川島明 そもそもの話

TOKYO FM/JFN 37 Stations
Every Saturday 17:00-17:55
エフエム青森 Every Saturday 19:00-19:55

そもそも、なんでこの世界に?
そもそも、有名になったきっかけは?そもそも、あの作品を手がけた理由は?
芸人、俳優、ミュージシャン、漫画家、映画監督、スポーツ選手、料理人……
誰でも知ってるあの人の、意外と知らない“そもそもの話”。
平日の喧騒を逃れた土曜日。
バリトンボイスの聞き巧者 麒麟・川島明がおくるインタビュー番組。
様々な質問や相談に川島明が答えていきます。

番組では、リスナーからのメッセージも募集中!

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On Air Report

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18 Jan 2026

【#101】ゲストは"受け身で笑いをとるお笑いの達人" ずん 飯尾和樹さん!【2025.10.18 OA】

『川島明 そもそもの話』10月18日放送のゲストは、ずん 飯尾和樹さん!
「裸眼解除1.0、ぺっこり45度」と、おなじみのあのフレーズで登場!川島さんの「心がキレイすぎて筋斗雲に乗れる人」という紹介を聞き、「筋斗雲、乗りたいねえ~」と嬉しそうな様子でした!

◆少年時代◆
飯尾さんが少年時代に影響を受けたものを伺うと、映画『男はつらいよ』シリーズや、萩本欽一さんやザ・ドリフターズのテレビ番組などが挙がりました。『男はつらいよ』は年2回、映画館に観に行っていたそう。また、コサキン、のりお・よしお師匠やザ・ぼんち師匠といった”何が起こるかわからない笑い”が好きだったと言います。お笑いが好きな家庭で育ち、お笑いを見ながら夕ご飯を食べるのがいつもの風景だったとか。
そんな中、高校3年生の頃、大学の推薦をもらえそうになった途端に"好きなことをやりたい!"と思うように。いつものように一家団欒の雰囲気で鍋を囲んでいる中、「お笑い芸人になりたい」と切り出すと、途端にシーンとした雰囲気に。母親が「かずき」の3文字で気持ちの全てを表現する、”かずきって言うゲーム”のようなあの場面は、飯尾さんの脳裏に今も残っていると言います。ただ、結局は父親の「好きなことがあるんだったらいいじゃないか」という言葉で許可が下りたのだとか。

◆お笑いの道へ◆
こうして芸人を目指し始めた飯尾さんは、まず劇団に所属するも、3ヶ月で辞めてしまいます。"芸能界向いてないんだ"と諦め、大学へ行こうとするも落ちてしまい、”やっぱり”お笑いやりたい!"と再び目指し始め、1~2年ほどアルバイトをしながら、ギャグばかり考える日々を過ごします。
そんなある日、浅井企画の看板を見た先輩が電話番号をメモしてくれて、連絡したところ、面接してもらえることに。そのとき、飯尾さんの返事があまりにも気持ち良く…それで事務所預かりになることができたそう。ちなみに、半年ほど前に同じパターンで入っていたのがウド鈴木さんなのだとか!

◆ずん結成◆
1991年、お笑いコンビ「チャマーず」を結成するも、翌年解散。その後、村山ひとしさんと「La.おかき」というコンビを組みます。この「La.おかき」は川島さんも見ており、結成してすぐに人気が出ていましたが、1997年に解散。村山さんに解散を切り出された時のことは今も忘れられないと言い、ロケ終わりの二子玉川で、「お笑いでもう夢が見られない」と言われたのだとか。
解散後も事務所の先輩・関根勤さんの舞台『カンコンキンシアター』には引き続き出演したり、コンビで出演していたキャイ~ンのラジオ番組では、放送作家として引き続き雇ってくれたりと、仲間に支えられながら、お笑いの活動を続けます。そんな中、同じタイミングでコンビを解散していたやすさんと「ずん」としてコンビの活動が始まります。

