表現のベースは、全部が繋がっている

浅野忠信(俳優、ミュージシャン)×伊賀大介(スタイリスト)

2023

04.21

null

様々な肩書きで、表現を追求し続けている浅野さん。その原動力は、どこからくるのでしょうか。

美術を学んでみたい!



null

伊賀
ずっと自由ですよね。

浅野
まあね。それ、この間、息子にも言われた。

伊賀
全く変わらなくて本当にかっこいいなと思います。

浅野
いやいや、自分ではそういうつもりはないんだけど、もう好きにやらせてもらって。

伊賀
浅野さんは、ずっとひとつのところにとどまらないじゃないですか。バンドをやるのも、洋服を作るのもそうですが、絵は毎日描いているのですか?

浅野
毎日、懲りずにずっと描いている。

伊賀
暇さえあればみたいな感じですか?

浅野
そう。もう描くことはないんだけどね。だから苦痛だけど、描かないと気が済まなくなってきて。

伊賀
絵を描く部屋があるんですか?

浅野
狭いけど部屋がある。最近、また油絵を再開し始めたけど、何にもわかってなくて、俺、高校を出ていないから、今度、高校の資格を取りたいと思って、そしたら、専門学校、できれば美大にでも行って、油絵の勉強をしたい。でないと1年以上経ってもずっとベタベタの油絵とかあるの。何の技術もないから大変。

伊賀
学校に行ったら面白そうですけどね。浅野さんはこれまで映画にはどれくらい出ているのですか?

浅野
100本くらいかな。でも小さい役も含めてだから何とも言えないけど。若い頃は、演技のことは、あんまりわかってなく、感覚だけでやったけど、考えてやっても面白いなと思った。

伊賀
考えるようになったきっかけはあるんですか?

浅野
アメリカに行ってから向こうの人と仕事をして、本当に実力社会ではないけど、自分でアピールできるものがないと生き残れないと感じたんだよね。その時に自分だったら何をするんだろう、自分の得意とすることはなんだろうとか考えるようになって、1個1個組み立てるようになったら、すごい面白くなった。それをいろいろ紐解いた時に、曲作りにも役に立ったり、他の自分の好きなことに全部が役に立ったから、なるほどと思って。いろんなことを真面目にやると意外と全部共通している。それは面白かった。でも、考えたくはない。

伊賀
大変だから?

浅野
そう(笑)。


学校の外で学べること



null

一方、伊賀さんは、これまでに東京事変、くるりなどのミュージシャンのスタイリング、『ジョゼと虎と魚たち』や『真夜中の弥次さん喜多さん』などの映画やドラマの劇中衣装を手掛けてこられましたが、どういうきっかけで、スタイリストの道へ飛び込んだのでしょうか。

伊賀
僕は高卒で1年間だけ服飾の専門学校に行って、フラフラしていた時に熊谷さんに出会って、「明日から来るか」みたいな感じになって。

浅野
どんな出会い?

伊賀
専門学校に通っていた時に、みんなパタンナーとかデザイナーとかちゃんとやらないといけないけど、俺はスタイリストになると言ってて、でもそれは要するに逃げていたんですよね。先生がお前生意気過ぎるから、ちょっと今度、熊谷さんっていうパリ帰りの男がいるから一回、会った方がいいと言われ、熊谷さんがその学校に来たんですよ。

浅野
講師で?

伊賀
卒業審査会みたいのを見に来たんですよ。

浅野
なるほどね。

伊賀
その時、世の中ナメていたので、日本のファッションなんてダメだと、海外雑誌しか読まなくて、熊谷さんのことも知らなかったんですけど、熊谷さんの格好がすごくかっこよくて、ボロボロのグレーのパーカーの上にダスターコートのコーディネートでスウェットパンツに安全靴を履いていて、リバー・フェニックスみたいじゃんと思って、それで話して、「お前、生意気だったら、うちに来る?」って。「わかりました。明日で学校を辞めるので明後日からよろしくお願いします!」と。

浅野
すごい。

伊賀
その日、親に学校を辞めると言いました。

浅野
お前生意気だから俺のところ来るって全く理由になっていないよ。熊谷組ならではの発想。

伊賀
そしたら、もう怒涛でしたね。

浅野
でもよかったね。熊谷さんは厳しかったけど、スタイリスト以外のこともいっぱいやらされるから社会に出た時に役立つもんね。ちょっと羨ましかったもん。アシスタント時代も独立してからもそうだけど、熊谷さんに電話していろんなことを聞けるわけよ。全部を教えてくれる、服以外のこともいっぱい教えてもらった。

伊賀
そうですね。だから面白かったですね。

浅野
学校よりいいよね。



これまでの記事

その他の記事