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雲 雲 雲 木 人々 街並み
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ABOUT

毎週日曜日14:55-15:00(FM FUKUOKAのみ10:55-11:00)オンエア!毎回、世の中の”モノ”を取り上げ、そのモノの 歴史からイマ、未来をショートストーリー仕立てでお送りする番組です。身近なモノが少し、へえ~となるお話をお届けします。

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笠間 淳

声優。4月10日生まれ、広島県出身。
主な出演作品は、ナレーション「すくすく子育て」(NHK Eテレ)、劇場アニメ「THE FIRST SLAM DUNK」(三井寿)、アニメ「ガンダムビルドダイバーズ」(クジョウ・キョウヤ)、アニメ「お前はまだグンマを知らない」(轟二矢)、アニメ「タブー・タトゥー」(カーター)、ゲーム「アイドルマスター SideM」(葛之葉雨彦)など。

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笠間 淳

REPORT

  • 2026.01.18
    第118回 1月18日「倉庫」前編
    人類は古くから物を「貯蔵する」「運搬する」という
    現在の物流に繋がる行為を営んでいました。
    それらは生活や社会を支えるために培った大切な知恵といえるでしょう。

    国内にそのルーツを辿ってみると・・・
    弥生時代には、高床倉庫が、食料や道具を保管するために使われていました。
    平安時代には港に荷物を預かり、保管料をとる「津屋」が誕生。
    これはすでに、今の倉庫業とビジネス形態が同じです。

    そして、鎌倉時代にはお金を貸す金融業者「土倉」が登場。
    この名称は、質にとった品物を保管する倉庫に由来します。

    江戸時代に入ると、幕府や藩が年貢米などを保管・販売するための
    蔵屋敷を建てるようになり、物流も盛んになったため、民間の倉庫業者も現れました。

    今に繋がる、近代的な倉庫業の始まりは、明治の時代を迎えてから。
    「倉庫」を辞書で引くと・・・

    ① 貨物の貯蔵、保管をするための建造物。蔵庫。

    ② 倉庫営業者が、他人の物品を保管するために設けた建造物その他の設備

    とありますが、社会と人々の生活を支える物流の大切な構成要素の1つが倉庫。
    三井倉庫ホールディングスの眞野さんは「今では倉庫と言っても、本当に多種多様なものを保管できます。三井倉庫グループでは、食品原材料や化学品、医薬品はもちろん、美術品や貴重な書類まで扱っています。倉庫によっては温度管理や危険物対応も可能なので、ワインや再生医療等製品のような繊細な商品も、安全に保管できるんです。」と
    話して下さいました。
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  • 2026.01.11
    第117回 1月11日「物流」後編
    日本の物流が大きく発展したのは江戸時代。
    東海道など、五街道が整備されて、さまざまな物が運び込まれました。

    ただ、当時の主な物流手段は大量の物を運べる船を使った水上輸送。
    大型船は一隻で最大300トンの荷物を運べたといいます。
    河川も重要な輸送インフラとして整備されました。
    実は収録場所、三井倉庫ホールディングス本社のすぐ横を流れる隅田川もそのひとつ。
    多くの物資が船で運び込まれ、江戸の町へ供給される輸送経路として機能していました。
    そのため周辺エリアには、には幕府や諸藩の重要な米蔵が立ち並んでいたのです。

    そんな物流は19世紀に動力輸送機関が登場して劇的に変化してきました。
    風力で進む木の帆船ではなく、鉄製の蒸気船によって
    大量の荷物を、安全に、遠くまで運べるようになります。
    陸上には鉄道が敷かれ、物流に利用されるようになりました。

    20世紀に入ると先進国ではモータリゼーションが進み、
    道路網が整備され、自動車による物流が生まれます。
    続いて普及した飛行機は、より早く遠くへ荷物を運ぶことを可能にしました。

    さらに物流に革命を起こしたのが20世紀半ばのコンテナの発明。
    船、鉄道、飛行機、トラックの間で貨物を積み替えずに一貫輸送できるようになり
    グローバルなサプライチェーンが実現したのです。
    今や物流は世界の隅から隅までを繋いでいると言えるかもしれません。

