きょうは、あまりにも身近すぎて、実は全く分かっていない身の回りの植物をめぐるお話を、この方に伺っていきます。
スタジオにお越しいただいたのは甲南大学 特別客員教授で、農学者の田中修さんです。NHKの子ども科学電話相談室などでもご存じの方もいらっしゃると思います。以前にもこの番組にご出演頂きました。植物のことなら何でも知ってて、植物の楽しいクイズをいっぱい出してくれる方です。メディアをはじめ講演、書籍を通じて、植物たちの不思議な力のお話や、植物に関する素朴な疑問に答えてくれる博士として、色んなお話をされています。
前回お越しいただいたときを思い返すと・・・「なぜ、春になると花が咲くのか」「なぜ秋になると葉っぱが赤くなったり黄色くなったりするのか」・・・みたいな、当たり前過ぎて今まで考えなかった疑問に答えていただきましたが、今日も、そんな疑問に色々答えていただければと思います。


〜なぜ雑草は根っこごと抜いても抜いても出てくるのですか?
雑草を大雑把に分けると、種から春に発芽してくるものと、地下茎といって、冬の間ずっと土の下に茎がずっと伸びているタイプのもの、大雑把にこの2つがあります。土の中にはいっぱい種があります。たんぽぽはものすごい種子を作りますね。あれが全部飛んでいって、地面にちゃんと降りて、そして自分の発芽のチャンスが整うまで待っているんですね。春の暖かさを待っている種もいっぱいあるし、光が当たるのを待っている種もあるんですね。雑草が抜かれたら地面に光が当たるようになりますから、光が当たらなくて発芽してなかった種が発芽してくるんです。畑などで雑草を発芽させないようにと思ったら黒いシートをかぶせる方法ありますよね。育てたい植物だけ穴を開けてそこから芽を出させます。あれはひとつの雑草刈りをしなくていい方法なんです。だから小さい砂利をひいたらまず出てこないですよね。
もうひとつは、種子じゃなくて地下茎が伸びている場合。ドクダミとかイタドリとかスギナとか、しつこい雑草はみんなこれなんです。地上の部分は柔らかいから全部抜けるんですが、ドクダミにしてみたら、トカゲの尻尾切りみたいに上をとられたと思っているだけで、何も気にしていません。下には地下茎と言う茎がありますから、また出してくるし、しかも冬の間土の中はあったかいんですよ。だから冬の間にいくらでも伸びて、去年までこんなところにドクダミってなかったのにというところから突然また出てきて、だんだん広がっていくんです。可愛らしいペパーミントというハーブを栽培する人がいますが、それも地下茎ですから雑草化してしまいます。どんどん増えて、2〜3年たったらこんなにいらないというほど出てくるんですね。本当に畑のここだけで、ミントを育てたいと思ったら、プランターにちゃんと入れて区切りをつけて植えるという方法を取らないといけないんです。地下茎って大変なんです。


〜広がってしまったもの抜くのは大変ですか?
掘り返さないとできないんですよ。除草剤を撒いたら枯らすこともできますが、土の下まで除草剤を浸透させようと思ったら大変です。とにかく出てきたら毎年一生懸命抜いていたら、栄養が地下茎にたまらないので、もうここで生えてもあかんわと思って切れていてくれる可能性はあります。

〜あともう一つ聞きたいのが、我が家は柿の木があるんですが、ここ4 5年はおいしかったのに、去年は美味しくなくて数も少なかったんです。
柿は実がいっぱいなる年があって、その次の年はあまりならない。木に勢いが溜まってくると元気でいっぱい花を咲かせて、いっぱい実をつけますが、実を作りすぎた次の年はあんまり木に元気がないんですね。だからあまり実ができない。今年は400も500も実が取れたと思っていたら、次の年は100もないという年が交互に来てしまうんです。栽培している人は、木の勢いを落とさないように、400取れるところを100年くらいにしておけば、木の勢いはそんなに落ちていないので、次の年もまたそれなりの数を作るし、おいしいとい0うことになります。柿は特になり年とならならない年が交互に来る代表ですね。

田中修さんのお話、いかがだったでそうか。先生の優しげな独特の語り口はポッドキャストで聞けます。こちらもぜひお聞きください!

田中さんの新しい本「植物の生きる「しくみ」にまつわる66題」

SBクリエイティブから出ています。こちらもぜひチェックを!!


