天職との出会い

三苫愛(ヘアメイクアップアーティスト)×鳥羽周作(レストラン「sio」オーナーシェフ)

2022

01.21

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三苫さんは、都内のヘアサロンで11年間、美容師として働き、著名人のヘアメイクも数多く担当されました。独立後は、ロサンゼルスへ移住。インスタグラムを通して、メイクやヘアアレンジを定期的に発信し、ファッション感度の高い女性たちを中心に絶大な支持を得ています。
一方、Jリーグの練習生、小学校の教員を経て、32歳で料理人の世界へ入った鳥羽さんは、ミシュラン1つ星レストラン「sio」のオーナーシェフとしてだけではなく、業態の異なる6つの飲食店も運営され、料理界に新たな価値観を提供し続ける風雲児として知られています。

行動力で仕事をつかむ



三苫
こんにちは。

鳥羽
久しぶり。何年ぶりですかね?

三苫
10年近くだと思います。私がL.Aに行って7年ぐらい経つので。

鳥羽
実は、愛ちゃんが働いていた美容院に髪を切り行っていた時からの知り合いなんですよね。当時は、修行真っ只中だったので、めちゃくちゃ忙しくて、唯一、美容院で会話するのがストレス発散と言うか、それ以外は、何もやってないみたいな感じでした。10年上、経って改めてお会いできて嬉しいです。

三苫
鳥羽さんは、元サッカー選手で、そこから小学校の先生になって、さらに、料理人を目指し始めたみたいなことを聞いていたんですけど、どういう気持ちで料理人を目指したんですか?

鳥羽
サッカーしかやってこなくて、結局、プロになれないで挫折した時によくある話で小学校の先生の免許があるからやるみたいな感じ。それもすごい楽しくて、今も当時の生徒さん、20歳を超えている子たちと付き合いがあるんですけど、枠にはまってしまい、これじゃないと思って、料理や家具が好きだし、カフェで働こうという感じで料理の道に入った時に、思い切ってすごい有名なレストランに土下座じゃないですけど、何のツテもなく食べ行って、明日から働かせてくださいと突っ込んで、次の日から普通に働くのを3回ぐらい繰り返しました。給料なし、タダで働いていたりもしたし、料理人を天職だと思って、怖いものなしで、常にリュックの中に履歴書を入れて、働きたいと思ったら行ける準備をしていました。

三苫
当時のシェフが鳥羽さんの今を見たらすごいシェフになったという感じですよね。

鳥羽
どう思っているんでしょうね。本当に規格外だったし、しかも、それをやり始めた時は30歳ぐらいで若くなかったし。最初、イタリア料理店でも、カプチーノすらわからず、そんなヤツ雇えないよという中で、次の日から牛乳10本を持って行って、今から、カプチーノの練習をします!と勝手に行っていましたね。

三苫
すごいですね。これだと思ったら一直線!

鳥羽
そうですね。行くしかないみたいな感じでしたね。


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SNS時代の情報発信



三苫さんは、都内の人気ヘアサロンで活躍後、現在はロサンゼルスを拠点としながら、独自のセンスをいかしたメイクアップやヘアアレンジをインスタグラムで定期的に発信されています。加えて、そのファッションやライフスタイルにもファンが多く、書籍「三苫 愛スタイルブック AI MITOMA Fashion, Life, Hair&Makeup」も出版され話題になっています。

鳥羽
美容師さんたちはファッションリーダーで、ひとつのカルチャーみたいな感じだった時代に、愛ちゃんは、凛として筋が通っていて、僕のイメージは、かっこいい。愛ちゃんのファッションセンスは、唯一無二ですが、どうやってそのファッション解像度というか、リテラシーを身につけたのですか?

三苫
私は完全に雰囲気のある人になりたいと高校生ぐらいの時から思っていて、雑誌を読み漁っていました。出身がすごい田舎で同級生が7人で、信号もなくて、雑誌も買えないような山奥の出身で、情報はすべて雑誌からでした。街で働いている母親にたまに雑誌を買ってきてもらって、数ヶ月に1回、福岡に行って、買い物するみたいな感じでした。

鳥羽
今は当時に比べると随分と柔らかい印象があって、そういう中で、独自の世界観、一つの新しい発信の仕方になっていくんですが、自分がやってく道はこれだなと思ったきっかけは?

三苫
東京にいる時は、美容師やヘアメイクしかないと決め付けていたんですけど、もともとブログを書いたり、SNSで発信することは好きでした。L.Aに行って、すぐ子どもができたんですけども、私、結構モヤモヤしていて何もやり遂げられたものがないのに、このまま子育てしていいのかと、そういう気持ちでいました。

鳥羽
今の形は独自じゃないですか?海外にいながら日本の人が共感して見ている、そのアイディアやきっかけは何が大きかったのですか?

三苫
元々は、L.Aに行っても美容師をしようと思っていて、日本の時みたいにお客さんを相手にしてそれで食べていこうと思いながら行ったんですけど、自分がやりたい世界観がそこになかったというか、すごく狭すぎて、自分がやりたい美容師像でやりながら食べて行くのは、無理だなと思ったんですよね。それで今の夫に出会い、その夫がヘアジュエリーから始まったブランドをやっているんですけど、人にやるよりも自分自身ができるヘアアレンジを最初に載せました。そういうのを発信していくうちにインスタライブも行い、2人目の子を妊娠中につわりが終わって、今だったら何かできるかもという気持ちになった時に、モデルさんにするメイクは、肌質もいいし、絶対に可愛くなる。それを30代のリアルな私の顔にしてみたら、そっちの方が需要あるんじゃないかとなって、そしたら、すごく求められている方が多くて、今まで続けてきたという感じです。

鳥羽
当時、僕が会った愛ちゃんは、憧れのポジションにいたのが、今、等身大になって、いい意味で、素のまんまって感じで、僕はそれが1周回っていいなと思って、いろんな人が自分ももしかしたらできる、ちょっと手が届く感じ。コロナの影響でお家時間が増えた中、需要と言うか世の中の人が求めた子だなとインスタを見て思いました。


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