2026年07月12日Flow 第四百十五回目「拓哉キャプテン × 竹中直人」Part2
今月のマンスリーゲストは、竹中直人さんです!
今週はどんなトークになるのか? お楽しみに!
木村:この番組は、ゲストがどのような形で人生をFlowしてきたのか…これはリスナーの方たちも非常に謎と言うか、知ってみたいっていう部分だと思うんですけど。竹中直人さんの人生のFlowを聞けるって、あんまりないですよね。
神奈川県横浜の出身ですね。1956年生まれ。現在70歳。全く想像つかないんですけど、『竹中直人』っていうのは、本名なんですか?
竹中:本名ですね。『直人』っていうのは「素直な人に育ってほしい」ということで父がつけた、って言ってた。
木村:もともと幼少期は何かになりたいと思ってたんですか?
竹中:子供の時は漫画家になりたいって、それは間違いなく思ってたの。当時、漫画が好きで。
木村:それは誰の影響ですか?
竹中:小学生の頃、「少年マガジン」とか、「少年サンデー」とかとってたんで。それでお父さんも一緒になって読んでたけど、その中で出てくるキャラクターが好きだったんだよ。
例えば僕の時代だと、「巨人の星」とか、「明日のジョー」とか、あとは「無用ノ介」とか。そういう時代だったので。その後、手塚治虫さんがとにかく好きだったから、手塚さんの絵から始まった。あと、当時は石森章太郎さん。今は、石ノ森章太郎さんだけど。
木村:「仮面ライダー」の。
竹中:そうそう。石森章太郎さんの「サイボーグ009」とか。その辺の模写から始まったんだよね。
で、「漫画家入門」っていう石森章太郎さんの本があって、それがもう愛読書で。コマ割りとか自分でやって、ベタとか、ペンも買って、漫画を描いてたんですよ。「将来、絶対漫画家になりたい」って(笑)。
木村:でもそれ、漫画家にはなってないかもしれないですけど、今風に言うと、その時の直人くんにインストールされてたものが全部カット割りになってるんですもんね。
竹中:そうやって考えるとそうだよね。
木村:だって漫画って、実はすべての要素入ってますよね。カット割り的な要素もそうだし…。
竹中:構図だもんね。
木村:はい、アングル。もう全部あるじゃないですか。
竹中:模写が好きだったからね。で、友達に「なんか描いて」って言われると、そっくりに描いて、「うわ、これ、本物じゃん」って言われたりするのが面白かった。
自分で繋げちゃってるみたいだけど、それから学校の先生のモノマネとかもできるようになってきて。
木村:でもそれって、嫌いな先生の真似はしなくなかったですか? 好きな先生だけしませんでした?
竹中:嫌いな先生ってあまり僕の時代はいなかったけど。「ん、ん」って喉を鳴らす先生は嫌いじゃないけど、気になって気になってしょうがないって先生はいたんだけど。皆で『ガマ』って呼んでたけどね(笑)。でも、なんかそれが面白くて。
あと、「ねぇ~」って言う先生もいたけどね(笑)。英語の先生だけど、その「ねぇ」を授業に何回言うのか、そういうのがなんか好きだったよね。
あと、地理の先生でも「どうですか? あの山を見てくれましょう」って、「ましょう」って言うんで、「ましょう」っていうのを授業中に何回言うかとか、なんかそういうのをチェックしてるのが好きだったなぁ(笑)。
木村:あー、でも、なんか気持ちは分からないでもないですね。
竹中:本当? 人の癖を見るのがすごく好きだった、っていうのはあるかもしれないですね。いろいろ模写が発展してきて、人を観察するっていうのがだんだん楽しくなってきたっていう。
木村:でも、漫画家を目指してたちっちゃい直人くんが、美術大学に行くじゃないですか?は、多摩美術大学。好きなものの系統、方向性っていうのは、多分ずっとちっちゃい頃から一緒だったと思うんですけど、この美術大学に行った時に、映像に…?
