川島明 そもそもの話

TOKYO FM/JFN 37 Stations
Every Saturday 17:00-17:55
エフエム青森 Every Saturday 19:00-19:55

そもそも、なんでこの世界に?
そもそも、有名になったきっかけは?そもそも、あの作品を手がけた理由は?
芸人、俳優、ミュージシャン、漫画家、映画監督、スポーツ選手、料理人……
誰でも知ってるあの人の、意外と知らない“そもそもの話”。
平日の喧騒を逃れた土曜日。
バリトンボイスの聞き巧者 麒麟・川島明がおくるインタビュー番組。
様々な質問や相談に川島明が答えていきます。

番組では、リスナーからのメッセージも募集中!

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On Air Report

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04 May 2026

【#118】ゲストは"人生を奏でるジャズプレイヤー" 大江千里さん!【2026.2.21 OA】

『川島明 そもそもの話』2月21日放送のゲストは、大江千里さん!
川島さんが昨年、リリースしたアルバム『アメノヒ』では『夜明けの歌』を作詞作曲してくれた大江さん。普段はアメリカ在住ですが、ツアーのために来日しているタイミングで、念願の1対1トークが実現しました!

◆夜明けの歌◆
川島さんのアルバム『アメノヒ』には『夜明けの歌』という楽曲を書き下ろした大江さん。川島さんによると、昨年このアルバムを引っ提げてツアーを回った際に、『夜明けの歌』は、性別年齢問わず幅広い方がゆっくり揺れながら泣いている様子が印象的だったと言います。大江さんいわく「どんな仕事してる人でも“これ俺や”って思えるような曲に…って藤井隆さんに言われた」とのこと。楽曲を作っている時から、コンサートで川島さんが歌う時に、まさに夜明けのようにスポットライトが川島さんに当たり、川島さんが出てくるとゆるやかに波の様に拍手が起こる…そんな様子をイメージしていたとか。

◆デビュー◆
大江さんは、1983年、23歳の時にシンガー・ソングライターとしてデビュー。そもそもジャズが好きで、大阪芸大で歌っている人のバックでピアノを弾いたり、曲を書いたりしていたことも。その後、ヤマハの「ポプコン」などのコンテストに応募するも思うように結果が出ず…そんなことしてるうちに大学を留年。ある時、バンドを組んで、枚方でお客さんが1人の会場で演奏していると、そのたった1人のお客さんがソニーのスカウトの方で、大江さんに「君さ、ソロでやる気ない?」と話しかけたことが、デビューのきっかけだったと言います。
上京すると、佐野元春さんなどを手掛けていたプロデューサーが大江さんを担当することに。当時は原宿の女の子が千里ロゴグッズをつけて、千里マークで一色になるような…そんなイメージを目標にしていたとか。こうして、シングル『ワラビーぬぎすてて』とアルバム『WAKUWAKU』を同時リリースする形でデビューします。

◆ヒット◆
1990年リリースのアルバム『APOLLO』が初のオリコン1位を獲得。そして、翌年には代表曲『格好悪いふられ方』が発売されます。大江さんによると、『格好悪いふられ方』は元々3つの曲のそれぞれサビだった部分を合わせて1つの曲にしたのだとか。
また、数々のアーティストにもカバーされている名曲『Rain』は、シングルでリリースされていないのが意外ですが…これにはわけがあるのだと言います。実は、『Rain』と『Glory days』が同時期にできていて、どちらかをシングル曲にしようということになり、スタッフとも話し合った結果、『Glory days』を推そうということになったのだとか。その結果、『Glory days』がシングルとしてリリースされ、『Rain』はアルバムに収録されることになりましたが、当時のプロデューサーは「『Glory days』で売れるだろうけど、僕は『Rain』やと思う」とも話していたとか。

