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21.06.16

政府と専門家、なぜ溝は生じるのか?
nullネットニュースの内側にいるプロフェッショナルがニュースを読み解きます。

BuzzFeed Japan News 副編集長の神庭亮介さんにお話を伺います。
神庭さんに取り上げていただくのはこちら!


『政府と専門家、なぜ溝は生じるのか?』


吉田:東京オリンピック・パラリンピックの開催をめぐり、政府と専門家の間に溝が生じています。 政府の分科会の尾身会長は今月20日までに、開催に伴う新型コロナウイルスの感染拡大リスクについて提言をまとめる方針を示していますが、これについて田村厚生労働大臣は、「参考になるものがあれば、政府の中で採り入れさせていただく」としつつ、「自主的な研究の成果の発表ということだと思う」と話していました。この発言について、田村大臣はその後、「『しっかりと必要なものを受け止めさせていただく』という意味合いで申し上げた」と説明しています。
まず、東京オリンピック・パラリンピックの開催をめぐる考えについて、“政府”と“分科会の専門家”では、どのような違いがあるのでしょうか?


神庭さん:大会組織委員会の橋本聖子会長は4月の時点で「無観客という覚悟は持っている」というふうに言ってたんですけれども、最近は、やっぱり、有観客に向けた雰囲気づくりが加速しますよね。政府は有観客で開催したいんです、どうしても。サミットで各国首脳から開催の支持も取り付けまして、官邸筋からは「国際公約になったことで中止や延期はもうない」という声も出ているんですね。
一方で、分科会の専門家は慎重姿勢を崩してません。尾身会長は「今の状況で五輪をやるというのは、普通はない」、「五輪開催すれば国内の感染や医療の状況に必ず何らかの影響を起こす」というふうに主張しています。


ユージ:ゼロではないでしょうね、もちろん。


神庭さん:五輪開催の是非について、4月下旬から尾身会長は「議論をしっかりやるべき時期に来ている」と声をあげていたんですけれども、なかなか政府が動かないということで、しびれを切らして踏み込んで発言をしたのかなというふうに思いますね。
ここへきて政府の側からは、“五輪期間中にまん延防止等重点措置を敷く”とかですね、“有観客を前提に観客数の上限を緩和する”といった、前のめりな案も浮上しているんですよね。


吉田:東京オリンピック・パラリンピックの開催をめぐる発言を受けて、尾身会長に対して、政府内では不快感を示す声もあがっているということなんですけど、こちらはどのように思われますか?


神庭さん:五輪を推し進めたい側からすると、やっぱり、慎重論を唱える専門家の存在というのは、“邪魔で邪魔で仕方ないもの”なんじゃないかなというふうに思いますよね。田村大臣の“自主研究発言”のほかにも、自民党幹部からも尾身会長に対して「言葉がすぎる」といった批判も出ているようです。


ユージ:尾身会長の発言を受ける前に予防線を張っているように感じますよね。


神庭さん:そうですよね。専門家の中には、過去に脅迫とか殺害予告を受けたり、訴訟を起こされたりしている人もいるんですよね。大した得にもならないのにリスクを背負って、体を張って発信しているわけで、最終的に否定するとか、採用しないという政治の決断は全然あっていいんですけれども、ただ、少なくとも、政治家は専門家に対して最低限の敬意は払うべきなんじゃないかなと思いますね。


ユージ:緊急事態宣言もそうですし、新型コロナウイルスの対応をめぐって、“政府”と“分科会の専門家”の溝は、度々、指摘されているじゃないですか? 政府と専門家の間に溝が生じるのはなんでだと思いますか?


神庭さん:ひとつには、政治の側が専門家を便利グッズのように都合よく利用している点に問題の根本があるかなと思っていて、ある時にはお墨付きをもらうための追認機関として、またある時には黙殺したり、またある時には批判を受けないようにする“弾避け”に使ったりとかですね、そういった部分があって、分科会の前身となる専門家会議の議論の裏側を追いかけた、河合香織さんの『分水嶺』という本を読むとですね、昨年3月の一斉休校は、専門家には、全然、知らされてなくて、寝耳に水だったそうなんですね。にもかかわらず、批判が高まると、その後の4月に文科省が出した資料には「学校の一斉休業が望ましいという専門家の判断を踏まえ…」と書かれていたそうなんですよ。これは責任を専門家側に押し付けるものだとということで、専門家が反発して削除されたということなんですが、この『分水嶺』には尾身さんのこんな言葉も収められているんですね。「政治家に求められるのは、専門家の意見を聞いたうえで、最終的に国の責任で判断してくれることである。ただ、今回課題として残ったのは、ある場合には専門家に意見を聞いて、また、ある時は聞かないで決めてしまうという、一貫性の欠如だ」と。つまり、国民に負担を強いることとか、緊急事態宣言とかのウケの悪い政策は、記者会見に同席させたりして専門家に押し付けて、責任をなすってですね、今回の五輪のように不都合な指摘には耳を塞いで“自由研究”扱いして矮小化しちゃうと…。こういったご都合主義のダブルスタンダードは許されないんじゃないかなと思いますね。


ユージ:ほんとですね!!


吉田:そういった考え方の違いを踏まえ、今後、どのような関係性を築いて、新型コロナウイルス対策を決めていけばいいんでしょうか?


神庭さん:そもそも、政治は“決断と実行を担って”、専門家は“そのための判断材料を提供する”ということで、役割が違うので、そこの衝突はあっていいんですよね。クリエイティブな衝突はあっていいと思うんですけれども、やっぱり、五輪を開催するべきなのか?延期・中止するべきなのか?やるとして有観客がいいのか?無観客がいいのか?という、専門家からの耳の痛い指摘も含めて、一旦、全部の材料をテーブルに並べると、並べたうえで判断する。そのテーブルの並べることも「まかりならん!」、「聞きたくない!」というのは間違っているんじゃないかなと思いますね。


ユージ:そうですよね。ほんとうにそう。尾身会長の発言もそうですけど、政府も、どちらもいいところをしっかりと集めて、バランスよく発信してもらいたいですよね。



そして、今日の #ユジコメ はこちら。







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