NOEVIR Color of Life

EVERY SAT / 09:00-09:30

今、仕事も家庭も自分磨きにアクティブな生き様を実践する女性達。そんな女性達がいつまでも輝く心と勇気を失わず、体も心も健康な毎日を送るため、各界を代表して活躍する女性ゲストが自らの言葉でメッセージを送るのが、このノエビア カラーオブライフ。「生きること、輝くこと、そして人生を楽しむこと」をテーマにした、トークや音楽、話題、情報などが満載です。

TOKYO FM

NOEVIR Color of Life

EVERY SAT / 09:00-09:30

唐橋ユミ

今、仕事も家庭も自分らしく、いきいきと生きる女性たち。いつまでも輝く心を失わず、心も体も充実した毎日を送るため、各界を代表して活躍する女性ゲストが自らの言葉でメッセージを伝えます。“生きること、輝くこと、そして人生を楽しむこと”をテーマにした、トークと音楽が満載のプログラムです。

Guest西村由紀江さん

西村由紀江さん

3歳でピアノを始め、小学生時代にヤマハジュニアオリジナルコンサート(JOC)に参加し
世界各国を演奏旅行、マエストロや一流オーケストラとも共演し絶賛を博す。
桐朋学園大学入学と同時にデビューし、「101回目のプロポーズ」「子ぎつねヘレン」など
ドラマ・映画・CMの音楽を多数担当するほか、TV・ラジオの出演やエッセイの執筆も行う。
年間100本を超えるコンサートで全国各地を訪れる傍ら、ライフワークとして「学校コンサート」や「病院コンサート」そして被災地にピアノを届ける活動にも精力を注ぐ。
2016年、アルバム「My Stories」が香港IFPI 「Best Sales Awards 2015」を受賞。
2024年、アルバム「Adagio」が第38回 日本ゴールドディスク大賞「インストゥルメンタル・アルバム・オブ・ザ・イヤー」を受賞。
2026年、デビュー40周年を迎え記念CD「ALL TIME BEST」をリリース。

学生時代からの絆、被災地との絆

2026/06/20
今週もピアニストの西村由紀江さんをお迎えしました。

今日は、バイオリニスト・葉加瀬太郎さん、チェリスト・柏木広樹さんとのトリオ「NH&K」での活動、そして東日本大震災の被災地にピアノを贈り続ける「スマイルピアノ500」の取り組みについて伺いました。

◆学生時代のお好み焼き屋——「NH&K」誕生のきっかけ
葉加瀬太郎さん、柏木広樹さんとのトリオ「NH&K」は、3人の苗字の頭文字から名付けられたトリオ。
「最初はリハーサルのことを『NHKのリハーサル』なんて普通に呼んでたんですけど、いざCDを出すとなると色々問題もあって。でも3人ともほかの名前は思いつかなくて、そのまま頂きました」と笑います。
2人との出会いは、西村さんが音楽大学に通っていた20歳の頃。「芸大ですごく面白い飲み会があるから行ってみる、って誘われて。お好み焼きを食べながらベートーヴェンの時代はどうだったとか、すごく熱く音楽談義をしていて」。それぞれ別々の道を歩んでいた3人が再びつながったのは東日本大震災の復興イベント。「久しぶりに3人で音を出してみたら、太郎君が『これええやん』って言ってくれて。私も今までに感じたことのない心地よさがあって」——そこから「NH&K」としての活動が始まりました。

◆違いを面白がれる年代になって——50代で結成したトリオ
3人とも全く違う環境で違う音楽を奏でてきたからこそ、「いい意味で合わない、化学反応が起きる」と言う西村さん。「個性がぶつかったときに、こんなふうに表現するんだ、じゃあ私はこうしよう、というのが常に3人の中にあって」。
「前だったら、なんでそうやって弾くんだよって、もしかしたら無理に合わせようとしていたかもしれない。でも違いをそれぞれ認められるようになったのは、いい歳になって面白がれる年代になったから」——50代でトリオを組んだことの意味を、西村さんはそう語ります。

