NOEVIR Color of Life

EVERY SAT / 09:00-09:30

今、仕事も家庭も自分磨きにアクティブな生き様を実践する女性達。そんな女性達がいつまでも輝く心と勇気を失わず、体も心も健康な毎日を送るため、各界を代表して活躍する女性ゲストが自らの言葉でメッセージを送るのが、このノエビア カラーオブライフ。「生きること、輝くこと、そして人生を楽しむこと」をテーマにした、トークや音楽、話題、情報などが満載です。

TOKYO FM

NOEVIR Color of Life

EVERY SAT / 09:00-09:30

唐橋ユミ

今、仕事も家庭も自分らしく、いきいきと生きる女性たち。いつまでも輝く心を失わず、心も体も充実した毎日を送るため、各界を代表して活躍する女性ゲストが自らの言葉でメッセージを伝えます。“生きること、輝くこと、そして人生を楽しむこと”をテーマにした、トークと音楽が満載のプログラムです。

Guest渡辺美里さん

渡辺美里さん

1985年5月2日デビュー。翌年「My Revolution」がチャート1位となり、同年8月、女性ソロシンガーとして日本初となるスタジアム公演を西武スタジアムにて成功させ、以降2005年まで20年連続公演という記録を達成。
音楽活動にとどまらず、ラジオパーソナリティー、ナレーション、ミュージカル出演など多方面で活躍。
2020年、3枚組ベストアルバム「harvest」がオリコン1位を記録し、昭和・平成・令和と3時代でチャート1位を獲得。
2026年7月12日には、60歳の誕生日を迎え、11月8日には21年ぶりとなる西武ドーム公演を予定している。

雨よ、ありがとうー渡辺美里とスタジアム、そして21年ぶりの里帰り

2026/07/25
伝説の「雨のバカー!」発言から20年連続スタジアムライブの終幕、そして21年ぶりのベルーナドーム公演へ——今週も渡辺美里さんのライフストーリーをお届けしました。

◆「雨のバカーー!」——スタジアムに伝説が生まれた夜
1986年のデビュー翌年から2005年まで、西武球場(現ベルーナドーム)での夏のコンサートを20年連続で開催してきた渡辺さん。初回の86年は屋根のない野外スタジアムで、大歓声の中、「うわあ、この感覚好き!最高!」と感じたといいます。
そして語り継がれる伝説が、1989年のゲリラ豪雨ライブ。雷と猛烈な雨の中で飛び出した「雨のバカーー!」のひと言。2022年にはその豪雨後の演奏できなかった曲を歌う企画コンサートを開催し、「雨のバカ」と書かれたタオルは即完売。ヤクルトのマスコット・つば九郎君もSNSでこのタオルを持っていたことがあったそう。

◆20年で一区切り——伊勢神宮の式年遷宮のように
2005年、20年の節目で一旦幕を下ろす決断をした理由を「伊勢神宮の式年遷宮のように、20年経ったら気持ちよく次の場所に移すのもいいかなと思って」と話す渡辺さん。その後は「みさと祭り」と題し、横浜・赤レンガ倉庫や福岡・海の中道など全国各地を巡るスタイルに移行。そして今年11月8日、21年ぶりにベルーナドームへの里帰り公演が実現します。スタッフとメンバーから「聴きたい曲」を募ったところ、すでに50曲以上が挙がっているそうで、新しい夢が見られるようなライブにしたい」と語ります。

◆シャンテ・ローズ・ミサト——自分の名を持つバラが、どこかで咲いている
還暦を迎えた渡辺さんのプライベートの楽しみは、バラの栽培とベランダ菜園。スタジアムライブをやっていた頃から毎年1本ずつバラを増やしてきたといいます。「世界バラ博」をきっかけに、フランスのバラ会社から「名前をつけませんか」と依頼があり、「シャンテ・ローズ・ミサト」と命名。「今うちでもバラが咲いています、というメールをいただくことが多くて」——会ったことも行ったこともない方のお宅で、自分の名を持つバラが育てられているといいます。
ベランダでは北海道のじゃがいも「北あかり」やイチゴも栽培。カラスに狙われていたイチゴも、今年はネットを張って無事に収穫。「ヨーグルトに入れて食べるくらいまでできた」と嬉しそうに話してくださいました。

