木村拓哉 Flow supported by Spotify - TOKYO FM 80.0MHz - 木村拓哉

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2022年10月16日Flow 第二百二十回目「拓哉キャプテン × 眞木蔵人」Part2

10月のマンスリーゲストは眞木蔵人さん。
ここでしか聴けないTALK、お楽しみに!


木村:幼少期、わりと渋谷の街にも入ってたよね。

眞木:そうだね(笑)。

木村:居たよね。

眞木:居た。チャリンコで(笑)。

木村:多分、相当すれ違ってると思うんですよ。

眞木:そうだよね。拓ちゃん達が何かの仕事でレッスンしてるのを見たことある。渋スタで。レッスンしてた、みんなで。俺はドラマ撮ってて、「あ、みんな来てる」と思って。17、18だよね、それってね。

木村:ひょっとしたら、その当時あったドッキリかなんかの撮影で俺らが引っかかった時なんじゃないかな(笑)。

眞木:そうなのかな、すごいな、それ(笑)。

木村:その時は何を撮ってたの?

眞木:あの時は宮沢りえちゃんとかとやってたドラマかな。

木村:あー。

眞木:あったでしょ。

木村:あった!

眞木:宮沢りえさん、西田ひかるさん、田村英里子さん、和久井映見ちゃん、島崎和歌子さんとか。

木村:おいしい所にキャスティングされてるなあ。その当時は、もう波乗りは本格的に…。

眞木:ちょうど同じぐらいにスタートかな。そういう仕事があったから、お金も少し自分で持てるようになって。丸々1日何日か空いちゃう時間とかもあったんで。中2ぐらいの時にサーフィンは始めてたんだけど、デビューとか仕事が忙しくなって少し遠のいてて、また少し時間が出来てからサーフィンにのめり込んでいったって感じかな。

木村:10代で一番最初にテイクオフしたのは覚えてる?

眞木:覚えてる。大磯に夜行って、みんなで最終電車に乗って。もう最終電車で行ってるんだよね。だから夜行ってるの。

木村:日が昇ってくるのを待って…。

眞木:ビーチで焚火して、その辺にある木を燃やして、朝起きたらその燃やした木が海の家の看板とかだった。

木村: (笑)。

眞木:海の家の人に起こされて「お前ら、これ燃やしたべ」と。「サーフィンどこじゃねーぞ」と。すごい怒られて、正座させられて、そこの海の家のオープンを手伝って。そしたら「いいぞ、やってきて」って言われたんだよね。それが俺の初めてのサーフィンで。

木村:そこで初めてテイクオフして「おおおーっ!」ってなって。

眞木:まず立っただけで何も出来てないから、そのもどかしさが一番刺さったよね。今まで、何となく何でもやりこなしちゃってきた自分だったから。スケートボード渡されれば乗れたし、BMXやっても乗れたし、バイクも乗ってきたから。サーフィンっていうのは、右も左も上も下も何もコントロールが効かない唯一のショックだったかな。「えーっ!」みたいな。「こんなに出来ないの、これ」って。なったでしょ?

木村:なった。

眞木:全くできないっていう。ビックリしちゃった、俺。

木村:あのね、立てて「おーおー、出来んじゃん」って。「サーフィンって簡単じゃん」っていう変な色眼鏡を最初にかけちゃって。「出来るじゃん、これ」って最初に思って、じゃあもう一度アウトまでってなった時に、「え? サーフィンっていうのは今のがサーフィンOKなんじゃないんですか? もう一回あっちに戻るんですか?」で、「戻りましょう」ってなった時に、ほんとに生まれたての亀じゃないけど。

