NOEVIR Color of Life

EVERY SAT / 09:00-09:30

今、仕事も家庭も自分磨きにアクティブな生き様を実践する女性達。そんな女性達がいつまでも輝く心と勇気を失わず、体も心も健康な毎日を送るため、各界を代表して活躍する女性ゲストが自らの言葉でメッセージを送るのが、このノエビア カラーオブライフ。「生きること、輝くこと、そして人生を楽しむこと」をテーマにした、トークや音楽、話題、情報などが満載です。

TOKYO FM

NOEVIR Color of Life

EVERY SAT / 09:00-09:30

唐橋ユミ

今、仕事も家庭も自分らしく、いきいきと生きる女性たち。いつまでも輝く心を失わず、心も体も充実した毎日を送るため、各界を代表して活躍する女性ゲストが自らの言葉でメッセージを伝えます。“生きること、輝くこと、そして人生を楽しむこと”をテーマにした、トークと音楽が満載のプログラムです。

Guest尾野真千子さん

尾野真千子さん

1997年に河直美監督の『萌の朱雀』で映画主演デビュー。2007年、河瀬直美監督で主演を務めた『殯の森』が第60回カンヌ国際映画祭コンペティション部門でグランプリを獲得。2009年、ヒロインを演じた広島発地域ドラマ「火の魚」、2011年、平成23年度NHK連続テレビ小説「カーネーション」などに出演。その他映画では、原田眞人監督の『クライマーズ・ハイ』や橋本一監督の『探偵はBARにいる2』、是枝裕和監督の『そして父になる』、呉美保監督の『きみはいい子』、篠原哲雄監督の『影踏み』、市井昌秀監督の『台風家族』、『心の傷を癒すということ 劇場版』、藤井道人監督の『ヤクザと家族』など数々の映画に出演。2021年5月に石井裕也監督の『茜色に 焼かれる』、瀬々敬久監督の『明日の食卓』が公開。

尾野真千子 10年先の夢は女優

2021/06/12
尾野真千子思うターニングポイント
朝ドラ、カーネーション。
一番のファンである家族の反応とは?

「カーネーション直後ぐらいまでは、ほんと何も言ってくれなかったんです。父にはまだ芽が出ない、まだ芽が出ないってずっと言われ続けて、姉とかも全然作品を見てくれないし。それが最近ようやく作品として見てくれるようになって、今回の作品はこうだったねよかったね。お姉ちゃんないたわーとか、お母さんも泣いたわ~笑ったわ~とかっていうことを最近よく言ってくれるになりました」

演技が家族に届き、感想を言ってくれるようになった。
では、尾野真千子にとってこれから十年先のビジョンとは?

「10年先?でもね私の夢は女優なんですよ。あのね、ずっと若い時から今までその夢は女優の崩さずにいて、どの役をやってもまだ納得していないんですよね。まだまだ伝えられることたくさんあるな、その伝え方にもいろいろたくさん方法はあるなって思っていて、なんかまだまだ未熟だと自分の中でやっぱり思っていて。そうなるにはやっぱり女優を夢で持っていないと自分が崩れる気がして。だから永遠の夢は女優なんですよね。だから、この先も多分10年も女優を追っかけてると思います」

夢を追い続ける女優・尾野真千子から
リスナーへのエール。

「私からなんてあれですけど、なんかね私ね、すごい頑張ってきたんです。でも、途中でなんでこんなに頑張っているのに頑張れって言われなきゃいけないんだろうってすごい思った時があって、すごく辛かったんですよね。でも、結局頑張らないとどうにもならないんだって、生きていけないんだって思ったときに頑張れって言葉が私にも必要な言葉になり、私にとってのテーマにもなり、一番大切な言葉になったんですよ。もしかしたらこの言葉は、嫌かもしれないという人もいるかもしれない。だけど、私が言えるのは一緒に頑張ろうって言うことが私が言えるエールですかね」
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待ちに待った30代

