毎週日曜日14:55-15:00(FM FUKUOKAのみ10:55-11:00)オンエア!毎回、世の中の”モノ”を取り上げ、そのモノの 歴史からイマ、未来をショートストーリー仕立てでお送りする番組です。身近なモノが少し、へえ~となるお話をお届けします。

笠間 淳
声優。4月10日生まれ、広島県出身。
主な出演作品は、ナレーション「すくすく子育て」(NHK Eテレ)、劇場アニメ「THE FIRST SLAM DUNK」(三井寿)、アニメ「ガンダムビルドダイバーズ」(クジョウ・キョウヤ)、アニメ「お前はまだグンマを知らない」(轟二矢)、アニメ「タブー・タトゥー」(カーター)、ゲーム「アイドルマスター SideM」(葛之葉雨彦)など。
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2026.03.22
第127回 3月22日「観葉植物」後編
4世紀から15世紀頃にかけて衰退していた観葉植物の文化は、
15世紀半ばに大航海時代が訪れたことで再燃しました。
ヨーロッパの上流階級の人々は、珍しい植物を愛で、生活を彩り、
その所有は富と権力の象徴にもなります。
学術的な研究も進みます。
16世紀後半にはオランダにライデン大学植物園、
1759年にはイギリスに王立キューガーデンなどが設立されました。
19世紀になると、産業革命の恩恵を受けて温室が普及。
寒いヨーロッパでも、温暖な地域の植物を育てられるようになります。
この頃からヨーロッパでは、生活が豊かになった市民も観葉植物を楽しみ始めました。
一方で、古くより大陸から伝わった園芸文化が根づき、花開いていた日本。
観葉植物が普及する文化的な下地は充分にありました。
開国前後から海外の植物が輸入され、戦後になると観葉植物の文化が社会に定着します。
最初に置かれたのが、ホテル、オフィス、商業施設、病院など。
雰囲気演出、労働環境の向上、癒しやリラックス効果と期待できる効果はさまざま。
市民生活にも観葉植物は浸透していきます。
1970年代から普及し始めたマンション住まいの室内演出として。
80年代から90年代のバブル期には、忙しい毎日の中の癒しとして。
21世紀に入る頃には種類も含め、多種多様、人それぞれの楽しみとして。
家で過ごす時間が増えたコロナ禍は、観葉植物熱をさらに加速させました。
多肉植物や苔などがブームになったのも記憶に新しいところです。
部屋にあると、どこか楽しい気持ちになり、心が癒され、相棒のような気もする観葉植物。
未経験の方は、この機会に育ててみてはどうでしょう?
15世紀半ばに大航海時代が訪れたことで再燃しました。
ヨーロッパの上流階級の人々は、珍しい植物を愛で、生活を彩り、
その所有は富と権力の象徴にもなります。
学術的な研究も進みます。
16世紀後半にはオランダにライデン大学植物園、
1759年にはイギリスに王立キューガーデンなどが設立されました。
19世紀になると、産業革命の恩恵を受けて温室が普及。
寒いヨーロッパでも、温暖な地域の植物を育てられるようになります。
この頃からヨーロッパでは、生活が豊かになった市民も観葉植物を楽しみ始めました。
一方で、古くより大陸から伝わった園芸文化が根づき、花開いていた日本。
観葉植物が普及する文化的な下地は充分にありました。
開国前後から海外の植物が輸入され、戦後になると観葉植物の文化が社会に定着します。
最初に置かれたのが、ホテル、オフィス、商業施設、病院など。
雰囲気演出、労働環境の向上、癒しやリラックス効果と期待できる効果はさまざま。
市民生活にも観葉植物は浸透していきます。
1970年代から普及し始めたマンション住まいの室内演出として。
80年代から90年代のバブル期には、忙しい毎日の中の癒しとして。
21世紀に入る頃には種類も含め、多種多様、人それぞれの楽しみとして。
家で過ごす時間が増えたコロナ禍は、観葉植物熱をさらに加速させました。
多肉植物や苔などがブームになったのも記憶に新しいところです。
部屋にあると、どこか楽しい気持ちになり、心が癒され、相棒のような気もする観葉植物。
未経験の方は、この機会に育ててみてはどうでしょう?
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2026.03.15
第126回 3月15日「観葉植物」前編
自然界に生育している植物。
人間はどうしてそれを育て観賞し始めたのか?
