今月ご乗船いただいているのは、GLAYのTAKUROさんです。

第3回目の旅先は、「アイスランド」についてお話を伺いました。


ー そこで歌われていることは、何もかもがアイスランドの思い出ですね ー



干場「アイスランドはいつぐらいに行かれたんですか?」

TAKURO「1996年、メンバー4人で撮影が目的で行ったんですけど
アルバム1枚、シングル3枚、写真集、雑誌3誌、ミュージックビデオ2本、計10本の仕事を10日間でという(笑)」

干場「めちゃくちゃじゃないですか(笑)」

TAKURO「当時の俺たちの勢いを感じてもらえる、そんな旅だったんですけど(笑)。
なぜ可能かと言うと、この頃のアイスランドは6月くらいだったかな?白夜だったんですよ」

干場「だから、それだけの仕事ができるという(笑)」

TAKURO「3日目くらいに、”みんなで逃げよう”っていう話になりましたね(笑)」

干場「大変だったんですね」

TAKURO「飛行機降りたら寒くて『これ、北海道人でもきついな』っていう寒さでした」

干場「食べ物はどうだったんですか?」

TAKURO「北海道よりも寒いところだったので味付けが濃かったんですよ。
でも、それが体には必要なんですよ。1日仕事して入ったレストランで飲むスープの塩辛さが、すごく体に染み渡るんです」

干場「なるほど」

TAKURO「そのレストランで、坂本龍一さんの『Merry Christmas Mr.Lawrence』がかかったんですね。
その時に、日本から遠く離れた場所で、日本人のメロディが流れるということに感動して。嬉しいやら、誇らしいやら、それも塩辛いスープとともに、すごく思い出深いです」

干場「アイスランドの風景や思い出で作られた曲とかもあるんですか?」

TAKURO「僕らのふるさとの北海道も、そうとう長い一本道ってあるんですよ。
だけど、アイスランドはそれを超える遥かなる大地で…冬の厳しさ、春を待つ人々の気持ちみたいなものが、現地のクルーと話していて感じられて。
そこで生まれた曲が、後々、GLAYの人気曲となるんですけど『春を愛する人』です」

干場「そうだったんですね」

TAKURO「そこで歌われていることは、何もかもがアイスランドの思い出ですね。
白夜とはいえ、夜になると少しだけでも星が出るんですよ。太陽も沈まないままあるんだけど、昼間とは違う表情を見せたり、大地のたくましく生きる人達のコントラストも眩しくて。
僕らは20代中盤で、18歳までは親元にいて、東京に夢を持って出て来て…世の中の厳しさを感じながら、実際に仕事をして、その仕事の大変さも肌で感じてるアイスランドで、曲ができる要素がてんこ盛りだったんですよね」

干場「素晴らしいですね」

TAKURO「そこで生まれた曲は今でも愛されていて、”歌が生まれる瞬間はこうであるといいな”という、自分の指針になったかな。
”こういうような歌を、たくさん作っていけたらな”っていうのかな、自分の気持ちと誰かの気持ちがシンクロして、そこに様々な土地土地の要素が相まって生まれてくる。これが、”いま一番自分がやりたかったことかもしれない”そういう感触を得られた曲ですね」

『GLAY公式サイト』

「クルーズ情報」

保木「面白いニュースを見つけたんですけど、中国四川省、内陸で豪華客船タイタニック号の実物大の模型を作るんですって。
実際に工事が始まっているんですよ。

海の上ではなくて、近くの川の貯水池にこの船を浮かべて置くそうなんですよ。
全長が269メートル、幅が28メートルあって、実物のタイタニックと内装を真似て、総工費が10億人民元、約165億円ですね。
2年経って完成予定とのことですが、タイタニックって沈没しちゃったじゃないですか?
誰も完全な設計図を見てないそうなんですよ。断片的にコレクターが集めてたりするんですよ。
ここに来るまでは時間がかかったと思うんですね。

カナダのハリファックスというところが、タイタニック号が沈没して、一番遺品が流れ着いた街なんですけど。
そこに行くと、当時使っていたお皿とか、家具とか、ビールの瓶が展示されているんです。
タイタニックっていうのは、昔の良きロマンが詰まっているような気がしますね」