◆ドラマ・バラエティ◆
ミュージシャンとして活躍する一方、数々のドラマ・バラエティにも出演!浜田雅功さん、田中美佐子さんと共演したドラマ『十年愛』では、大江さんはツアーがあるから途中で撮影を抜けなければいけない、という制約がある中で出演していました。有名なメリーゴーランドで亡くなる衝撃のシーンは、こうした制約があったために生まれたものだと言います。
また、思い出深い番組を伺うと、1997年~2001年まで益子直美さんとMCを務めていたNHKのテレビ番組『トップランナー』を挙げてくださいました。幼い頃からキャシープリンのラジオとか聴いてきていた大江さんは、話のテンポを重視するあまり、ついつい追撃してしまいそうになる中、カメラの向こう側でプロデューサーが5人くらい×マークをしていたり、横にいる益子直美さんが僕の肉をギューッ!とつねったり…こうした中で「待て」を覚えたとも。金言は用意してきた言葉の後に出るのですが…そうした波がくるときについつい待ち切れずに喋ってしまうのが大江さんらしさでもあるのです。

◆渡米◆
こうして順風満帆に芸能活動を続けていた大江さんですが、47歳の時に全てを捨てて渡米。川島さんはちょうど47歳になったばかりのタイミングということもあって、このことには興味津々です。
大江さんいわく、ポップに命をかけていたけれど、どこかでジャズをやらないと人生を終えることはできないなあ…という想いを持ち続けていたとか。ふと、ニューヨークにジャズの大学があったよなあ…と思い出して応募して試験を受けたみたところ、まさかの合格!慌てふためいて事務所に話したところ、背中を押してもらえたため、「スクールデイズ」と題されたクリスマスコンサートを終え、年明けには渡米することに。こうして大江さんの”スクールデイズ”がアメリカで始まったのです。
大江さんが入学したのはジャズの名門「ニュースクール」。周りはアメリカの血気盛んな18歳の生徒が多い中で、47歳の学生として奮闘。この日々は、アーティスト大江千里にとってはかけがえのないものになったともお話ししてくださいました。

♪オンエア・リスト♪
M1. 格好悪いふられ方 / 大江千里
M2. 夜明けの歌 / 川島明
M3. ワラビーぬぎすてて / 大江千里
M4. Rain / 大江千里
BGM. ありがとう / 大江千里
BGM. Orange Desert / 大江千里
M5. Boys Mature Slow / 大江千里
M6. STELLA'S COUGH (Class of '88 version) / 大江千里

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23 Apr 2026

【#117】ゲストは"原稿用紙に笑いのピースをはめる言葉の職人" ピース 又吉直樹さん!【2026.2.7 OA】

『川島明 そもそもの話』2月7日放送のゲストは、ピース 又吉直樹さん!
川島さんからみて”本当に独特”と感じる後輩でありながら、今は「先生」と呼ばれる存在に!そんな又吉さんのそもそもの話をじっくりと伺っていきました。

◆お笑いの道へ◆
又吉さんが最初に影響を受けたお笑いは「吉本新喜劇」。よく「ベタなお笑い」と評されることも多い新喜劇ですが、又吉さんいわく、ベタではなく、むしろ古今東西、世界のどこ見渡してもあんな演劇はないと感じているとか。
又吉さんがお笑いに関して、最初に感じた衝動は"書きたい"というもの。学童に通っていたときに、『赤ずきんちゃん』の劇を書いたそうなのですが、”観客を飽きさせたくない”という一心で、当時のCMソングを入れ込んだりと趣向を凝らした演出をしたところ、大盛り上がり!ここでウケる快感を知ったと言います。
その後、中学生の頃にはノートに漫才やショートコントのネタを書き溜めるようになり、それを生徒の前で発表したこともあったとか。その流れで、1999年に中学の同級生の原さんとコンビ「線香花火」を結成します。養成所ではそこそこの結果を残していたという、当時の経験が、のちに発表する小説『火花』の原体験となっていきます。そんな「線香花火」は1年目から平日夜のルミネtheよしもとの公演に出演するなど、着実にステップアップしていきますが、相方の遅刻やネタ合わせの際の態度が気になったことがきっかけで、程なくして解散することになりました。

