border 三井倉庫グループ presents 未来につなぐ物語 オンエア時間 三井倉庫グループ presents 未来につなぐ物語 オンエア時間 border

雲 雲 雲 木 人々 街並み
雲 雲 雲 木 人々 街並み

ABOUT

毎週日曜日14:55-15:00(FM FUKUOKAのみ10:55-11:00)オンエア!毎回、世の中の”モノ”を取り上げ、そのモノの 歴史からイマ、未来をショートストーリー仕立てでお送りする番組です。身近なモノが少し、へえ~となるお話をお届けします。

PersonariltyPersonarilty
笠間 淳

声優。4月10日生まれ、広島県出身。
主な出演作品は、ナレーション「すくすく子育て」(NHK Eテレ)、劇場アニメ「THE FIRST SLAM DUNK」(三井寿)、アニメ「ガンダムビルドダイバーズ」(クジョウ・キョウヤ)、アニメ「お前はまだグンマを知らない」(轟二矢)、アニメ「タブー・タトゥー」(カーター)、ゲーム「アイドルマスター SideM」(葛之葉雨彦)など。

>>もっと読む
笠間 淳

REPORT

  • 2025.09.14
    第100回 9月14日「ナイロン」後編
    ナイロンには多くの種類がありますが、代表的なものは2つ。
    最初にアメリカのメーカーが開発した「ナイロン66」と
    日本では主流で生産されている「ナイロン6」です。

    ナイロンの特徴を3つ挙げると、1つ目は強度・耐久性。
    綿の10倍の強さと言われ、洗濯にも強く、ハードな使用にも耐えられます。
    2つ目は、軽いこと。丈夫で軽い素材は重宝されます。
    3つ目は、伸縮性に優れていること。
    衣服としては着心地が良く、形が崩れにくく、折り曲げに対する強さもあります。
    ただ、気をつけなければならないこともあります。
    それは吸湿性が低く、熱に弱いということ。

    これらの特徴を踏まえ、ナイロンは現在、様々な物の素材として使われています。
    ストッキングから派生して、衣服やバッグ、傘、スキーなどのスポーツウェア、
    カーテン、カーペットなどのインテリア製品、釣り糸、ロープ、ギターの弦など。

    そして、実は意外なものに多く使われています。
    例えば、自動車の部品として。
    クルマのパーツは耐ガソリン性、強靭性などが求められるため
    エンジンルーム内の部品など、幅広く使われているのです。

    また、電気を通さず、燃えにくく、耐久性があるという特性を活かし
    電子機器部品のコネクターやスイッチ、装置を包装するところ等に使われます。
    私たちの生活を色々なところで支えてくれている素材、それがナイロンです。
    >>続きを読む
  • 2025.09.07
    第99回 9月7日「ナイロン」前編
    その名称を聞いたことが無い方はいないでしょう「ナイロン」。
    でも「ナイロンて何?」と聞かれたら答えられるでしょうか?

    ナイロンは、人類が初めて工業生産した合成繊維。
    主に石油を原料とする合成樹脂ポリアミドから作られるものです。
    アメリカ化学メーカーの研究員 ウォーレス・カロザースさんによって開発され1938年に発表されました。

    当時の宣伝コピーは「石炭と空気と水から作られ、鋼鉄よりも強く、
    クモの糸より細い」というもの。なかなかインパクトありますね(笑)

    前半は本当の話ですが、後半は誇張している... かもしれません。
    ちなみに現在の原料は石油。当時は石炭から作られ、絹に似た光沢があり、
    絹より丈夫でした。

    当初、ナイロンが使われたのは、ほぼ女性用ストッキングとしてでした。
    というよりも、実はもともと“ナイロン”は、ストッキングの商品名。
    後になってポリアミド系合成繊維の一般名詞として使われるようになったのです。

    ナイロン(nylon)という名称については諸説ありますが、
    ストッキングがダメになる大きな原因は伝線、伝線は英語でrun。
    化学メーカーは当初、開発した新素材のストッキングは伝線しにくいので
    「No-run」と名づけようとしましたが、すでに登録商標があったので、
    nylonとしたという説が有力です。

    当時、日本の基幹産業は蚕を飼い、生糸を製造し、絹織物を作る蚕糸業。
    アメリカに生糸と絹織物を輸出していたので
    ナイロン登場には大きな打撃を受けました。

    一方で、この次世代の素材ナイロンはストッキングにとどまらず
    さまざまなところで利用されていきます。
    >>続きを読む
  • 2025.08.31
    第98回 8月31日「フリートーク 〜 笠間淳の夏の話」
    今週は3ヶ月に1度のフリートーク。
    そろそろ終わっていく2025年の夏。
    ナビゲーターの笠間淳さんが「夏といえば」を語りました。

    笠間さんが、夏を思う時思い浮かべるのは花火や海。
    でも、そういったものに行く趣味はないそうです(笑)
    それでは何がしたいかというとBBQやビアガーデン。
    結局、お酒が関係するものですねと苦笑いしていました。

    ただ、これだけ暑い毎日ですから
    キンキンに冷えたビールを飲む嬉しさ、楽しさは
    多くのリスナーの方に共感をいただけるのではないでしょうか?と
    淡い期待を話していましたが、いかがでしょう?

