yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

第二百十話 劣等感は最大の武器 -【新潟篇】プロレスラー ジャイアント馬場-

yesとは?

  • 語り:長塚圭史
  • 脚本:北阪 昌人

『自分にyes!と言えるのは、自分だけです』
今週あなたは、自分を褒めてあげましたか?
古今東西の先人が「明日へのyes!」を勝ち取った命の闘いを知る事で、週末のひとときをプレミアムな時間に変えてください。
あなたの「yes!」のために。

―放送時間―
TOKYO FM…SAT 18:00-18:30 / FM大阪…SAT 18:30-19:00
FM長野…SAT 18:30-19:00 / FM軽井沢…SAT 18:00-18:29

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第二百十話劣等感は最大の武器

今、アメリカのスポーツ界で「ショーヘイ」という名の有名な日本人は、メジャーリーガーの大谷翔平ですが、かつて1960年代前半にアメリカを席巻した「ショーヘイ」がいました。
リングネーム「ショーヘイ・ビッグ・ババ」。
新潟県出身の伝説のプロレスラー、ジャイアント馬場です。
今年、没後20年になります。
60年代、アメリカンプロレスは全盛期。
そんな中、ニューヨーク、シカゴ、セントルイスなどのメインスタジアムで、「野生児」バディ・ロジャースや「黒い魔神」ボボ・ブラジル、「人間発電所」ブルーノ・サンマルチノらと、毎晩熱戦を繰り広げていたのが、ジャイアント馬場でした。
馬場は、1963年12月15日、力道山が39歳の若さでこの世を去ったとき、日本プロレス界を支えられるのはキミしかいないと、日本に戻ることを懇願されたといいます。
身長2メートル9センチ。
空手チョップに、十六文キック。
日本プロレス史上最大の巨体の持ち主は、その風貌とは違い、繊細で誰にも優しい心を持っていました。
「プロレスから離れるのは、オレが死ぬときだろうな」という言葉通り、還暦を過ぎてもリングに立つことにこだわりました。
「ファンがさあ、ファンがいちばん大切なんだよ。だからね、オレは試合に出続けるよ」
晩年も年間130試合の巡業に歩きました。
しかも、彼は自ら前座を買って出たのです。
試合が終わると、繁華街に繰り出すレスラーが多い中、ひとり部屋に引きこもり、読書したり絵を画いたりしていました。
「なんだかねえ、目立つんだろうね。酔っぱらいにからまれたりしたら、あまりよろしくないからねえ、いいんだよ、オレはひとりきりが好きなんだ」
目立つことが、コンプレックスでした。
大きいことで嫌な思いをたくさんしてきました。
そんな劣等感を抱え続けた、不世出のプロレスラー・ジャイアント馬場が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

ジャイアント馬場は、1938年1月23日、新潟県三条市に生まれた。雪が深い日だった。
4人兄弟の末っ子として生まれた馬場は、体重2800グラム。ごくごく普通の体つきだった。
「正しく、素直に、平和を愛する心を持ってほしい」
そんな願いを込めて、正平と名付けられる。
父は、野菜や果物を売る青果店を営んでいた。
働き者で人情味があふれ、近所でも評判の店だった。
2人の姉に可愛がられ、馬場は優しい子どもに育っていく。
街を流れる五十嵐川で泳いだり、釣りをしたり、近くの神社の境内で友達と三角ベースをするのが好きだった。
家族に暗雲が立ち込めるのは、馬場が6歳のとき。
ガダルカナル戦線に出征していた長男の戦死の報が届く。
父も母も大声で泣いた。
特に父は、優秀な兄に多大な期待を寄せていた。
快活だった父が、すっかり無口になる。
繊細な心を持っていた馬場は、そんな姿を見て、こう感じた。
「お父さんは、死ぬのがお兄さんじゃなく、ボクだったらよかったのにって思っているんじゃないかな」
絵を画くのが好きだった兄の絵の具箱を取り出して、リンゴを画いてみた。
スケッチブックに、ポタポタと涙がこぼれた。

ジャイアント馬場こと馬場正平は、病に伏せる父に代わり、小学生の頃から家業を手伝った。
少しでも役に立ちたかった。
「正平がいてくれて、助かるよ」
父にそう言ってほしかった。
近隣の長岡市や、燕市までリヤカーを引いて行商に出かける。
片道12キロ。
雨の日も雪の日も、リヤカーを引き続けた。
地元の野球部に入っていたので、練習したかったが、できない。
小学2、3年の頃は、どちらかというと背は小さいほうだった。
突然、ぐんぐん背が伸び始め、6年生になる頃には180センチ近くになっていた。
中学に入るとき、周りの目が怖かった。
ひとりだけ飛びぬけて大きい。
どこへ行っても目立つ。好奇の目が痛い。
運動はなんでも得意だった。
野球はもとより、卓球、水泳、バスケットボール。
俊敏な動きと力強さ。
スポーツをしているときだけ、自分を解放できた。
バスケットボールでシュートを決めたとき、みんなが拍手してくれると、ようやく思えた。
「ボクは、ここにいていいのかな」