◆ピース結成◆
2003年、同期の綾部祐二さんとピースを結成します。コンビを結成してすぐに綾部さんにかまされたそうで…又吉さんはすぐに綾部さんの傘下に入るような形に。川島さんいわく、綾部さんは驚異のコミュニケーション能力を持っていて、売れてる先輩の横にいて、対等にオトナとして話している姿が印象的だったとか。
2010年には『キングオブコント』で準優勝。当時、若手芸人はみんな単独ライブを盛んに開催していましたが、独特の感性を持つ綾部さんは「単独ライブやっても売れる時代じゃない」と言って、早々に単独ライブを切り上げたそう。そのため、この時披露したネタは2005年頃に作ったネタなのだとか。この年には『M-1グランプリ』でも決勝へ進出。川島さん周りでは、"久しぶりに東京吉本からエース出てきたぞ"という空気だったと言います。ただ、このように、飛ぶ鳥を落とす勢いで売れていったピースですが、又吉さんからすると"もうちょっとゆっくり世間に出たかった"と感じていたとか。

◆火花◆
2015年、又吉さんは小説『火花』で小説家デビュー。もともと文章を書く仕事はしていたそうですが、『ピカル』や『いいとも』、『ほこ×たて』といったレギュラー番組が立て続けに終わり、スケジュールが一気に空いたタイミングで、”今なら書けるんじゃないか…”と思ったことが執筆のきっかけだったとか。また、当時の又吉さんは芸歴15年目くらいで、劇場で一緒に出ていたメンバーが結構辞めていた時期。”セカンドキャリアを歩み、収入はあるけれど、テレビに出ている芸人を見ると後ろめたい気持ちになる”といった、同世代の芸人仲間の話を聞いて、なんていう言葉をかけたらいいかわからない…そんな葛藤を見つめながら物語を紡いでみようという気持ちが芽生えたのがこの時期だったとも。
この作品はこの年、芥川賞を受賞し、大きな話題を呼びます。当時、芥川賞の選考対象になりやすいのは100枚程度の作品だと言われていましたが、『火花』は原稿用紙230枚程の分量を書いているため、又吉さんからすると芥川賞のことは意識すらしていなかったとか。受賞後は”先生”のようなポジションに立たされることも増えていきましたが、当時を振り返ると「しんどさが大きかった」と言います。それまでのご自身の芸風を振り返ると、自虐だけでやってきたそうなのですが、芥川賞作家になると自虐が通用しなくなってしまったのだとか。ちなみに、この状況は麒麟の田村さんが『ホームレス中学生』でベストセラー作家になった時と全く同じ状況だそう。

◆綾部さんの渡米◆
一方、相方の綾部さんは2016年に渡米。その少し前に明石家さんまさんに「ニューヨークのいろんなショー観た方がいい」と薦められたことがきっかけで、綾部さんだけ実際にアメリカに行ったそうなんですが、それ以降アメリカをすごく意識したようになったと又吉さんは言います。又吉さんいわく「『火花』で芥川賞を獲って、1人でもやっていけるのではと思った可能性があるのかな…」とも。ちなみに、川島さんは又吉さんの芥川賞の受賞式が生中継されている様子を見てる綾部さんと一緒にいたそうで、綾部さんは生中継を観ながら「どこまで行っちゃうんだろなあ…」とポツリとつぶやいていたとか。その話を聞いた又吉さんは「お前やろって言いたいですけどね」と話していました…!
こうしてコンビ同士、それぞれ日米で活動するようになりましたが、解散を考えたことは一度もないと言います。又吉さんいわく”単身赴任”のようなイメージだと言い、「これからも解散はない」と力強くおっしゃっていました。

◆生きとるわ◆
又吉直樹さんの新たな小説『生きとるわ』が1月28日に文藝春秋より発売になりました!又吉さんいわく「ダメなヤツが結構出てくる」作品。芸人笑いとも違う、人の"おかしみ"を描きたいと思って書かれた小説だとも。
詳しい情報はこちらから。ぜひチェックしてみてくださいね◎

♪オンエア・リスト♪
M1. サティスファクション / 真心ブラザーズ
M2. 東京 / くるり
M3. CRAZY DAYS CRAZY FEELING / ZAZEN BOYS
M4. 虎 / ハンバート ハンバート

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23 Feb 2026

【#116】ゲストは"日常がコントになる等身大の女王" ニッチェのお2人!【2026.1.31 OA】

『川島明 そもそもの話』1月31日放送のゲストは、ニッチェ江上敬子さん、近藤くみこさん!
昨年末、川島さんも審査員を務めた『THE W 2025』で見事チャンピオンに輝いたお2人を迎えて、たっぷりお話を伺いました!

