NOEVIR Color of Life

EVERY SAT / 09:00-09:30

今、仕事も家庭も自分磨きにアクティブな生き様を実践する女性達。そんな女性達がいつまでも輝く心と勇気を失わず、体も心も健康な毎日を送るため、各界を代表して活躍する女性ゲストが自らの言葉でメッセージを送るのが、このノエビア カラーオブライフ。「生きること、輝くこと、そして人生を楽しむこと」をテーマにした、トークや音楽、話題、情報などが満載です。

TOKYO FM

NOEVIR Color of Life

EVERY SAT / 09:00-09:30

唐橋ユミ

今、仕事も家庭も自分らしく、いきいきと生きる女性たち。いつまでも輝く心を失わず、心も体も充実した毎日を送るため、各界を代表して活躍する女性ゲストが自らの言葉でメッセージを伝えます。“生きること、輝くこと、そして人生を楽しむこと”をテーマにした、トークと音楽が満載のプログラムです。

Guest筒井真理子さん

筒井真理子さん

1960年、山梨県甲府市生まれ。
早稲田大学在学中に、鴻上尚史主宰の劇団「第三舞台」に参加し、解散までほぼ全作品に出演。
その後、舞台に加えて映画・ドラマへと活動の場を広げ、『淵に立つ』『よこがお』『波紋』などで、数々の賞を受賞。
名バイプレーヤーとして『虎に翼』『愛の、がっこう。』『フェイク・マミー』など、数々のドラマにも出演。

ドラマに映画に、笑いに、歌に!奇跡の60代の秘訣と、笑顔で描く未来

2026/01/30
今週も、俳優の筒井真理子さんのライフストーリーをお届けしました。

昨年だけでドラマ11本に出演するなど、精力的に活動を続ける筒井さん。今回は、プライベートの一面や俳優以外のお仕事、そしてこれからについて伺いました。

◆仕事以外でも、すべてが役に繋がる
昨年はドラマ出演が11本。多忙なスケジュールの中でも、筒井さんは「お芝居大好きなので、苦痛に思ったことはないですね。全然大変だなとか」と笑顔で語ります。

仕事の切り替えも早いという筒井さんですが、仕事以外の時間についてこう話します。

「仕事以外でも結局、全部役者とかライターさんもそうだと思うんですけど、作品と全部繋がりますよね。全部が役に繋がっちゃうので、ついいろんな方を見て、面白いお顔されるなとか、表情されるなとか、いろいろちょっと見てしまったりします」

映画を見るのも楽しいという筒井さん。常に俳優としてのアンテナを張り巡らせています。

◆松本明子さんと「つつまつ」結成、漫才に挑戦
俳優以外のお仕事として忘れられないのが、2016年に松本明子さんと結成したコンビ「つつまつ」。
きっかけは、高田文夫先生のラジオ番組でした。
「あっこちゃんが一緒にパーソナリティがいらして。それで、私がお笑い大好きなんですって言って、漫才してみたいんだろうというまで言ったんですかね。ただ、そのまま作ってくださって」
立川志ららさんの真打ち昇進披露のときに前座で漫才を披露することに。ちゃんと台本も書いてもらったそうです。
「楽しかったです。めちゃくちゃ楽しく、もうあっこちゃんが達者なんで。私はどう転がろうがどうボケようが大丈夫だなと思っていたので、それはもう安心して任せてって感じですかね」
ボケとツッコミだとどちらかと聞かれると、「ボケですね。私、とてもツッコめないですね」と笑います。
また機会があれば、ぜひ漫才もやってみたいとのこと。

◆年齢を重ねてから広がる世界
「奇跡の60代」とも呼ばれる筒井さん。年齢を重ねてから主演作が増えるという、素晴らしい活躍ぶりです。
「嬉しいです。ありがたいですね。本当にね。逆に、若い頃よりそうかもしれないです」
ちなみに、アメリカのフランシス・マクドーマンドさんが憧れの一人。「スリービルボード」などでタフで素敵な演技をされています。
ちなみに、65歳のインタビューでは「ようやく社会人としてスタートした気がしています」と話されていた筒井さん。
「もう昔からもう、もう能天気だったんで、なんかちゃんと一つ一つ何かいろいろ経験して、なんでしょうね。受け止めて、やっと少しずつ、少しずつ成長してきましたって感じです」