◆人生はステージ——10年後も、今より上手い歌を歌いたい
座右の銘は「人生はステージ」。「誰もが様々なステージに立っている」という渡辺さん。「そう考えれば、多少煩わしいことも乗り切れる」——ステージに立つ仕事をしているからこそ、日々の全てをそう捉えてきたといいます。
10年後の自分については、「今より歌が上手くなっていたい」ときっぱり。「どこがゴールかわからないから答えはないけれど、あぁいい歌だな〜と感じてもらえるような声が出せる状態にしていたい」。ひのえ馬の年女として今は赤い衣装でステージに臨むという渡辺さん、10年後は「紫が好きだから、紫で待ち遠しいですね」と笑います。

渡辺美里さんのニューアルバム「Birthday」は絶賛発売中です!
  • この記事をポストする

渡辺美里の作詞術ーーアルバム「Birthday」に込められた思い

2026/07/18
アーティストの渡辺美里さんのライフストーリーを伺っている今月。
今週は、作詞家としての流儀、そして7年ぶりのニューアルバム「Birthday」に込めた思いも伺いました。

◆付箋に書いて、ノートに貼って、組み合わせる
1988年のアルバム「Ribbon」の頃から積極的に作詞を手がけてきた渡辺さん。「言葉に対してはずっと敏感だった」といいながらも、作詞は今でも難しいと明かします。「湯水のごとく言葉が溢れてくるわけではないので」——いいと思った言葉は心に留めておくものの、忘れてしまったら「大したことなかったのかな、と流す」そう。
いざ作るときは、「こういうことを歌いたい」というイメージを書き出し、思い浮かんだ言葉を付箋に書き、大きなノートに貼り付けていくのだとか。「この言葉とこの世界観はこのメロディに合ってるからひとつの形にしよう、と組み合わせていく」——ただ良い言葉を並べるのではなく、Aメロ・サビ・大サビを通じて気持ちが繋がっているかが大事で、「聞く人がトゥーマッチにならないよう、何通りもある組み合わせの中から楽曲と自分が今一番歌いたいことに合うものを選ぶ」といいます。

◆他の人が書いた詞の方が、気持ちが乗せやすいこともある
意外にも、「他の方に書いてもらった曲の方が自分の気持ちが乗せやすい時はある」と渡辺さん。自分で書くと、言葉が多くても少なくてもメロディに乗せきってしまい、「歌の力でがっと押し切るところが出てしまう」といいます。後から聴いて「これちょっと良くないかも」と感じることも。
「書いてくださった方がそこに費やしてくれた時間や思いは、やはり違う。ジャストで乗っている方が、その人の意味がちゃんと届く」——常に引いた目線で自分の歌を聴き、乗せすぎていないかを確かめる。それが渡辺さんのボーカリストとしての流儀なのだとか。

◆赤ちゃんのぎゅっ、と、命が繋がっていくこと——アルバム「Birthday」
7年ぶりのニューアルバムは「Birthday(誕生)」というタイトル。制作中、スタッフの赤ちゃんが生まれた瞬間に立ち会い、「何をぎゅっとしながら生まれてきたんだろう」という感動が歌詞に。しかしその誕生と同じタイミングで、スタッフのお母さんが亡くなったといいます。「命は繋がっていくんだ、生まれるものもあれば失われるものもある——この十数年、そういうことがとても多かった」と渡辺さん。意識したわけではないのに、アルバムのほぼすべての曲が「生まれくるものと失われるもの、出会いと別れ」をテーマにしていたといいます。

