川島明 そもそもの話

TOKYO FM/JFN 37 Stations
Every Saturday 17:00-17:55
エフエム青森 Every Saturday 19:00-19:55

そもそも、なんでこの世界に?
そもそも、有名になったきっかけは?そもそも、あの作品を手がけた理由は?
芸人、俳優、ミュージシャン、漫画家、映画監督、スポーツ選手、料理人……
誰でも知ってるあの人の、意外と知らない“そもそもの話”。
平日の喧騒を逃れた土曜日。
バリトンボイスの聞き巧者 麒麟・川島明がおくるインタビュー番組。
様々な質問や相談に川島明が答えていきます。

番組では、リスナーからのメッセージも募集中!

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On Air Report

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16 Jul 2026

【#136】ゲストは"お笑いに救われた、ネタは強しの母" 紺野ぶるまさん!【2026.6.27 OA】

『川島明 そもそもの話』6月27日放送のゲストは、紺野ぶるまさん!
土曜日の夕方の放送。ぶるまさん自身は「得意な時間です」とおっしゃっていましたが…発言には気を付けてもらいつつ、1対1でじっくりお話を伺いました。

◆ギャルからお笑いの道へ◆
紺野ぶるまさんは高校時代に雑誌『egg』に出会ったことでギャルデビュー。ご自身ではいけてるギャルのつもりだったものの、実際は”三鷹のピーターさん”と呼ばれていたとか。ただ、校則の厳しい私立高校だったためにすぐに退学になり、その後は通信制の高校に通うことになります。ただ、厳しい校則に縛られていたからこそギャルをするのが楽しかったのに、退学してルールがなくなってしまった途端に楽しくなくなってしまい、将来に絶望したとも。
その後、卒業する頃には、進路に悩んだ末にモデル志望になったぶるまさん。100万円の登録料を払ってモデル事務所に入ったものの、仕事はほぼもらえず…すぐに辞めてしまいます。こういったことがあって体調を崩していた頃に偶然フジテレビ『爆笑レッドカーペット』で見た、くまだまさしさんとハイキングウォーキングの2人によるユニット「ブルマパーティー」のネタに衝撃を受け、「紺野ぶるま」としてお笑い芸人の道へ進むことになりました。ちなみに、芸名の「ぶるま」はこの「ブルマパーティー」というユニット名に由来しているのだとか!

◆お笑い芸人として奮闘◆
当初は三鷹のギャル友達を誘って「ブルマニアン」というコンビで活動していますが、すぐにピン芸人に転向。当時は芸名の通り、ブルマをはいた格好でネタをしていたそうですが、お客さんの反応は「セクシーだった」「面白いと思っちゃってるんだ、これが」といった厳しいものが多かったとか。ぶるまさんと同期の芸人にはおかずクラブの2人がおり、新人時代、事務所対抗の新人ライブで対戦した際には完敗したと言います。ライブの後にぶるまさんが連絡先を交換しようとすると、ゆいPさんに「高みで会おうよ」と言われて断られたこともあったそう。ただ、その10数年後に『THE W』の舞台で再び対戦した際にはぶるまさんが勝ったのだともおっしゃっていました…!


◆医療事務◆
今回、人生における大きな出来事として「医療事務の資格を取ろうとしたこと」を挙げたぶるまさん。29歳の頃に下ネタをやるようになり、お笑い芸人として徐々に仕事が舞い込むようになったのですが、ゴールデン番組などでは全く活躍できず。もうすぐ30歳を迎えるというタイミングでしたが、当時は”女性芸人は30歳まで”といった風潮があったそうで、ぶるまさんはお笑い芸人を辞めて、医療事務の資格を取ろうと資料を取り寄せたそう。ただ、いざ医療事務の仕事に向けて進もうとすると、心では取り組もうと思っても、体が本能的に拒否してしまう…という状況に陥ったと言います。こうした経験から"芸人の収入が5円でもいいから、芸人を続けることが自分の幸せなんだ"と考えるようになり、再びお笑いの道を突き進もうと思うことができたのだとおっしゃっていました。
その後、下ネタ以外にも、ちゃんと笑わせられるコントにも取り組むようになり、徐々に賞レースでも結果を残すように。2017年に『R-1ぐらんぷり』で決勝に進出!『THE W』では準優勝、『ABCお笑いグランプリ』で決勝進出した経験もあります。ただ、なかなかトップが獲ることができず…次第にボートレース場や競輪場の営業が増えて、歯のないおじさまがスススススと笑う日々を過ごしている!?とも話していました。

◆カウンセリング◆
ぶるまさんは2019年にご結婚。出産もされ、お子さんがいらっしゃいます。そんな状況の中で、最近は親戚の目を気にして、「お下劣ピン芸人」から「魅惑のバルーンアーティスト」にキャッチコピーを変更。"下ネタで売れたけど、子どもが生まれたから思うように下ネタができない"という特殊な状況に悩んでいると言います。そんな話から、気づけばいつの間にか川島さんによるカウンセリングの時間が始まり…「下ネタやってるけど娘がどんどん大きくなる、この間にしか言えないこともある」とアドバイスされていました。ここからぶるまさんがどんな活躍を見せるのか、今後のぶるまさんの活動が楽しみですね…!