◆好きな言葉は「自分事にする」
そんな、筒井さんの好きな言葉が「自分事にする」。
「いつもお芝居するときに役を何しろ自分事にしようと思うんですよね。自分、自分のことなんだ。自分のことなんだよなって。もう、それをいつも何か念じているというか。そこに本当に自分ごとにたどり着きたいなと思って」
「セリフが軽くなった瞬間とか、自分のお腹から出てるなと思った瞬間とか、幸せですね」

ちなみに、最近ハマっていることを聞くと、意外な答えが。
「ピスタチオ食べ比べ。いろんなのがいっぱいあるじゃないですか。ここのコンビニのと、ここで売ってるのはどう違うだろうとか。あれ結構楽しいですね。なんかねちょっとこのスモーク美味しいなとか」

◆10年後の姿は・・・笑顔でいたい
最後に、10年後のご自身の姿について伺いました。
「もう、この俳優の仕事は大好きなんで、ずっと変わったおばさんやら、いろんなことを楽しく、もう少しでも、ちょっとでもいい役者さんになりたいなと思いつつ、でもやっぱり一番は笑っていたいですね。笑顔でいたいですね。それが一番かなと」

現在、映画『安楽死特区』が新宿ピカデリーほかにて公開中。
ドラマ『終の人』も毎週火曜日深夜0時58分から放送中です。
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世界に届く作品との出会いと最新作

2026/01/24
今週も、俳優の筒井真理子さんのライフストーリーをお届けしました。

数えきれないほどのドラマ、映画作品に出演されてきた筒井さん。今回は、思い出深い作品として挙げてくださった『淵に立つ』『よこがお』、そして最新作『安楽死特区』について伺いました。

◆『淵に立つ』――13キロの増量で表現した月日の重み
第71回毎日映画コンクール女優主演賞など、多数受賞した映画『淵に立つ』。この作品で、筒井さんは母親を演じました。

「前編と後編の間には7、8年あって、ある事件が起きて。その事件を背負った母親がどのように変わっていくんだろうかと想像しました。実際にそういう方、娘さんがいらっしゃる方にお会いさせていただいて、お話を聞きました。『このままでは、この役に向き合えるんだろうか』と思って」

そして筒井さんは、監督に告げました。

「『私、太ります』って。13キロ、どこまで増やせるかわからないけど、1月ぐらいの間にずっと食べ続けました」

「本当にあれは説明はいらない。筒井さんを見れば分かる、その月日の重さっていう感じでしたよね」とスタッフに言われたことが、今でも心に残っているそうです。

◆カンヌ映画祭、一人で着物を着て
『淵に立つ』でカンヌ映画祭に出席された筒井さん。そこには忘れられないエピソードがありました。

「行く前に、他の映画のプロデューサーさんから『カンヌに行くなら着物を着なきゃダメよ』って言われて」

しかし、着付けができる人は同行しない。そこで筒井さんは、ある方法を思いつきます。

「着付けの先生の知り合いの方に、着付けを動画で撮ってもらって。最後の締めとか帯とかも、動画を見ながら一人で汗だくになりながら着ました」

全て一人で、着物を着て臨んだカンヌ映画祭。
「上映の後のパーティで、女性が『あなた、いい着物ね。私はアニエスベーなんだけど』って。本当にアニエスベーさんでした!」
言葉はそんなに話せなかったものの、とても楽しかったといいます。

実はその着物は、お母様が作ってくださったもの。
「母が呉服屋さんに頼んで作ってくれたんです。私の友達が呉服屋さんの娘で、まだ20代の頃に、その彼女が着ていたのがとてもかわいかったので、同じ着物を作ってほしいって」

