木村拓哉 Flow supported by Spotify - TOKYO FM 80.0MHz - 木村拓哉

木村拓哉 Flow supported by Spotify - TOKYO FM 80.0MHz - 木村拓哉

2026年04月12日Flow 第四百二回目「拓哉キャプテン × 新庄剛志」Part2

今月のマンスリーゲストは、北海道日本ハムファイターズの監督、新庄剛志さん!
今週も賑やかにお送りします! お楽しみに!


木村:プロになって入団したのが、阪神。2年間はもうほとんど2軍ってあるけど。

新庄:2軍で外野手だけでやってたんだけど、内野も練習して。1軍の選手は8ポジションあるのに、センターだけ守ってたらセンターだけじゃん。だから「内野の練習させてください」って言ったの。俺、内野の1軍の選手は怪我すると思ってたから。

木村:何で?(笑)

新庄:何となく。それはもう説明はできないんだけど。

木村:出た、宇宙人。

新庄:で、内野の練習を4ヶ月ぐらいしたのかな? そしたらオマリーっていう、サードを守ってる外国人が骨折かなんかして、そこにポーンッて。

木村:「お前行け」って。

新庄:「あ、そう言えば新庄は内野してたな」みたいな感じ。「じゃあ使ってみようか」って言って、1打席目の初球にカーンってホームラン打った。
もうそっから、14年間ぐらいレギュラー。その1球だけで。

木村:マジ? へぇ〜。

新庄:で、オマリーが帰ってきました。さあ、監督が「新庄をどこで使おうか? お、あいつ外野してたな!」って言って。で、センター戻りました。そしたらもう、俺の本領発揮よ。
俺、本当に12球団で一番上手いと思ってたから。「ゴールデングラブ賞連続で獲りますよ」って宣言してたから。

木村:その時、自分で言ってたんだ。

新庄:言ってた。もう見たらわかるやん。遠投とか、肩とか、守備の足の動きとか。

木村:河原で石を投げてスタートしたその肩は、何なん? でも、筋トレとかした?

新庄:めちゃくちゃしてた。筋トレというより、親父が造園やってたから。「ちょっと剛志。これを絞って切りなさい」とか、「ここの石をこっからこっちに持っていきなさい」って。小学校2年生ぐらいの時にその石を転がしながら、「そういう仕事なんだ」と思ってた。それが、握力とか下半身強化に繋がったと思ってる。

木村:それ完全に「ベスト・ キッド」じゃん(笑)。

新庄:そうね(笑)。親父はもうプロ野球選手にさせたかったから。それで、高校の時には握力が90までいったね。

木村:90? すげえ! おもろ!

新庄:でもね、握力がある選手って、バッティング悪いのよ。

木村:それは何で?

新庄:力んで、ボールが当たる時に返しすぎるから。こっちが強いと。

木村:今、急に監督の目線になって、会話が始まりました(笑)。

新庄:やめとこう(笑)。
で、タイガースで10年やって、野村さんと出会って、バッティングも良くなり。で、10年目に「ちょっと日本の野球よりアメリカでやりたいな」って思い始めてて。

木村:それはきっかけがあったの?

新庄:日米野球だね。たぶん俺、日米野球で16打数、11安打ぐらい打ったんじゃないかな? もう、打ちゃあヒット、打ちゃあヒット。
で、肩とかはアメリカのスカウトの方たちが見て、「あの赤いリストバンドのやつは誰だ? 名前は?」ってなって。もう、アピール合戦よ。
そしたら日米野球終わって2日後に、メジャーのスカウトが(来たから)「何やねん?」と思って。
「年俸2200万円。レギュラーは決まってない。マイナーリーグかもしれない」(という条件で)、「はい」。行きました。「OK」。「2200万円、OK」ってサインして、1年目の夏ぐらいかな? 何ヶ月間か、4番を打ち始めて。
思った通りに4番を打って、帰ってきました。 何百人の前で、記者会見。それがさっきの、「記録はイチローに任せて、記憶は僕に任せて」のシーンで。
だから一歩踏み出す勇気と、根性っていうのかな。「動いたら何か起こりますよ」と。

