2023年04月02日Flow 第二百四十四回目「拓哉キャプテン × アン ミカ」Part1
4月のマンスリーゲストはアン ミカさんです。
一体どんなトークになるのか、お楽しみに!
木村:1972年生まれだっていうから、僕と同い年じゃないですか。
アン ミカ:そうです、はい。
木村:生まれが韓国?
アン ミカ:そうです。済州島っていう、ゴルフするにもええし、電車が1本も無くて、すごく風と女性が強くて岩が多いと言われる。
木村:待って。今、ドキッとしたんだけど風と女性が強い。
アン ミカ:そうなんです。歴史的になると、結構政治犯というか、政治で権力に負けた人たちが流されてきた島なんで男の人は学が強いけど働かないって言われてて。その分、女の人たちが海女さんとかになってしっかりと家庭を支える。
木村:そこでお生まれになり…。
アン ミカ:そうです~。
木村:だからだ(笑)。だから強いんだ。
そして大阪で育ち、1993年パリコレに初参加した後にモデルさんだったり、タレントさんだったり、テレビだったり、ラジオだったり、CMだったり、執筆活動だったり、化粧品プロデュースだったり、ジュエリーデザインだったり。もう、やりたい事全部やってるんですね。
アン ミカ:その通り。好奇心の赴くままに生きてる。自分に枠を授けず。
木村:その好奇心の根っこは何なんですか?
アン ミカ:親がちょっと早くに亡くなってるんですよ。短命な人たちを周りで見る機会が多かったんですね。幼少期に、教会でお世話になったりして育った事もあって。いろんな国の悲しみを背負ってる人たちと育って、生きてるうちにやりたい事全部、今にフォーカスして生きる。未来を不安がったり過去の事を恥じるとかじゃなく、過去の失敗は学び、未来の不安は一生懸命生きてる証だわ。じゃあ、今を楽しむわと決めて色々楽しんでたら、やる事がこんなに増えちゃったの。
木村:めちゃくちゃ増えてますよね。でも、こうやって肩書きを一回も句読点なしで言わせてもらいましたけど。
アン ミカ:さすが(笑)。
木村:1個1個に分けるから、こうやって数多く感じるんだけど、これがアン ミカなんですよね。
アン ミカ:ありがとうございます。せやね。もう、アン ミカがやりたい事全部やったらこれになってもうて。でも、俳優さんなんて演った役全部書くと一緒ですよ。
木村:そう言っていただけると凄いありがたいんですけど。
アン ミカ:すごい事ですよ。急に音楽家になったり、警察官になったりとか色んな専門用語を覚えて役になりきるって。
木村:いやでも、もちろんなりきらせては頂いてますけども、それで…難しいな、それによってその職業の責任を…難しいな。
アン ミカ:とってるよ。ちょっとちゃうと今の時代色々言われるし、見る人から見たら。
木村:だから、そこの人たちに一番…。
アン ミカ:敬意をね、払って。
木村:そうそう。やりたいなとは、いつも思ってるんですけど。
でも、さっきね、アン ミカさんの方から早くにご両親、お母さんか。
アン ミカ:両親ともなんですよ、実は。
木村:そうなんだ。ご両親とも早くお亡くなりになってしまい、やりたい事っていう物を全て実現化させているからこそ、今こういう風な状況になってるという。
アン ミカ:そうで~す!
木村:すげーな。めっちゃ笑顔だし。その辺がすごいんだよ。
“私モデルになろう” っていうスイッチは自分で入れたんですか?
アン ミカ:お母さんとの関係の中で生まれて。というのも私、お会いしたら皆に言われるのが「思ったより小柄」
木村:小柄かな?
アン ミカ:むちゃむちゃ高いヒール履いてるんですよ、イメージを保つクセがあって。パリコレ出る人たちより8~9cm背は低くて170くらいしかないんで。あまり見えないでしょ。
木村:見えない。
アン ミカ:みんな76、7、8ぐらいあると思ってるんですよ。
木村:俺、77とか78だと思ってた。
アン ミカ:12cmのヒール履いてるの、毎回。
木村:じゃあ、パーソナルな空間でパッて会ったら「あれ?ミカちゃん…」って感じ?
