今週も引き続き、国立科学博物館の人類進化学者 海部陽介さんのお話、お届けします。いまからおよそ3万年前、わたしたち日本人の祖先は、大陸から何らかの方法で日本へやってきたはず。じゃあそれは一体どんなルートで、どんな方法を使ったのか・・・。
今回、お話を伺った国立科学博物館の人類進化学者 海部陽介さんはそのルートの一つ、当時大陸とつながっていた台湾から舟で沖縄の島にたどり着いたとされるルートを、「再現」しようとしています。それが「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」。
海部さんはチームを組み、3万年前の技術で可能な、草や竹の舟を製作して、当時と同じように「漕いで」海を渡る実験をすでに実施。そして、実験は次の段階へと進もうとしています。

 今までのテスト航海はある意味では成功していないです。目標の島にたどり着く事はなかなかできないんです。それは海流が強いとか、天気の問題もあるんですけれども、そういう中でまざまざと海を渡る難しさを思い知らされています。それでも祖先たちは来ているわけですね。
 草と竹の舟の実験はとりあえず一通り終わっていて、これから木に着手します。それぞれみんな癖がある船なんだなというのが改めて思っています。草の舟は形を作るのは簡単なんです。柔らかいので曲げたりできますし、右側が多すぎるかなと思ったらちょっと抜いてやればいいとか、あとから出したり整形が簡単です。竹は厄介ですね。空洞が大きくて浮力が強いので、太い竹を使いたいのですが、これを曲げるのはとても厄介です。火を使って曲げるんですけれども、とても手間がかかりますね。また、草は少しずつ水を吸ってしまうので、最初は浮力が強いんだけどだんだん水を吸っていきます。ずっと水につけていくと水の塊になっていきます。竹はそこはないのが良さですが、2つともやってみて感じたのは、どちらもとても安定性があるので海の上でひっくり返る心配がないんです。漕いでいる人は安心して漕ぐことに集中できる。波が来てもしなるんで、乗っていて気持ちがいいですね。難しい点は、スピードが出ないということでした。草は水を吸ってしまって重いということもあって、あまりスピードが出ません。竹はもっといけるかなと思ったんですが、やってみたらそうでもなかったですね。草と同じ位だったんです。その意味では、ちょっと黒潮みたいな大きな海流を超えるのは厳しいかなというのが今の率直な感想です。黒潮は世界最大の海流なんですね。スピードがすごくて、秒速1から1.5メートルあります。人の早歩きくらいのスピードが幅100キロにわたって流れているのが黒潮の本流です。これが台湾と与那国島の間に流れていて、これを越えなければいけないものですから、やっぱりある程度スピードが出ないとても乗りきれない。そこが僕らの抱えている難点ですね。
 海流に乗ったらどうなるかということも調べているんですけれども、面白いことがわかりました。台湾沖から海流に乗って流されると、島には絶対にたどり着けないんです。九州の方まで流されちゃうんですね。じゃぁ九州にたどり着けば良いじゃないかと思う方もいるかもしれないんですが、九州に着くのは30日ぐらいかかるんです。ですからちょっと人間が耐えられるような状況ではないでしょうね。


〜与那国島までは何日でいけるんですか?
 僕らが船を作ってスピードを知って初めてわかることなんですけれども、今の計算だと2日か3日ですね。それぐらいかかってしまう。少なくとも夜が2回きます。そこをずっと航海しなければいけない。そういう難しさのある場所に祖先たちが何故かいるんですよね。
 いまは、来年の本番を目指して総まとめに入っているところです。この集大成として舟は何であるか、何人ぐらい行かなければいけないのか、どうやったら黒潮を越えられるかということや、全く休まずに二日間漕ぐということはありえないですが、でも全員寝ちゃったらアウトです。じゃあどういう休憩をしたのか、そういうことをやりながら考えているんです。こんどは第3の候補の丸木舟の実験をします。それが終わってから、いちばんベストと思われるモデルを選びます。同じようにすべてのことに対して、ベストの仮説というものを作ります。
 そもそも3万年前に台湾から与那国島を目指すとするなら、祖先たちはどういう作戦を立てたのかというシナリオを作らなければいけません。彼らが最初にどうやって島を見つけたのかという話が、じつは面白くて、台湾から与那国島が見えるはずだと思っていたんですが、台湾の人には、そんな島は見えませんと言われちゃったんです。地元の観光局にも聞いて、標高1,000メートルの地で生まれ育った90歳のおじさんにもインタビューしたんですが、島なんか知りませんと言われちゃったんですね。島が見えなかったらそこにたどり着く動機も何もわからなくなってしまいます。そこで。台湾で広告を出しました。島が見えた人はいませんかと。そうしたら情報が出てきたんです。山の上から見えている写真も届きました。これでやっぱり見えるんだということがわかって、私自身も台湾の山に去年の夏の四日間入って、見える瞬間を捉えてきました。それを見たときにどんなことを感じるかと言うことも、大事にしたかったので自分で行ってきたんです。