◆江上婚◆
ニッチェのお2人について「本人たちは覚えているかわからないけれど、結婚するときにめちゃめちゃ背中を押してくれた」と話す川島さん。ご本人たちはすっかり覚えておらず、その自覚がないようでしたが…川島さんいわく、江上さんが川島さんの結婚の背中を押したことで、結婚が半年ほど早まったのだとか!
というのは、スピードワゴン主催のお笑いライブ「東京センターマイク」で、麒麟とニッチェが共演した時のこと。みんなで行った打ち上げで、目の前の席に座った江上さんから「いつ結婚するのか?」と詰問されたと川島さんは言います。「まあ、もうちょっと自分の立場が上がったら…」と答えたところ、「そんなのは男の都合」「ずっと待ってるよ!お前のエゴだろ!結婚して売れろよ!」ともはやタメ口になってまで言われたとか。川島さんが「奥さんは何も結婚のこと言ってない」と話すと、「そりゃ言わないよ、言えないよ女から!!」と江上さんは言い放ち…川島さんはすっかり酔いがさめてしまったそう。ただ、のちの奥様となった彼女は、当時、結婚について親に急かされていたものの、なかなか切り出せない状況だったそうで…江上さんの強い後押しのおかげで、その数日後に川島さんからプロポーズをして、めでたく結婚することになったのだとか!
相方の近藤さんも、実は似たようなきっかけで結婚までたどり着いたそうで…もしかすると、”江上婚”のカップルは他にもいるのでは?という話になっていました!

◆日本映画学校◆
そもそも、お笑い芸人になるつもりは全くなかったと言うニッチェのお2人。その出会いは、ともに俳優を目指して入った専門学校「日本映画学校」でのことでした。創設者の今村昌平さんの"漫才とお芝居は似ている"という考えから、そのカリキュラムの中に2人1組になって漫才のネタを作り、発表するという「漫才実習」があり、お2人はそこでコンビを組んだことで出会ったと言います。それまでお笑いに興味のなかった江上さんですが、二丁拳銃さんの単独ライブや「爆笑オンエアバトル」など、お笑いのビデオをレンタルして、面白かったネタをノートに文字起こしすることで、ネタを分析。"面白いことを4行に1回くらいは言っている""文章に書き起こしづらいネタが漫才コントなんだ!"など、色々な発見があったと言います。周りのコンビはそこまでの熱量で取り組んではいなかったかもしれないとも言いますが、真剣に漫才実習に取り組んだ結果、図らずも漫才師として成長してしまったお2人。卒業時の進路相談で1人ずつ先生に呼ばれる中、ナゼかお2人だけは2人セットで呼ばれ「お前らは、芸人になりなさい」と言われたのだとか。先生には20年後、役者として少しだけご飯が食べられるのと、10年後、芸人としてめちゃくちゃご飯を食べているの、どっちがいいんだ」と問われ、「そりゃあ、めっちゃご飯を食べられている方が…」と答えたところ、「ホントに役者やりたいヤツは、それでも役者選ぶんだよ!」と返され…まさかの"ひっかけ問題"にかかってしまったこともあって、マセキ芸能社に入り、2005年にコンビ名を「ニッチェ」へと変更します。

◆ふくらむスクラム!!◆
結成から3年後の2008年には、フジテレビのお笑い芸人発掘番組『新しい波16』への出演を経て、ユニットコント番組『ふくらむスクラム!!』のレギュラーメンバーに選ばれます。ニッチェの他には、かまいたち、しゃもじ、ヒカリゴケ、オレンジサンセット、少年少女といったコンビが出演。『1ばんスクラム!!』にリニューアルしてからは、AKB48前田敦子さんや小森純さんなども加わりました。
この番組は『めちゃ×2イケてるッ!』『はねるのトびら』などの系譜に連なるお笑い番組ということで、江上さんはこのレギュラーが決まったその日に電話でバイトを辞めたそう。ただ、『めちゃイケ』のオアシズ、『はねトび』の北陽とは違って、『ふくらむスクラム!!』には女性コンビが2組いて、もう1組の少年少女の方が当時は知名度があったためにニッチェはあまりコントの出番をもらえず…番組自体も周りからの期待とは裏腹に上手く軌道に乗らず、1年で終了。江上さんも番組が始まってしばらくした頃にはバイト先に出戻り、「もう一度、やらせてください」と懇願したのだとか…。