◆八ヶ岳での合宿——朝ごはんから音楽が始まっている
葉加瀬さんが「世界で一番好きなホール」と語る八ヶ岳高原音楽堂。一面ガラス張りで自然光が差し込み、天気もコンサート中に移り変わるといいます。「すごくいい天気だなと思ったら、途中で雨がぶわっと降ってきて、また上がると鳥が鳴いて。自然とともに音楽があるんです」。
3人はこのホールに何日も滞在し、合宿形式でコンサートに臨むそう。「朝ご飯の時からずっと顔を合わせていて、ホールに来てリハーサルというよりも、何時に出発して一緒に行こうかという感じ。音楽も会話してる感じなんですよね」。同じ場所で連日演奏できるからこそ、「太郎君が『この曲のここ、ちょっとこうしてみたい』と言い出して、その場で試してみる」という発見も生まれるといい、ここでレコーディングされたアルバム「Adagio」は日本ゴールドディスク大賞を受賞。「Moderato」と言う曲は葉加瀬さん・柏木さんから西村さんへの音楽のラブレターとして作られたそうです。

◆64台のピアノと、64の物語——スマイルピアノ500
東日本大震災で津波や地震により失われた家庭のピアノ、500台を目標に寄贈する活動「スマイルピアノ500」。震災から15年が経ち、学校や公共施設はおよそ8割が回復した一方、西村さんは一般家庭への寄贈を続け、これまで64台を届けてきたといいます。
お届けの際は必ず西村さん自身がピアノの弾き初めをするそう。「お子さんはピアノに駆け寄って抱きついてくれる。家族のような存在だったんだなと思います」。中には、明るい笑顔で迎えてくれた方ほど演奏中に涙を流すこともあるといいます。「お子さんの前で絶対泣いちゃいけないと、ずっと気持ちを張りつめて頑張ってこられた方なんですよね。ピアノの音色でふっと心がほどけた時に涙が出て」——「ピアノを届けるだけじゃなく、その先にその人たちの物語がある」ことを、この活動を通して学んだといいます。

◆塩を吹くピアノ——「奇跡のピアノ」が教えてくれたこと
福島のある中学校の体育館で津波の泥水をかぶり倒れていたピアノを、調律師の遠藤さんが単身で数百時間かけて修復。紅白歌合戦で嵐の櫻井さんが触れたことから「奇跡のピアノ」と呼ばれるようになりました。西村さんは毎年3月11日、福島いわき市の施設でこのピアノを聴かせてもらっているといいます。
15年が経った今もピアノの本体から塩が出てくるといい、今年、遠藤さんはクラウドファンディングで大規模なオーバーホールを実施。「新しくしてしまえば簡単だけれど、震災を見てきた証人だからちゃんと残そう」と外側はそのままに、内部を蘇らせました。「前はとても繊細で壊れそうな優しい音だったのが、だいぶ強い音に変わりました。『もう私はこれで頑張る』って、ピアノが意思を持って訴えてくれるような感じがしました」と、西村さんは静かに語ってくださいました。
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デビュー40周年!ALL TIME BESTに込めた思い

2026/06/06
今月のゲストは、ピアニストの西村由紀江さん。
デビュー40周年を迎え、全アルバムから厳選した40曲に新曲2曲を加えたベストアルバムをリリース。
今週は、コンサートツアーも精力的に展開する西村さんに、その歩みと音楽への思いを伺いました。

◆土曜の朝はジョギングのあとに——体が資本、毎日のトレーニング
この番組の放送時間、土曜の朝9時に西村さんが何をしているかといえば・・・「ジョギングした後にさっとシャワーを浴びている時間ですね」と笑います。コンサートで地方を訪れる土曜日も多く、「訪ねた土地の周りをジョギングして散策して、汗をかいたらシャワーを浴びる。9時のとてもいい時間です」とのこと。
ピアニストと聞くと腕や手のケアをイメージしがちですが、「腕と手はそんなに疲れなくて、やっぱり腰・背筋・腹筋を鍛えるトレーニングは毎日しています」と話します。移動の多い生活でも「乗り物でよく眠れる」という体質に助けられ、飛行機での10分の熟睡でも「自分がどこで何をしているかわからなくなるくらい」リフレッシュできるのだとか。