歴史を振り返ると「なるほど」という答えが見えてきます。
例えば、古代エジプト遺跡の貴族の墓で見つかっている庭園を描いた壁画。
青い睡蓮が浮かび、魚や水鳥がいる池の周囲には、
ヤグルマギクやヒナゲシなどの花々、ナツメヤシといった樹木。
その傍らには、墓の主に水や食物を与えるとされる女神がいます。
周囲のほとんどが砂漠の地。庭園は権力や富の象徴であると同時に
彼らの世界観を表わし、死後の再生を願う対象の1つだったのでしょう。
歴史上で最も早い観葉植物についての記載の 1 つは、
紀元前 600 年ごろの末期メソポタミア文明に見つかります。
首都のバビロンには有名な空中庭園が存在し、多くの観葉植物があったと記されています。
また、紀元前 300 年ごろの古代ローマでは、
すでに鉢植えの観葉植物を育てる文化が、貴族や富裕層の間に広まっていました。
ここには権力や富の象徴ではなく、植物で日々の生活を豊かにする、彩る目的が感じられます。
そんな観葉植物の文化も、ローマ帝国の滅亡後、ヨーロッパでは一度、廃れました。
理由としては、経済的な面で邸宅文化が維持できなくなったことや、
広く普及したキリスト教の“自然は神の創造物”という価値観にそぐわなかった事などが考えられます。
しかし、15世紀になると大航海時代が到来。
新たな大陸に足を踏み入れ、未知の植物と出会うと、人間の好奇心が駆り立てられたのでしょう
観葉植物の文化は、再び花開いていくことになります。
人間はどうしてそれを育て観賞し始めたのか?
歴史を振り返ると「なるほど」という答えが見えてきます。
例えば、古代エジプト遺跡の貴族の墓で見つかっている庭園を描いた壁画。
青い睡蓮が浮かび、魚や水鳥がいる池の周囲には、
ヤグルマギクやヒナゲシなどの花々、ナツメヤシといった樹木。
その傍らには、墓の主に水や食物を与えるとされる女神がいます。
周囲のほとんどが砂漠の地。庭園は権力や富の象徴であると同時に
彼らの世界観を表わし、死後の再生を願う対象の1つだったのでしょう。
歴史上で最も早い観葉植物についての記載の 1 つは、
紀元前 600 年ごろの末期メソポタミア文明に見つかります。
首都のバビロンには有名な空中庭園が存在し、多くの観葉植物があったと記されています。
また、紀元前 300 年ごろの古代ローマでは、
すでに鉢植えの観葉植物を育てる文化が、貴族や富裕層の間に広まっていました。
ここには権力や富の象徴ではなく、植物で日々の生活を豊かにする、彩る目的が感じられます。
そんな観葉植物の文化も、ローマ帝国の滅亡後、ヨーロッパでは一度、廃れました。
理由としては、経済的な面で邸宅文化が維持できなくなったことや、
広く普及したキリスト教の“自然は神の創造物”という価値観にそぐわなかった事などが考えられます。
しかし、15世紀になると大航海時代が到来。
新たな大陸に足を踏み入れ、未知の植物と出会うと、人間の好奇心が駆り立てられたのでしょう
観葉植物の文化は、再び花開いていくことになります。
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2026.03.08
第125回 3月8日「空気清浄機」後編
1945年に第二次世界大戦が終わり、経済活動が復活すると、
地球規模で深刻化したのが公害。
日本でも昭和30年代に入ると大気汚染が始まります。
この頃、小型の空気清浄機が開発されていて、研究所や病院や
花粉症アレルギーの症状に悩む人々がいる家庭に導入されていたのがアメリカ。
主に扇風機や換気扇を製造する日本のメーカーも、これに倣って開発に着手。
1962年(昭和37年)には、国産の空気清浄機が発売されています。
その後、現在まで画期的な進化を遂げて、多くの家庭に広まっていきますが、
普及する幾つかの理由とタイミングがありました。
1980年代に急増した花粉症。
2010年代に入り、黄砂とともに大陸から飛来し健康被害が懸念されたPM2.5。
2013年には、家庭への普及率が前年より3.5%増えて43.5%に達しています。
そして、2020年から感染が拡大した新型コロナウイルス。
一方で、性能向上と多様な機能の追加も、普及を後押ししました。