【今週の番組内でのオンエア曲】
・パーフェクト (Stripped) / One Direction
・やわらかくて きもちいい風 / 原田郁子
先週に引き続き、先日 4月3日に、この世を去った作家で環境活動家、CWニコルさんが残した言葉を、お届けしていきます。

日本の里山を愛し、長野県・黒姫山麓での森づくりをはじめ、半世紀以上、この国で、森林の再生に力を尽くしてきたニコルさん。
番組では、2012年・東日本大震災の翌年から、ニコルさんの活動を継続的に取材して、その声に、耳を傾け続けてきました。

2011年の東日本大震災を受け、ニコルさんとアファンの森財団は、宮城県東松島市からの呼びかけで、被災した子どもたちを長野県アファンの森に招待するなどの支援に乗り出しました。そして、東松島市の地元小学校の再建にも協力。
市民とともに、「森の学校」という、子どもたちが森からさまざまなことを学べる小学校づくりに取り組みました。
今回は、森の学校こと「宮野森(みやのもり)小学校」の新校舎完成を受け2017年に行われたシンポジムから、ニコルさんの言葉をお届けします。


ここの町の人々が、「森の学校を作ろう、手伝って」と言ったときは本当に胸がいっぱいでした。森が必要だ。うちのインストラクターの一人から聞いたけど、(東松島市の森に)ウサギは2羽いたんですね。それから、オオタカも巣を作る、小鳥もたくさんいる、花は咲いている。我々のDNAの半分は海です。半分は森です。自然の中にいると、自然の音を聞くと、小鳥を見ると、鷹が回っていると、感じるんですね。
この学校素晴らしいだろう?この木は杉。間伐材です。節がいっぱいあります。でもその節は弱さじゃなくて強いですよ。木造の学校だったら、このデータは世界中からある、アレルギーとか、インフルエンザとか、風邪が圧倒的に少ない。子どもたちは元気になると分かっていたんです。ここの子どもたちはすごく元気。それで、先生たちにも微笑みがあるのよ。ぼくはそれを信じて、みなさんと一緒に頑張ったんですね。本当に嬉しいです。感謝してます。この学校はいい学校でしょう?サンキュー。ありがとう。


森の学校こと、宮野森小学校の新校舎は5000本のスギなどを使った木造校舎。学校の裏にはアファンの森財団と地元の方が協力して整備し

そして2017年、この宮野森小学校で行われたシンポジウムではニコルさんによる「詩」の朗読もありました。


学校は津波で破壊された。
海はもう直ぐそばまで迫ってきた。
子供も、先生もいない。
寂しいなぁ。

ずっと向こうの海の上、白鳥の群れが飛んでくる。
学校の真上を通って美しいたくましい晴れで風を切る。
ヒューヒューヒュー。
白鳥が帰ってきた。もう寂しくない。

瓦礫の街を歩いた。
ほとんどの家はめちゃめちゃに壊された。
一軒、立ったばかりの立派な家が、いたずらの巨人の手によってグシャ。
マッチ箱のように木っ端微塵。
波の力は恐ろしい。
なんて悲しいことだ。
その家の家族のみんなはどうなったかな。
寂しいなぁ。

でもこの間、同じ街を歩いた。
日本一のカキフライ定食をご馳走になった。
もう寂しくない。

丘の上の暗い森。
長年放置されて木々が混みすぎて、鳥も、花も、ほとんどいない。
寂しいなぁ。

しかしみんなと一緒に干ばつをした。
貧弱な木々を切り出して、薮を刈った。
下まで光が通ると、春に花がいっぱい咲いた。
小鳥のさえずり、カエルの合唱団、
暗かった森が明るくなって賑やかになった。
もう寂しくない。

田んぼに塩水がかかって、もう米は作れないと言われたそうだ。
寂しいなぁ。

しかし次の年、青々と可愛い稲がちゃんと田んぼに顔を出してくれた。
おいしい米もできた。もう寂しくない。

新しい街を作るために、木々が切られて山が激しく削られた。
毎日朝から晩まで重機の音がガンガンガタガタ。
仕方がないけどうるさい。
森の動物たちはみんな逃げただろう。
寂しいなぁ。

しかしやっと工事が完成して、静かになった。
タヌキがノコノコと出てきて、空の上に二羽オオタカが飛んでいる。
新しい駅ができた。
そろそろ、家も建てられて、街の人たちも戻ってくる。
もう寂しくない。