〜島が見えたとき、行けるなと思いましたか?
 いや、全然思わないです。イメージとしては、一瞬だけ見える幻の島みたいな感じですね。距離は100〜110キロあります。僕らは地図を見ながら話し合ってますが、でも山を降りて海岸から見ると見えなくなります。地球が丸いので見えないんですが、山から見えれば、方角が分かるので、星だとか太陽だとかを使ってあっちにあるはずだとわかります。面白いことに、台湾から見て与那国島は太陽が出る方向にある島なんです。それを天体を使って目指すということをするわけです。でもちょっと沖に出ると黒潮があて、必ず北に流される。ですからまっすぐ行ったらこの島には行けないということを悟るんです。じゃあもっと南の方から出ましょうとなると、ますます遠くなりますし、ますます見えなくなる。でも方角は星で分かりますから、そうやって目指したというシナリオ以外にちょっと考えられない。僕らの目では飛行機を使って簡単に行けるところですけれども、実は3万年前の技術で行くのは相当大変なことなんですよね。それでも、ここだけではなくて、他の島にもどんどん祖先たちが出ていくんです。そういうことを繰り返して海へ挑戦して新しい島に住みつく。そうやって世界を広げていくということを実はやっていたんですよね。


国立科学博物館の人類進化学者 海部陽介さんのお話、いかがだったでしょうか。
この、『3万年前の航海 徹底再現プロジェクト』は来年の本番へ向けて、クラウドファンディングで、資金を集めています。目標支援額は3000万円。募集期間は9月14日までです。資金協力した方にはいろんな特典もあるそうなので、興味のある方はウェブサイトをチェックしてくださいね。
https://readyfor.jp/projects/koukai2

また、「世界初! 3万年前の道具で丸木舟を作る」実験の一般公開が、上野の国立科学博物館・正面玄関にて8月6日(月)まで実施中です。こちらは見学自由となっています。こちらもぜひチェックしてみてください!


【今週の番組内でのオンエア曲】
・Defunkdafied / DEF TECH
・狩りから稲作へ feat.足軽先生・東インド貿易会社マン / レキシ
さて今週は、まだ人類が森や、自然の中で生きていた時代のお話です。
スタジオに起こしいただくのは、わたしたち日本人はどこから、どうやってこの日本の土地へやってきたのか。その謎を解き明かそうと取り組む、国立科学博物館の人類進化学者 海部陽介さんです!


〜今日はスタジオに国立科学博物館の人類進化学者、海部洋介さんにお越しいただきました。前回は2016年の年末ごろにご出演いただいて、フランスラスコーの洞窟に描かれたクロマニヨン人の壁画の話をたくさんしていただきました。その時も少しお話しいただいたんですが、海部さんは長年日本人に関する大きな大きな謎に取り組んでいらっしゃっていて、3万年前の航海というお話がすごく興味深かったのを覚えています
 ちょうどクロマニヨン人と同じ時代の話なんです。クロマニヨン人は3万年前のヨーロッパにいた人たちで、壁画を描いてたりしたわけですが、それと同じ時に、東アジアの方では海を越えて、それまで人がいなかった島にもどんどん進出していった人たちがいたんです。それが僕らの祖先になるはずなんですけれども、アフリカでホモサピエンス、つまり私たちが生まれて、西へ行ったのがクロマニヨン人。東のほうに行ったのが僕らの祖先と考えればいいです。私たちの祖先はアジアなどで、新しいチャレンジを繰り広げていたんです。
 面白いことにアジアでは、オーストラリアに当時の遺跡が現れます。おそらく人が海を渡ったんでしょう。今まで人がいなかった場所に、インドネシアの海を超えて、そこに突然遺跡が現れる。同じことが日本列島でも起こっていることがわかってきたんです。日本列島では3万8,000年前に急に遺跡が出現します。つまり誰かがやってきたということです。それはホモサピエンスに違いないわけなんですけれども、その頃の日本列島は海で切り離されていることもわかっていますので、これは海を越えてきたということに他ならないわけですよね。


