あの日から15年 それぞれの復興

来月で東日本大震災から15年です。


失ったものの大きさは、月日を経ても変わりません。


それでもー、


瓦礫の中から立ち上がり、再び町に灯りをともしてきた人達がいます。



復興の歩みはいまどこまで進んでいるのか。


そして、私たちは次の災害にどう備えるのか。



『あの日から15年 それぞれの復興』と題して


1か月にわたり防災FRONTLINEでお伝えします。



宮城県 気仙沼市は津波に加え大規模な火災も発生し、


甚大な被害がでた地域です。



気仙沼にある大正10年創業の水産加工会社『斉吉商店』


専務の斉藤和枝(さいとう・かずえさん)は、


ご家族や親戚、従業員は無事でしたが店舗と工場、自宅を津波で失いました。



斉藤さんは今でも当時の情景や記憶を思い出す事があると言います。


斉藤さん:二度と・・・実は夕べも津波がきた夢なんて見ちゃって・・はあ。ってなったんですけど・・

もちろん大変だったし、もう二度と起きて欲しくないし、
こんなに悲しい思いをした人たちがいるっていう。大変な事が起きたんですけど、

そこをなんとか再生させたいというエネルギーは何事もない時とは、比べようもないですよ。


気仙沼の街は、新たな建物や商店街が立ち並び交流拠点も生まれました。



斉藤さんは震災後早期に事業を再開。


全国の百貨店やオンライン販売などを通じて、


販路を広げ震災前以上の規模に事業を成長させました。



地元で採れた海鮮を使った看板商品の『金のさんま』や『海鮮丼』の


美味しさに魅了されるお客さんが全国に広がっています。



斉藤さんは、震災後、気仙沼市が積極的に行った、


ある取り組みが気仙沼の再生につながっていると感じています。


斉藤さん:自分たちの力でなんとか新しい事を作り出す力をつけようっていう、
勉強するっていう所にうんと力を入れてくれたと思う。何かハードができるという事もいろいろあって、

それも大事だけど、経営者未来塾とか、ぬま大学とか女性は女性で勉強する、

若手経営者が一年かけてがっちり勉強する機会があったりとかほとんど費用がかからない形で

沢山勉強する環境が震災後できた。それはすごく大きかったんじゃないですかね。


『ぬま大学』は、街づくりに挑戦したい人のプログラム。



気仙沼市は、次世代のリーダー育成プロジェクトを2012年から行い、


事業の拡大や街づくりに携わる人材を育ててきました。



これまで100人近くの卒業生が地域の活性化に携わってきています。



最後に斉藤和枝さんに震災後大きく変わったことを聞きました。


斉藤さん:気仙沼愛の多い方が、若い人でものすごく増えた。


愛がぼたぼたと漏れちゃう人たちが、すごく増えたんじゃないですかね。


来週も『あの日から15年 それぞれの復興』をお届けします。



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