◆いいとも◆
ある時、関根勤さんの舞台『カンコンキンシアター』に、たまたまフジテレビ『笑っていいとも!』のプロデューサーが観に来ていて、目に留まったことがきっかけとなり、いきなり『いいとも』レギュラーに抜擢された飯尾さん。タモリさんもすごく笑っていて、気に入られていたものの、お茶の間の知名度は低く、いいとも青年隊より説明が必要な状況。時には、記録的な数のFAXが来ていて、「あの人は誰ですか?」と書かれていたことも。タモリさんに「飯尾、こんなのが来てるぞ」と言われて、飯尾さんが返した言葉が「いい質問ですね」。池上彰さんより先に質問者を褒めていたのだとか…!
その後はテレビ朝日『内村プロデュース』に、内村光良さんが名前を出してくれたことで呼ばれるように。ここでは有吉弘行さんからのムチャぶりに応え続け、有吉さん、X-GUNさがねさんと3人で「セピア」というスピンオフユニットとして活動していたこともありました。

◆ブチギレ◆
ほのぼのとしたイメージのある飯尾さんですが、実は川島さんは飯尾さんがブチギレる瞬間を目撃したことがあるそう!
それは、大阪の番組で飯尾さんと麒麟の2人が居酒屋で飲むロケをしたときのこと。「なかよし」という名前の居酒屋で飲んでいたところに、途中でウドさんが合流するという段取りだったのですが…40分くらい飲んだところで、飯尾さんがウドさんの肩をつねって、つねり返して、またつねって…と、喧嘩が勃発!カメラが回っている中、麒麟の2人が必死に止め、川島さんは”何がなかよしやねん!”と思ったとか。ただ、このつねり喧嘩、実は3回目だったそうで、初めての喧嘩はある年のクリスマスパーティーの後に発生したとか。飯尾さんいわく、ウドさんは感情が溢れた時につねる癖があるらしく、つねり喧嘩は楽しい証拠なのですが…ウドさんは柔道経験者のため、つねられるとすごく痛いのだそう。

♪オンエア・リスト♪
M1. 日常 / 星野源
M2. OH!! POPSTAR / チェッカーズ
M3. ウキウキWATCHING / いいとも青年隊
M4. いつかのメリークリスマス / B'z
M5. さよなら / 安部勇磨

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07 Jan 2026

【#100】ゲストは"音楽で未来を奏でる憧れの人" 小山田圭吾さん!【2025.10.11 OA】

『川島明 そもそもの話』10月11日放送のゲストは、小山田圭吾さん!
番組の放送100回を記念して、川島さんが会いたかったゲスト、小山田さんをお迎えして、1対1でじっくりお話を伺いました。

◆デビューのきっかけ◆
1989年、バンド「フリッパーズ・ギター」のメンバーとしてデビューした小山田さん。ミュージシャンだった父親の影響も知らず知らずのうちに受けてなのか…小学校高学年の頃からギターを弾くようになったと言います。
高校生の頃には、雑誌『ポパイ』のストリートスナップなどにたまに出るようになり、それがキッカケで、当時大学生だったエディター・ライターの井上由紀子さんから連絡があり、バンドをやることに!ただ、このストリートスナップ、実は出る人が足りておらず、小山田さんはサクラっぽい感じのバイトだったとも明かしてくれました。
こうして結成されたのが、フリッパーズ・ギターの前身バンド「ロリポップ・ソニック」。小山田さんはギタリストになるつもりだったそうですが、行ったみたらヴォーカルを担当することに。その後、メンバーチェンジを経て、小沢健二さんが加入。小沢さんは高校生の頃から知り合いで、ちょうど東大に合格して受験がひと段落したタイミングだったこともあって加入することになったそう。デビュー時にバンド名を「フリッパーズ・ギター」に変更し、バンドの活動が始まっていきました。