◆槇原敬之さんが書いてくれた「折り畳み傘」
アルバムには槇原敬之さんの書き下ろし曲「折り畳み傘」も収録。「今の私が歌うべき曲を書いてほしい」とお願いしたのがきっかけだそう。あるトリビュートライブで槇原さんが袖で渡辺さんの歌を聴きながら涙を流していたのを見て、「何ていい奴なんだ」とオファーを決めたといいます。
「マッキーは80〜90年代からずっと音楽を続けてきた人たち、そして聴き続けてくださったお客さんたちの中にも、きっと別れがあっただろうということをイメージして書いてくれたんじゃないかな」——共通の友人が58歳で若くして亡くなったことも重なり、「美里さんが歌うべき曲」として届けてくれた一曲なのだとか。

そんな渡辺美里さんのニューアルバム「Birthday」は、発売中!
ぜひチェックしてみてください。
  • この記事をポストする

ダンシングクイーンの力、エラの声、アレサの人生…渡辺美里を作った3曲

2026/07/11
今週も渡辺美里さんのライフストーリーを伺いました。
今週は、ご自身のキャリアの分岐点となった音楽3曲をご紹介。
また、ニューアルバム「Birthday」への思いまで伺いました。

◆エラの声、サッチモとの掛け合い——いつかこんなデュエットを
1枚目に挙げてくれたのは、エラ・フィッツジェラルド&ルイ・アームストロングの「「スウィングしなきゃ意味ないね!」。TOKO FMのスタッフからプレゼントされたCDボックスがきっかけで、「なんてすごい声なんだ」と夢中になったといいます。
「エラとサッチモがデュエットしているアルバムは、2人の人間味がワッと出てきて。その掛け合いも含めてすごいなあと思って」・・・あまりに好きすぎてカバーも録音したという渡辺さん。「いつかこういうデュエットアルバムを作りたいと思った」という夢は、後のアルバム「Face to Face〜うたの木〜」として実現します。

◆今思い出しても涙が出る——アレサとキャロル・キングの夜
2枚目は、アレサ・フランクリンの「Natural Woman」。キャロル・キングが2015年のケネディセンター名誉賞を受賞した際の表彰式で、アレサがキャロルのためにこの曲を歌った映像が忘れられないといいます。
「キャロル・キングが少女のようにはしゃいで大喜びしているあの映像を見ると、今思い出しても涙が出ちゃう」と渡辺さん。アレサの激しい人生の歩み、社会的な活動への思いも重なり、「置かれた立場は人それぞれ違うけど、こういう歌声で人に何かを届ける人になりたい、と改めて思わせてもらった曲」と話します。

◆車椅子のおじいさんが立ち上がった——ダンシング・クイーンの力
3枚目はABBAの「Dancing Queen」。ブロードウェイで「マンマ・ミーア!」を観た時の体験が忘れられないといいます。公演中、観客席にいた車椅子のおじいさんが最初はぐったりしていたのに、「Dancing Queen」が流れた瞬間に立ち上がったのを目の当たりにしたそう。
「係の人を呼んだほうがいいかと思うほどしょんぼりしていたのに。Dancing Queenの能力たるや、と思って」——世代も時代も超える音楽の力を実感し、自身のライブでもバンドメンバーに楽器を置いてもらい、ステップを踏むコーナーを作るほどの影響を受けたといいます。

◆アルバム「Face to Face」とニューアルバム
コロナ禍に「面と向かって歌うことの喜びを表現したい」と作ったデュエットアルバム「Face to Face〜うたの木〜」には、LiLiCoさん、山口智充さん、小堺一機さんらが参加。「この人とだったらこの曲、と頭の中で音がなる」という感覚で人選し、「一足す一じゃなくて倍、倍に広がっていく。音楽ってやっぱり楽しいんだなと改めて感じたレコーディングでした」と振り返ります。
40周年を経て、7年ぶりのニューアルバム「Birthday」がいよいよリリース。「よしやりきった、いいのができたと思っているけれど、ファンの方の手に届いてどんな風に聞いてくれるのか——合格発表を待つ前みたいな、何とも言えないそわそわした感じです」と、リリース直前の心境を話してくれました。