2021/06/05
初出演で主演の映画「萌の朱雀」
カンヌで賞を獲得した映画の主演女優として上京した。

「18で上京しまして、だいたい26歳7歳までぐらいはずっとお金のない貧乏暮らしをずっとしてました。アルバイトづくしです。その日ご飯が食べれるか食べれないかぐらいの暮らしをしていたんですけど、今考えると意外と楽しかったんですよね。それがどうやって今日はご飯を食べようか?その辺で草をむしってこようか?いろんなことを考えたりとか、一番つらかったのは、オーディションです。その当時もずっと受かりもしないオーディションを毎日のように受けさせてもらって、ことごとく落とされるんですよ。つらかった」

心無い感想を言われることもあったという。

「監督から感想みたいなのを言われたり、なぜダメかって言われることがあるんですよ。その中の1回に、君は声がダメだって言われたとことがあって、それは今でも根に持ってるんですよ。ラジオの仕事の時はすごく怖かったんです。こんな声でいいのかなとか、声のお仕事の時ラジオドラマとか、声優さんのも仕事の時とか、すごく怖かったんですけど。それで尾野さんの声がいいから選ばさせて頂きましたって言われた時には、ほらみろ!みたいなガッツポーズしましたもん。その言われた人の顔を思い浮かべて。いるんですこういう人も見たいな」

満を持して東京に出たものの苦難続きの20代を過ごし、
待ちに待ったという30代を迎える。

「NHK の連続テレビドラマ小説カーネーションです。これは国民的な女優になれるチャンス。ほんと嬉しかったですよ。なんかどの賞をもらう時よりも嬉しかったかもしれないですね。なんでかってやっぱり父母が、どのテレビ番組見てるかってやっぱり NHK が多かったんですよ。これがこれでお父さんお母さんに恩返しできるみたいな、やっぱりでもそこでも自分のことではなくて父母のことをやっぱり考えましたね一番に」
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大切なことは気持ちを伝える

2021/05/29
奈良県の五條市。
ここが尾野真千子が育った故郷。

「五條市はいろいろありましてですね。デパートもあるところもあれば住宅街のところもあるんですけども。私の生まれ育ったところは本当、山のてっぺんです。遊ぶのは山の中とか、超自然児です」

この町で育った尾野真千子が
役者の道に入ったきっかけとは?

「河瀬直美監督の『萌の朱雀』という映画でデビューと言うか?それに本当の素人でその当時中学3年生だったんですけど、私が生まれた奈良県のその五條市の話だったんですよ。その映画がその監督がその場所で生まれ育った子を使いたいということで、声をかけていただいたのが始まりで、声をかけて頂いた場所が学校の下駄箱。すごく綺麗に掃除してたんですよ。もう埃ひとつないように。そしたら監督がたまたまいらっしゃってそこに」

河直美監督が撮影した一枚写真。
そこから映画の話になったという。

「絶対学校生活では、絶対味わえないことだったから、やってみたいとは思うんですけど、昔ながらの父母なので、はじめは反対されましたけど。でも、河瀬監督がその時高校受験を控えている時期なので、受験勉強は私が見ます。だからこの子を出さしてくれませんか?っていう説得に父の仕事場まで出向いてくれて。説得をしてくれて、それで出ることになったんです」

その現場で尾野真千子が学んだこととは?

「あのね、気持ち。気持ちなんて映らないですよね?言ったら何か伝えづらいことじゃないですか?だけど、自分がこの気持ちの中で思っていることって意外と伝えられるんだということを学んだ気がします。ちゃんとそこで思っていないと人には伝わらない。だから、ちゃんと自分でそれを吸収して相手の気持ちとかその場所の気持ちなんかそういういろんな気持ちをちゃんと汲み取って芝居をしないと見てくれている人には届かない。そういう事なら気持ちというものを教わった気がして、今でもそれは大切にしていることですね」
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