〜海部さんはその航路を研究されているわけですね
 遺跡の分布からいくつかわかっていて、対馬海峡を超えて九州に入ってくるルートが存在したことは間違いないと思います。それから、沖縄に人が現れるんですね。ですから琉球列島にも人が入ってきます。つまりこの時期に、突然人が海に出て、今まで無人だった島にどんどん入り込んでいくということが起こっているんです。日本列島の人類の歴史は、どうやらそうやって始まったということが見えてきたわけです。僕らの最初の日本列島人は航海者だったんですね。そして、どこから来たかというのもおもしろいんですが、どうやってきたかということもとてもおもしろいんです。泳いで渡るのは厳しいですよね。1つ大事なポイントは、これは冒険ではなくて移住なので、ある程度の集団でいかなければいけないんですね。男だけで行ってもダメです。女性も一緒に行かないといけない。そういうことになると、やっぱり船が存在したんだろうということにはなります。でも、何の船だったのかというのが謎なんです。

〜そんな中で海部さんはどういったルートを今研究されているんですか?
 僕らが注目しているのは沖縄です。理由は簡単で、難しいからです。琉球列島は1,200キロにわたる島の列ですけれども、一個一個島が遠いですよね。何度も航海しないと沖縄までたどり着けないんです。でも、そのど真ん中の沖縄島に3万年前に人がいるんです。琉球列島の、少なくとも6つの違う島で、3万年前クラスの遺跡が見つかっています。つまりこの時期に突然人が現れるんですね。それも、1つの島に現れるのではなくて、突然列島全体に人が散らばる。そういうことが見えてきたんですね。つまり、海を越える技術を身に付けた人たちがここに現れて、どんどん海を越えて新しい島にたどり着いていたんじゃないかと、そんなことを考えざるをえない状況なんですよね。

〜その中でも今回の「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」とはどんなものなんでしょうか。
 海を越えるのが難しいのは想像できると思うんですが、考えていただけでは分からないのでやってみようということなんです。自分で船を作って海に出てみたらどれだけ難しいかわかるだろうと思ったんです。それでこんなプロジェクトを始めました。実際に昔の船を推定して作るんですが、船自体は遺跡に残っていないんです。ですからどいういうものかはわからない。ずっと後の時代の縄文時代には丸木舟があったことが遺跡から出てわかっているので、丸木舟を超えてはいけないという制限がかかります。もう一つのポイントは地元に素材があること。もう一つは当時の遺跡から出てくる当時の道具で加工ができること。最後は作った船がそれなりの耐久性とスピードがあって、ちゃんとこの海を越えられるかというテスト。これを全部やれば、どういう船だったかということが絞られるんじゃないかと考えました。

〜縄文人が使っていた丸木舟よりも前の時代の船は、素材は何が考えられますか?
 いろいろ考えた結果、草で作るか竹で作るか、その2つだろうということで、日本の1番西で、台湾に1番近い与那国島に生えているヒメガマという草を使って船を作りました。
 琉球列島に人が渡るにはいろんな海を越えないといけないんですけれども、僕らは最後に台湾から与那国島を目指すという航路に挑戦したいと思っているんですが、それまでにいろんなテストをするんです。船を作って試して、祖先たちがどうやって海を越えてきたのかという仮説を作るわけです。草の船が使えるのか、竹の船がうまくいくのか、これからテストを始める第3の候補の船、丸木舟ですね。この3つの中から絞っていきます。ベストの仮説、3万年前はこれだったに違いないという仮説を作って、来年、台湾から黒潮を越えて与那国島に入るという実験航海をやりたいと思っています。