♪オンエア・リスト♪
M1. ROSE / HANA
M2. Trust / 浜崎あゆみ
M3. それが大事 / 大事MANブラザーズバンド
M4. Baby Don't Cry / 安室奈美恵

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「タイムフリー30」なら7/28(火)朝5時まで聴けます。

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16 Jul 2026

【#135】ゲストは"自分のランドが勝手にできていく、楽天家の王様" ラランド ニシダさん!【2026.6.20 OA】

『川島明 そもそもの話』6月20日放送のゲストは、ラランド ニシダさん!
相方のサーヤさんは2025年2月8日放送のゲストに来てくださいましたが、川島さんいわく「謎が多い」というニシダさんの奥底にあるポテンシャルを引き出すべく、1対1でじっくりお話を伺いました。

◆生い立ち◆
ニシダさんは山口県宇部市生まれ。ただ、父親の仕事の都合で頻繁に引越しをしており、幼稚園から小学生にかけてはドイツやスペインで暮らしていたこともあった帰国子女でもあります。
ドイツで暮らしていた時期には、現地にあった日本のテレビ番組を録画したビデオをレンタル・販売しているお店に通っており、当時そこで借りた『M-1グランプリ』のビデオで川島さんの活躍も見ていたと言います。日本に帰国後、中学時代になると深夜ラジオに熱中。その中でも特に南海キャンディーズ 山里亮太さんや伊集院光さんの番組にのめりこみ、そこからお笑いを好きになったと言います。その一方でニシダさんは本好きでもあり、中学生の頃から27歳のころまで、10年以上にわたって必ず年間100冊を読むようにしていたほどだったとか。

◆ラランド結成◆
大学生になると、サーヤさんに誘われてお笑いサークルに入部。ニシダさんはなんとなくサーヤさんと組むものだと思っていたのですが、サーヤさんは次第にはぐらかすようになり…実は当時、サーヤさんは先輩に「太ったやつか外国人を連れてこい」って言われていたため、学部の中で一番太っていたニシダさんに声をかけていたのです。ただ、”周りを見ても圧倒的にサーヤさんが一番面白い”と感じていたニシダさんは、お笑いサークルに入りそうな女子に冷たい態度をとって、サーヤさんが別の部員とコンビを結成するのをなんとかして強引に阻止。こうしてサーヤさんとコンビを組むことに成功したニシダさんは、周りから一目置かれたかったがために、実際はサーヤさんがネタを書いているにもかかわらず、ニシダさんの方がネタを書いている雰囲気を出していたとも明かされていました。
こうして大学お笑いを経て、フリーで活動。ただ、当時サーヤさんの中でニシダさんは4番手。ニシダさんよりも本命の相方候補が3人いたのですが、ニシダさんによる"周りの縁を引きちぎる作戦"により、他の相方候補が次々と脱落。最終的にはニシダさんが勝手にM-1グランプリのエントリー用紙を提出するという強行策に出たことで、ラランドとして本格的に活動することに成功したのです。

*サーヤさんゲスト回の放送後記はこちらから!今回の放送後記と読み比べてみるのもおすすめです!

◆マネージャー◆
『M-1グランプリ』での活躍などもあり、いろんな芸能事務所から声がかかるように。事務所に所属した方が、マネジメント的には楽だと言われていますが、サーヤさんの”しばらくは社会人続けたい”という意向もあり、フリーで活動することに。そんな中、当時ホリプロで船越英一郎さんのマネージャーをしていた大学の友人が手伝ってくれることになり、少しずつタレント活動の仕事が回り始めます。しばらくして、その友人がホリプロを辞めてラランドのマネジメント業務に専念しようと考えた際には、船越さんが快く受け入れてくれたそうで、とても感謝しているのだとおっしゃっていました。

◆小説家◆
2023年には小説集『不器用で』を発表するなど、ニシダさんは小説家としても活動しています。もともと文学好きだったものの、お笑いと同じく書きたいと思ったことは一度もなかったそう。ただ、日記など、ちょっとした文章を書くのは好きだったそうで、そこに目を付けたサーヤさんのすすめでnoteを書くようになったところから執筆活動が始まったのだとか。ニシダさんいわく「ネタ書いてないのに小説書いてるヤツは史上初」だそうですが、麒麟の田村さんは小説ではないですが、『ホームレス中学生』でベストセラー本を書かれているという話にもなりました。また、ニシダさんは個人事務所でサーヤさんが給料を決める給料制で働いているため、小説を執筆しやすい環境だそう。ただ、その話を伺っていたら、いきなり「ひゃっ…」とびっくりしてしまう一幕もありました…!

