス・ヤスさんがクラスの半分くらいの生徒を率いて「授業サボろうぜ」と働きかけていたことがあったのも影響していたのか…ともおっしゃっていましたが、授業始まる前に学生芸人だった人が挙手させられたり、他事務所との対抗戦に全く出してもらえなかったり…"いけ好かないヤツら"として扱われていたとか。

◆M-1グランプリ◆
2019年に「令和ロマン」に改名し、2022年には『ABCお笑いグランプリ』で準優勝!これがきっかけで風向きが変わった、仕事でご飯を食べられるようになり、ケムリさんにとっては大きな出来事だったと言います。
その翌年、2023年には『M-1グランプリ』で優勝!初の決勝の舞台でしたが、笑神籤を轢いて出てきた順番はなんとトップバッター!リハーサルでもトップバッターを引いていたこともあり、その瞬間は「マジでやらせだと思いました」と言いますが、ここでくるまさんはM-1を盛り上げる役割に徹しようと方針転換。緊張する時間すらない中でネタを披露したところ、最終決戦の3組に残ります!もともと、さや香が「見せ算」のネタをやることは知っていたこともあり、「優勝候補はおのずと僕らかヤーレンズさんになった」「それで優勝を意識した部分はあった」と当時を振り返っていました。こうして令和ロマンは優勝を果たしましたが、その瞬間はあまり実感はなかったとも。
2023年の優勝直後のインタビューで宣言した通り、翌年の2024年もエントリー。そして、再び決勝に進みますが…またもや笑神籤により、トップバッターに!「仮の仮にやらせだったとしてもすごい」とケムリさんも話していましたが、2人ともその可能性は全く想定していなかったとか。ただ、2年連続トップバッターという状況が思いのほか追い風となり、2年連続優勝を果たしました!ケムリさんいわく、くるまさんは2023年のM-1に心残りがあった様子だったそうですが、2024年に優勝した際には本当嬉しそうだったとか!

◆くるまさん吉本退所◆
こうしてM-1グランプリを連覇し、一番テレビに出ていた時期に、突然、くるまさんの名前がニュースで報道され始め…結果としては、くるまさんが吉本を退所することで、芸能活動を再開する…という前例のない状況を経験することに。でも、こうした状況の中でも解散は全くよぎらなかったとか。「解散しても何も変わらない。漫才がなくなるだけで損しかないと思った。」と力強くおっしゃっていました。一方、川島さんから見てすごいと思ったのが"こうした混乱した状況の中でも全く動じず、1ミリも痩せなかったこと"。ケムリさんは「戻ってくると思ってたからある程度元気だった。」とも話していました!

◆最近一番楽しい仕事◆
ケムリさんが"最近一番楽しい仕事"として挙げたのがTOKYO MXで放送中のTV番組『キッズが見てる!もしもタレントじゃなかったら』。毎回、様々なタレントがもし、タレントになっていなかったらやってみたかった仕事に挑戦する様子に密着し、その様子をスタジオでケムリさんと子役の子どもたちが見守っていますが…VTRを観るときの子どもたちがあまりにも自由奔放すぎて…可愛くて癒されるのだとか!
『もしタレ』の公式Xでは今回お話にあがった自由奔放な子役たちの様子が見られます!ぜひチェックしてみてくださいね◎

♪オンエア・リスト♪
M1. ワイルド アット ハート / 嵐
M2. 路上のルール / 尾崎豊
M3. ログマロープ / 日食なつこ
M4. 浅草キッド / ビートたけし
M5. ドライブ / ケツメイシ

radikoタイムフリーで聴く方はこちらから!
「タイムフリー30」なら9/30(火)朝5時まで聴けます。

2024年12月14日放送、相方・髙比良くるまさんがゲストで登場した回の放送後記はこちらをチェック!

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