アン ミカ:みんなそう。みんなプライベートで会うと、“ミカちゃん”とか“ミカリン”になる。
普通モデルさんになるのは、背が高くて周りから「モデルになればいいのに」って言われたりとか、親が応募したりとか、そういう風になりたい気持ちが芽生えていくんやけど、私たちの子供の頃ってモデルという職業が今ほど確立されてない時代やったでしょう。
木村:ま、確かに。
アン ミカ:しかも身近でもなかったし。
私が小っちゃい頃に、日本に来てすぐ階段から落ちる事故にあって口の中を大きく切っちゃって、笑うと唇が鼻までめくれあがって、歯茎真っ黒で痛いから顔を歪めて笑う癖がついちゃって。貧乏だったから、病気しても知り合いの病院の先生を外にお母さんが呼び出してアドバイスをもらうという。中に入るとお金がかかるから、いつもそういう感じだったし。その時も、神経は大丈夫かなっていうので縫う治療とかしなかったんよね。
木村:えっ!マジで!?
アン ミカ:うん。で、リハビリで治したんやけど、ちょうど日本に来て幼稚園入るときくらいやったから、「ミカちゃん、笑うと怖い!」とか「オバケ!」とか、子供って素直やから悪気無く残酷な時もあるやん。
木村:分かる。
アン ミカ:それで、私って笑うと皆を怖がらせんのやっていう自意識が働くようになって、いつも下を向いて、「笑ったらあかん」猫背でちっちゃくなってる子供やったんですよ。それで、お母さんが気に病んで女の子やし顔の事やし。うちは、5人兄弟なんですけどね。
木村:ミカさんはどこなの?
アン ミカ:年子の真ん中。
木村:真ん中なんだ。
アン ミカ:お兄ちゃん、お姉ちゃん、妹、弟と姉妹兄弟全員で。私は真ん中で、全員スラっと背が高くてお顔とかも良かったから、小っちゃい時、「私だけ違うんや」って落ち込んで。それもあってお母さんがすごくかまってくれて、「ミカちゃん、大人になったら本当の美人って一緒にいて心地いい人が本当の美人やから、相手の目を見たり、背筋を浴したり、口角上げたり、話し方聞き方ちゃんとペースを作れば人気者になれるよ。綺麗な心地いい美人になれるよ」って、ずっとレッスンをしてくれるようになって。それで背筋を伸ばしたり笑顔にしたりすると、大人が褒めてくれるので、ちょっとずつ自信を持てた頃に兄弟間のケンカが多くなったんで…。
木村:どういう事でケンカになるの?
アン ミカ:年が近いと遊ぶときは遊ぶけども1つの物のの取り合いだったり、比較をされるから、その比較によってのコンプレックスとかで、5人いると派閥ができるのよ。常に2-3とか。4-1まではいかへんねんけど。それでだいたい女3のうち私は1になって男兄弟と遊ぶようになって。
それを見かねてお母さんが5人全員の長所を見て、「お兄ちゃんよく喋るし正義感強いから法律学んで悪い人助けよう」とか。
木村:もう完全にコンサルタントじゃん。
アン ミカ:そう。お母さん、すごかったの。で、お姉ちゃんはちょっと身体をゆする癖があるから、「音感がいいかもしれない。音楽やれば。」とか。
木村:マジで?
アン ミカ:ほんと。で、私は今よりすごくポッチャリしてたの。3月生まれで小っちゃかったし。でも、よく見たら手足が長い。「背が伸びるからモデルさんになれるかも。にっこり笑う練習もしてるし、可愛く笑えたらモデルさんになれるよ!」って、ずっと耳元でささやき続けてくれたおかげで「なるんだ」と思いこんだの。
木村:ふ~ん。
アン ミカ:で、全員お母さんが言った通りの職業についてるの。
木村:マジ?お兄ちゃん法律家になったの?
アン ミカ:お兄ちゃんは社労士で行政書士。お姉さんは歯科衛生士だけれども、ずっと吹奏楽でパーカッションをやってサルサも踊る。
木村:もうガチなやつだ(笑)。すげーな!
アン ミカ:素晴らしい教育でした。
木村:母ちゃん、ヤバいっすね!