地震と津波で亡くなった家族や友達を思い出すと、
きっと寂しいなぁ。

しかし、楽しい思い出もいっぱいある。
彼らのことを決して忘れない。
そう思うともう寂しくない。

新しい学校ができた。光と杉の木の香りでいっぱい。
とっても楽しい学校だ。
子供たちの笑い声が学校中響き渡る。
それを聞いている森の小鳥たちも、間違いなく喜んでいる。

寂しい、悲しい、辛いことがたくさんあった。
でも、子供の笑い、小鳥のさえずり、海の風とともに飛んでゆく。
もう寂しくない。



ニコルさんによる詩の朗読はポッドキャストで聞くことができますので、ぜひ聞いてみてください。

【今週の番組内でのオンエア曲】
・Peace Tree feat.BOSE(from スチャダラパー)、AFRA / ハナレグミ
・春風 / D.W.ニコルズ
先日 4月3日に、この番組とも園の深い作家で環境活動家、CWニコルさんがこの世を去りました。
日本の里山を愛し、長野県・黒姫山麓での森づくりをはじめ、半世紀以上、この国で、森林の再生に力を尽くしてきた方です。
番組では、2012年・東日本大震災の翌年から、ニコルさんの活動を継続的に取材して、その声に、耳を傾け続けてきました。
そこで今日は、番組でこれまでに紹介してきた、ニコルさんの言葉を改めてお届けします。
ニコルさんが語ってきたメッセージを皆さんと一緒に、もういちど、しっかり受け止めていきたいと思います。


CWニコルさんは、イギリス・ウェールズ出身。初来日は1962年。この時は、空手の修行でやってきたのだそうです。
その後、環境活動家、作家として幾度も来日を重ねる中、あることがきっかけで、長野県の黒姫山麓に移住することになりました。
2012年の取材で、ニコルさんはその当時をこう振り返っています。

今年で日本に来て50年です。32年前に長野の黒姫に住みついたころに鉄砲の免許を取って、猟師と山を歩きました。以前から日本は世界一美しい国だと思っていたんです。でも、30年前に山の奥に入ったら、恐ろしい光景があったんです。原生林が無残に切られ、トラックの通る林道では不法投棄のごみがあり、悩みました。28年前、私が生まれたイギリスのウェールズで、森の公園を作っているから見てと、政府から公園を見てくれという手紙がきたんです。私は想像できませんでした。その場所は47の石炭炭鉱があり、谷間は荒れ地になって、川は死んで、子供の私はすごく怒りを感じたんです。だからこの国は嫌だと地元を捨てたんですね。しかし28年前に帰国したら、谷間に緑が再生して、川に鮭やカワウソが戻ってきていた。どうしてか。それは汗と愛情の結果です。子どもたちが荒れ地に昔あった木々を植えたんです。そこはいまヨーロッパで一番大きなアーバンフォレストです。3万ヘクタールの森となりました。それをみて、日本に戻った僕は何をできるか考えました。そして、黒姫の藪になっていた土地を譲ってもらい、森を作り始めました。その森は今ユネスコの未来遺産になっています。絶滅危惧種32種類が復活しました。美しく若い森です。

こうして蘇った長野県黒姫の森、名前は、「アファンの森」。
ニコルさんの生まれ故郷、ウェールズの「アファン・アルゴード森林公園」にちなんで名づけたものです。
2002年、このアファンの森を拠点にした財団法人を設立。以降、森づくりや教育など様々な活動に取り組んでいきます。そして2011年の東日本大震災のあとは、宮城県東松島市の支援に乗り出しました。それが、森づくりのノウハウを生かした「森の学校」作りです。