眞木:そうだよね。

木村:スープに押されて、全くアウトに出れなくて。それで、もうなんかね、悔しくて。

眞木:そうでしょ。

木村:で、海から帰宅する途中にあったスポーツクラブに寄って入会して。

眞木:へー。

木村:「あー、木村拓哉さん。何されたいんですか?」って(笑)。「いや、ちょっとサーフィンしたいんですけど、そのメニュー組んでもらっていいですか」っていう事をそこのジムの人に言って入会して。それで通って、ちょっとTシャツ着た時に、この辺キツくなってきたなって時に、もう一回行ってみようと思って。

眞木:体力あげていったんだね(笑)。

木村:あげて、それでもう一回海に行った時に「あ、これ出れる」ってなって、そっからかな、漸く。

眞木:それは同じ経験してんだろうなって、拓ちゃんのサーフィンの写真とか見た時から思ってたよ。最初っから、そんなに簡単なものじゃないじゃん。鼻水出ちゃって。結構ヤバい顔しちゃっててさ。

木村:そうなんです。

眞木:それを俺ら撮られるわけにもいかないし、あんまり見せたくないしさ。「一応乗れるぜ」ぐらいの感じでいたいんだけど、もうベロベロになった顔でさ、「あれ蔵人じゃない? 拓ちゃんじゃない?」みたいになるとまずいからね(笑)。

木村:すいませんね。同じ境遇を体験をしてるとリスナーの皆さんを置いてけぼりにしたトークになってしまいまして、申し訳ありませんでした。

眞木:すいません。

木村:そうそうそう、海外に行ったよね?

眞木:そう。ちょうど「あの夏、いちばん静かな海。」の撮影が終わって、そこでちょっと現実と仕事と…。サーフィンも好きになっちゃった、でも、やってる映画はサーフィンの映画だ。でもう、公私混同になっちゃって。“これはもう行った方がいいな”みたいな。“サーフィンしちゃえ”みたいな感じで、そのまま逃げて行っちゃったんだよね。舞台挨拶もせずに。

木村:えっ…。

眞木: (笑)。本当は2週間で帰る予定だったんだけど。結果、3年ちょっといちゃったんだけど。

木村: (笑)。あのね、時計が違うんですよ。人と嵌めてる時計が違う。

眞木: (笑)。ほんとにビックリしちゃった、自分でも。

木村:あのね、秒針がね、すっごい動かないんです(笑)。時が進まない時計を嵌めてるから。2週間の予定だったんだけど、気づいたら3年経ってたっていうね。

眞木:すいません。でもなんか、2週間で帰るチケットをサンタモニカのサーフショップの裏のゴミ箱に捨てたのを今でも覚えてるよ。「俺は、大人を裏切るぜ!」みたいな感じの気分で。「俺は帰らないぜ!」と思ってサーフショップのゴミ箱にバーンって捨てたんだ。あの時の、なんかこうフリーダム感ったらなかったね

木村:フリーダムなの、それは?

眞木:もう自由になっちゃって(笑)。俺が勝手に切っちゃったんだけど。あの時、すごい、羽が生えちゃったんだよね。

木村:でもさ、そのチケットを切った事によって自分が背負わなきゃいけない、自由ってすごい良い言葉に聞こえるんだけど、それに伴う責任ってデカいじゃん。

眞木:デカかったよ。今でも、それを引きづってるし。そう思われがちだし。50歳になった今となっては、ほんとに無責任な行動だったなって思うんだけど、俺の本心として、あの経験の全てが今の俺に繋がってることは間違いなくて。すごい究極な判断だったなって思うんだけど、今この場を借りて、当時迷惑をかけた大人には謝りたいよ(笑)。すいません(笑)。全国に向かって、すいません。

木村:サーフィンにかかわる仕事もして、サーフィンオンリーの生活を送ったじゃないですか。ロングボードっていうのにシフトをカチャっと移行した経緯は何かあるんですか?