竹中:「映像演出研究会」ね。8ミリ映画を作るクラブ。昔、8ミリ映画っていうのがあったんだよね。3分しかフィルム回せない。
木村:それを、脚本も、監督も、主演も、撮影も、全部ご自身でやってた。
竹中:絵コンテとか書くの好きだったからね。
木村:だからもう、カット割りですよね。
竹中:映画を作るっていうのは憧れだったんで。でも、それはね、僕の高校1年生の時に、“フジカシングル-8”っていうのが出て。
木村:撮影用器具ですか?
竹中:家庭用の。声は撮れないけど、動く映像が撮れるっていう。
木村:ハンディの、こうやって持って、カラカラカラカラ…って。
竹中:カラカラって回る、8ミリフィルムっていうのがあって、たった3分しか回せないけど。
僕、高校生の時は美術部だったんだけど、それを美術部で買ったんだよね。「文化祭に向けて8ミリ映画を上映しようよ」って。
木村:じゃあ、もう高校生の時から。
竹中:そういうの、やってたんだよ。
それで、フィルムを回すっていうのに憧れはあったんだよね。好きな女の子を撮りたかっただけなんだけどね。
木村:…え?
竹中:その8ミリで美術部に入っている女の子を撮りたくて、皆を巻き込んで8ミリ映画を作ったんだけど。3分しか回せないし、現像代も高いから、フィルム代も高いし、だから2分ぐらいしかフィルムを買ってないんだ。6分の映像を自分で編集して4分ちょっとぐらいの8ミリ映画にしたと思うんだけど、好きな女の子を撮りたかったのに、結局撮れないんだよ。カメラが近づいていくと、恥ずかしくて。
木村:自分が恥ずかしくなっちゃうんですか?
竹中:うん。好きだから。その人の動く映像に。
木村:でも、その気持ちは伝わったんですか?
竹中:伝わったとは思うけど。
結局、出来上がって文化祭で上映したフィルムには、その女の子は一切映ってないから。他の部員の奴らは皆映ってるのに、結局、恥ずかしくて。
彼女を撮りたいがために皆を巻き込んで、「文化祭に向けて、美術部のドキュメンタリー作ろうぜ」みたいなこと言っといて、で、お金出し合って買ったのに、彼女だけ映ってないんですよ(笑)。
木村:なんかそれ、今のそのエピソード自体が、ショートフィルムになりそうですね。
竹中:誰が観るんだ、っていう(笑)。
木村:作る人が作れば、観る人はおのずと観てくれると思いますけど。それ、素敵な絵ですね。
竹中:そんな時代だったんだよ。
木村:その当時、大学でも映像を始め。その時は、監督だったり、カメラ前に立つ俳優部なのか、出演部なのかって言ったら、目指す方向はどっちだったんですか?
竹中:ブルース・リーを18歳の時に見て、めちゃくちゃ憧れてしまって。で、多摩美に入ったでしょ? まあ、芸大を二浪して駄目で、多摩美には受かったんで入らせていただいて。そして、8ミリ映画を作る映像演出研究会っていうクラブがあって、もう絶対そこに入りたいと思ってすぐ入ったんだ。
その時代は「ゴキブリの歌は聞こえない」とか、4畳半映画が流行ってた時代なんですよ。「赤ちょうちん」とか。「神田川」とか、その辺の時代だから。皆4畳半のアパートで銭湯に行くような、そんな貧しい人たちのお話で。青春映画だと、「ゴキブリの歌が聞こえない」なんていうタイトルつけると、「おおいいタイトルじゃん」みたいな感じの時代があったんだよ。
だから、「多摩美だから『燃えよタマゴン』っていう8ミリ映画を作ろうよ」って。僕がブルース・リーで、多摩美の屋上で空手のトーナメントから始める、みたいなそんな脚本で。そんな脚本を書いて、それで、「八王子の観光映画にしよう。ちょっとスラップスティックなものを撮ろうよ」って。
多摩美の屋上で、僕がブルース・リーで上半身は裸になって、「ほあた!」とかやってたのよ。それで対戦相手を殺してしまって、それを見てた刑事が八王子の街中で僕を追いかける、という、くだらない、8ミリの20分ぐらいのを撮ったの。それが最初の作品かな?