渡辺美里さんのニューアルバム「Birthday」は7月15日リリースです!
  • この記事をポストする

最高に最好で最濃な40周年ー渡辺美里の軌跡

2026/07/04
今月のゲストは、アーティストの渡辺美里さん。デビュー40周年を足掛け3年にわたって盛り上げてきた美里さんに、最高を更新し続けたツアーの日々、そして「My Revolution」から40年かけて辿り着いたアンサーソングまで、たっぷりと伺いました。

◆土曜の朝は「朝ロードショー」——週末の楽しみ
土曜の朝9時、この番組の時間帯に何をしているかといえば「コンサートに向けて移動中か、家にいる時は映画を見ています」と渡辺さん。夜はミーティングや食事会が入るため、見たかった映画を朝に楽しむ「土曜の朝のロードショー」が習慣になっているといいます。「その時の気分によって、何度も見た作品を選ぶこともあれば、来週会う人に関係する映画を見ておこうとか」と渡辺さんらしいセレクションなのだとか。

◆35周年が何もできなかったから、40周年は足掛け3年で
デビュー35周年はコロナ禍に直撃し、「デビューしてから一年間ほとんどステージに立てないということはなかった」という異例の年に。その分、40周年は「39周年からもうすぐ40年って言いながら3年間かけてとことん楽しんできた」といいます。
2024年の39周年ツアーを皮切りに、2025年は全国30公演・6万人を動員した「Bitter Sweet Ultra Pop Tour」を展開。さらに追加スペシャル公演を経て、5月2日のデビュー記念日に40周年ツアーファイナルを迎えました。「3年連続のツアーは体力と気力がずっとつながってる感じ」と苦笑いしながらも、「嬉しい悲鳴です」と語ります。

◆最高の最好がいっぱい重なったツアー!
今回のツアーについて「毎日最高を更新しています」と語っていた渡辺さん。「最高」の意味を尋ねると、「お客さんと気持ちがグッと繋がったなと思える瞬間のこと」という答えが返ってきました。「オープニングから感じることもあれば、徐々に打ち解けていくこともある。自分の心の揺らぎや体調もある中で、それを常に最高に持っていくために日々やってる」と話します。
5月2日のデビュー記念日、東京ガーデンシアターでのファイナルは満員のお客さんがてっぺんまで埋め尽くし、「記念日の日にこういう会場が抑えられるのはスタッフの念力と熱い思いのおかげ」と感謝します。「40周年をこれだけの方たちにお祝いしてもらえるというのは、本当に特別なことだと思いました」。

◆中目黒のスタジオで生まれた「My Revolution」
渡辺さんの代表曲「My Revolution」の生みの親は、小室哲哉さん。デビュー前からスタジオに遊びに行き、お互いまだ「何者でもない」頃から交流があったといいます。デビューから半年後、4枚目のシングルの制作中、小室さんが「こんな曲できたよ」とわざわざスタジオまで来て弾いてくれた瞬間を、渡辺さんは今も鮮明に覚えているといいます。
「私がラ・ラで歌ってみて、すごいいいねってお互いに鳥肌が立った。中目黒にあるスタジオで、その道を通ると『My Revolutionと出会ったスタジオだな』と思いながら通ることがあります」。転調が続く難しい曲だからこそ、「今でもちゃんと歌わなきゃ、ちゃんと届けなきゃ、といつも緊張します」と話します。

◆40年かけて、アンサーソングができた
「分かりはじめたMy Revolution」という歌詞について「もう分かりましたか?」とよく聞かれるという渡辺さん。「答えが出ないからこそ音楽を続けているような気がする」と言いながら、今回の新アルバム「Birthday」で一つの答えに辿り着いたといいます。
収録曲「でっかい愛を抱きしめながら」には、「ゆっくりと成長しながら生き抜いていく」という詞を綴りました。「18〜19歳で出会ってから40年、人と出会う喜びだけじゃなく、別れることや会えなくなることもたくさん体験してきた。それも全部ひっくるめて抱きしめながら歌うことが自分の役目だと思えた。My Revolutionへのアンサーソングとして、この曲ができたかなと思っています」。
  • この記事をポストする
Page Top
|| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 ||