◆フリッパーズ大学からCorneliusへ◆
こうして、小山田さんが20歳のとき、フリッパーズ・ギターの1stアルバム『three cheers for our side ~ 海へ行くつもりじゃなかった』がリリースに。当時は"音楽で一生食っていこう"というよりは思い出作りのつもりだったと言います。
その後、フリッパーズ・ギターは小山田さんと小沢さんの2人編成になり、2ndアルバム『CAMERA TALK』が大反響を呼びます。「恋とマシンガン」がドラマ『予備校ブギ』主題歌に抜擢され、知名度が急上昇。今まで経験したことの無いようなことが一気に押し寄せますが、当時の小山田さんは社会科見学のような気分だったそう。
ただ、3rdアルバムのリリース後、フリッパーズ・ギターは解散。当時、小山田さんは22~23歳くらいでしたが、今振り返ると「フリッパーズ・ギターは大学の期間みたいな感じ」だったと言います。社会に出る前のモラトリアムのような、いわば"フリッパーズ大学"での期間を経て、小山田さんはソロで「Cornelius」としての活動をスタートさせました。
Corneliusとしては、1997年8月リリースの3rdアルバム『Fantasma』で海外デビューを果たします。川島さんも発売日に買ったというこのアルバムは、立体音響を感じてもらうべくイヤホンが封入されていたり、価格も3333円に設定されていたりと、とにかく"耳"にこだわった作品になっていました。小山田さんは当時を振り返って、「このアルバムを出してようやく音楽でやっていきたいと思った」と話していました。

◆大切な出会い◆
小山田さんにとって大きな出会いだったというアーティストが「YMO」。細野晴臣さんが自身のラジオに呼んでくれたところから交流が始まり、スケッチ・ショーというユニットで活動していたことも。ソロ以外の活動の範囲をすごく広げてくれた存在だと言います。
さらに、大きな出会いだったと話すのが、オノ・ヨーコさん。最初に海外で出演したライブにショーン・レノンさんも出演していたところから知り合って、いつしかオノ・ヨーコと一緒にレコーディングをするまでの仲に!聡明でありながら、予想外のことが突然起こるところが面白い…そんな唯一無二の方だと話してくれました。

◆お笑い◆
実は、お笑いも「まあまあ見る」と話す小山田さん。バラエティ番組だと『水曜日のダウンタウン』『さんまのお笑い向上委員会』は毎週観ていると言います。お笑いを見るようになったきっかけは、なんとコロコロチキチキペッパーズのナダルさん!ナダルさんが大学時代の同級生のマンボウ博士と2人でのトークショーを代官山のライブハウスで開催した際には、"かなり地下だから、だいぶ接近できるんじゃないか…?"という読みで、わざわざ会場まで観に行ったほどだとか。他にも、『有田ジェネレーション』でおなじみの桐野安生さんにもハマっているそうで、テレビでは見られないディープな笑いを求めて地下ライブに足を運んだこともあるのだそう…!収録後、川島さんも「桐野安生の話であんなに盛り上がるとは…」と話していましたが、他ではなかなか聞けない話も飛び出した、貴重な第100回となりました!

♪オンエア・リスト♪
M1. COUNT FIVE OR SIX / Cornelius
BGM. サウナ好きすぎ / Cornelius
M2. Happy Like a Honeybee / ピクニックには早すぎる / Flipper's Guitar
M3. 太陽は僕の敵-THE SUN IS MY ENEMY / Cornelius
M4. STAR FRUITS SURF RIDER / Cornelius
M5. The Sun Is Down! / Plastic Ono Band
M6. 環境と心理 / Cornelius

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25 Nov 2025

【#99】ゲストは"水属性のベテラン少年" 大和田伸也さん!【2025.10.4 OA】

『川島明 そもそもの話』10月4日放送のゲストは、大和田伸也さん!
日本を代表するベテラン俳優でありながら、最近はぬい活に夢中な一面にも注目が集まる大和田さん。その半生を紐解きながら、ぬい活トークもたっぷりと!

◆ぬい活◆
先日、NHK『編成王川島』で大和田さんの持ち込み企画が放送!それは、ぬい活を愛する大和田さんが人形劇に挑戦するというもの。川島さんがMCを務めるTBS『ラヴィット!』に出演された際には、大和田さんが大好きなポケモン「クワッス」がサプライズで登場し、思わず抱き着くという一幕も!このように、先頭に立ってぬい活を推進されている大和田さんですが、そもそもどうしてぬい活を始めたのか?そんなそもそもの話からまずは伺いました。
そもそも、ポケモンのゲームにハマったのが最初だと言う大和田さん。ゲームを始めるにあたり、最初に選んだのはもちろんクワッス。普段からクワッスのぬいぐるみを持ち歩いていて、「ペロちゃん」と名前もつけているそう。収録当日もペロちゃんはもちろん大和田さんと一緒におり…トートバッグからペロちゃんが登場すると、川島さんも思わず喜んでいる様子でした!
自宅には110を超える数のぬいぐるみがあると言う大和田さん。その中でも青いキャラクターには惹かれるものがあると言います。それはクワッスが水タイプだから…というのもあるそうですが、他にもご自身が駆け出し時代に抜擢された朝ドラのタイトルが『藍より青く』だったから…というのもあるようでした。