今ではフィルターにもタイプがいろいろあって
◼️ HEPAフィルター → 0.3μmを99.97%捕えるほど微粒子に強い
◼️ 活性炭フィルター → ニオイと有害物質の除去
◼️ 光触媒 → 光をあてて化学物質を分解 |
多くの製品は、これら複数の組み合わせです。
購入を考えている時は、花粉症・PM2.5・消臭・除菌など、主な設置目的を考えて、
フィルターと、設置する部屋の広さにあう製品を、選択しましょう。
その上で「吸気や排気を妨げない場所に設置する」
「エアコンとの併用で空気の循環を促進させる」「定期的にフィルターを掃除する」など
メーカーの注意ポイントを守って使用します。
正しく使えば、私たちの健康な暮らしを支えてくれる。それが空気清浄機です。
地球規模で深刻化したのが公害。
日本でも昭和30年代に入ると大気汚染が始まります。
この頃、小型の空気清浄機が開発されていて、研究所や病院や
花粉症アレルギーの症状に悩む人々がいる家庭に導入されていたのがアメリカ。
主に扇風機や換気扇を製造する日本のメーカーも、これに倣って開発に着手。
1962年(昭和37年)には、国産の空気清浄機が発売されています。
その後、現在まで画期的な進化を遂げて、多くの家庭に広まっていきますが、
普及する幾つかの理由とタイミングがありました。
1980年代に急増した花粉症。
2010年代に入り、黄砂とともに大陸から飛来し健康被害が懸念されたPM2.5。
2013年には、家庭への普及率が前年より3.5%増えて43.5%に達しています。
そして、2020年から感染が拡大した新型コロナウイルス。
一方で、性能向上と多様な機能の追加も、普及を後押ししました。
今ではフィルターにもタイプがいろいろあって
◼️ HEPAフィルター → 0.3μmを99.97%捕えるほど微粒子に強い
◼️ 活性炭フィルター → ニオイと有害物質の除去
◼️ 光触媒 → 光をあてて化学物質を分解 |
多くの製品は、これら複数の組み合わせです。
購入を考えている時は、花粉症・PM2.5・消臭・除菌など、主な設置目的を考えて、
フィルターと、設置する部屋の広さにあう製品を、選択しましょう。
その上で「吸気や排気を妨げない場所に設置する」
「エアコンとの併用で空気の循環を促進させる」「定期的にフィルターを掃除する」など
メーカーの注意ポイントを守って使用します。
正しく使えば、私たちの健康な暮らしを支えてくれる。それが空気清浄機です。
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2026.03.01
第124回 3月1日「空気清浄機」前編
花粉が気になるこの時期、
家では空気清浄機が欠かせない人も多いでしょう。
番組ナビゲーターの笠間淳さんも花粉症で
アレルギー体質でもあるので、欠かせないとか。
そんな空気清浄機は、室内の空気を綺麗にして
快適で健康的な環境にするための家電製品。
フィルターを介して花粉やハウスダスト、ペットや生活の臭い、
細菌・ウイルスを除去するエアクリーナーです。
その原型が登場するのは、産業革命を経て近代工業が目覚ましく発展、
健康問題が起こっていた20世紀初頭のこと。
それ以前の19世紀半ばに、イギリスやアメリカで、
炭鉱労働者が石炭の粉塵を吸い込んでしまうのを防ぐ”などの目的で
有害物質の除去装置や空気の濾過装置が開発されていますが、
これは1人で装着するマスクでした。
20世紀に入ると、産業公害の問題はさらに深刻になり、
大きな規模で対策に貢献したのが化学者の
フレデリック・ガードナー・コットレルさん。
コットレルさんは、高電圧をかけて空気中の粒子に電荷を与え、
プレートに吸着させる技術を考案。
工場内の空気から有害な粒子を除去する「電気集塵機」を開発しました。
この装置は「コットレル集塵機」「コットレル方式」と呼ばれ、
現在でも、世界の発電所や製鉄所などで利用されています。
ちなみにコットレルさんは1912年に、
非営利組織Research Corporationを設立して電気集塵機の特許を譲渡。科学研究への投資を行なった立派な人物。
ここまでの空気清浄機は、かなり大きな工業用装置の話。
