デザイナーとしても活躍中! 篠原ともえさんが登場
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- 2022/06/26
篠原ともえさんをお迎えして

宇賀「篠原さんは1995年、27年前にミュージシャンとしてデビューされて以来、様々な分野でご活躍されてきたんですよね」
篠原「ありがとうございます。シノラー、ご存知ですか?」
宇賀「知っていますよ! 私も小学生で、周りにもマネしている子がいっぱいいましたよ。お会いできて嬉しいです」

篠原「銀賞と銅賞でした」
篠原「世界で最も古い広告デザインの国際賞なんですって」
小山「ファッションの賞ではなくて、広告で賞を取るというのはどういうことなんですか?」

小山「なぜ、革で着物を作ろうと思ったんですか?」
篠原「もともと、日本タンナーズ協会という協会さんから『革で何かPRのプロジェクトを進めませんか?』と、出演のお話をいただいたんですね。私が革工場に行って空間をPRするのもいいんですけど、せっかく伝統と素晴らしい職人さんの技術があるから、何か私と職人さんがコラボレーションをして、その作品にスポットを当てた方がいいんじゃないですか、と提案をしたんです。じゃあどんなものを作るか? ということで、職人さんが『一点もので着物を作りませんか?』と提案したのがきっかけです」
宇賀「今、資料をいただいて見ているのですが……これが革でできているとは思えない!」

宇賀「この柄は切れ端なんですね」
小山「だから『レザー・スクラップ・キモノ』なんですね」
篠原「スクラップはつなぎ合わせるという意味もあるので、そのタイトルにしました」
小山「これは相当重いんじゃないですか?」
篠原「と、思うでしょう?実はすっごく軽くって! 0.45ミリという極限まで薄くしているんですよね。なので、絹とほとんど変わらないような感じですね。革自体も、私たちがジビエとしていただいた食肉として活用された副産物だったり、森林被害防止のために捕獲された動物たちの皮を使ったり、背景があるんですね。貴重な革を無駄なく使って、着物自体も、1枚の反物から襟から身頃からあまりを作らずにパターンが構成されているので、ものづくりとリンクするかなと思って仕上げていきました」
小山「すごい。でもよく着物を作ろうと思いましたよね」
篠原「思ったより大変でした」

篠原「2013年に衣装デザイナーとして参加させていただいた松任谷由実さんのコンサートの衣装が大きいきっかけになりましたね。そこから、主人が池澤樹というアートディレクターなんですけども、一緒にデザイン会社を立ち上げて、本格的にデザインをやっていこうという風に思ったのが2020年だから、本当に最近なんです」
小山「でも、2013年に松任谷さんの衣装を……普通やったことがない人に頼まないじゃないですか」
篠原「そこが(松任谷)正隆さんのすごいところなんですよ!」
小山「やったことがないのに、正隆さんがやってみれば?みたいな感じで言ってきたんですか?」
篠原「ほとんどその状態です。それまで、自分のコンサートだったりとか、自分が出る舞台だったりとかで衣装デザインをやったことはあったんですね。だけど一人のアーティストの衣装デザインというのはやったことがなかったんですけども。だから曲を聴いてパーンとデザインが浮かぶスキルというか、あったんですけど」
小山「シノラー時代も自分で衣装を作っていたんですね?」

宇賀「もともとお好きだったんですね、ファッションは」
篠原「高校生の時はデザイン学科のあるところに通って。大学も服飾の文化女子大学という短期大学の方に進んでいったので、洋服はいつかやりたいなと思いながら、メディアの世界で仕事をしていましたね」
宇賀「でもユーミンさんのコンサートって独特の世界観じゃないですか。曲数も多いでしょうし」
篠原「たぶん、正隆さん以外みんな『大丈夫かな?』って思っていたと思うんですけど(笑)。正隆さんのすごく印象的な言葉で、『シノラーファッションってすごくモダンだったよね』って言ってくれたことがあって。派手とかポップっていうイメージだけじゃなくて、ユーミンと掛け合わせることで全然違った感覚がそこに生まれるはずだって、化学反応に期待したそうです」
小山「篠原さんはいつも、デザインを依頼された時はまず何から考えるんですか?」
篠原「作品によるけど、絵を描くかしら?描いて、色みたいなのが見えてきて、形が見えてきて……全部描き切る前にもう1回リサーチをして。今まではオファーをいただいたらすぐに描いて、完成!という感じだったんですけど、主人がアートディレクターなので、リサーチをいっぱいして、その中からどんどん導き出していって。それを教わってから、1回図書館に行って、本当にこれが正しいかをすごく調べるようになりました」
宇賀「今気になっている素材とか、これから作ってみたいものはありますか?」
篠原「今回、革の着物を作った時に、デザイン画を描いてそれを立体化して職人さんが色を塗って……その技術がとにかくすごかったので、やっぱり職人さんとコラボレーションというのはすごく楽しい。シャイな方が多いんですけど、すでに定年退職された職人さんとご一緒させていただいたんですけど、この作品をきっかけに引き継ぎの流れが生まれて、若い世代に継承していこうという流れが生まれたんです。そういう雇用の新しいきっかけみたいなものを作れた時に、デザインってこういうところまでできるんだと思ったので、職人さんとどんどんコラボレーションしたいっていうのが、次やってみたいことですね」
小山「それはファッションに限らずですか?プロダクトとか」
篠原「プロダクトとか空間とかもいつかやってみたいっていうのが目標です」