♪オンエア・リスト♪
M1. むちっ / 礼賛
M2. だがそれでいい / Creepy Nuts
M3. K.U.F.U. / RHYMESTER
M4. 'I' Novel / RADWIMPS

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「タイムフリー30」なら7/21(火)朝5時まで聴けます。

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16 Jul 2026

【#134】ゲストは"生涯芸人の控えめな喜劇王" 村上ショージさん!【2026.6.13 OA】

『川島明 そもそもの話』6月13日放送のゲストは、村上ショージさん!
芸歴49年!川島さんにとっては大師匠のような存在。麒麟と劇場出番が一緒になることも多く、麒麟の出番の後、トリで登場して大爆笑を獲っていく姿が印象的だと言うショージさんのそもそもの話をじっくりと伺いました。

◆デビュー◆
そもそも、ショージさんが芸人を目指したきっかけは「吉本新喜劇」。中学校卒業したら吉本に入ると決めていたものの、貧しい家庭だったこともあり、中学卒業後は造船所で働きますが、それでもお笑いへの夢は諦めておらず、MBSテレビ『ヤングおー!おー!』の明石家さんまさんに憧れて、22歳の時に吉本興業の門を叩きます。ただ、当時はまだNSCのような養成所がなかったため、漫談家の滝あきら師匠に弟子入りすることに。
最初は裏方として修業の日々を重ねますが、ある日、京都花月で急遽10分の劇場出番を与えられます。時間がない中で急ごしらえで作った”生きたどじょうを飲む”というネタを披露しますが、さんまさんの師匠・笑福亭松之助さんが偶然この舞台を見ており、さんまさんは「あいつ、どうにかせい!」と怒られてしまったそう。ただ、それを受けてさんまさんはショージさんに「あんまり無理すなよ」と、粋な一言をかけてくれたのだそう。

◆ひょうきん族◆
ショージさんの知名度が上がったきっかけとなった番組が、フジテレビで放送されていた伝説のお笑い番組『オレたちひょうきん族』。番組自体は1981年から1989年まで放送されていましたが、ショージさんは番組中期からレギュラー出演していました。この番組では、明石家さんまさんが進行する『ラブ・ユー・貧乏』のコーナーで、下積み時代の貧乏話で笑いをとり人気を集めました。それでも、さんまさんやショージさんなど吉本興業所属の芸人はギャラが全然上がらなかったと言い、一躍人気者になった後も、皮肉にも貧乏エピソードは尽きなかったのだそう。

◆R-1ぐらんぷり◆
実は川島さんとショージさんは同じマネージャーが担当。以前の担当マネージャーのオベさんは、ショージさんを説得させて、2016年にR-1ぐらんぷりに出場させたことも。”ベテラン芸人が賞レースで奮闘する姿はカッコいい!”と説得した末に出場したのですが、結果は2回戦敗退。残念な結果となってしまいましたが、プレッシャーを感じたのか、オベさんは新たな仕事を獲ってきます。それが「R-1ぐらんぷりの審査員」の仕事。”どの面下げて審査すればいいの!?”と戸惑うショージさんでしたが、若干下を向きつつ審査員を全うしたのだとか。
現在の担当マネージャーのニシモトさんから川島さんが聞いたところによると、ショージさんは66歳で原付免許を取得したそう。近年、地元の愛媛県・大島でも生活をするようになり、島での交通手段として免許を取得したそうですが…ニシモトさんいわく、免許試験に向けての勉強に付き合うのが大変だったのだそう。

◆全国ツアー◆
村上ショージさんの全国ツアー「村上ショージ全国ツアー~小さな笑いを全国に~」が7月から開催されます。”小さな笑い”という弱気なタイトルが川島さんは気になるようですが、全国6ヶ所の"人が優しそうな場所"で開催。ショージさんいわく、笑いを提供するのではなく、笑いを見つけてもらうツアー!?ともおっしゃっていましたが、気になった方はぜひ会場へ足を運んでみてください!