    まだ、しばらく続きそうな暑さ。
    こんな過ごし方はどうですか?というお薦めがあれば
    是非教えてほしいそうなので番組サイトのメッセージフォームから送って下さい。

    その他、番組への感想やメッセージ、
    そして、取り上げてもらいたいテーマなども随時募集しています。
    それでは、また次回!
    >>続きを読む
  • 2025.08.24
    第97回 8月24日「映画」後編
    日本で映画の歴史がスタートしたのは1897年(明治30年)。
    万博視察と商用でパリを訪れた実業家の稲畑勝太郎が、フランス留学時代の級友
    リュミエール兄弟が発明したシネマトグラフと興行権、フィルムを買って帰国。
    大阪で初めての映画興業が行われました。

    翌年には日本人による短編映画の製作も始まっています。
    最初の国産映画は、浅野四郎さんという撮影技師が撮影した
    『化け地蔵』と『死人の蘇生』という短編でした。

    やがて欧米同様に日本でも映画は庶民の最大の娯楽となっていきます。
    松竹・日活・大映・東宝・東映などの大手映画会社が誕生。
    阪東妻三郎・市川雷蔵・三船敏郎といったスターも生まれ、
    黒澤明・小津安二郎・溝口健二・今村昌平などの名監督も現れ、多くの名作が作られました。

    時は21世紀になり・・・ 
    さまざまな分野でデジタル化が進み、映画も例外ではありません。
    かつてのフィルム撮影は、ほぼデジタルに変わりました。

    しかし、過去に製作・上映された作品の多くはフィルムに残されています。
    実はそれをデジタルにコピーして保存するにはコストがかかり、消失のリスクが伴います。
    フィルムは適正な温度と湿度の環境下なら、数百年は安定的に保存が可能。
    それを踏まえて、日本にはフィルムの収集・保存・復元・公開を行う国立映画アーカイブがあり
    保存庫には2020年2月末時点で日本映画72,443本、外国映画10,503本が所蔵されています。
    こうした文化資産が損なわれないよう保存するのも現代を生きる私たちの役割でしょう。
    >>続きを読む
  • 2025.08.17
    第96回 8月17日「映画」前編
    1895年12月28日。
    フランスのパリでルイとオーギュストのリュミエール兄弟が、
    世界で初めて撮影したフィルムの有料上映会を行ないました。
    所説はありますが、これが映画が誕生したとされている瞬間だといわれています。

    2人は映画の撮影と映写を兼ね備えた機械「シネマトグラフ」を開発し
    上映したのは『工場の出口』というタイトルのモノクロの無声映画。
    工場から仕事を終えたと思しき男女が次々出てくる50秒の映像でした。

    写真でさえ普及して間もない頃。
    人が動く実写映像には、腰を抜かさんばかりだったのではないでしょうか。

    映画を意味する「シネマ」は、このシネマトグラフから生まれた言葉。
    かつて日本では「活動写真」と言っていたように、当初は1秒16コマ、
    その後は1秒24コマで撮影した画像の連続で動いて見えるメディア、それが映画でした。

    ちなみに、リュミエール兄弟以前に発明王エジソンが
    「キネトグラフ」という撮影機と「キネトスコープ」という映写機を発明しています。
    しかし、これは1人での観賞用。現代にはマッチしているように思いますが
    かつては、大勢で同時に楽しめるシネマのように普及しませんでした。
    さすがエジソンさん、少し早過ぎたのかもしれません。

    さて、リュミエール兄弟によって誕生した映画に
    人々はやがて物語を持ち込むようになり、映像に音楽や弁士の語りを合わせるようになり、
    音声が入ったトーキー映画に発展させ、モノクロからカラーに変えて・・・ 
    映画は最大の娯楽になっていきました。
    そして、さまざまな要素を持った「総合芸術」とさえ言われるようになるのです。
    >>続きを読む
  • 2025.08.10
    第95回 8月10日「メガネ」後編
    13世紀末にイタリアで開発されたメガネ。
    当初は手で柄を持ち、両眼で2つのレンズから見るタイプでしたが、
    16世紀末に紐で耳に掛けるスパニッシュイタリアン型が登場しました。

    ただ、鼻筋が高くて顔の彫が深い西洋人がかけても睫毛がレンズにぶつかりませんが、
    日本人は顔立ちの違いから睫毛はレンズにぶつかってしまいます。
    そこで、鼻あて(ノーズパッド)を考案して17世紀頃には長崎で国産メガネを生産していました。
    また、フレームには革・鼈甲・水牛の角・鉄・銀など、様々な素材を使うようになっていきます。

    その後に進んだのは、まずはフィット感の向上。
    フレームの耳にかける「つる」の部分=テンプルと
    鼻のブリッジで定位置に保つ「テンプルメガネ」が登場しました。
    さらに見えやすさの向上。単焦点レンズから二焦点レンズ、つまり遠近両用メガネも登場しました。

    20世紀に入る頃、メガネは完成の域に達しましたが、
    それでも「見る」部分において、「かける」部分において、進化は続いています。

    21世紀の現在、一人一人の目の状況に合ったレンズ設計は当然のこと
    主流はガラスからプラスチックへと移り、軽量化も進んでいます。

    かけ心地も人によって好みはさまざまなので、素材やデザインはよりどりみどり。
    研究者や開発者の努力のおかげで、便利に楽しくメガネライフが送れています。

    生活をアシストしてくれる必需品として、ファッションアイテムとして、
    いつも一緒にいてくれる相棒、それがメガネ。
    あなたの生活にも欠かせないものではないでしょうか?
    >>続きを読む
  • MESSAGE

    番組の感想やパーソナリティへの
    メッセージを募集中!
    たくさんのメッセージ、
    お待ちしております!

    メッセージを送る 矢印 矢印
    放送時間
    3分で分かる三井倉庫グループ
    三井倉庫グループ 公式Youtubeチャンネル
    Share!
    X Facebook Line