NOEVIR Color of Life

EVERY SAT / 09:00-09:30

今、仕事も家庭も自分磨きにアクティブな生き様を実践する女性達。そんな女性達がいつまでも輝く心と勇気を失わず、体も心も健康な毎日を送るため、各界を代表して活躍する女性ゲストが自らの言葉でメッセージを送るのが、このノエビア カラーオブライフ。「生きること、輝くこと、そして人生を楽しむこと」をテーマにした、トークや音楽、話題、情報などが満載です。

TOKYO FM

NOEVIR Color of Life

EVERY SAT / 09:00-09:30

唐橋ユミ

今、仕事も家庭も自分らしく、いきいきと生きる女性たち。いつまでも輝く心を失わず、心も体も充実した毎日を送るため、各界を代表して活躍する女性ゲストが自らの言葉でメッセージを伝えます。“生きること、輝くこと、そして人生を楽しむこと”をテーマにした、トークと音楽が満載のプログラムです。

Guest杏子さん

杏子さん

長野県松本市生まれ。
高校時代からアマチュアバンドで活動を始め、
1983年にBARBEE BOYSに加入し、
翌1984年「暗闇でDANCE」でデビュー。
1992年のBARBEE BOYS解散後は、ソロシンガーとして活動を開始。
現在も精力的にライブ活動、舞台、ドラマ、ラジオパーソナリティなど
幅広いジャンルで活躍。

泣きたい日には切ない曲をーー音楽の原点からシンガー杏子が誕生するまで

2026/08/01
今月のゲストは、BARBEE BOYSのボーカルとして、またソロシンガーとして活躍する杏子さん。高校時代からバンド活動を始め、1984年のデビューから現在まで歌い続けてきた杏子さんに、その原点からお話、伺いました。

◆泣きたくてレコードをかけた幼稚園の帰り道
音楽との最初の出会いは、母がよくかけていたサントラのレコード。「聞くというよりも、レコードに針を落とす機械を操作するのが楽しかった」という杏子さん。中学に入るとラジオを聴くようになり、エルトン・ジョン、カーペンターズ、そしてミシェル・ポルナレフの「メロディーが切なくて美しい」世界に夢中になっていきます。
そのルーツは、さらに幼い頃に。「幼稚園から帰ってくる時に、今日はちょっと泣きたいなと思って、小鹿物語のレコードをかけてわあって泣いてスッキリするっていう」——帰り道を歩きながら「今日は泣く日かな」と考えていたという杏子さん。童謡の歌詞の中にも、傘を持っていない子やお迎えが来ない子の一節を見つけては「そこにキュンとする」という、切なさへの感度は幼い頃から育まれていたようです。

◆ギターは自由な楽器だった——中学でコードを覚え、高校でフォークユニットへ
中学の頃、叔父様からもらったガットギターがきっかけで、アイドル雑誌の付録歌本を見ながらコードを覚えていったという杏子さん。ピアノは「スタートが遅くてコンプレックスがあった」という杏子さんにとって、「ギターをやってる女子はあまりいなかったから、音楽で自由に何かをやれる楽器」として響いたのだとか。
高校では友人とフォークユニットを結成し、コンテストにも応募。結果は落選でしたが「2人でちょっと泣いてました」と笑います。カバーするだけでなく「自分で作らなきゃ」という意識も、この頃から芽生えていったといいます。

◆女子寮の門限7時——外の空気を吸いに、ライブハウスへ
大妻女子大学に進学した杏子さんを待っていたのは、埼玉・狭山の女子寮。駅からはバスで20分、門限は夜7時という環境で「それまでずっと共学だったから、女だけの暮らしは無理だ」と感じた杏子さんは、月に一度外の空気を吸うためにライブハウスのオーディションに応募。「そのためだけにオーディションを受けて、月一でライブハウスで歌ってました。高校時代の友達が集まってくれたり、楽しい時間でした」と振り返ります。
転機は、当時のボーイフレンドが美大に入学したこと。その学内の音楽部に遊びに行ったところ、ちょうど風邪をひいていた杏子さんにマイクが回ってきて、かすれた声で歌ったところ「ちょっと君いいね」と言われたそう。「いつもはこの声じゃないんですけど・・・」と苦笑いしながらも、その美大の学祭にバンドとして出演。「バンドって楽しい」と初めて感じた瞬間でした。

◆制服を脱いで、ステージへ——商社勤務の1年間
大学卒業後は母の希望もあって大手商社の総務部に就職。「バンドをアマチュアで続けるためにアルバイトでいいかなと思ったら、母に絶対許さないと言われて」——ただし条件はナイン・トゥ・ファイブで早く帰れる部署。それがOL生活とバンド活動の両立を可能にしたのだとか。
ロッカールームで制服からステージ衣装に着替え、ヒールの靴でカツカツと歩いていた日々。さらに社内でライブのチケットを営業して回り、「来なくていいので買ってください」と言いながら10枚・20枚まとめて買ってもらったこともあったといいます。あるライブでは、本部長が最前列真ん中で見ていたことに気づいて驚き、翌日お礼の言葉をもらったエピソードも。「1年しかいなかったけれど、家族を背負いながら満員電車に乗って定時に向かうサラリーマンの方たちを間近で見て、勉強になりました」と振り返ります。

来週は、BARBEE BOYSとの出会い、伺います!
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