今月ご乗船いただくのは、イタリア料理「LA BETTOLA da Ochiai」のオーナー・シェフ 落合務さんです。

落合務さんは、日本におけるイタリア料理の先駆者。70年代後半からイタリアで料理の修業をされ、日本にイタリア料理を知らしめた第一人者です。

イタリアの旅をはじめ、各地で開催されるお料理教室の講師など、国内外を忙しく飛びまわっていらっしゃいます。

今月は4週にわたって、落合務さんに旅のお話をうかがっていきます。


ー 当時は情報が全然ない時代ですから、生意気にフランスに行ってみたいなと思ったわけですよ ー



干場「今日お会い出来るにあたって、落合さんが、何故食の世界に入ったのかを聞きたいと思っていました」

落合「それは語ったら長いですよ、皆さん泊まっていただかないといけないくらい長いです(笑)。最初は、父の知り合いが東京の日本橋で洋食屋をやっていたんです。そこに僕は入って、楽しかったですよ。出前持ちなどもやりましたね」

干場「それが、いくつくらいですか?」

落合「その時で17歳ですね。諸先輩方と話して「お前の話しているのは、この店じゃ駄目だろう」と言われたんですよ」

干場「それはどういう事を話されていたんですか?」

落合「僕がフランス料理をやりたいんだという話をすると、それはホテルに行かないと駄目だろうと、当時生意気だからフランス料理の本を買ってみたりするじゃないですか。それを先輩に見せると、こういうのはうちではやらないと言われたんですよね」

干場「落合さんがやりたい事は、ホテルに行かないと駄目だと?」

落合「やりたい事というか、カッコつけていただけなんですよね。昭和41年にホテルニューオータニに中途入社したんですよ。そこでずっと勉強して、「これだぜ!すげーな!」と思ったんですよ。1年、2年、3年とドキドキしながら働いていたんですよ。そうなると、生意気ですから22、3歳になると、「フランス人って、本当にこういう飯食ってんのかな?」と思うじゃないですか(笑)。当時は情報が全然ない時代ですから、生意気にフランスに行ってみたいなと思ったわけですよ。ある先輩がけっこうなお給料をいただいてて、「おまえ、フランスに行きたいんだろう?金貯めたくないのか?」と言われて、先輩の店ではホテルの倍出すから来ないかと言われて、ハイハイと行ったんですよ(笑)」

干場「それで、ホテルを辞めちゃったんですか!実際にお給料は良かったんですか?」

落合「ホテルのちょうど倍だったんですよ、すごく忙しいレストランでした。料理のランクはホテルより落ちますけど、お金が貯められました。2年くらい働いてるうちに、周りが辞めていっちゃって、2番目くらいになっていたんですよ。これじゃ、フランス行けないじゃんって(笑)。それで、東京でフランス人のシェフの店が2軒あったんですよ。内緒でそこに面接に行ったんですね。1軒は断られて、もう1軒は来ても良いという事になったんですよ」

干場「じゃあ、トントン拍子に上がっていってますね」

落合「やっぱり、上を目指したいじゃないですか。お店の支配人に、2ヶ月後に辞めさせていただく事になりましたと話したら、駄目だと言うんですよ。何故かというと、料理長が辞めると言うんですよ。僕は2番だったので、上のトップがやめると(笑)。それは僕のせいじゃないし、僕は僕の道を行きたかったですからね」

干場「それで、どうされたんですか?」

落合「総支配人が出て来て、悪い様にしないから今回は辞めないで、もうちょっと面倒見るからいろと言われたんですよ。その社長が僕を買って下さっていて、「おまえ、フランス行きたいんだろう?一回行ってこいよ」と、会社のお金で1ヶ月半行かせてもらったんですよ」

干場「1ヶ月半は、渡航費も滞在費もかかりますよね。時期はいつ頃だったんですか?」

落合「その方は、本当に大恩人ですね。6月の始めから、7月の半ばまで行ったんですよ」



「クルーズ中に体調を崩した時はどうすればいいですか?」

保木「医務室は船の中に用意がありますので、診察時間は決まっていても、
急患の場合など、お医者さんも一緒に船に乗っているので、ある意味安心だと思います。

陸の旅だと、夜中に何かあっても街のお医者さんを探すのも大変だし、言葉の問題もありますね。
旅って色々なリスクがあると思うんですね。
非日常の所に行くので、やはり旅行保険はおかけになってお出かけになった方がいいと思います。
お薬も取り出しやすい様に、手持ちのバッグの中にお持ちになった方がいいと思いますよ」


今月は、横浜に寄港したクルーズ客船「飛鳥?」の船内に、リスナーの皆さんを招待して公開収録の模様をお送りしています。