木村:根性の前に、独特な、野生な感じだよね。

新庄:(英語を)喋れんし。俺「サンキュー」しか知らないんだからね。本当に(笑)。
(アメリカに)行っても、全く英語わからん。これ本当に、俺が日本語を教えた方が早いと思ったんだよ。

木村:相手に(笑)。

新庄:で、日本語を覚えてもらった、っていう(笑)。それのが早かった(笑)。

木村:そっちの方が早かった(笑)。だから、皆はその頭になんないんだよな〜。

新庄:でも、「3年で帰る」っていうのは決めてたし、言ってたから。もう3年で十分だろう、と。
なぜかと言うと、その年にメジャーリーグに野手として行ったのは、俺とイチローくんだったの。ピッチャーは結構いたけど。野手の第1号。
イチローくんが活躍するのはもう大体わかるわけやん。日本でもそこまでいい成績を残してない俺が、守備だけで成功しました。挙句の果てには、打順で打たせてもらって。
そしたら、「メジャーリーグは、新庄で通用するんだ」と。そのお陰で、日本から行く野手の選手が増えたと俺は思うんだよね。あれがイチローくんだけだったら、挑戦してないと思う。

木村:でも、その肩は1人しか持ってないからね。

新庄:イチローくんの後に大谷くんは行ったと思うけど。その間はね、挑戦してないと思うよ。それぐらい、日本とアメリカは差がありすぎたから。

木村:でも、大先輩の、本当にパイオニア的な選手の方たちっていっぱいいらっしゃったと思うけど、なんか1人だけその枠じゃないもんね。

新庄:(笑)。よく言われる(笑)。監督就任会見の時もね。見た? 襟。

木村:見たよ。「なんだ、あの襟?」と思って。

新庄:あれが、インパクトなんです。

木村:「あれが」じゃないのよ(笑)。

新庄:あの時のテーマが、「衣装でインパクトをつけて」。

木村:あれテーマあるんだ(笑)。

新庄:あるある。3つあるのよ。(1つ目は)“優勝しません”。

木村:言ったね。

新庄:で、(2つ目は)“衣装”。あとは、“ビッグボス”っていうニックネーム。
この3つは記事になるだろうな、というところで言ったら、「優勝しません」が勝っちゃって。

木村:監督になる人が言う言葉じゃないからね。

新庄:本当は駄目なのよ。でも、嘘で「優勝します」って言える? ほとんどの監督が言うんだけど。
何を言われようが、2年間、3年間は土台をしっかり作って、戦力アップして、層を厚くして。1年目最下位。2年目最下位。ここ! 行け! 優勝や!って言った時に、…2位だったよね(笑)。

木村:(笑)。そのテンションの違いよ。

新庄:初めて、「あら、思い通りにいってねえ」、「この人生面白くね?」ってなったの。ストーリー通りに行くのが俺やから。でも2位よ。「よしよし、面白いやないか」と。
大体俺は3年でいろいろ変わるんだけど、今もう5年目で、「3から5に移したらどれぐらい人生で変わるのかな?」とか「楽しいのかな?」って。
俺、本当はアパレルしたかったの。

木村:そっちも好きだからね。

新庄:そう。スウェットが大好きで。だから今年は、野球に集中しながらも、リフレッシュさせる時にスウェットのアイディアを…(笑)。

木村:スウェットのデザインも大事だと思うけど、打順もちゃんと考えてください。

新庄:はい、わかりました(笑)。

木村:くじでやってる時なかった? ビンゴ大会みたいなやつ。

新庄:1番から8番まであって、「はい、じゃあ2番!」、「お〜、4番! ティロリロリン!」みたいな。
あとは、ファンが見るオーダーを応募して、聞いて、人気順に1番から2番、3番、4番、5番、6番って決めてる試合もあったし。

木村:それは、最終的に嵌まる時もあったの?