震災のあと、心が痛みましたね。それで思ったのが、自然と時間、汗、愛情があればどんな傷でも治ります。東松島の方々が森を見たら安らぎになると、単純に思ったんです。そのあとで、学校を移転するから手伝ってと言われて、我々は見に行きました。そしてこの場所で、この場所の可能性をものすごく感じました。私は森を見て、自然を見て、昔が想像できるんですね。縄文時代から人がここに住んでいました、間違いない。きっとここはきれいな小川が流れていた原生林でした、いろんな動物がいて、どんな津波や台風が来てもここは安全な場所だったんですね。だから人が住んで、森を切り開いて田んぼを作った。年輪を見てみると、ここの木を植えてから、30年くらいは放置してたんですね。いろんな理由があるのはわかる。でも日本はだんだん自然音痴になって、自然から離れた文化を作っているんです。それは間違いですよ。この国を理解はできなくても愛することが必要です。だから学校は、もちろん文部省が決める教育はやらなくちゃいけない。でももっと奥が深いものがあると私は信じています。私も子供がいますし、孫が5人いる。じいさん、お父さんとしてね、子供たちが学校に行っている間は幸せで、安全だという気持ちがなければ、働けないんですね。いつも子供のことが気になっていたら、良い仕事はできない。だからここで、森と相談して、川と相談して、風と相談して、地元と相談して、わからないことがあったらエキスパートの意見を聞いて、美しい景色の中で学校を作るとやっぱり良いことです。私はこの仕事を手伝ってと言わて、僕が何ができるかと思ったんです。この72年自然と付き合って、いろんな文化と付き合って、でも日本がいちばん長い。神々がこの赤鬼を日本に行けと言ってきたのはこのためだと思います。これから学校づくりは、本当に命をかけて良い学校、エデンの園のような場所を作ります。もう神々は理解してくれましたから、本当に皆さん、本当にお願いします。ありがとうございます。

こうして、宮城県東松島市と一緒に「森の学校」づくりに取り組みはじめたC.W.ニコルさん。森づくりに関して、一貫してこだわっていたのが、「多様性」です。

例えばこの杉の木の枝は、4分の3の高さまで死んでいますね。どうして死んでいるか、光が届かず光合成ができずに死んじゃうんです。だから下まで光を通さなくちゃいけないんです。約10%の光が地面まで入ると、地面も緑になって、微生物が元気になって、木々が育ちますね。原生林は何万年も何百万年も自然がほっといて、だんだんといろんな自然が自分たちで議論して工夫して、1つの大きなシステムを作っている。元気な大木があって、首にかかっている年寄りの木々もあって、小さな木々もある。そこに一緒に暮らしている生物もいっぱいあるんです。この森はは大体杉だけですね。全部同じ年齢で混みすぎているから、多様性豊かにするために光を通さなくてはいけない。それで微生物も元気になります。そうすると木々が元気になる。風が通るという事は蝶や鳥も飛べるんです。種も入ってくるし、いろんな他の生き物が入れるようになってくる。それが多様性です。バイオダイバーシティー。だから森の中に入ると、森、川、海、一生懸命生きているものを見ると、生きる勇気が出てくるんです。だからここは素晴らしい。海もある、川もある。僕はここの学校は、5年、10年、20年、もう同じところだと思えない位美しくなると思います。日本一になるんじゃなくて、世界一の学校になると、本当に思います。

ニコルさんと東松島の人たちが取り組んだ「森の学校」は2017年に市立・宮野森小学校として完成しました。
こちらは杉や、ヒノキ5000本を使った木造校舎。そして学校の裏にはアファンの森財団と地元の方が協力して整備した「復興の森」があり、子どもたちは森からさまざまな学びを受けているといいます。

来週も、ニコルさんのメッセージ、お伝えしたいと思います。

【今週の番組内でのオンエア曲】
・うちで踊ろう / 星野源
・Lean On Me / Bill Withers

今週も「森林ジャーナリスト」田中敦夫さんのお話をお届けします。
さて、“成長産業”と言われる日本の林業の、怖い言葉でいえば「闇」の部分を、次々と明らかにした田中さんの新刊「絶望の林業」。
じゃあ日本の林業ってもうダメなの?とズーンとなってしまうんですが、最後は、「かすかな希望もある」、というお話です。

”自伐林業”とは、自分で切る林業ですね。これまでは作業をプロに発注していたわけですが、発注したらその分お金を取られるわけですから、全然利益が出ない。だったら山主が自分で切って作業をすればその分利益が出るじゃないかと、それが自伐林業なんです。
ただすべての山の主がそれをやるというわけにはいかない、中には何100ヘクタール、何千ヘクタール持っている山主もいるわけで、自伐できるわけないですよね。どうしても誰かに依頼しなければいけない。その時に信用できる、丁寧に扱ってくださる人にお願いしようと、これが自伐「型」林業ということになるんですね。規模を小さくしようという事ですね。
政府の推進している日本の林業はどんどん規模を大きくしてこうというとです。その分低コストになるから利益も増えますよということなんですが、そうじゃなくて1人で1ヘクタールだけをコツコツやっていこうという考え方ですよね。丁寧に山主の気持ちになって、やっていこうという発想ですね。山主が頑張って50年間育てた木を、私が預かって切らせてもらうんだなと思いが、丁寧にやろうという気持ちになりますよね。