♪オンエア・リスト♪
M1. 夏色のナンシー / 早見優
M2. ラブユー貧乏 (ボーカル編) / ロス・プリモス
M3. 浅草キッド / 村上ショージ
M4. 笑顔のまんま / BEGIN with アホナスターズ

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16 Jul 2026

【#133】ゲストは"面白い男" 千鳥 大悟さん!【2026.6.6 OA】

『川島明 そもそもの話』6月6日放送のゲストは、千鳥 大悟さん!
大阪の劇場・baseよしもとからともに活動してきた、川島さんとは特に関係の深い芸人仲間を迎えて、1対1でじっくりとフリーにお話を繰り広げました。

◆結婚祝儀◆
あんまり1対1で喋ったことがないという2人。自由気ままに昔のエピソードを語り合う中、いつしか話題はお互いの結婚ご祝儀についての話に。
大悟さんが結婚された際、川島さんから大悟さんへ渡したご祝儀は10万円。一方、しばらくして、川島さんが結婚した際に大悟さんから渡したご祝儀は5万円に加えて、手裏剣の折り紙が3つ、カエルの折り紙が1つ、くまのプーさんの折り紙が1つ。その理由について大悟さんは「東京来てたし番組も持ってたけど、かきあつめちょうど5」「5万と折り紙を5個、これで10」「どんな思いで折ったか、1万以上よ」と説明しますが、川島さんは「今、買い取ってくれ!」と話していました…!ちなみに、ご祝儀袋の中には「金がないけえ、これで勘弁してつかあさい」と一筆添えてあったとか。

◆ヤギと大悟◆
笑い飯、麒麟、千鳥といったメンバーで劇場でともに過ごしていた時期が一番青春だったと話す2人。その一方、大悟さんがおっしゃるには「大阪時代は全然手ごたえはなかった」とも。2012年には活動拠点を完全に東京に移すも、フジテレビ『ピカルの定理』や日本テレビ『笑神様は突然に…』などのレギュラー番組が続かず、思うように活躍ができない状況が続きます。
そんな中で大悟さんの転機となったのが『すべらない話』と『IPPONグランプリ』の2つで近い時期に立て続けに優勝したことでした。これにより大悟さんの笑いに説得力が出てきて、”荒い、やんちゃなヤツだけど、本質は面白いヤツなんだ”といった雰囲気が周りに伝わっていったのだとか。その上で、年配の方など幅広い世代にも受け入れられたきっかけは、テレビ東京『ヤギと大悟』だと言います。この番組で、それまで大悟さんの魅力が伝わっていなかった層にも人柄が受け入れられ、幅広い世代からの人気を得ることができたそう。ちなみに、大悟さんがW主演を務める映画『箱の中の羊』の監督を務める是枝裕和さんは、この『ヤギと大悟』を観たことがきっかけで、映画のオファーをしたのだとか!大悟さんは「ヤギと歩いていたらカンヌ歩くことになった」とおっしゃっていましたが、どの仕事がどうつながるかわからない、ということを改めて感じる川島さんでした。

◆志村けんさん◆
ここで、大悟さんから川島さんに相談したいことが!それは「志村けんさんの車をどうするか?」というもの。
大悟さんが恩人と慕う志村さんが愛用していた車をもらったものの、大悟さん自身は自動車免許を持っておらず、今はマンションの地下駐車場に停めっぱなしの状況だと言います。ただ、ずっとこのまま…というわけにはいかないため、この車をどうしようか、悩んでいるのだとか。
今のところ、2つ案があるそうで、1つは"川島さんの同期で山形県住みます芸人のソラシド本坊さんに、畑仕事で使ってもらう"というもの。そしてもう1つが、"志村さんの最後のお弟子・乾き亭げそ太郎さんに渡す"というもの。げそ太郎さんは付き人としてこの車をおそらく運転しており、現在は九州で活動されているため、大悟さんはこの方にお渡しするのが一番良いのかな…と考えているそう!

◆箱の中の羊◆
そんな大悟さんですが、5月29日(金)から全国公開となった映画『箱の中の羊』で、綾瀬はるかさんとW主演を務めています。『怪物』や『万引き家族』で知られる映画監督の是枝裕和さんが原案・監督・脚本・編集を務めるオリジナル作品。大悟さんいわく「夫婦がアナコンダに飲み込まれるところから始まる作品…」とボケ始めると、すかさず川島さんからは「全然違いますよ」とツッコミが入っていましたが…正しい、詳しい情報は作品公式サイトをご覧ください◎

♪オンエア・リスト♪
M1. とんぼ / 長渕剛
M2. 唇をかみしめて / 吉田拓郎
M3. 歩く花 / THE BLUE HEARTS
M4. 真っ白 / 藤井風

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