しかし当時20代だった筒井さんには、地味すぎて着る機会がなかったそうです。
「東京に持ってきていたんですが、着ることなく。でもカンヌで着られて良かったです」

◆『よこがお』――犬になって吠える
同じく深田晃司監督とタッグを組んだ映画『横顔』。この作品でも、筒井さんは挑戦的な役に挑みました。
「『犬になって吠える』って書いてあるんですね。犬になって吠える夢なんですけど、幻想なんですけど」

最初は、現場に着いたらやってくれるだろうと思っていたという筒井さん。しかし実際には、アニマルトレーナーに訓練を受けることになりました。
「本当に結構大変なんですよ。首が痛くて。ずっとこう(四つん這いの姿勢)。でも誰もその苦しさとかわかってもらえないじゃないですか。実生活で犬になることないですから」

それでも、深田監督への信頼は厚いよう。

◆役作りの原点――人間への深い興味
筒井さんは、影のある役から優しい母親、キャリア女性まで、様々な役柄を演じてこられました。あるインタビューでは「傷を抱えた人物を演じるたび、人間を信じることを自分に問い直してきた」と語っています。

作品選びについては、こう語ります。
「台本を読んだ時に、本自体が面白いとかリアリティがあるとか。あとは座組ですよね。どういう方が一緒にいて、監督はどういう作品を作られてとか。一番大事なのは、その役を自分が背負えるのか、どんなものとしてできるのかっていうことを楽しめるのか」

時には、自分の中では「どうしようかな」と思っても、周りから「やってみなよ」と言われてやることもあるそうです。
役作りの際には、資料を集めることを大切にしているという筒井さん。
「それ自体も割と好きで。もともとカウンセラーとかにも興味があったので。カウンセリングも心理学も、俳優の仕事も、やっぱり誰かに共感したり、同じような思いをすることだと思うので。人間にとても興味があるんです」

「人間が好きなんでしょうね、きっと。好きじゃないとなかなかね」

◆最新作『安楽死特区』――命の重さを問う
現在公開中の最新作『安楽死特区』。
高橋伴明監督、毎熊克哉さん、大西礼芳さん、加藤雅也さんらと共演し、安楽死法案が可決された近未来の日本を舞台に、
人間の尊厳と愛を問う社会派ドラマ。
「この映画を見て、その命について、生きることや死ぬことについて話すきっかけになればいいなと思いました」と語る筒井さん

映画『安楽死特区』は、新宿ピカデリーほかにて公開中です。
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俳優としての第二の人生、映像の世界へ

2026/01/17
今週も、俳優の筒井真理子さんのライフストーリーをお届けしました。

劇団第三舞台でほぼ全作品に出演された筒井さん。1994年には映画の世界に進出し、その活躍の場を舞台から映像へと大きく広げていきます。

◆初めての主演映画で味わった挫折
1994年、主演映画「男ともだち」の撮影で味わった思わぬ試練。
編集前の映像を見た時には、「自分が思っている、イメージした自分とは違ってショックで、明日の撮影、逃げようかと思いました」と振り返ります。

そんな窮地を救ったのは、意外な行動でした。
「まずは体を元気にしようと思って、初めてマッサージ屋さんに行きました。『すみません、何でもいいから褒めてもらえますか』って。どこかを見てもらわないと、明日撮影に行けないと思って」

その後台湾料理を食べて、なんとか元気を取り戻したといいます。

◆映像の世界で広がる新しい喜び
主演映画の公開後、連続ドラマの出演も決まり、新しい世界が広がっていきました。
「スタッフさんとか全然違うじゃないですか。演出のされ方も違うし、毎日新鮮で楽しい。みんなで和気あいあいとメイクしながらしゃべったりとか。そういう感じは劇団ではなかったので」
劇団では照明もチラシも自分たちで担当していた筒井さん。映像の世界では、それぞれの持ち場にプロフェッショナルがいることを実感したといいます。