木村:その時は、出演? 文化祭の時も作ってるけど。
竹中:はい、そうです。ちゃんと出演して作ったのは、多摩美の「燃えよタマゴン」。それで多摩美の芸術祭で上映して、それで終わり、って感じで。
木村:いやでも、天然パーマの、癖毛の、横わけのって仰ってましたけど…。
竹中:(松田優作さんのモノマネで)その頃は、髪の毛パーマをかけて、松田優作になりきったんだよ。
木村:コーヒー飲んでから行く、工藤ちゃんな感じですよね。
竹中:そうだよ。憧れだったんだよ。ブルース・リーもそうだけど、優作も。優作みたいな頭して、サングラスもかけて。
「ゆうひが丘の総理大臣」という、中村雅俊が主演のドラマを多摩美で撮影したんだよ。で、俺、遠くからよく見学してたんだよ。身長ないから、しゃがみ込んで座って見学してたら、雅俊さんが優作が来てると思ったぐらい、本当に同じ髪型して、新宿で買った990円ぐらいの同じようなサングラスかけて、それでいたから(笑)。
木村:(笑)。だからアフロだったんですね。
竹中:そうです。久しぶりに真似しちゃったー(笑)。
木村:いや、久しぶりに聞きました。俺も一時期バラエティ番組でコピーしたんですよね、「探偵物語」。「じゃあやってみようか」って、それこそ本当にフィルムで撮ったんですけど。その時も。ベスパ乗ってロケしたんですよね。
竹中:あのね、かおりに電話すんだろ?
木村:ああ、桃井さんですね。
竹中:そうすると、「ああ、優作。しばらく優作で喋って」って言われたのは、何とも言えない印象に残っている(笑)。「かおり、元気か?」、「ああ優作。竹中、もうちょっと優作続けて」。それ、俺は嬉しくてたまんなかった。
あと美由紀ちゃんもだよ。「しばらく優作で喋って」って。「美由紀。俺がどうしたよ?」というと、「しばらく喋ってね」っていうのがなんか嬉しかったね。染みわたるぐらい嬉しかった。
木村:すげぇなあ。
でもやっぱり、キャラクターとして捉えてたんですかね。ブルース・リーさんも、松田優作さんも。
竹中:ああ、そうです。キャラとしては圧倒的な、もうデザインされた人間のようなんだよね。登場してきた時から。萩原健一さんもそうだけど、デザインされた人物っていう感じだったよね。
(小池朝雄さんのモノマネで)「刑事コロンボですよ。奥さんたちはどうしても…」。
木村:出ましたね。奥さん。
竹中:いろいろやってましたね、モノマネ(笑)。
木村:いや、すげえ。それで、テレビに行ったんですよね。
竹中:僕、モノマネができるから、多摩美の学生だった20歳の時に、「たけちん、あなたモノマネすごく上手いんだから、TBSの『ぎんざNOW!』の“素人コメディアン道場”に出なよ」って言われて。で、21だったかな? 「素人コメディアン道場」に出て、その当時、「どうしたんだよ、どうしたんだ、ヒデ! 何じゃこりゃあ!?」っていうのやったりしたんだよ。
ブルース・リーの「アター!」とか、「Kick me, Take me. We need emotional content」とか。
木村:「Don't Think, Feel」ですね(笑)。
竹中:そう。それをいろいろやったんですよ。
木村:で、チャンピオンになってるんですよね。
竹中:チャンピオンになっちゃったんですよ。だから、関根勤さんとか、小堺一樹さんとか、ほぼ同時期だったんじゃないかな? 僕は素人だったんですけどね。
[OA曲]
なし
[BGM]
神田川/かぐや姫
Theme From Enter The Dragon/Lalo Schifrin
Bad City (Single Version)/SHOGUN



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