◆ネタ作り◆
『ふくらむスクラム!!』が1年で打ち切られてしまったことが、むしろ悪い印象を生んでしまい、仕事が減ってしまったニッチェ。起死回生を図るべく、冬の大磯ロングビーチで缶詰になってネタ作りを行う”ネタ合宿”を行ったことも。”逆ピーク”とも言うべき環境の冬の大磯ロングビーチは、2~3泊しても1人あたり1万5000円程度で泊まることができたそうで、そこで作った4本のネタで『NHK新人演芸大賞』を受賞することができたとか!
時にはネタ作りに行き詰まることもあったと言います。ネタが浮かばずピリピリしたある時、江上さんが「私はこんなことをしたかったんじゃなかったんだよ!!」と悪酔いすると、近藤さんが「いい加減にしてくれ」と愛のビンタ!「相方がこんな苦しんでる姿見たくないわ」「解散しよう」と切り出した近藤さんのぐうの音も出ない正論に、江上さんは土下座し、誰かのせいにしていた自分を見つめ直すことができたと言います。
こうした成果が実り、再び少しずつテレビ出演の機会が増えていったニッチェ。2017年10月からはTBS『王様のブランチ』のレギュラーメンバーに!この番組のニッチェは「お茶の間にフィットしている」と川島さんも言いますが、ご自身でも無理にテレビに合わせようとしなくても、自然とテレビを楽しめるようになったと言います。江上さんは「天職だと思う」ともおっしゃっていました!
そんなお2人ですが、結婚してからネタ作りにも変化があり、最近ではお互いに通話しながらネタを作っていることもあるそう。昨年の『THE W』では見事チャンピオンの座に輝きましたが、江上さんいわく「今回はオーガニックな2本目のネタを見せることができた」とか。1本目が座っているネタだったため、2本目は立とう…というふうに、冷静に2本目のネタを選ぶことができたと言います。最後に川島さんから「急に500万円を手に入れた主婦のコント、やったらいいんじゃない?」と思わぬ提案があると、「ホントにやっていいですか?!」「このあとネタ合わせする?」とお2人は乗り気に!近いうちにニッチェの新ネタとして、実現する日が来るかも!?

♪オンエア・リスト♪
M1. GRRRLISM / あっこゴリラ
M2. 恋の罠しかけましょ / FUNK THE PEANUTS
M3. ブルーウォーター / 森川美穂
M4. iiwake / ニッチェ

radikoタイムフリーで聴く方はこちらから!
「タイムフリー30」なら3/3(火)朝5時まで聴けます。

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20 Feb 2026

【#115】ゲストは"ベッキーという職業を楽しみ切るプロ" ベッキーさん!【2026.1.24 OA】

『川島明 そもそもの話』1月24日放送のゲストは、ベッキーさん!
芸歴的にほぼ同期ではあるものの、プライベートではあまり話したことが無いと言う2人が、1対1でたっぷりお話を!

◆おはスタ◆
テレビ東京で長年続く、朝の子ども向け番組『おはスタ』で芸能界デビューを果たしたベッキーさん。と言っても、おなじみの「おはガール」としてのデビューではなく、「ポケモンイングリッシュ」のコーナー担当のお姉さんとしての出演でした。そのオーディションは英語力を試される内容でしたが、ベッキーさんはそこまで英語力が高かったわけではなかったと言い、”テレビには出たいけれど、英語を教えるほどの技術力はない"という状況のため、オーディションを受けて落としてもらおうと思っていたそうなのですが、予想に反してまさかの合格!最初は戸惑いつつも、物心ついたころから興味のあった「タレント」としての第一歩を踏み出したのです。ちなみに、タレントを目指したきっかけはフジテレビ『とんねるずのみなさんのおかげです』の渡辺満里奈さんの姿に憧れを抱いたことだったとか!