◆役者を続けるという決意
実は以前、役者をやめようと思ったこともあったという筒井さん。劇団にいた頃、京都の占い師に電話をしてみたそうです。
「一時間考えてる間に、『でもそんなに当たる先生にダメだって言われたらどうしよう。ダメだって言われても私続けるな』と思ったんです」
しかし電話をすると、占い師から思わぬ一言が。
「『天職ですよ』って言われました!」
電話をかけた時点で、すでにやめるつもりは全くなくなっていた筒井さん。この出来事が、役者を続ける決意を強くしたのかもしれません。

◆役作りへの徹底したこだわり
難しかった役について伺うと、様々な役を挙げてくださいました。
「怖い役とか。最初に友達に手伝ってもらって稽古するんですけど、『全然怖くない』って言われて。どうしてそういうことをしてしまうのか、理解から行かないとできないので、たくさん心理学の本を読んだりとか」

映画「淵に立つ」では、前編と後編で13キロ体重を増やすという役作りに挑みました。
「ある事件を経験された方にもお話を聞かせていただいて。『このままでは太刀打ちできない』と思って。監督に『私、体重を増やします』って言ったら、『無理しないでくださいね』とおっしゃってくださったんですけど、本番中もずっと食べてました」

◆木梨憲武さんとの共演と楽曲制作
2024年のドラマ「春になったら」では、木梨憲武さんと共演。
「楽しかったですね。木梨さんの瞬発力。でも芝居に入るとまた違うんですね。みんなを巻き込むんだけど、人生を楽しんでいらっしゃる感じですね」

実は木梨さんに楽曲もプロデュースしてもらったという筒井さん。所ジョージさんが作詞作曲を担当されました。
「『どういう曲が好きだったの?』って言われて、『尾崎亜美さんのマイピュアレディとか好きなんですよ』って。『じゃあそういう感じの曲にしよう』とおっしゃってくださって」

◆最新作ドラマ「終の人」に出演

現在放送中のドラマ「終の人」では、葬儀店を舞台に柿澤勇人さん、西山潤さんとバディを組んでいます。

筒井さんが演じるのは、ミステリアスでありながら、どこか母親のような優しさもある役柄。監督から言われたのは、「傷だらけの天使」の岸田今日子さんの不思議な存在感だったといいます。

ドラマ「終の人」は毎週火曜日深夜0時58分から放送中です。
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俳優・筒井真理子 劇団「第三舞台」での日々

2026/01/10
今週も、俳優の筒井真理子さんのライフストーリーをお届けします。

早稲田大学に入学され、劇団「第三舞台」の作品ほぼ全てに出演された筒井さん。鴻上尚史さんや木野花さんから、役者としての演技の基礎を叩き込まれたといいます。

◆3分に1回笑わせろ!ー 第三舞台のミッション
第三舞台は、当時の演劇ブームの立役者とも言われた劇団。筒井さんが入団した頃には、すでにチケットが完売したり、行列ができるほどの人気だったそう。

「新しいお芝居という感じで、今まで見ていた唐さん(唐十郎)とか、アングラって言われるものとはちょっと違う、ポップな感じで。なんか自分にもできるんじゃないかなっていう誤解をして入っちゃったんですけれども」

しかし、実際に入団してみると、そこには厳しいミッションが待っていました。

「テンポが何しろ早いんですよ。3分に1回笑わせろというミッションがあり、特に、お芝居の練習の時にチュード(即興演技)と言って、面白いことをしないといけないという空気がありまして」

そこで筒井さんは、ネタを考えるために池袋の映画館でサラリーマンシリーズを見ながら、ノートにネタを書き溜めていったそうです。

「お弁当を作って、メモ帳持って、ずっとサラリーマンシリーズを見ながらネタをノートに書いてました。今思えば役者の勉強じゃなくて、自分で勝手にやったことですけど。大喜利を毎日させられてる感じだったかもしれないです」

◆ポップコーンになりきる稽古、そしてメソッド演技

演技の稽古では、ユニークな課題もあったといいます。

「平台(舞台の稽古をする場所)で『目を閉じろ。今からあなたたちはポップコーンの種である。そしてこの平台はフライパン。下からどんどん熱くなってる』と。だいたい分かるわけですよ、面白いポーズをしてほしいということなんですね」