◆藍より青く◆
まだまだぬい活トークが止まらない雰囲気の大和田さんですが…大和田さん自身のそもそもの話も伺いました。
大和田さんは子どもの頃、映画監督になりたかったと言います。ただ、早稲田大学在学中に劇団四季の研究生として合格し、そのまま劇団四季に入団。その後、俳優として活動する糸口を探していた時期のある日、NHKの食堂でラーメンを食べていたところ、突然「その頭、切ってもいいか?」と話しかけられます。当時美容院に行くようなお金もなかった大和田さんは「坊主になります!」と即答。その声をかけた方が実は次の朝ドラのプロデューサーで、こうして大和田さんがキャストに抜擢されます。その朝ドラこそ『藍より青く』だったのです!

◆水戸黄門◆
『藍より青く』をきっかけに俳優として駆け上がっていった大和田さんですが、その後しばらくの間、大和田さんのもとに届くオファーは”誠実な日本男児”の役ばかり。当時お世話になっていた高倉健さんの「役者は枝葉がいっぱいあってもしょうがないですよ。その枝葉が全部入っちゃうような大きな幹になりなさい。」というアドバイスを受け、”大人の日本男児”の役をやりたい…と思っていた時に舞い込んできたオファーこそが、『水戸黄門』の2代目格さん役でした!
格さんと言えば、印籠を出すときのあの決め台詞でおなじみですが…大和田さんが演じるようになるまでは毎回決まった言い回しではなかったそう。当時のプロデューサーから決め台詞にしないかと提案を受け、大和田さんが提案したのがあのフレーズだったとも明かしてくださいました。

◆高倉健さん&松方弘樹さん
大和田さんが影響を受けた存在として挙げたのが、高倉健さんと松方弘樹さんという2人の名優。
高倉健さんからは、健さん自身が作ったコーヒーをご馳走になったことが思い出深いと言います。それをきっかけに、撮影の合間にはよくコーヒーを飲むようになったとも。コーヒーには造詣の深い健さんですが…おしゃれなコーヒー屋さんに行くと、そこには健さんの姿があることもあったとか!
松方弘樹さんもイメージ通り、豪快な方だと言います。撮影の待ち時間にもイライラせず、小声で歌を口ずさんでいるそう。大和田さんも振り返りながら、「自分の機嫌を取るのが上手い方」だとおっしゃっていました。

♪オンエア・リスト♪
M1. Will / IVE
M2. オノマトペISLAND / 山下達郎
BGM. 耳をすましてごらん / 本田路津子
M3. ああ人生に涙あり / 里見浩太朗
M4. アカシア / BUMP OF CHICKEN

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23 Nov 2025

【#98】ゲストは"今、芸能界で一番強い女" 森香澄さん!【2025.9.27 OA】

『川島明 そもそもの話』9月27日放送のゲストは、森香澄さん!
テレビ東京時代には競馬番組のMCも務められていましたが、川島さんはその頃から"強い人だなあ"と感じていたとか。