眞木:ショートボードとか、ブギーボードとか、いろんなものでサーフィンに触れてたんだけど、ショートボードのプロになりたいみたいな目標が少しあって。モチベーションがある中、ある年ハワイに行ったんですよ。そしたらハワイのみんながロングボードとショートボードを波に合わせて使いこなしてるのを見て、「あ、別にいいんだ」と。「ロングボード=年配の人が乗る」みたいな風潮が日本には少しあったから。そんな中ハワイの子供とか、自分と同い年の子供たちに「今日、波ちっちゃいじゃん。おじさんのロング借りて、ロングやった方がいいよ」って言われたのがきっかけで、「こんな自由でいいんだ」って、そこからロングボードに移ったんだよね。
だから、今思えばハワイのローカルボーイズに海への姿勢っていうの、ロングボードを通じて教わったっていうか。それが、たまたまロングボードだったみたいな、そんな感じがするんだけど。でも、ロングボードに乗った事によって、サーフィンって事のシェアもすごい広がったし、ワイキキでのロングボードっていうのがね、一番転機だったかな。

木村:そして1995年1996年、全日本ロングボードの部で2年連続優勝し、世界選手権にも日本代表として出て、世界で5位ですよ。

眞木:そう。頑張ったの(笑)。

木村:いや、頑張らないとなれないし。すっげーな。

眞木:でも、そこをモチベーションに大会に出るサーフィンってのは終わろうと思ってたし。オリンピックではないんだけど、サーフィンだけで国同士で戦うことのモチベーションは、うちの親父に昔から「全日本のラグビー選手になってくれ」って育てられてたから、全日本のサーフィンのチームに入ったっていうのは親父への恩返しで、どうしてもそこで親父に認められたかったみたいなのもあって。サーフィンはチャラチャラしてるかもしれないけど、一応「全日本の国旗を背負ったTシャツもらえたぜ!」みたいなのが、親父へのあれだったんだよね、俺としては。

木村:すげーよなー。日の丸が付いたTシャツ着たんですよ。

眞木:そう。今でも持ってる。

木村:もらい物じゃなくて所有物として、要は「はい、これ君のね」って事で支給されたものだから。

眞木:そう。めっちゃ宝物、今だに。

木村:それ、すごいよね。

眞木:すごい嬉しかった。大会の結果より、世界のサーファーと出会えたことが一番の収穫だったかな。世界選手権は、普段じゃ会えない子たちと1つの海を前にサーフィンっていう物を通じて分かち合えるっていう瞬間がすごい面白かった。

木村:ヤバいなあ。すごい経験した人しか紡げない言葉でしたよね。

眞木:あの時カッコよかったのが、出た国同士、「国の一番メジャーポイントの砂を持ってこい」って言われて。キャプテンが自分の国の砂を拾って、それを大会会場のハンティントンビーチの真ん中にある水槽みたいなのに皆で入れて、世界中の砂がそこに集まってその砂をハンティントンビーチに戻して大会がスタートみたいな。めちゃカッコよくてさ。

木村:ヤバ! 今のヤバいね。

眞木:カッコイイでしょ。

木村:それ、知らない人多いんじゃない?

眞木:今は金とかもあるから、いろんな国から砂を持ち出したりとかはダメになっちゃったぽくて、まだ当時は大丈夫だったのかな、そういうのがあって。その時に全日本の人が選んだのが大磯の砂で、ちょうどたまたま大磯の人がキャプテンで、俺がスタートしたポイントだったから、俺はすごい感無量な気持ちだったんだけど。「大磯でいいんですかい」みたいになってたけどね。でも、世界中の砂が集まって、また砂を戻してスタートみたいな、カッコよくない?

木村:俺、知らなかった。

眞木:それだけで「ウェイ!」みたいになっちゃって。

木村:そのエピソードは多分、知らない人がだいたいなんじゃないかな。

眞木:今やってるかどうか分からないけど。

木村:今はね。へー、いいなあ。

[OA曲]
M.THE THEME FROM BIG WAVE/山下達郎

[後TM]
MOJO DRIVE/木村拓哉

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