〜テストを通じて既に解けてきた謎はありますか?
 僕らは船を漕ぐということをやっているんですが、よく帆はなかったんですかと聞かれるんです。これもいろいろ調べているんですけれども、縄文時代の船に帆がついてる証拠がないんです。櫂はたくさん見つかっているので、縄文人が舟を漕いでいた事は間違いない。それから弥生時代に描かれた舟の絵だとか、古墳時代の舟の埴輪があるんですけれども、これを見ても全て漕ぎ船なんです。つまり風を自在に操るような技術は、当時はまだなかった。ましてや3万年前ですから、人類最初の頃の船にそういう高度な技術があったわけはないということ考えています。それからもう一つのポイントは、僕らが本番をやる台湾と与那国島の海域は西風が吹かないんです。これは台湾が大きいからなんですけども、追い風を利用して進みたい方向に進むと言う事はできない場所なんです。それも考えると人力でやるしかないと考えています。人間の力って実はすごいなというのがだんだん見えてきているんです。

国立科学博物館の人類進化学者 海部陽介さんのお話、いかがだったでしょうか。来週もインタビューの続きをお届けします!

「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」
https://www.kahaku.go.jp/research/activities/special/koukai/

そしてこのプロジェクトを応援するクラウドファンディングについてはこちら
https://readyfor.jp/projects/koukai2

【今週の番組内でのオンエア曲】
・Passionfruit / Drake
・Born To Be Yours / Kygo & Imagine Dragons

今日は6月23日に行われた鎮守の森のプロジェクトによる「鎮守の森のプロジェクト植樹&育樹祭2018 in岩沼市」の模様をお届けします。
津波からいのちを守る森を作る、という趣旨でスタートしたこの取り組み。すでに、東北はじめ各地に広がっています。今回取材した宮城県岩沼市では、東日本大震災の津波被害を受けた土地を活用、市の沿岸およそ10kmに6つの公園と園路が整備され、こうした森作りが続いています。
今回は植樹祭と合わせて「育樹祭」、すでに植樹した場所の草取りが、市内外から集まった500人のボランティアの手で行われました。
このプロジェクトで、植樹指導をされている、東京農業大学の西野文貴さんに伺いました。


〜今日は、最初に植樹じゃなくて、育樹祭ということで雑草抜く作業なんですね?
 そうなんです。植樹祭は木を植える作業なんですが、育樹祭は木を早く育てるために我々がサポートをしてあげる作業なんですね。

〜今日の作業する場所は、何年前に植樹をしたところなんですか?
  2年前ですね。大きいものは1メートル50センチくらいまで大きくなっていて、この場所の故郷の木であるタブノキも、大きくなっていますね。
 今、ちょうど目の前にあるのが、セイタカアワダチソウといいます。今は20センチ位なんですけれども、将来は80センチとか1mくらいの高さにになって、1年間の間に種子をたくさんつけます。その種がどんどんばらまかれて、セイタカアワダチソウだらけになってしまうんです。


〜じゃあここで抜いておかないといけないんですね。
 大事なのは根っこから抜くということです。抜いた草は外に出すのではなく、そのまま置いておいて、自然の新しい肥料にします。これも自然のメカニズムを利用するんです。
 雑草だらけになっても、それでたくさんの木が死んでしまうということでは無いんですが、早く自然の森に育ってもらうためには、我々の力がもうちょっと必要なのかなと思います。3年たって木が大きくなると、その影にはなかなか雑草は出てこないんですね。それまでの間、我々がもうちょっとサポートをする必要があるんです。明治神宮の森にしても、最初は人間が手伝ってあげて、でも最後の仕上げは自然がするんですね。



〜見ていると小さい木もあるじゃないですか。これって競争が始まっているということなんですか?
 競争が始まっているということもありますが、いま、目の前にあるワサキという木なんですけども、実はこの木はあまり大きくならない木なんです。縁の下の力持ちな存在なんですね。ですので、この木はゆっくり自分のペースで成長していきます。逆にタブノキは、ここの場所で将来、20メートル位まで大きくなる主役の木なので、今一生懸命どんどん上に伸びていますね。

〜なるほど。この場所は津波から命を守る森に着実に成長していってるんですね
 そうですね。これから何百年何千年とどんどん成長して、この場所の名前になっている「千年希望の丘」と言う場所になるんじゃないかなと思っています。