しかし筒井さんは、当時読んでいたメソッド演技の本に影響を受けていました。

「コーヒー飲む時に、香りから入って、口の温かさとか味とか、そのじわーっと感じることが一番大事だって書いてあったので。まず熱を感じるのって、じわじわじわじわと感じてたわけです。足とか、こう。そしたら『お前何やってんだ』って怒られたんですよね」

「『じわじわきてます。こういうメソッド演技という本を読みました』って言ったら、『そんなもんじゃない』と怒られましたね」

みんながポンポン飛んでいく中で、一人だけじわじわと熱を感じていた筒井さん。「周りと違う反応するって駄目なんですかね」と笑います。

◆ダメ出しばかりで、褒められることはない日々

第三舞台での日々は、厳しいものでした。

「演出ってダメ出しって言われるので、褒めることはないんですね。言われないことはそのままOKということで。だから褒められて愛情いっぱいに育てられたのに。それはちょっと辛かったかなっていうか、どこを軸にして自分を信じて良いのかなみたいなところはありましたね」

セリフのスピードも「日本一速い」と言われるほど早く、そのスピードについていくだけで精一杯だったといいます。

「逆に役者に向いてないんだろうなと思ったんです」

しかし、稽古は毎日。台風が来て浸水した日でさえ、誰一人休まなかったそうです。

「朝10時ぐらいから、もう立て看板ずっと書いて。一番下だったんで、もうずっとなんかやってましたね。授業にも出ないし、ほぼほぼそこの大隈講堂の裏で私の生活は終わっていた」

それでも、お芝居の魅力に惹かれていました。

「入団して、エチュードみたいな一枚ペラの台本をいただいて、何人かペアになってそれを基本に面白く考えるわけです。『じゃあ銭湯で出会ったことにしませんか』とか『バーゲン会場で出会ったことにしませんか』とか。それで演じてみて、それを検証してくれるっていうのが、ああ楽しいなぁと思って。ずっとニコニコしていると辛いことも何も忘れる。なんていいんだろうって思いました」

◆木野花さんの演出で「怒る」ことを学ぶ

忘れられない作品として、筒井さんは木野花さんの演出作品を挙げてくださいました。

「木野さんは私を見て、一番最初に『なんて自信のなさげなんだ』と思ってたらしく。一番似合わない、苦手であろう『ずっと怒ってる役』をつけてくださったんです。キャバレーの支配人。あんまり怒ったことなかったんで」

「木野さんが『命かけて』って言ってくださるんですけど、ものすごい愛情、愛の熱さがある声なんですよね。『愛だ』と思って。これって相手をしてくれるっていう・・・
「もうできないことだけに頭がいっぱいだったのが、『できないって言ている場合ではないんだな』と思って。怒らなきゃいけないんだと思ったら、その日の公演にびっくりするぐらい怒りまして」

あまりに怒りすぎて、過呼吸になってしまったという筒井さん。

「最後に花道をバーって走り抜けて、扉が開いて『バタン』としまって終わりなんですけど、そのバタンとしまったところで倒れてたみたいで。鴻上さんが『真理ちゃん、今日は良かったよ』って言おうと思ったら、なんかこんな(倒れてる)になってたから、って言って。そのまま病院に行ってみたら過呼吸でした。これはやりきりましたね」

木野さんは今でも、映画でご一緒する時に、自分にカメラが向いていない時でも、筒井さんに向けて本気でセリフを投げてくれるそうです。

「もうたまらなく泣きそうでしたし、もう感謝ですね。なかなかそういうことはね」

第三舞台で瞬発力を磨き、木野花さんの演出で「怒る」ことを学んだ筒井真理子さん。
来週は、映像作品に進出されたキャリア、そして最新作の話などを伺います。
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甲府の少女と演劇世界への入り口

