NOEVIR Color of Life

EVERY SAT / 09:00-09:30

今、仕事も家庭も自分磨きにアクティブな生き様を実践する女性達。そんな女性達がいつまでも輝く心と勇気を失わず、体も心も健康な毎日を送るため、各界を代表して活躍する女性ゲストが自らの言葉でメッセージを送るのが、このノエビア カラーオブライフ。「生きること、輝くこと、そして人生を楽しむこと」をテーマにした、トークや音楽、話題、情報などが満載です。

TOKYO FM

NOEVIR Color of Life

EVERY SAT / 09:00-09:30

唐橋ユミ

今、仕事も家庭も自分らしく、いきいきと生きる女性たち。いつまでも輝く心を失わず、心も体も充実した毎日を送るため、各界を代表して活躍する女性ゲストが自らの言葉でメッセージを伝えます。“生きること、輝くこと、そして人生を楽しむこと”をテーマにした、トークと音楽が満載のプログラムです。

Guest市毛良枝さん

市毛良枝さん

文学座附属演劇研究所、俳優小劇場養成所を経て、1971年ドラマ「冬の華」でデビュー。
以後、NHK大河ドラマ『独眼竜政宗』、ドラマ『やまとなでしこ』『白い巨塔』、映画『ラーゲリより愛を込めて』『明日を綴る写真館』など映画・テレビ・舞台と幅広く活躍。現在は、執筆活動や講演も行っている。

40歳からの挑戦〜登山との出会い

2025/11/15
今週も市毛良枝さんのライフストーリーをお届け!
市毛さんの人生を変えた登山との出会いについて伺いました。

◆40歳で始めた登山
40歳で登山を始めたという市毛さん。そのきっかけは全く偶然だったと振り返ります。
「父が亡くなって、最後の主治医だった先生にお礼に伺った時、たまたま世間話の中で『先生、山いらっしゃる時、私も連れてっていただけませんか』って言ったら『いつにしましょう』って言われちゃったんです」

それまで登山には全く興味がなかったという市毛さん。荷物をたくさん持って、大変で・・・危険な印象しかなかったのだとか。
「1ミリも挑戦するなんてことはなかったんです。なぜ誘ってるんだろう私は、ぐらいの感じで」

ですが、その先生が父の病床で聞かせてくれた登山の話がとても楽しそうだったことが心に残っていたのだそう。
「これを逃すともう行くことはないから、行ってみたいなって本当に思って」

◆初登山から感じた喜び
市毛さんの初登山は北アルプスの燕岳から常念岳への縦走コース。ハイキング程度だと言われて行ったものの、山小屋二泊の本格的な登山だったと笑います。

最初は不安ばかりだったそうで
「歩き出してずっとお休みしないでしょ、山の方って。この人たちは一生歩き続けるのかと思って。ここまで来たら一人で帰れない、泣きそうだったんです。でも
休むとちょっと元気になるみたいなことが分かってきて、楽しくなってしまって。違う景色を見るとすごく元気になるんです」

燕岳の合戦尾根の稜線に出た時には、スキップしそうなぐらい楽しくなっていたのだとか。
「山の景色が見えるだけでなぜ元気になるって、ビックリしませんか。今つらかったこと忘れてしまうんです。それが次々行ける原動力になって」

◆登山は役者の仕事と似ている
当初は正反対だと思っていた登山と俳優の仕事。ですが、ある時、共通点に気づいたのだそう。
「山に行ってる時、自分自身が物語を作りながら歩いているような気がしたんです。同じ道を歩いても行く度に全然感動が違う。出演者も季節も条件も違うので、同じ山に何回行っても違うストーリーが紡がれるわけです」

それは俳優の仕事で求めてきた感動と同じだったのだとか。
「ただ単に肉体のことだけではなかった。心の中に湧き上がってくる別のもの、それはやっぱりストーリーになっていく」

◆キリマンジャロで学んだこと
ヒマラヤやキリマンジャロにも挑戦した市毛さん。キリマンジャロでは高山病の辛さを経験したのだとか。
「散々『高山病になっても寝ないでね』って言われてたのに、ちょっと気持ち悪いなと思った時に横になってしまったんです。寝ると酸素供給量が半分に落ちちゃうんですね」