◆デビュー40周年に思うこと
今年、デビュー40周年を迎えた西村さん。「40年というふうに言葉にするとすごく長いですし……でも、一年一年必死に積み重ねてきたので、もう一年頑張ろう、来年も頑張ろうって数えたら40年という感じ」と振り返ります。
節目に合わせてリリースされたベストアルバム「40th ANNIVERSARY ALL TIME BEST」は、40枚のアルバムから1枚につき1曲をセレクトした40曲に新曲2曲を加えた3枚組。「自分の曲って子供のように愛情をかけているので順番がつけられなくて」と苦しみながらも、バブル期の華やかなサウンドなど各時代の空気を意識しながら選んだといいます。全曲に書き下ろしたメッセージも収録されており、「一年に一曲、その年に感じていたことを一つずつ書いていたら、こんなことを考えていたなと再確認できて、自分にとってもすごくいい時間でした」と話します。

◆ベリーショートにして帰ってきたら、めちゃめちゃ叱られた
デビュー当時の写真を見ると、ソバージュに太い眉毛というまさに80年代スタイルの西村さん。当時、ロングのソバージュをばっさり切り、マネージャーには何も言わずに耳の上までのベリーショートにして帰ってきたところ、「めちゃめちゃ叱られました」と笑います。それでも「流れに自分を合わせようとしたら自分がなくなってしまうと気づいた」のはデビュー10年目のこと。その年、初めてピアノソロだけでアルバムを制作。「違うなと思いながら合わせて頑張っていたのも、経験としては違う自分が見られてよかった。すべて無駄はないな、とは思います」と語ります。

◆40曲ノンストップメドレー——一緒に40年を体験するコンサート
現在開催中のコンサートツアーのキャッチフレーズは「40年を120分で味わう」。その言葉通り、なんと50曲以上を演奏する弾きまくりのステージで、なかでも目玉は「40周年にちなんで40曲ノンストップメドレー」。40分間休みなしで弾き続けるといいます。
「アルバムに入っている曲だけでも1000曲近くあるのでタイトルだけだと思い出せない曲もある。でも弾き出すと指が勝手に動いていて」——頭ではなく体が曲を記憶しているのだと西村さん。客席にはデビュー当時からのファンも多く、「就職した時のことを思い出した」「プロポーズしようと思った時のアルバムでした」といった声が寄せられているのだとか。「私が演奏してお聞かせするというよりは、一緒に40年を体験するコンサートになっています」。

◆浅野温子さんの目を見た瞬間、メロディーが降りてきた
40年の中で最も色濃く残る出来事のひとつが、ドラマ「101回目のプロポーズ」(1991年)の音楽担当。ピアノ音楽に馴染みのない人々にも広く届くきっかけとなった作品でした。当時、撮影現場を訪れた西村さんは、浅野温子さんと初めて顔を合わせた瞬間に音楽のインスピレーションが湧いたそう。
「とにかくお美しくて!『よろしくね』とおっしゃった時の目がもう!!」——当時はボイスメモもなく、常に持ち歩いていた五線譜を取り出し、浅野さんが立ち去るやいなやその場でほとんど書き上げたのだとか。「もし話しかけられて答えてしまったら、そのメロディーはもう絶対出てきてくれない。新鮮さを、その時の気分を大事にしています」と作曲の秘訣もお話くださいました。

来週は、そんな西村さんの作曲の流儀など、お話伺います。
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"ピアノだけの世界"へ原点回帰―アルバム『Virgin』と、作曲の流儀