今回の植樹&育樹祭には、鎮守の森のプロジェクトの発足当時から理事として参加している、日本文学研究者のロバート・キャンベルさんも参加されていました。

〜やっぱり植樹した場所って特別な場所になりますよね。
 なりますね。海との距離とか、生き残った松とか、周りにたくさんあるんですね。それが私たちの活動を見守ってくれている、震災の向こう側からずっと見つめてくれているような気がしますね。ゼロから全てを作るんじゃなくて、昔の風景が所々に残っている。そして海は変わらない、海の表情そのものは変わらないので、それをミックスした空間の中に立ち会えるというのは気持ち良いですよね。2、3年ずっと通っていて感じる事は、最初はすごく海の遠い波の音と風が耳に響いていたんですよね。すごく静かだったのが、この1、2年は、鳥がたくさん飛んでいて、鳥の鳴き声がうるさい位に聞こえてきますね。季節のこともあるのかもしれないですけれども、やっぱり緑に惹かれて、鳥たちがやって来て、歌ってくれているのかなって思いますね。ここは、ちょっとまだ頼りないけれども、まずはちょっと寄ってみようかなって鳥たちが来ているみたいですね。あと2、3年ぐらい経つと、その鳥たちが色々と、生活を営めるようになっていくんですよ。


「鎮守の森のプロジェクト植樹&育樹祭2018 in岩沼市」の模様をお届けしましたが、いかがだったでしょうか。今回の模様はポッドキャストでも詳しくご紹介していますので、こちらもぜひお聞きください!


鎮守の森のプロジェクトによる植樹、森作りは、さらに全国へ広がっています。7月1日には三重県明和町でも行われ、8月には岩手県山田町でも予定しているそうです。詳しくは鎮守の森プロジェクトのサイトをチェックしてください!
鎮守の森プロジェクト→http://morinoproject.com/

【今週の番組内でのオンエア曲】
・Live Forever / OASIS
・Unlonely / Jason Mraz
自然科学ライターでイラストレーターの川上洋一さんのインタビュー、3回めをお届けします。川上さんはTV番組「鉄腕ダッシュ!」の、東京・新宿の生きものを探す企画でもおなじみ。前回までは、タヌキや、トンボや水鳥が集まる水辺など、「東京にもいるんだな〜」「あるんだな〜」というお話をたくさん伺いました。
最後は、「東京にしかいない」「東京でしかみられない」そんな生きもののお話です。意外に思われますが、実はそういう生きものがいるんです!


〜川上さんは都内でいろんな自然を見てきてらっしゃると思うんですが、珍しい生き物にも出会っているとか
 意外と東京にしかいない生きものがいたりするんです。キイロホソゴミムシと言うんですが、1センチ位しかなくて、しょぼい虫なんですけども、地球上で東京湾の周辺にしかいないんです。

キイロホソゴミムシ 撮影:原島真ニ

すごく小さくて、川岸のゴミが打ち寄せられているような場所の下にいます。東京では多摩川の河口あたりにいるんですけれども、それは125年間再発見されなかったんです。絶滅したと思われていて、よく探してみたら多摩川の河口にいたということなんです。それは125年前に隅田川のほとりで、イギリス人が発見したんです。幕末ぐらいに来た外国の人たちは、「日本はなんて自然が豊かなんだ!」ということで夢中になって調べたんです。そうしたら、両国橋のほとりで偶然見つけた虫が新種で、日本にしかいないキイロホソゴミムシだったんです。
 後は、ダンゴムシ。もともと東京にいたダンゴムシとそうでないダンゴムシがいるんです。公園の石の下とかによくいるダンゴムシはオカダンゴムシといって、海外から入ってきたものなんです。トウキョウコシビロダンゴムシというのがいまして、それは豊かな自然が残った、例えば明治神宮とか皇居とか自然教育園とか、大学のキャンパスなんかにもいるところがあるそうですが、そういう豊かな森が残っている場所でないといないんです。


トウキョウコシビロダンゴムシ 撮影:吉田譲

〜どう違うんですか?
 お尻の所の節の形がちょっと違うんです。だから捕まえてみてこうやってお尻の形を調べてみるとわかるんですけれども、逆にそれで森の豊かさもはかれるんですね。他にもセミの抜け殻を集めて何種類いるかどうか。いろんな種類があるんですけれども、それによっても自然の豊かさをはかれるんです。