一緒にいた人に促されて歩いているうちに元気になり、血液を回すことの大事さを実感。
「そこからスポーツの大事さにすごく目覚めました。体で感じました」

◆複数の世界を持つ喜び
登山を通じて、市毛さんは人生観も変わったと語ります。
「自分の世界を複数持てれば、その数だけ新たな可能性や力が引き出される。一つの扉を開けたら、その先にいろんな道が開いていったんです」

いくつもの興味を掘り下げていくことで、残らないものもあるけれど、いつかは残るものもあると感じたと言います。
「やっぱり可能性って広がっていくなって思います。山が繋げた人とのご縁も本当に財産です」

登山によって五感を駆使して感動を重ねていく中で、生きていく上での支えや道筋になったと振り返る市毛さん。
「とても仕事が楽になりました。いろんなこと教えてもらったなあと思います」と語る笑顔がとても素敵でした。

来週も市毛良枝さんのライフストーリーをお届けします
今週も市毛良枝さんのライフストーリーをお届け!
市毛さんの人生を変えた登山との出会いについて伺いました。

◆40歳で始めた登山
40歳で登山を始めたという市毛さん。そのきっかけは全く偶然だったと振り返ります。
「父が亡くなって、最後の主治医だった先生にお礼に伺った時、たまたま世間話の中で『先生、山いらっしゃる時、私も連れてっていただけませんか』って言ったら『いつにしましょう』って言われちゃったんです」

それまで登山には全く興味がなかったという市毛さん。荷物をたくさん持って、大変で・・・危険な印象しかなかったのだとか。
「1ミリも挑戦するなんてことはなかったんです。なぜ誘ってるんだろう私は、ぐらいの感じで」

ですが、その先生が父の病床で聞かせてくれた登山の話がとても楽しそうだったことが心に残っていたのだそう。
「これを逃すともう行くことはないから、行ってみたいなって本当に思って」

◆初登山から感じた喜び
市毛さんの初登山は北アルプスの燕岳から常念岳への縦走コース。ハイキング程度だと言われて行ったものの、山小屋二泊の本格的な登山だったと笑います。

最初は不安ばかりだったそうで
「歩き出してずっとお休みしないでしょ、山の方って。この人たちは一生歩き続けるのかと思って。ここまで来たら一人で帰れない、泣きそうだったんです。でも
休むとちょっと元気になるみたいなことが分かってきて、楽しくなってしまって。違う景色を見るとすごく元気になるんです」

燕岳の合戦尾根の稜線に出た時には、スキップしそうなぐらい楽しくなっていたのだとか。
「山の景色が見えるだけでなぜ元気になるって、ビックリしませんか。今つらかったこと忘れてしまうんです。それが次々行ける原動力になって」

◆登山は役者の仕事と似ている
当初は正反対だと思っていた登山と俳優の仕事。ですが、ある時、共通点に気づいたのだそう。
「山に行ってる時、自分自身が物語を作りながら歩いているような気がしたんです。同じ道を歩いても行く度に全然感動が違う。出演者も季節も条件も違うので、同じ山に何回行っても違うストーリーが紡がれるわけです」

それは俳優の仕事で求めてきた感動と同じだったのだとか。
「ただ単に肉体のことだけではなかった。心の中に湧き上がってくる別のもの、それはやっぱりストーリーになっていく」

◆キリマンジャロで学んだこと
ヒマラヤやキリマンジャロにも挑戦した市毛さん。キリマンジャロでは高山病の辛さを経験したのだとか。
「散々『高山病になっても寝ないでね』って言われてたのに、ちょっと気持ち悪いなと思った時に横になってしまったんです。寝ると酸素供給量が半分に落ちちゃうんですね」

一緒にいた人に促されて歩いているうちに元気になり、血液を回すことの大事さを実感。
「そこからスポーツの大事さにすごく目覚めました。体で感じました」

◆複数の世界を持つ喜び
登山を通じて、市毛さんは人生観も変わったと語ります。
「自分の世界を複数持てれば、その数だけ新たな可能性や力が引き出される。一つの扉を開けたら、その先にいろんな道が開いていったんです」

いくつもの興味を掘り下げていくことで、残らないものもあるけれど、いつかは残るものもあると感じたと言います。
「やっぱり可能性って広がっていくなって思います。山が繋げた人とのご縁も本当に財産です」

登山によって五感を駆使して感動を重ねていく中で、生きていく上での支えや道筋になったと振り返る市毛さん。
「とても仕事が楽になりました。いろんなこと教えてもらったなあと思います」と語る笑顔がとても素敵でした。

来週も市毛良枝さんのライフストーリーをお届けします
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