篠原「私の大親友の、吉田拓郎さん」
小山「吉田拓郎さんと親友と呼べるってすごいですね」
宇賀「番組(※『LOVE LOVE あいしてる』)ずっとご一緒されてましたもんね」
篠原「そうなんです。最近、またさらに仲良くなったんです。普段メールが多いので、お手紙を書いてきました」
篠原さんが吉田拓郎さんへ書いたお手紙の朗読は、ぜひradikoでお聞きください(7月3日まで聴取可能)。
お手紙では、10代だった篠原さんが、吉田さんに「デザイナーになれ」と言われたエピソードなどをご紹介いただきました。
宇賀「すごいですね、拓郎さん」
篠原「『篠原、お前デザイナーになれ』って10代のグルグルしていた私に言ったんです。そんな人は拓郎さんだけでした」
宇賀「自分でもまだ、そこまでは思っていなかったんですか?」
篠原「自分の衣装を作るのはすごく楽しいなと思っていたんですけど、まさか人にデザインするなんて思ってもいなかったし、できないと思っていたんですね。だけど『できませんよ、篠原そんなの』って言ったら、『ダメだ、自分が持っているアイデアとか才能というのは、いろんな人に配らなきゃダメなんだよ。だから思いついたいいアイデアは全部誰かにあげなさい』って言われたの。『じゃあ拓郎さんはやっているんですか?』って言ったら『俺はいい曲ができたらどんどん人に届けて、みんなに歌ってもらうよ。俺はそういうふうにしてきたから、篠原もそうやるんだよ』って。だから最初に松任谷由実さんの衣装が決まった時に、初めて誰かに自分のアイデアを届ける大きい仕事で、『拓郎さんが言ってたのこれだ!』と思って。拓郎さんに言ったら『ほらね』って本当に喜んでくれた」
小山「ニューヨークの賞を取った時も喜ばれたんじゃないですか?」
篠原「すごい早さで連絡がきて(笑)。『篠原すごいじゃん!』なんて言って、KinKi Kidsのみんなに連絡してくれたりとか。自分のことのように喜んでくれる、そういう人なの」
小山「番組の絆って今もあるんですね」
篠原「ずっとありますね。今でも本当に仲良くしてくれます」
小山「『LOVE LOVE あいしてる』、もう1回やったらいいですよね」

宇賀「今日の放送を聞いて、篠原さんへお手紙を書きたい、と思ってくださった方は、ぜひ番組にお寄せください。責任をもって本人にお渡しさせていただきます。
【郵便番号102-8080 TOKYO FM SUNDAY’S POST 篠原ともえさん 宛】にお願いします」

今週の後クレ

「山形県といえば、『サクランボ』というイメージをみなさまお持ちだと思いますが、神町郵便局がある山形県東根市は、サクランボ生産量日本一です。また、有名な品種である『佐藤錦』は東根市が発祥の地であり、初めて実をつけてから今年で100周年という節目を迎えました。手紙やゆうパックなどの荷物に、差し出されるお客さまの想いがたくさん詰まっているように、サクランボ農家さんが大切に育てて、たくさん思いが詰まった、赤い宝石と言われるサクランボを是非みなさまに食べていただきたいです。受け取られるお客さまの笑顔を想像しながら、農家さんから差し出されるサクランボをひとつひとつ大切に、お預かりしています。」
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を教えてください。
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SUNDAY'S POST宛