馬場正平の身長は、高校に入るとき、すでに190センチを越えていた。
身体検査の身長を測る機械が使えない。
各運動部から、誘いの声が来た。
馬場は最初から決めていた。
「野球をやりたい。プロ野球の選手になって、父に楽をさせてあげたい」
実力は十分だった。
すでに彼が投げる豪速球を打てる同級生はいなかった。
しかし、問題が起こる。
馬場の足に合うスパイクがない。
それまでは草履、あるいは裸足で過ごしていた。
スパイクがなければ入部させてもらえない。
大きな足に、コンプレックスを持つ。
「これで野球を断念しなくちゃならないなんて、なんてこの世は理不尽なんだ…」
結局、美術部に入る。
スパイクどころか、一足も合う靴がない。
高校生で裸足で歩くのは自分だけだった。
情けなくて涙が出る。
ある日、ひとりの外国人の宣教師が馬場家を訪ねてきた。
「モシ、ヨカッタラ、ワタシのクツ、ツカッテクダサイ」
サイズがぴったりだった。
うれしかった。
自分にもはける靴がある。
それだけで人生にひかりがさした。
高校2年のとき、野球部から連絡が来る。
「キミに合うスパイクを作った。ぜひ、一緒に野球をやろう!」
そのスパイクをつくるお金は、馬場の母が工面した。
母はそれを言うと、馬場が辞退すると思い、ひと芝居うったのだった。
これで野球ができる! うれしかった。天にものぼる思いがした。
馬場は思った。
自分に合う靴がなかったときの気持ちを大切にしよう。
自分に合う靴が見つかったときのことを忘れないでいよう。
プロ野球からプロレスに転向しても、ジャイアント馬場の心は変わらなかった。
他のひとと同じではないことがコンプレックスだったけれど、それこそ、他のひとと違うことができる最大の武器だと信じる。
たくさんのひとを、楽しませたい。勇気づけたい。
こんな自分でも、ここまでやれることを見せたい。
いま、あなたが抱えている劣等感こそ、あなたを幸せにするタネであることを知ってほしい。

【ON AIR LIST】
ジャイアント馬場のテーマ:王者の魂 / DDT
FAMILY AFFAIR / Sly & The Family Stone
SPINNING WHEEL / Blood, Sweat & Tears
TO SAY I LOVE YOU / Ray Carrion & Thee Latin Allstars

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今週のRECIPE

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霜降りひらたけの甘酢炒め

今回は、新潟県三条市で多く収穫されているという、さつまいもを使った料理をご紹介します。

霜降りひらたけの甘酢炒め
カロリー
240kcal (1人分)
調理時間
20分
使用したきのこ
霜降りひらたけ
材料
【2人分】
  • 霜降りひらたけ
  • 1パック
  • さつまいも
  • 中1/2本
  • れんこん
  • 20g
  • 黒ごま
  • 適量
  • 片栗粉
  • 適量
  • 適量
  • 【合わせ調味料】
  • 大さじ2
  • 砂糖
  • 大さじ2
  • しょう油
  • 大さじ2
作り方
  • 1.
  • さつまいも、れんこんはいちょう切りにし、片栗粉をまぶす。
  • 2.
  • 中火のフライパンに1cm程の油を入れて(1)を揚げ焼きにする。
  • 3.
  • (2)の油を捨て、ほぐした霜降りひらたけを加えて炒め、【合わせ調味料】で味付けをする。
  • 4.
  • 強火にしてさっと炒め、最後にごまをふる。
  • recipe LIST

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PROFILE

  • 長塚 圭史

    語り:長塚 圭史

    1975年生まれ。東京都出身。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ、作・演出・出演の三役を担う。08年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。帰国後の11年、ソロプロジェクト「葛河思潮社」を始動、三好十郎作『浮標(ぶい)』を上演する。近年の舞台作品に、『鼬(いたち)』、『背信』、『マクベス』、『冒した者』、『あかいくらやみ~天狗党幻譚~』、『音のいない世界で』など。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。
    また、俳優としても、NHK『植物男子ベランダー』、WOWOW『グーグーだって猫である』、WOWOW『ヒトリシズカ』、CMナレーション『SUBARUフォレスター』など積極的に活動。

  • 北阪 昌人

    脚本:北阪 昌人

    1963年、大阪生まれ。学習院大独文卒。
    TOKYO FMやNHK-FMなどでラジオドマ脚本多数。
    『NISSAN あ、安部礼司』(TOKYO FMなど全国FM37局ネット)、『ゆうちょ LETTER fo LINKS』(TOKYO FMなど全国FM38局ネット)、『世界にひとつだけの本』(JFN)、『AKB48の私たちの物語』(NHK-FM)、『FMシアター』(NHK-FM)、『青春アドベンチャー』(NHK-FM)などの脚本・構成を担当。『プラットフォーム』(東北放送)でギャラクシー賞選奨、文化庁芸術祭優秀賞受賞。『月刊ドラマ』にて、「ラジオドラマ脚本入門』連載中。
    主な著書に『世界にひとつだけの本』(PHP研究所)、『えいたとハラマキ』(小学館)がある。

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NEWS

特別版『オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!』
常盤貴子さん長塚圭史さん
風も、雨も、自ら鳴っているのではありません。 何かに当たり、何かにはじかれ、音を奏でているのです。
誰かに出会い、誰かと別れ、私たちは日常という音を、共鳴させあっています。
YESとNOの狭間で。
あなたは、自分に言っていますか?
YES!ささやかに、小文字で、yes!
毎週土曜日、明日(あした)への希望の風に吹かれながら、自分にyes!と言ったひとたちの物語を朗読でお届けしている番組『yes!明日への便り』。 1月8日は、その特別版「オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!」をお送りいたします。
2018年に没後25年を迎える稀代の大女優オードリー・ヘップバーンの波乱万丈な人生―女優になるまでの波乱に満ちた半生、輝かしい女優時代、ユニセフ親善大使として世界中の子どもたちに尽くした晩年までを、 女優の常盤貴子さんが演じます。
長塚圭史は「語り」の部分やオードリーの夫、また彼女の人生に影響を与えた映画監督の役を担当します。女優、オードリー・ヘップバーンが、私たちに教えてくれる、明日へのyes!とは?

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