〜隅田公園は、あいだに川が通っていて、川を挟んでセミの色種類が違うそうですね。
 ミンミンゼミは1980年代くらいまでは、23区内にはすごく少なかったんです。私が子どもの頃は新宿でミンミンゼミなんて、見たことも聞いたこともありません。それはやっぱり、緑が少なかったからだと思うんですけれども、今はだんだん増えてきています。
 隅田公園の、川を挟んで東側にはミンミンゼミがいなくて、西側にはいるんですけれども、セミの飛べる距離ってそんなに長くないんですね。隅田川は広いですから、どうやらそこを飛び越せないらしいんです。あと、下町の西部の方は、いちど東京の大空襲で地面が焼かれちゃったもんですから、ミンミンゼミもいなくなっちゃったんですが、まだそこまで分布を回復してきていないみたいなところがあるらしいですね。
 また、東京の山手と下町って段差がすごくあるじゃないですか。山手のほうにいたミンミンゼミがだんだん分布を広げてきて、隅田川まで来たんだけれどもそれを越せずにいるということもあるようです。ただ千葉の方からも入り込んでくることはあるので、そっちから来るものもあるかもしれないですね。


ミンミンゼミ 撮影:佐久間聡

〜そうなんですね。昔はクマゼミもあまり東京では聞かなかったっていいますもんね。
 大阪の友達に聞くと、セミといえばクマゼミだそうなんですね。東京にいるクマゼミは、どうも人工的な公園から広がったようなんです。例えば、代々木公園とか平和島公園とか葛西の方とか、ああいうところに常緑の木を植えるじゃないですか。それを関西のほうの植木屋さんから持ってきたらしいんです。そうすると根っこにセミの幼虫がついたままになっていて、それが出てきて、そうすると同じように仲間もいるから、そこでオスメスが出会って繁殖できたということみたいなんです。

クマゼミ 撮影:佐久間聡

〜じゃあ点々と渡ってきたというよりは、知らないうちに私たちが運び役になっていたという事ですね。
 運び役にもなってるし、環境を整えてやれば、東京の生物多様性も豊かになるということが言えますね。

〜東京にこれだけ豊かな森があるなら、もっと生きものや森と身近に関われるといいなと思うんですが、何か私たちがやれる事って何かありますでしょうか。
 やっぱり雑草をやたら取らないことですね。駐車場のフェンスとかにいろいろ雑草が絡んでいるじゃないですか。あれが意外と重要で、蝶や蜂が飛んでくる蜜源になっていたり、それを食べているいろんな幼虫がいたり、またその虫を目当てに鳥が集まってきたりします。ちょっとした雑草でも、全くないのとちょっとあるだけでは全然違うんですよね。

川上さんのお話、いかがだったでしょうか。ポッドキャストでも詳しくご紹介していますので、そちらもぜひお聞きください!


「東京いきもの散歩――江戸から受け継ぐ自然を探しに」川上洋一(早川書房)

【番組内でのオンエア曲】
・Big Sur / Jack Johnson
・In The Morning / The Coral
自然科学ライターでイラストレーターの川上洋一さんのお話をお届けします。
川上さんはTV番組「ザ!鉄腕!DASH!!」の、東京・新宿の生きものを探す企画でもおなじみ。東京はじめ、都会に住むいきものに、とっても詳しい方です。
今日はそんな、東京の水辺の生き物のお話。川上さんによれば、実は最近、東京の水辺にいきものが戻りつつあるらしいんです!