◆笑う犬◆
2001年からは、フジテレビのコント番組『笑う犬』に参加!様々な女優やグラビアアイドルがオーディションを受けていた中、ベッキーさんが見事その座を射止めました!ちなみに、オーディションの日は17歳の誕生日当日だったそうで、「絶対受かる!」と強く意気込んで臨んだとか。日曜20時のフジテレビのコント番組への憧れも強かったこともあり、決まった時は本当に嬉しかったと言います。
この番組をきっかけにベッキーさんの名前はお茶の間にも広く浸透していき、英会話教室「NOVA」のパロディコント「OVA」からは、今でもおなじみの「Don’t Touch Me!!」と怒鳴るくだりが生まれました。このくだりは、本番前に出演者が雑談しているスペース(通称:溜まり)で生まれたものだったそう。

◆バラエティ女王◆
と、ここまでトントン拍子で芸能界を駆け上がっていったベッキーさん。大学に通いながらレギュラー7~8本を抱えていた時期も。多忙を極めた中でも大学に通った理由について伺うと、"ずっとこの環境にいたら、私はダメ人間になってしまう"と感じていたからだとか。大学に行って社会の縮図みたいなところにいないとダメ人間になると思ったので通ったとおっしゃっていました。CMクイーンになったこともありましたが、その頃はプライベートの時間がなかったと言います。プライベートの時間を削らないと、ナンバーワンにはなれないと思っていたとも。
出演番組のオンエアは2回見ていたと言い、1回目は普通に視聴者目線で観て、2回目は自分だけにフォーカスして観ていたとか。ベッキーさんいわく、意外と芸能界はダメ出ししてくれる人がいないそうで、オンエアを研究することで、ディレクターの編集からダメ出しを感じ取っていたのだと言います。

◆アンケート◆
売れっ子タレントが日々悩まされるのが「番組のアンケート地獄」。そんな中、ベッキーさんはアンケートの1つの質問に対して3つ以上の回答を必ず挙げるようにしていたり、Wordファイルの「ありがとうございました。」という言葉に「こちらこそ。」と書き加えたり…と、かなり熱のこもったアンケートを返していたと言います。ベッキーさんいわく「アンケート大好き」「むしろ書きたい」とも。
実はこの『そもそもの話』のアンケートも、川島さんいわく「令和には珍しいくらいアンケートの量が多い」のです。そんな大量の質問項目が書かれた当番組のアンケートを、今回、3時間後に提出していただかなくてはならなかったのですが、ベッキーさんは2時間で書き上げ、しかもびっしりとたくさんの回答で埋めてくださいました!ベッキーさん、その節は本当にすみませんでした…そして、本当にありがとうございました!!

◆カムバック◆
いろいろなことがあって、「おうちの中におれ!」みたいな時期を経験されたベッキーさん。それでも、芸能界での活動を諦めることは無かったと言います。”絶対に戻りたい!"という思いで、これからの夢をいっぱい書いたり、自分を見つめ直したりして、その時期を過ごしていたと言います。
そんな中で、ハリセンボンの近藤春菜さんが頻繁に会ってくれて、バラエティの第一線で活躍する春菜さんとやりとりをする中で、バラエティのリハビリをすることができたのだとか。また、笑福亭鶴瓶さんは、仕事がゼロになった時に何回も電話をくれて、「お前は絶対立ち上がれる」「落ちた人ほど落ちた高さを見上げられるから、絶対負けるな」「これからは丁寧に生きて、家族を悲しませるな」と、叱咤激励の言葉をかけてくれたとか。また、当時同じ事務所のカンニング竹山さんもお叱りの言葉をかけつつ、「何があっても仲間だから」「俺は助けるよ」と励ましてくれたそうで、「本当に救われた」とおっしゃっていました!

♪オンエア・リスト♪
M1. ビンテージ / Official髭男dism
M2. そらとぶポケモンキッズ / ベッキー
M3. ヴィーナス〔KH-Rリミックス〕 / ショッキング・ブルー
M4. YAMABIKO / NakamuraEmi
M5. Keep Tryin' / 宇多田ヒカル

radikoタイムフリーで聴く方はこちらから!
「タイムフリー30」なら2/24(火)朝5時まで聴けます。

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