2026/05/13
今年でデビュー40周年を迎えたピアニスト・西村由紀江さん。
今週は、10年目に生まれた転機のアルバム「VIRGIN」のお話から、こだわりのレコーディング方法、そして歌詞のない音楽が国境を越えて届いた体験まで伺いました。

◆転機となったアルバム「VIRGIN」
デビューから10年間、シンセサイザーやドラム、ベースのサポートを受けながら制作を続けてきた西村さん。当時は華やかなサウンドが流行る時代。「ピアノの曲を聴いてもらうには、できるだけ華やかにしようという意向もあって作っていた」といいます。
しかし10年が経ち、「ピアニストとして何を表現したいんだろう」と自分に問いかけたとき、サポートの力を全部なくして「裸一貫」でピアノだけのアルバムを作ると決意。タイトルは自らつけた「VIRGIN」。「このタイトルをつけることで自分にちょっとプレッシャーをかける、という気持ちで」と振り返ります。制作陣は大反対でしたが、「どうしてもここでやりたいんです」と何度も話し合い、形にしたといいます。

◆反応がなくても、ここから歩き出す
発売当初は手応えもなく、「やったのね」という程度の反応だったといいます。それでも西村さんは「今の反応じゃなくて、ここから始まる」と前を向き続けたそう。
そして、今では、「時が経てば経つほど、一番好きなアルバムはVIRGINですと言ってくれる人が増えてきている」のだとか。
「何も書かなくても、空気感とか、時間をかけて伝わっていくものなんだなって感じています」と手応えを感じているそう。

◆レコーディングは2回まで——透明さを大切にする理由
レコーディングでは、何度も重ねて完成度を上げていく方法もありますが、西村さんは2テイクのみにしているのだとか。「家でしっかり練習してスタジオに行く。考えすぎると、だんだん透明じゃなくなっていくんです」と話します。
最初からそうだったわけではなく、かつては夜中まで何度も重ねてこだわっていたそうですが、何度も取り直した音に「整ってるけど、つまんないよね」と言われた音楽仲間からの一言が転機になりました。「完璧な音楽を求めてるんじゃなくて、その時の息吹だったり温度だったりを伝えたいんだ、ということを少しずつ学んでいきました」。

◆ひらがなが書けない頃から、音符で日記を書いていた
これまで1000曲以上を作曲してきた西村さん。作曲のようなことは4〜5歳から始めていたといい、当時のノートには「丸と棒だけ」の音符が残っているそう。初めて作った曲のタイトルは「ひとりぼっち」。
子供の頃、友達とうまくコミュニケーションが取れず、ピアノで気持ちを表現していたのだとか。「ドレミの『ミ』を半音下げるとマイナーになる。今日の気分はこっちかな、とその日の気持ちを小さな曲に書くんです、日記のように」。言葉でうまく表現できない微妙な色合いも、音色や強弱で表せる——「自分のピアノの中にも無限のパレットがあるような感じ」と語ります。

◆理想の音は「お吸い物」——歌詞のない音楽が国境を越えて
西村さんが目指す理想の音は「お吸い物のような音」。「透明で何も味がないように見えるけど、飲むとすごい深い味がある。聞くと心の深いところにずっと入っていけるような音を出したいんです」。
デビュー当時は「歌詞がないのにどうやって聞いたらいいかわからない」と言われることも多かったそうですが、ある時香港のファンが自分の曲に中国語の歌詞をつけて歌っていることを知り、「また新しく自分の曲が生まれ変わっている」と感じたそう。昨年は念願の中国ツアーを実現。「歌詞がないからこそ、言葉を訳す必要がなく海を越えて伝えられるということを、中国の方に教えてもらった気がしました」。涙を浮かべながら「西村さんの音楽に命を救ってもらいました」と一生懸命の日本語で伝えてくれたファンとの出会いもあったといいます。

来週は、さらに西村さんが音楽を通して培ってきた絆のお話、伺います。
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