〜東京では昔に比べて自然が再生した場所もあって、それが東京の荒川区にある尾久の原公園、大田区の東京港野鳥公園ということですが、ここはどういうところなんですか?
 尾久の原公園は隅田川のほとりで、東京港野鳥公園は完全な埋立地ですね。もともとは自然が完全に壊された場所です。

尾久の原公園


東京港野鳥公園

 尾久の原公園は、元々工場が立っていたんですが、それが移転した後に広い更地ができた。これをどう活用しようかと会議している間にどんどん水が溜まって、池ができて、水草が生えて、そこにトンボが集まり始めたんです。5年ぐらいで30種類ぐらい来たのかな。そのまま放置した状態で、非常に豊かな自然が戻ってきたんですよね。この環境を残してくれと言った人たちは、トンボの保護に関心がある人たちで、いろんなトンボが住めるように池を作ったり、少しずつ環境を変えていったんですね。
 トンボって意外と、水たまりがあればどこでもやって来る種類のものもあるんです。だから学校のプールなんかは、掃除をするとヤゴがいっぱい出てきたりします。それはあまり自然度が高くない所でも暮らせるトンボの種類。でも広い水面が好きなものや、水辺に草がうんと茂っているような場所を好むもの、低い草が生えていて、田んぼのような環境が好きなものもいて、それに合わせて環境を作ってあるんです。
 それからここは川が近くにあるので、川沿いにいろんな生きものが来れます。道路ひとつ挟んだ向こう側が荒川で、それを伝っていろんな動物が移動して来られるというのがあるんじゃないかと思うんですよね。


尾久の原公園の湿地

〜オニヤンマも見られますか?
 オニヤンマは日本で1番大きなトンボですが、残念ながらここにはいません。オニヤンマは森のヘリの流れみたいなところが好きで、湧水みたいなのがあって、そこが細かい砂利みたいになっているところが好きなんです。どちらかというと山沿いですね。例えば郊外の斜面の下にちょっと川があったりしますよね。ああいうところにはいたりします。でも、ギンヤンマは逆に広い水面が好きなので、そういうところに来るんですけども、環境によって種類が違う。日本はそれだけいろんな水辺の環境があるので、トンボの種類がすごく多いんですよ。

ギンヤンマ 撮影:佐久間聡

季節ごとにも違うし、環境ごとにも違う。昔は日本のことを秋津島といいましたが、トンボ島という意味なんです。秋津というのはトンボという意味なんです。昔、天皇が狩りに行った時にアブがいっぱい来て悩まされた。けれどもトンボが飛んできて食べてくれた。それでここは秋津島という名前にしようと言ったんです。ですから、日本はトンボの国なんです。例えばイギリスなんかは、イギリス本土、グレートブリテン島は日本と面積が変わらないんですけれども、トンボの種類は日本の数分の1しかいないんですよ。

〜人の手で更地になったところに自然が再生して、野生の生き物が戻ってくる。改めて自然の再生する力、能力って凄いですね。
 そうですね。これはある意味、自然のシミュレーションでもあるんです。例えば川のほとりなんかだと、昔は洪水が当たり前のことだったじゃないですか。洪水が起こると、岸辺が流されて、更地になってしまう。そこにまた草が生えてきて新しく自然がよみがえってくる。海辺でもそうです。台風が来て、高潮で押し流されて更地になったところにまた水が溜まる。埋立地も、更地が作られたことによって自然が復活するパワーが働いたんですね。
 ただ1つ、問題なのは、もともとこれは自然が一度壊された、かく乱されたところなんですよね。そこは、かく乱が止まるとどんどん陸地になっていくんです。そうするとトンボがなかなか住めない環境になっていく。ちょうど良い所で留めておくのには人間の力が必要になっていくんです。草が多すぎたらそれを抜いたりとか、泥がたまったらそれをかき出したり、そういうことをやっていないと環境はどんどん変わってしまうんです。だから、森なんかもそういうような手入れが必要だというのがありますが、雑木林でも、池や湿地も人の手入れがどうしても必要になってくるんですね。都市の中である程度限られた場所の自然をキープしておくのは、それなりに人間の働きかけが必要になってくるんですね。


川上さんのお話、いかがだったでしょうか。ポッドキャストでも詳しくご紹介していますので、こちらもぜひお聞きください!


「東京いきもの散歩――江戸から受け継ぐ自然を探しに」川上洋一(早川書房)

そして、きょうの番組の冒頭で紹介した、福島県霊山町のボルダリングスポットの情報は、以下のFacebookページで御覧ください!
https://www.facebook.com/poletboulder/

【番組内でのオンエア曲】
・SURELY / never young beach
・Summer Sun (feat. Yukimi Nagano) / KOOP
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パーソナリティ

高橋万里恵
高橋万里恵

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