〜”山主”のほかに”山守”という言葉もありますが、これは別のものなんでしょうか。
こういう言葉を使ったのは、奈良県の吉野の林業家で使っています。”山主”はまさに山の主、所有者です。吉野では山主が直接手を出すのではなくて地元の山村に住んでいる方に「家の山を守ってくれ」と預けるんですね。これを”山守”といいます。かれこれ500年続いている制度ですね。

〜1つの成功例として、吉野型林業というのがあると本で書かれていますね。
誤解を招くんですが、吉野の林業自体は日本で最も古い林業地で、しかも非常に技術も良く、最高峰と言われているところなんですが、今もそんなに優秀かというと、残念ながら今の林業不況は日本全国を被っている状態で、吉野も苦しんでいます。ですので、今の吉野がこのまま優秀なモデルになるかというと、そういうものじゃないんですが、歴史を振り返ってみたら500年間維持してきた林業は非常に技術も、システムも含めて意味深いものがあるのではないかなとは思います。吉野は先程言った通り山の所有者、管理者を山主と山守として分けているわけですね。技術は山守がきっちり磨いて、代々継いでいく。しかも山主と山守は普段から顔を見ているわけです。ですから、山守は山主の気持ちになって作業ができるということになります。山主と代々付き合っているのに、荒らすことはできないですよね。そういう形のシステムは、戦後すぐまではすごくうまく機能していたんですね。ただ残念ながら、いま吉野の林業も苦しいと言ったのは、木材の需要の問題ですよね。ちゃんと高く良い値段で高く買ってくれる需要がなくなっているんです。かつては吉野材といったら値段が天下一品で、他の林業地の何倍もする良い値段で売れたんです。ところが今はそういう良い木が高い値段で売れなくなっちゃったので、苦しくなってきている。だからやっぱり木材需要をどうやって作るかですよね。それがないと山主も儲からないし、山守も儲からない、だったら林業なんてやってられないよということになっちゃうんですよね。

〜田中さんから見て、国産の木材が海外のものより秀でているというポイントはありますか?
残念ながら国産材が優秀かというと私は疑問なんですね。客観的に言うと、例えば強度なんかは国産材が悪かったりするんですね。客観的に国産材が良いという要素はあまりないと思います。ただ、ここで必要なのはもっと感情的な問題ですよね。これはブルネイのどこそこのジャングルの木だよというのと、これはあの人の山で、50年前に苗を植えた育てて、ようやく収穫した木だよと。どっちを選ぶ?という問題ですね。そこを追求してほしいんです。もちろん触って気持ちよいとか、目で見て気持ち良いというのもあるんですが、そこの歴史、ストーリーですよね。地球の裏側から運んできた木にストーリーを描くのがありえないとは言いません、それはそれでロマンがあるのかもしれないんですが、やっぱり普通の人が喜ぶのは、「裏山の木を使って自分の家を建てるのがかっこいいな」ということじゃないでしょうか。あるいはそのうちの1本くらいは自分で切らせてくれと言う人もいるかもしれない。そういうストーリーを描いて、そのかわり値段はちょっと高くなるよといっても、それはみんな満足するんじゃないですかね。
それに、国産材は高いというイメージがあるんですが、例えば2000万円の木造住宅を建てたとして、そのうち、何%が木材の価格だと思いますか?実は1割もないんです。かなり頑張って木をつかっても1割、つまり200万円そこら。300万はいかないでしょうね。建売住宅ハウスメーカーが建てるときは5%だから100万円もないです。木材ってそれぐらい安いものなんですよ。それを仮に1割高く買いましょうといっても、200万の1割で20万円ですよ。2000万円の家を建てるときに20万円を惜しむかどうかですよね。言葉は悪いですが、木材はなくても生活できるんですね。鉄でもいいし、合成樹脂でもいい、ガラスでもいい。そこに木材に何を求めるかというと、見た目の良さ、感触の気持ちよさ、感性の部分ですよね。そこに訴えていかなければいけないなと思いますね。


森林ジャーナリストの田中敦夫さんのお話、いかがだったでしょうか。

田中さんは、日本の林業に関する新刊を出されています。


『絶望の林業』新泉社

この本を3冊プレゼントします!
ご希望の方は「本希望」と書いて、番組あてにメッセージをお寄せください。住所・お名前・連絡先をお忘れなく!

【番組内でのオンエア曲】
・俺たちの明日 / エレファントカシマシ
・桜 super love / サニーデイ・サービス
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高橋万里恵
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