さらに公害が進むと、家庭用製品のニーズも生まれることになります。
家では空気清浄機が欠かせない人も多いでしょう。
番組ナビゲーターの笠間淳さんも花粉症で
アレルギー体質でもあるので、欠かせないとか。
そんな空気清浄機は、室内の空気を綺麗にして
快適で健康的な環境にするための家電製品。
フィルターを介して花粉やハウスダスト、ペットや生活の臭い、
細菌・ウイルスを除去するエアクリーナーです。
その原型が登場するのは、産業革命を経て近代工業が目覚ましく発展、
健康問題が起こっていた20世紀初頭のこと。
それ以前の19世紀半ばに、イギリスやアメリカで、
炭鉱労働者が石炭の粉塵を吸い込んでしまうのを防ぐ”などの目的で
有害物質の除去装置や空気の濾過装置が開発されていますが、
これは1人で装着するマスクでした。
20世紀に入ると、産業公害の問題はさらに深刻になり、
大きな規模で対策に貢献したのが化学者の
フレデリック・ガードナー・コットレルさん。
コットレルさんは、高電圧をかけて空気中の粒子に電荷を与え、
プレートに吸着させる技術を考案。
工場内の空気から有害な粒子を除去する「電気集塵機」を開発しました。
この装置は「コットレル集塵機」「コットレル方式」と呼ばれ、
現在でも、世界の発電所や製鉄所などで利用されています。
ちなみにコットレルさんは1912年に、
非営利組織Research Corporationを設立して電気集塵機の特許を譲渡。科学研究への投資を行なった立派な人物。
ここまでの空気清浄機は、かなり大きな工業用装置の話。
さらに公害が進むと、家庭用製品のニーズも生まれることになります。
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2026.02.22
第123回 2月22日「炭酸飲料」後編
18世紀後半に人工的な製造が可能になった炭酸水。
19世紀になると、果汁や砂糖や香料が加えられた炭酸飲料が登場します。
炭酸水が薬として、主に薬局で売られていたこともあり
ジンジャーエールやコーラなど、初期の炭酸飲料商品を考案した多くは薬剤師でした。
やがて、大量生産が可能になり、ボトリング・システムが進歩して炭酸飲料は世界に広がります。
日本への伝来は1853年、浦賀にアメリカのペリー提督が来航した時。
幕府の役人が、栓を開ける「ポンッ」の音に驚いて「新式の銃か!」と
腰の刀に手をかけたという話もありますが・・・ 真偽のほどは定かではありません。
ともあれ、日本で初めて炭酸飲料を飲んだ人は、どんな感想を持ったのでしょう?
その後の19世紀後半から20世紀初めにかけて、
日本でもガラス瓶にビー玉が入ったラムネ、サイダーなど、炭酸飲料の製造・販売が進みました。
そんな炭酸飲料の商品種類や消費量が爆発的に増えたのは戦後。
缶やペットボトルの普及、自動販売機の登場、コンビニエンスストアの増加などが後押しして、
炭酸飲料ビジネスは右肩上がりに成長。2024年の販売金額は約8,800億円。
健康志向や好みの多様化から様々な商品が開発されて
強炭酸・クラフト系などブームも生まれています。
炭酸飲料を飲むと、どうして爽快感を感じるのか?
炭酸ガスと舌の細胞にある酵素の働きによって生まれる刺激が、あのシュワシュワ感。
冷えていれば、刺激はなお強力。最初は交感神経が優位になり、
緊張し、シャキッと覚醒するので、これが爽快感を生みます。
そのあと、副交感神経が優位になり、リラックス効果も得られるそうです。
19世紀になると、果汁や砂糖や香料が加えられた炭酸飲料が登場します。
炭酸水が薬として、主に薬局で売られていたこともあり
ジンジャーエールやコーラなど、初期の炭酸飲料商品を考案した多くは薬剤師でした。
やがて、大量生産が可能になり、ボトリング・システムが進歩して炭酸飲料は世界に広がります。
日本への伝来は1853年、浦賀にアメリカのペリー提督が来航した時。
幕府の役人が、栓を開ける「ポンッ」の音に驚いて「新式の銃か!」と
腰の刀に手をかけたという話もありますが・・・ 真偽のほどは定かではありません。
ともあれ、日本で初めて炭酸飲料を飲んだ人は、どんな感想を持ったのでしょう?