2026/01/03
2026年、新年1月は、俳優の筒井真理子さんのライフストーリーをお届けします。

山梨県甲府市生まれ。早稲田大学在学中に鴻上尚史主宰の劇団第三舞台に参加し、解散までほぼ全作品に出演。その後、舞台に加えて映画、ドラマと活動の場を広げ、「淵に立つ」「横顔」「波紋」などで芸術選奨映画部門文化科学大臣賞をはじめ数々の賞を受賞。名バイプレーヤーとして「虎に翼」「愛の、がっこう。」「フェイクマミー」など数々のドラマに出演されています。

◆4人兄弟の末っ子、愛情たっぷりに育った幼少期

筒井さんは4人兄弟の末っ子。姉、姉、兄、そして筒井さん。
「ほとんど自分への期待もなく、自由にのびのびと本当に放たれた感じで育ちましたね。上の姉にはちょっと厳しかったと思うんですけど、私はどうでもいいというか、なんかとても愛してもらいましたね」

お父様との朝の習慣について、こんなエピソードを語ってくださいました。
「朝起きると父が『真理ちゃん、真理ちゃんよ、私はあなたを愛します』って言うの。私が『どのくらい?』って聞くと、『このぐらい』『もっと』『じゃあこのぐらい』・・・ずっとそれをやっていると、姉がまだやってるって怒ってたみたいですね」

笑顔が絶えない家族だったという筒井さん。お母様とお姉様が映画や舞台がお好きだったそう。
「母も和菓子屋さんの娘だったんですけど、隣が映画館で毎日のように見に行ってたらしく。姉も、唐十郎さんの紅テントとかが好きで、高校生の頃から見に行ったりとか。そういった本とか寺山修司さんとかの本とかがありましたね」

そして、中学校ではブラスバンド部、高校ではフィギュアスケート部と、活発に過ごされた学生時代。
「小さい頃少しやってたんですけど、甲府盆地のちょっと上がったところなんですね。昔は校庭にお水を撒いてスケートができたんです」
ブラスバンド部では夏の合宿で男子について砂浜を走ったエピソードも。
「私が女子の先頭だったんですけど、『うわーこれはきつい』と思ってUターンした時に、女子ははるか遠くにいて、私一人だけ男子について行くという。『なんだこれは』と思って」

◆東京へ、そして運命的な演劇との出会い

大学進学を機に東京へ。青山学院大学に入学し、その後早稲田大学に学び直します。
「姉たちも京都とか東京の大学に来ていたので、私も何も考えずに行くものだろうと思って。四番目なんで、自分の意思とかそういったものはあまりなかったような気がしますね」

早稲田大学で第三舞台の舞台をたまたま見たことが、人生の転機に。
「唐さんの劇団とか拝見したんですけど難しそうで。第三舞台のお芝居を拝見して、ちょっと私にもできそうと思っちゃったんですかね。それでちょっといろんなことが精神的に落ち込むことがあって、ちょっとそこから脱出したいなと思って環境を変えたいなと思いました」

そして大隈講堂の前で見かけたテントに飛び込みます。
「汚いテント——ごめんなさい——があって。『これ、今行かないとどっか行っちゃうかもしれない』な思って、楽屋に『すみません、第三舞台に入れてください』って。そしたら本番中だったらしいんですけど、ちょっと待ってと羽交い締めにされて」

後日、演劇研究会の門を叩き、無事に第三舞台に参加することに。
「新人公演をさせていただいたんですけど、ずっと笑ってる役で、出てるだけで楽しい。気持ちが笑ってると救われるというか。お芝居っていいなって思っちゃったんです」

そこに集中するということが、筒井さんにとって大きな発見だったといいます。
「割りに器用になんでもできてた方だったので、できないっていうのが初めてだったんで。『なんだこれは』みたいな。舞台の上に立ってみると難しいってことが面白くて仕方なかったみたいな感じかもしれない」

甲府の街で愛情いっぱいに育ち、演劇と運命的な出会いを果たした筒井真理子さん。
来週は俳優としての道のりを伺っていきます。
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