◆アナウンサーになるまで◆
まずは、アナウンサーになるための就活のエピソードから伺っていきました。
森さんの代は、大阪の放送局の後にテレビ東京の入社試験があったそうですが、大阪でいいところまで行くも全て落ちてしまった森さんは”もうどうにでもなれ!”とヤケクソの心境だったとか。
テレビ東京の採用試験では即興で1分スピーチをしなければならなかったのですが、森さんは時間が30秒余ってしまい、残りの30秒はを「アナと雪の女王」の曲を歌い、”1人ミュージカル”で1分間のスピーチを締めくくる…という大胆な行動に出たそう。その度胸の強さが評価されたのか、見事採用試験に合格しました。
川島さんからは「もともとアナウンサーになりたかった?」と質問が。そもそも、テレビは好きだったけどアナウンサーになりたかったわけではなかったと言う森さん。大学時代、就活をしていたときに、"アナウンサーは採用試験が早いから、落ちてからでも普通の試験が受けられる”"とりあえず、やってみよう”と、軽い気持ちでアナウンサー就活を始めたと言います。ただ、やっていくうちに次第に思い入れが強くなっていき、いつしか"これは絶対になりたい!"と思うようになったとか。

◆ウイニング競馬◆
こうして森さんは2019年にテレビ東京に入社。同期は田中瞳アナ、池谷実悠アナ。同じタイミングで3人もアナウンサーが入るのはテレビ東京では珍しいことで、お互いに「多いね」と話していたとか。
森さんは2020年1月から『ウイニング競馬』のMCを務めましたが、この当時は競馬について何も知識がなく、話を聞いたときには”できないよ…”と内心思ったそう。川島さんも関西テレビで『競馬BEAT』のMCを務めていましたが、競馬中継の現場はほぼ男性しかない、男社会なのだそう。ただ、競馬場は綺麗な建物で、周りの方々もみんな優しく、森さんの成長を温かく見守ってくれていたと言います。
森さんが担当するようになってすぐにコロナ禍がやって来ましたが、それでも競馬は行われたため、競馬中継の放送は休止されませんでした。とはいえソーシャルディスタンスの遵守などもあり、森さんが競馬場で1人で進行し、他の出演者はリモート出演という形に。森さんが1人で出演者に話を振り、レースの発走が遅れれば森さんが1人でつなぐことになり、かなり鍛えられたと言います。川島さんも「この時代に入った人は特殊ですよね」と話していました。

◆テレ東時代◆
テレビ東京時代、転機となったのが『内村のツボる動画』でのアイドルの歌を完コピする企画。内村光良さんにこのVTRを面白いと言ってもらえたことで、この企画が続き、YouTubeでもバズり、歌が好きなキャラで覚えてもらえるようになったとか。同期3人の中で、"モヤさまの田中アナ""変な子の池谷アナ"と他の2人には覚えてもらえるキャラがあった中で、森さんには“競馬の子”しかない状況が続いていた中、この企画で森さんも覚えてもらえるようになったと言います。
テレビ東京は”良くも悪くも人が少ない職場”だと言いますが、その反面”チャンスがいっぱいあった”とも。辞める直前の4年目には週7でレギュラー番組があったほどだったとか。フリーへの転向はずっと準備をしていたわけではなく、「結構思い立って辞めた」のだそう。アナウンサー以外にも俳優などやりたいことがたくさんあったそうで、辞めたタイミングでは”27歳ってもう遅くない?”といった焦りもあったとか。

◆相席食堂◆
フリーになってからの森さんの人生を大きく変えた出来事がABC「相席食堂」への出演。森さんのロケVTRが始まり、森さんが登場するや否や、千鳥の2人が「ちょっと待てぃ!!」ボタンを押し、「今、芸能界で一番悪い女です」とツッコまれましたが…これが視聴者の印象にも残り、一人歩きしていきます。「芸能界で一番悪い女」が「芸能界のあざとい女」になり、「令和で一番あざとい女」に変化し、最終的に「令和のあざと女王」の称号をいつの間にか獲得していたのです。最近は”あざとい”キャラでメディアに引っ張りだこですが…森さん自身、”あざとい”という評価は誉め言葉としてとらえているそう。森さんいわく、どういう風に周りから見られたいかを考えて行動する、いわば”自己プロデュース力”が"あざとさ"には必要なのだともおっしゃっていました。

♪オンエア・リスト♪
M1. わたしの一番かわいいところ / FRUITS ZIPPER
M2. レット・イット・ゴー ~ありのままで~ / May J.
M3. ガラスを割れ! / 欅坂46
M4. 可愛くてごめん feat.ちゅーたん(CV:早見沙織) / HoneyWorks
M5. 明日の私に幸あれ / ナナヲアカリ

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