今月ご乗船いただいているのは、GLAYのTAKUROさんです。

第4回目の旅先は、「チェコ・プラハ」についてお話を伺いました。


ー 曲のモチーフっていうのは旅の中でしか生まれてないのかもしれないですね ー



干場「プラハには、いつぐらいに行かれたんですか?」

TAKURO「2009年にミュージックビデオの撮影でも行きましたし、90年代には作家の友人と行きました。明川哲也さん、当時はドリアン助川って名乗っていたんですけど。
彼が、『ベルリン発プラハ』という小説を書いて、その小説に感動して、”じゃあ、その通りに行ってみる?”っていうこともあって。まずベルリンに行って、そこから電車に乗ってプラハに行ったこともありますよ」

干場「どんな印象でしたか?」

TAKURO「東欧は、どこもいろんな歴史があるじゃないですか。おばあさんの冗談で、『私は一回も引っ越してないけど、住所は4回も変わったわ!』っていう。
王政が変わるたびに、国も変われば自分ところの住所も変わるけど一回も引っ越しをしてない…すごくいろんなものを含んだ冗談ですけど。2009年と90年代に行ってるんですけど、90年代は社会主義の色が濃かったのかな?街に、看板がほぼなかったですね」

干場「え!そうなんですか」

TAKURO「いわゆるファーストフードとか、企業の看板みたいなものはほぼないですね。だけど、2009年の時は増えてた気がする。
資本主義の波も押し寄せてきてたんでしょうね。そういった街の変化も感じましたね」

干場「メンバー、マネージャーさんも行かれた時は、どんな過ごし方をするんですか?」

TAKURO「ミュージックビデオをプラハに撮りに行って、1本目はプラハの街を存分に生かしたミュージックビデオだったんですけど。
もう一本は室内だったんですよね。室内で撮りながら、”朝早くから撮ってるけど、これは日本でも良かったんじゃないか?”っていう(笑)。
もちろん監督にこだわりがあるから従うんですけど」

干場「そうですか(笑)」

TAKURO「仕事が巻いて、1週間くらいの滞在が3日くらいで終わったんですね。メンバーの誰かが、『一泊だけバルセロナ行こうぜ』ってなって。メンバー全員で行って、夜にレストランで食べていたらフラメンコが始まったんですよ。
うちのボーカルのTERUさん、根っからのショーマンなのか飛び入りしたんですよ(笑)」

干場「ええ!」

TAKURO「ダンサーさんとかに気に入られちゃって『おまえ、リズム出せるか?』って言われて、『出せる!』って言うから、コンガみたいな箱を渡されて。ダンサーが踊る後ろで、TERUがひたすら閉店までドラムを叩くっていう(笑)」

干場「すごいですね(笑)」

TAKURO「次の日起きたら手がすごい腫れてるんですよ(笑)」

干場「旅先で曲を作られることもあるんですか?」

TAKURO「旅先がほとんどじゃないですかね。スタジオや家はまとめる作業が多いですけど、家を一歩出て、ちょっとした散歩もある意味旅だと思うんですけど。
小説や映画や、音楽から受ける影響よりも、旅の中で心が動いた瞬間が曲はできやすいので。
だから、曲のモチーフっていうのは旅の中でしか生まれてないのかもしれないですね」

『GLAY公式サイト』



”MSCマニフィカ - アドリア海クルーズの旅 参加リスナーさんの体験リポート”
『クルーズ最高でした。乗り換えもなく、手荷物も少なく、セキュリティもしっかりしているので断然安心で楽でした。
船内はカジュアルな雰囲気で、気後れしない、親しみやすい雰囲気。フォーマルナイトも2回ありましたが、日本人の方は着物の方もいました。
帰って来てからは、”アドリア海クルーズはオススメだよ!”と、クルーズ親善大使をしております。とても楽しいクルーズとなりました、ありがとうございました』


保木「クルーズって言うと、堅苦しい、毎晩タキシード着てるっていうイメージがある方も多いと思うんですけど。
マニフィカくらいのクラスになると、正直言ってカジュアルなんですね。ネクタイしている方も少ないので、わりと気軽に乗れる船じゃないかと思います。
着物は外国の方に喜ばれるんですよ。”一緒に写真を撮って”というリクエストが多いので、着物を着られる方は、行かれる前に写真を撮られる練習をしておいたほうがいいと思います(笑)」