その後の19世紀後半から20世紀初めにかけて、
日本でもガラス瓶にビー玉が入ったラムネ、サイダーなど、炭酸飲料の製造・販売が進みました。
そんな炭酸飲料の商品種類や消費量が爆発的に増えたのは戦後。
缶やペットボトルの普及、自動販売機の登場、コンビニエンスストアの増加などが後押しして、
炭酸飲料ビジネスは右肩上がりに成長。2024年の販売金額は約8,800億円。
健康志向や好みの多様化から様々な商品が開発されて
強炭酸・クラフト系などブームも生まれています。
炭酸飲料を飲むと、どうして爽快感を感じるのか?
炭酸ガスと舌の細胞にある酵素の働きによって生まれる刺激が、あのシュワシュワ感。
冷えていれば、刺激はなお強力。最初は交感神経が優位になり、
緊張し、シャキッと覚醒するので、これが爽快感を生みます。
そのあと、副交感神経が優位になり、リラックス効果も得られるそうです。
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2026.02.15
第122回 2月15日「炭酸飲料」前編
一般に言う炭酸飲料は炭酸ガス、つまり二酸化炭素を混ぜた飲み物のこと。
日本の飲食料品の国家規格では「飲用適の水に炭酸ガスを圧入したもの及びこれに甘味料、
酸味料、フレーバーリングなどを加えたもの」とされています。
古くから、人類は炭酸水を飲んでいました。
自然の中に炭酸ガスを含む湧水があったからです。
始まりはローマ時代。発見した炭酸泉の温泉の温度が低いので、
入浴するのではなく、飲料としたという説もありますが、
日本書紀にも炭酸水と考えられる湧き水「醴泉」を飲んだと記されています。
それは世界的なことだったのでしょう。
そして、東西ともに炭酸水は健康に良いとされ、病人も口にしました。
日本書紀の記載も「醴泉を飲んだ多くの人の病が治った」というものです。
その炭酸水を人工的に作る方法が考案されたのは18世紀後半のイギリス。
多くの新しい気体を研究した牧師で化学者のジョセフ・プリーストリーさんが
自宅隣のビール醸造所で発酵するガスに興味を持ち、
効率よく炭酸ガスと水を混ぜる事に成功しました。
人工炭酸飲料はここに始まり、プリーストリーさんは「ソフトドリンク産業の父」とされています。
同時に、この方は酸素の発見者でもあります。
ほどなく炭酸水の工業生産がスタートし、ヨーロッパやアメリカに普及しました。
この頃の炭酸水、どこで売られていたかというと・・・薬局。
当時は「薬」とされていたのです。
その後、甘い炭酸飲料が登場し、世界に広まることになりますが、
きっかけとなったコーラをつくったのも薬剤師でした。
日本の飲食料品の国家規格では「飲用適の水に炭酸ガスを圧入したもの及びこれに甘味料、
酸味料、フレーバーリングなどを加えたもの」とされています。
古くから、人類は炭酸水を飲んでいました。
自然の中に炭酸ガスを含む湧水があったからです。
始まりはローマ時代。発見した炭酸泉の温泉の温度が低いので、
入浴するのではなく、飲料としたという説もありますが、
日本書紀にも炭酸水と考えられる湧き水「醴泉」を飲んだと記されています。
それは世界的なことだったのでしょう。
そして、東西ともに炭酸水は健康に良いとされ、病人も口にしました。
日本書紀の記載も「醴泉を飲んだ多くの人の病が治った」というものです。
その炭酸水を人工的に作る方法が考案されたのは18世紀後半のイギリス。
多くの新しい気体を研究した牧師で化学者のジョセフ・プリーストリーさんが
自宅隣のビール醸造所で発酵するガスに興味を持ち、
効率よく炭酸ガスと水を混ぜる事に成功しました。
人工炭酸飲料はここに始まり、プリーストリーさんは「ソフトドリンク産業の父」とされています。
同時に、この方は酸素の発見者でもあります。
ほどなく炭酸水の工業生産がスタートし、ヨーロッパやアメリカに普及しました。
この頃の炭酸水、どこで売られていたかというと・・・薬局。
当時は「薬」とされていたのです。
その後、甘い炭酸飲料が登場し、世界に広まることになりますが、
きっかけとなったコーラをつくったのも薬剤師でした。
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放送時間
- TOKYO FM 14:55‐15:00
- FM大阪 14:55‐15:00
- FM AICHI 14:55‐15:00
- FM FUKUOKA 10:55-11:00



