吉永一貴選手は、1999年、愛知県のご出身。
小学2年生の時にスピードスケート・ショートトラック競技と出合い、中学時代に全日本距離別選手権1500mで優勝。
高校1年生で出場した全日本選手権では、史上最年少で総合優勝を果たします。
オリンピックには、高校3年生で平昌大会、大学4年で北京大会に2大会連続で出場されています。
──歴史ある強いトヨタの主将になられたということですが、どういう経緯だったんですか?
前任のキャプテンの方から「そろそろ一貴がチームを引っ張っていく立場になるべきだ」ということで、コーチや監督にも承認していただいて、受け継がせていただいた形になります。
──その話を聞いた時はどのように思われましたか?
正直、荷が重いといいますか(笑)、まだ入社して2年目、3年目ぐらいのタイミングだったので、トヨタのこともまだ学んでいる最中でしたし、前任のキャプテンは今でも現役で一緒に滑っている尊敬する先輩ですし、その人たちを差し置いて僕が(主将になる)というのは、本当に荷が重いなと思いました。
──実際に主将になられて、いろいろ思いなどは変わったんでしょうか。
そうですね。今までは、小さい時から変わらず、トヨタの選手を追いかけて強くなってきましたが、キャプテンになって改めて、これからはチームを引っ張っていく立場にならなければいけないという覚悟は強く感じました。
──他の選手たちへの声掛けやアドバイスみたいなものも、主将としてはしていく必要があるわけですよね。
そうですね。苦手ではあるんですけど(笑)。
──でも、他の選手のことをそうやって見ることによって、客観的にというか、ご自身の見え方もちょっと変わってきたりするんでしょうか。
そうですね。自分が学んできたこと後輩たちに伝える時に、改めてその考えを反芻するといいますか、改めて学びますし、逆に教えながらも気付きを与えられたりして、苦手ではありますが、すごく成長を感じますね。
──前回の北京オリンピックから4年。どんな4年間でしたか?
年齢も26歳になって一番パフォーマンスの良い年代になってきているとは思いますが、その中でもあまり良くないこともたくさんありましたし、苦しみながらも成長してきた4年間だったと思っています。
──怪我をされたり、ちょっと体調を崩されていた時期もあったそうですね。
そうですね。昨シーズン、24年〜25年のシーズンに、病気をしたり、病気明けの遠征で怪我をしてしまったりして、合計でかなりの期間スケートリンクから離れざるを得なかった時期があって、僕の選手人生の中で一番長くスケートリンクから離れた時間になりました。
──その期間は、やはり焦りみたいなものもあった?
最初はすごく焦りもありましたけど、ある時自分の中で、“この期間を自分のものにしたい”“マイナスの状況をもプラスに変えていきたい”というマインドにセットできたので、そこからはだんだん“せっかく氷から離れられたんだから、またゼロからやり直してみよう”とポジティブな方向にシフトすることができるようになりましたね。
──久しぶりにスケートに戻ってきた時はどんな感じでしたか?
一番最初に思ったのは、“やっぱりスケート好きだな”と思いました。
単純に嬉しかったですし、滑っているだけで楽しかったことをよく覚えています。
──離れてみたからこそわかるスケートへの愛を再確認できたタイミングでもあったんですね。
そうですね。
──ショートトラックといえばストレートが短くてコーナリングがありますけれども、どういうところでスピードを上げていくんですか?
やっぱりコーナーがすごく重要なので、前を滑っている選手より大きなコースを通ったり、よりたくさん歩数を入れたりしながら、相手よりもスピードを出すという作業が入ってきます。
──コーナリングは最短距離を行けばいいのかと思っていましたけれど、あえて大きく周って加速するということですか?
そうですね。距離を取って追いつきながら加速していって、素早く相手を追い抜くこともあります。
──スピード技術として駆け引きが繰り広げられているショートトラックですけれども、吉永選手の理想とする、得意とするレース展開はありますか?
今は、過去の2大会で課題としていたスピードかなり出せるようになって強みになってきています。終盤スピードが上がったタイミングでも勝負を仕掛けていくことができる、そしてしっかり追い抜くこともできるところが自分の得意な部分になってきていますし、そういう格好良いレースをするのが理想の展開だと思っています。
──今シーズン戦っている中で、世界での手応えは感じていらっしゃいますか?
はい。すごく手応えを感じていまして、世界とも、個人競技でも団体のリレーでも遜色なく戦えています。あとはレース展開次第でどこまで上がっていけるかというところにはいるんじゃないかと思っています。
──有力選手の動画を見てその選手の癖を研究するとおっしゃっていましたけれども、今はオリンピックに向けて研究に余念がない感じですか?
そうですね。“相手選手の動きに対してどう反応するか”ということもすごく重要になってきますし、自分がどう相手をブロックするか、どうやって抜くかというところもギリギリのラインがあって、離れすぎたら追いつけないですし、今はそういう距離感などの細かい調整をしています。
──前回ゲストで来てくださった時に、フリースタイルラップが大好きだとおっしゃっていましたけれども、最後にオリンピックへ向けての意気込みをフリースタイルでお願いしても良いですか?(笑)
ちょっとやってみます(笑)。
──ありがとうございます!「夢の中でもリリックのことを考える」と前回おっしゃっていました。それぐらいフリースタイルがお好きで、遠征に行かれた時も他にフリースタイルラップをやる選手がいればフリースタイルで戦うとおっしゃっていましたが、今回のオリンピックではできそうな選手はいますか?
います(笑)。
──いるんですか(笑)。どなたですか?
男子の岩佐選手という方がいまして、一応、過去に一緒にラップを楽しんだといいますか…(笑)。
──じゃあ、イタリアの地でもフリースタイルのラップが繰り広げられるということですね(笑)。
ちょっと(オリンピックへ向けての意気込みをフリースタイルで)をやってみます。
「しかと見とけ ミラノで金 獲るぜ皆で 我らが1位」
すいません。こんなんでいいですか?(笑)
──ありがとうございます!ぜひ、オリンピックが終わった後にもう一度ゲストで来ていただいて、イタリアで披露したフリースタイルを番組でも披露していただきたいですよね。お待ちしています。
頑張ります。
──この番組でゲストの方に毎回Cheer up songをうかがっています。吉永一貴選手の心の支えになってる曲を教えてください。
Zeebraの「Street Dreams」です。
──やっぱりラップがお好きということですよね。この曲を選ばれた理由というのは?
“日本人としての良さや強さがあるよ”というメッセージがこの曲には込められていて、海外遠征でも、競合の海外の選手たちに対して“俺たち日本人は負けないぞ”という強い力をもらえる曲なので、大好きです。
──日の丸をつけて戦うというのは、想像以上にいろんなことを感じるんでしょうね。
僕はあまり試合で緊張はしないんですが、特にオリンピックは、そういう僕でも皆さんからの応援がすごく力になります。一蹴り一蹴りにプレッシャーも感じますが、どれだけそれを跳ね除けて力に変えていくか。このショートトラックというめまぐるしく変わる競技では、一瞬の一蹴りをどれだけ躊躇なく踏めるかというところも重要になってくるので、(応援を)そういうパワーに変えられるのはすごく大切だと思っています。
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