新庄:大体勝つよね。

木村:マジで?

新庄:マジで。本当に勝つのよ。だから皆、誰を出しても上手いんですよ。

木村:なるほど。逆に、「ガラガラガラガラ、ぽとん。はい、2番!」ってやってる時、コーチの皆はどうしてんの?(笑)

新庄:もう、ボスの言うことは絶対ですから(笑)。 やりましょうよ、って感じやね(笑)。

木村:それは、ビッグボスに付き合ってくれてんだ。スタッフに恵まれたね。

新庄:そうね。スタッフも全員俺が集めたから。

木村:そうなんだ。

新庄:キャッチャーコーチ、ピッチャーコーチ、全部俺。そりゃ、やりやすいよね。

木村:じゃあ最終的に、今、監督になって5年目に突入してるけど、今は正確には何してんの? ちゃんとベンチで…。

新庄:当たり前やろ(笑)。
1年目は、ファンも喜ばせる野球と、選手を成長させる土台を作っていく年だったんだけど、3年目からは、真剣に勝つ野球をやったよ。1年目は遊びだったけど。3、4年目は、「さぁ、どうやって獲ろう」って。

木村:で、今も真剣?

新庄:もちろん。今年が1番。今年はもう“優勝しないといけない”年なのよ。“優勝したい”じゃないのよ。そのレベルに上がってるから。

木村:クオリティがね。

新庄:ソフトバンクに2連敗してるけど、いつも“3連覇できずに、ファイターズに優勝を持っていかれる”っていう歴史なのよ。だから今年はそれになると思うよ。

木村:お、「なると思うよ」(笑)。「思うよ」ってこのテンションも普通じゃないんだよな〜。すげーな。

新庄:監督になれたことは、自分でもすごいなと思うね。

木村:いや本当だったら、その前に…。バリに何年いた? 結構いたよね?

新庄:14年ぐらい。お金もなくなってきてたのよ。

木村:俺、なんかの番組で見たんだけど、剛志が地元のスーパーで、節約した飯を作ってて。「ここチキン安いんだよね」とか言いながら買って、「大体自炊してるよ」って言って、「ここで暮らしてた」みたいな番組を見た時に、「一緒に遊んだりしてたやつが、今何してんだ?」っていう感覚でいたら、いきなり日本に現れて、またグラウンドにいたのよ。

新庄:気がついたら(笑)。

木村:あれ? っていう。それで、テスト受けてて…。

新庄:そうそう。ある日突然お金がない、って。まぁ、その何ヶ月前から「さあ、どうしていこうか」っていうのを考えながら、ある日突然パッと目覚めた瞬間に、携帯持って、インスタのストーリーに「みんな夢はあるかい?」、「1%の可能性があれば成功する。スタートをきろう」みたいな動画出して、「俺は野球選手になる」って(宣言した)。47歳の時に、全部配信したのよ。
やっぱ、男って先に言ったらやらないといけないっていうのがない? 言ってしまったら、成功させないといけない、っていう。

木村:うん、あるね。

新庄:そこからトレーニングを始めて。トレーニングの配信もずーっとやって。まずは、体がおじちゃんやったらもう取ってくれないと思ったのよ。体から変えよう、って。バッキバキにして(笑)。
テレビでもバッキバキをアピールして、体を見たら「こいつ、プレーさせたら成功するんじゃね?」みたいに思うぐらいの体を作ってたのよ。