    三井倉庫エクスプレスの木村さんに物流の仕事のやり甲斐を伺うと・・・

    「物流のやりがいは、当たり前に商品が届く裏側を支えている実感と
    お客様からの感謝に触れられることです。想定外のことも多いのですが、
    仲間と工夫しながら解決し、無事に商品が出ていく瞬間は大きな達成感があります。
    自分の対応が価値につながったと感じられるのが、何よりの喜びだと感じています」
    と話して下さいました。

    私たちの生活になくてはならないもの。
    それが物流です。
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  • 2026.01.04
    第116回 1月4日「物流」前編
    1月の笠間淳さんのナレーションは、東京の日本橋箱崎町にある
    三井倉庫ホールディングス株式会社の本社で社員の皆さんを前に収録しました。
    そんなスペシャルな1ヶ月をオンエアでもお楽しみ下さい。

    「物流」という概念は、戦後にアメリカで生まれました。
    元の言葉は「Physical Distribution」。
    これが日本で「物的流通」と訳され、省略されたものです。
    辞書は物流を「商品その他の品物を生産地から消費地まで運ぶための
    包装・荷役・保管・運送の仕事」と説明しています。

    しかし、遥か昔から「物を運ぶ」行為は人間活動と深く結びついていました。
    かつては狩猟をしながら移動生活をしていた私たちの祖先。
    他の集団と出会い、獲物や道具などを交換することもあったでしょう。
    それが最初期の交易だったと考えられます。

    およそ1万年前頃になると、人類は定住生活を始めました。
    農作物を育て、家畜を飼い、手工芸を行いますが、
    その土地で採れる資源や食料には限界があります。
    そこで、自分たちのところでは手に入らない別の場所にある物を求めて
    本格的な交易が生まれ、同時に物流が発生しました。
    以来、物流は発展を続けています。

    陸上輸送では、道路の整備と馬車や自動車の発明。
    海上輸送では、航海術の進化と蒸気船、ディーゼル船の発明。
    さらに、商品の包装や保管・保存方法の進歩。

    三井倉庫の野見山さんに「物流はどんな仕事ですか?」とお聞きすると
    ”物流は単に商品を運んだり保管したりする仕事ではないと考えています。
    社会や人々の毎日の生活を支える重要なインフラの一つであり
    普段はあまり目立つことはないですが、必要な物が当たり前のように手元に届くよう
    陰ながら社会全体を支えている仕事だと思っています”とのお答えでした。

    物流がなければ、現代の社会生活は成立しません。

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  • 2025.12.28
    第115回 12月28日「傘」後編
    洋傘が日本に入ってきたのは江戸時代の後期。
    長崎の出島に唐船が持ち込んだ記録も残っていて、唐傘や南京傘と呼ばれる高価な品。
    武家や医師や学者など、一部の人たちだけが使うものでした。

    市民に普及するのは、文明開花の空気が広まった時期。
    現在の銀座で輸入洋傘を販売していた坂本商店が、
    1872年(明治5年)に初めての国産の洋傘を製造しています。

    大正時代になると、日本人の衣服の欧米化が進み、
    洋傘を使う人が増えると同時にファッションアイテムになりました。

    その後の工業技術の進歩とともに日本の洋傘製造は進化・発展、
    1965(昭和40)年には、生産量世界一・消費量世界一・輸出量世界一を記録しています。

    一方で、日本では独自の傘文化が生まれました。
    1958年(昭和33年)に浅草のメーカーが開発したビニール傘です。
    当初、傘業界に受け入れられなかったビニール傘は、
    東京オリンピックで来日していた外国バイヤーの目に留まり
    ニューヨークで発売されて世界に広まっていきました。

    その後、国産の洋傘製造は生産地が海外へと移り、一時の勢いは無くなりました。
    しかし、良い素材を使い、デザインが素晴らしく、使い勝手や使い心地がいい、
    そんな日傘や雨傘を使いたいという人たちから、
    日本の傘は和傘・洋傘を問わず、評価されています。

