今月ご乗船いただくのは、小説家の平野啓一郎さんです。

取材旅行や、ブックフェアなどで、海外に行かれる機会も多い平野さん。

第1回目の旅先は「フランスのパリ」です。


ー ぼく自身も少年期特有の暗いものを自分も抱えていたので ー



干場「今日は、平野さんが1年間暮らしたことのあるというフランス・パリのお話をうかがっていきたいと思います。
デビュー作で、芥川賞も受賞された『日蝕』はフランスの中世を舞台にした作品だったと思うんですけど、フランス文化や生活に興味があったんですか?」

平野「もともとはフランス文学が好きで、中学、高校と読んでいたんですよ。
その頃からの憧れと、住むとなると食べ物が美味しいとか、街が綺麗とか、そういうことを考えて1年間滞在する場所に選びました」

干場「10年くらい前に、パリに住んでいたんですね」

平野「すごくいい経験になりました。観光で行くのと、住むっていうのは違いますし、3年、5年、10年と住むと違う世界が見えると思うけど。
短いながらも住んでみたことは大きな経験でした」

干場「1日のスケジュールはどんな感じでしたか?」

平野「当時は文化庁から、文化庁文化交流使という資格で派遣されていて。基本的にはパリの大学で日本文学科があって、そこで授業したり、あとはヨーロッパ各地で講演活動をしたり、その合間に執筆をしたり…という生活ですね」

干場「授業はどんな授業ですか?」

平野「日本文学についてですね。ぼく自身、三島由紀夫という作家に関心があって、フランス人も興味のある作家なので三島について話したりしました」

干場「平野さんが三島と出会ったのはいつですか?」

平野「ぼくは中学生の時に、『金閣寺』という小説を読んで出会って、衝撃的でしたね」

干場「読んだ時にどう感じられましたか?」

平野「異様な感じはしましたね、今まで読んでる本と違っていて。過度にきらびやかで、耽美的な文体と暗い主人公とのコントラストがあって。どっちも胸に響きました、ぼく自身も少年期特有の暗いものを自分も抱えていたので」

干場「そうだったんですか?」

平野「そうですよ、文学を好きになる人間は基本的に根暗ですから(笑)」

干場「パリに暮らしていた頃、こよなく愛していたものは何ですか?」

平野「やっぱりカフェとか…。日本では、1年間同じカフェに通っても、店員と個人的な話をするって、ほとんどないと思うんですよね。
喫茶店とかだと、店主と親しくなるというのはあるかもしれないけど」

干場「距離感がちょっと違いますよね」

平野「向こうは、最初の3回くらいは観光客かと思われていたんですけど、3回目くらいから『近所に住んでるの?』みたいな話になったりして…そういうのに慣れると、”これもいいな”と思いますね」

干場「なるほど」

平野「感情が、ある意味ストレートですし。良い・悪いをはっきり言うんですよ。一回親しくなると、受け入れてくれるというか…。
パーティーに招かれた時も『誰でも友達を連れてきていいから。あなたの連れてくる人だったら、誰でもいいから』という招待の仕方をしてくれるんですよね。
そういうのは違うところかなと思います」

干場「パリの好きな風景は?」

平野「最初に行ったとき、ルーヴル美術館に行って腰を抜かしましたね。外観も中身も、本当にすごいと思ったし、美しいと思いました。
明治時代に、初めてパリに来た日本人も、大きな挫折感を感じたんじゃないかなっていうか…」

干場「フランス人の美意識を前にして、ということですか?」

平野「本当に、建物が立派に見えますからね。
こういう国に、これから日本が追いついていかないといけない、ということを、当時の人はショックがあったんじゃないかと思います」

干場「それは、日本人との差ということですか?」

平野「日本人との差というよりも、日本にも美しい建物はいっぱいありますから。街並みの美しさとか、何か圧倒されましたね」

「東京オリンピックを控えて、現在のクルーズ業界の状況と今後の見通しについて」

保木「オリンピックを控えて、実はクルーズがすっごく予定されているんですよ。
先日も、ロイヤル・カリビアンが横浜に入っていますね。

ホテルを建てるにも場所がいるし、建てたあと、オリンピックが終わったあとに、どういう風にするかみたいなことを考えると、ホテルの代わりに客船を使うなど、考えられていますね。

欧米の方たちで、オリンピック前後に日本を観てみたいという方、これから増えると思うんですよ。
でも、日本の旅館、列車、車で巡るというのは、なかなか大変なことなので、客船が注目を浴びるんじゃないかと思っています。

食べ物も、言葉の問題に関しても安心ですし、オリンピックを控えて大型客船がやってくるのは間違いないですね」