木村:なってたね。

新庄:で、「プロ野球選手を目指します」って言って、次に取った行動が、ジャングルに行って、ボールぐらいの大きさの石を集める作業から始めたからね。

木村:また河原に戻ったんだね。

新庄:そうそう(笑)。丸いボールを投げて肩を作らないといけないから、投げては拾って、投げては拾って、トレーニングをしてた。ジムじゃない。ジムがないから。

木村:いや〜、今このラジオもしファイターズの選手が聴いてたら、結構やべえって思うよね(笑)。

新庄:いや、もうヤバいって思われてるから(笑)。

木村:もう既に(笑)。

新庄:もう4年目、5年目になったらだいぶ免疫ついてるけど(笑)。「ボスは何を言うてんの?」って。

木村:「この人が俺たちの監督」っていう。すごいだろうね。
俺、もう1個、剛志らしいなと思ったのが、清宮くん。

新庄:スラッガーね。

木村:お父さんと一緒に「スマスマ」来てくれた時があったのよ。その時はまだ、ガタイもちょっとドカベンチックな、ドーンとした…。

新庄:ぽっちゃり気味ね。

木村:彼の入団が決まりました。ファイターズです。行った先には新庄剛志っていうのがいて(笑)。そこで出会って、一言、「お前(体を)しぼれ」って(笑)。

新庄:いやいや、「デブじゃね?」って(笑)。

木村:だからさ(笑)。

新庄:いやでも、ごめんね。これ正直に言うけど、清宮くんには「デブじゃね?」とは言ってないから。

木村:誰に言ったの?

新庄:『デブじゃね』がワードになると思ったから、マスコミには「デブじゃね?」って言った。そしたら、『清宮デブじゃね?』(と報道された)。
これでいいのよ。やっぱね、新聞の売り上げにも貢献をしないといけないって頭が俺はあるから。そのワードセンスというか…。

木村:もう誰、これ?(笑)

新庄:だって、わざわざ北海道に監督として選ばれたからには、北海道を楽しくしないといけないのよ。野球だけじゃないのよ。それが「デブじゃね?」になったの。

木村:まあな。確かにな。

新庄:で、「もうちょっと痩せようや」って言ったら、「ボス、今体重ちょっと増やしてます」と。「減らすと、打球が飛ばなくなるのが怖いんですよね」って言ったから、「今でも全然飛んでないよ」って言ったの。「前の方が飛んでたじゃん。それは何でかわかる? キレがあるから。キレがあって、お前は元々パワーがあるんだから、1回痩せようや」って。「一緒に進んで行こう」って言ったら、次の日から毎日、早歩きのウォーキングを始めてくれて、シューっとしぼってきて。で、18本ホームラン。今まで0本だったのよ。しぼったお陰で(打てた)。
でもそれは、「痩せてくれた」ということがあったから。

木村:まぁ、結果ね。

新庄:そしたら、男前になったのよ。『anan』の表紙にも出だして(笑)。

木村:いや、そこは1つの基準かもしれんが。でも確かに、本当にかっこいい。見違えてる。

新庄:「モテるよ」って。そしたら多分、美容とかファッションにもこだわり出して。プライベートの時、服装もおしゃれになったな、って。

木村:そこもちゃんと見てるんだ。

新庄:もちろん、全て。グラウンドで1回咳したら「風邪じゃないか? 大丈夫か?」、そしたら「風邪でした」みたいな。ゴホン、を1回だけだよ。そこまで見てる。ちょっとフラフラしてたら、「大丈夫かな?」って聞きに行ったりとか。

木村:それでここまで来てますからね。

新庄:でも、今までは自分のことだけで生きてきた人生で。もう他の人なんかどうでもいい。俺が楽しければいい、っていう人生から、監督させてもらったら、俺のこの脳みそと、この選手を使うっていう考えだけで、選手たちの人生が変わるわけよ。
俺は、人の人生を変える方が面白いなと思ったの。自分の自由気ままな人生を歩むより、「人のためにどうするか」っていうのは面白いね。もの凄く。

[OA曲]
なし

NEW

ARCHIVE

LINK

    TOKYO FM

top_back