アン ミカ:ヤバかったですね。貧しかったけど、心貧しく感じた事は全く無かったです。
木村:開始早々ですが、何発も出てますよ。アン ミカさんの方から。「一緒にいて心地いい人がほんまの美人や」っていうのも、すごい良い言葉だなと思ったけど。今のもヤバいっすね。
アン ミカ:ありがとうございます。
木村:ちょっとこれ、豊かなラジオになりそうっすね。
アン ミカ:嬉しい(笑)。
木村:マジ。いや~、そうなんだ。素晴らしい母ちゃんっすね。
アン ミカ:恵まれてましたね、ほんとに。
木村:それで、ごめんね。話戻るけど、中学校3年生の時に大阪の梅田にあるモデル事務所に履歴書を送ったが、何度も返事が来ず。
アン ミカ:この時にお母さんが寝たきりで反応も無いような状態が長かったんですけど、お医者さんが「もう、そろそろですね」って言ってて、お母さんを喜ばせてあげたかった。反応は無いけど聞こえてるって思ってたから、お母さんが「モデルになったらいいのに」って言ってたから、それになれる。もしくはお母さんが行ってほしい高校があって、そこに「受かったよ!」って言ってあげたかったんですけど、高校受験は絶対間に合わなかったんです。
それでモデル事務所に送ったら全部ダメで、当時はモデル事務所もそんなになくて。それで、私の憧れのモデルさんがいる事務所に5通送ったんですよね。当時って、写ルンですみたいなやつで写真を撮ることも現像も貧乏な私にとってはすごいお金がかかるし、履歴書送るのも。でも、5回目ぐらいから返事が返ってこなくなったんですよ。それで電話して「多分、私写真写り悪いので、実物見たほうが御社にとってお得やと思います」って…。
木村:(笑)。すごいね。
アン ミカ:「まだ15歳なんで」って。その頃から売り込みは強かったんですよね。
木村:すごいね、ハート強いっすね。
アン ミカ:幼少期に色んな苦労を…工場で働いてたのから、住み込みでラーメン屋さんやって。それが成功しかけた時に火事になったり不運もあったんですよ。友達がやっとできた、日本語も完ぺきになってって思った頃に韓国人差別の道徳の授業を受けたことで色んな誤解があって急にハブられたりとか。
色んな悲しい事があったんですけど、神父さんであったりとか周りに信頼できる良いアドバイスをくれる大人が(いて)、「起こるハプニング、出来事をすべて信頼していけ!」って言うんですね。
この時も「何回もダメだったけど、何か意味があるかも。まだやりたいって気持ちがあるから送ろう」と思って送ってダメで、電話もして、「そんなに自信があるんだったら来てください」ほら、チャンスをつかめたと思って、家から13駅ぐらいの梅田に初めてセーラー服で行って。
そしたら「実物もちょっと」って落とされたんですよ。
木村:あ、そうなの?
アン ミカ:ダメだったんです。ただ、帰り際に社長さんがたまたま見てくれてたんですね。「梅田に来た時に遊びに来ていいよ」って言ってくれて、「遊びに来てって言うたな、今」っていうので、毎週火曜日やったんやけど行くようになったんですよ、私。
木村:その事務所に?
アン ミカ:はい。「社長さんが来ていいって言ったんです」って言って。「あ、また来てる」って言われてたんですけど、2か月くらいたったら色々教えてくれるようになって。「ここに貼ってるのはモデルさんのスケジュールよ」とか。1人の方がすごい可愛がってくれるようになって。
昔は夏と冬に分けてモデル事務所のオーディションをザ・デビューっていう雑誌とかでやってて、そのオーディションで最終12人に選ばれた練習生に欠員がでて「誰にしよう」って選んでる日に私行ってたんですよ。「ちょっと待ってください。ここにいます」って言ったら、「そりゃミカちゃんも、こんなに頑張って2か月来てるし。じゃぁ、1次、2次、3次受かった人しか行かれへんレッスンやけど入ってみる?」って言ってもらってレッスン生になれたんです。
木村:へー。すげーな。
[OA曲]
M1.Who Says Selena Gomez & The Scene
[後TM]
M. Yellow Summer/Kenichiro Nishihara
レーベル:IntroDuCing! / 規格品番:FAMC-091



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