    また、新しい機能の登場、新素材の開発、軽量化、デザインの充実と、
    傘の進化はとどまるところを知りません。

    あなたは今、どんな傘を持っていますか? 
    日傘、雨傘、お気に入りの1本を持つと、毎日の生活も楽しくなりますよね。
    昨今の夏は日差しが強すぎるので、なるべく日傘を差すようにして下さい。
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  • 2025.12.21
    第114回 12月21日「傘」前編
    傘の歴史については諸説ありますが、一般に起源とされているのは4000年ほど前。
    エジプト、ペルシャ、中国などの古代文明の地で使われ、
    壁画などにその様子が残されています。
    ただ、それは王族や貴族が、雨ではなく日差しを避けるための日傘で権威の象徴。
    今のように閉じたり、開いたりもしなかったようです。

    開閉機能のある傘が考案されたのは13世紀のイタリア。
    この時もまだ使う目的は日除けで、ヨーロッパの貴婦人に開閉式の日傘が広まりました。

    傘が雨具として使われるようになったのは16世紀頃で広く普及するのは18世紀。
    きっかけはイギリスの商人・作家・慈善家のジョナス・ハンウェイという人物でした。

    ハンウェイさんは、2つの点で傘の革命を起こしています。
    1つは、女性が使うものだとされていた傘を男性が差したこと。
    もう1つは雨具として傘を使ったこと。

    傘を差して歩くハンウェイさんを見て、市民は驚き、時に嘲笑したといいますが、
    これをきっかけとして、傘を雨の日に使うことと男性も使うことが広まっていきました。

    日本にいつ傘が伝来したのか。これにも諸説がありますが、
    奈良時代に完成した日本書紀には儀礼用の傘が登場しています。
    庶民が持つようになったのは12世紀頃で、その後の安土桃山時代に
    竹の骨組みに和紙を貼り、油を塗った和傘が発展しました。

    近代になると長崎の出島経由で洋傘がもたらされ、
    明治時代以降、国内でも生産が始まって市民にも普及していきます。
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  • 2025.12.14
    第113回 12月14日「レトルト食品」後編
    1950年代の終わりに、アメリカの軍用食として開発されたレトルト食品。
    認知度が上がったのは、アポロ計画に宇宙食として採用されたことでした。

    ただ、すでに冷蔵庫と冷凍食品が普及していたアメリカでは、
    常温保存できるレトルト食品は魅力に乏しく、一般家庭に浸透しませんでした。
    ところが、まだ冷蔵庫の普及率が低く、夫婦共働きが増えていた日本では違いました。

    1969年(昭和44年)、世界初の家庭用レトルト食品が、全国発売。
    商品は・・・ そう!カレーです。
    当時、ご馳走だった洋食、その代表格がカレー。
    ただ、カレー粉やカレー缶詰は激しい競争が繰り広げられている、
    そこで、まだないものをと考えられたのがレトルトカレーだったのです。

    その後の1970年代から90年代初めまで、右肩上がりの経済成長を続けた日本。
    核家族や一人で食事をとる機会が増えて、レトルト食品の需要は高まりました。

    今ではレトルト食品の包装タイプは大きく3つあります。
    従来の、食品をそのままパウチ袋に入れて、四方をシールでとめたレトルトパウチ食品。
    食品をトレーに入れて包装したレトルト容器食品。
    よく、ソーセージの商品に見られるように、
    包装材料にピッタリと食品を詰めたレトルトパック食品。

    入っている食品もさまざま。
    カレー、シチュー、ハンバーグ、焼き肉、焼き魚、ご飯、ラーメン、お好み焼き etc...
    ありとあらゆる食事がレトルト商品化されていると言ったら、言い過ぎでしょうか。

    美味しさのクオリティも上がり、
    私たちの毎日の生活を美味しく彩ってくれているのがレトルト食品。
    番組パーソナリティーの笠間さんは、
    家飲みの時にレトルト食品のハンバーグをよく食べるそうです。
    あなたの好きな一品はなんでしょう?
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