復興の歩みはいまどこまで進んでいるのか。
そして、私たちは次の災害にどう備えるのか。
『あの日から15年 それぞれの復興』と題してお伝えしています。
宮城県気仙沼市唐桑町に住む菅野一代(かんの・いちよ)さん。
民宿『唐桑御殿 つなかん』の女将さんです。
東日本大震災の後、
学生ボランティアの寝床として自宅を開放しその後民宿を開業。
学生との絆が生まれました。ボランティアの拠点となった"きっかけ”について菅野さんはこう振り返ります。
泊まれる場所がないと、で、その中の、学生ボランティアの中の1人が、
ここを寝泊まりさせて欲しいと相談されたんですよ。もう、全然いいよって。
それからですよね。600人、700人、入れかわり、たちかわりで、寝泊まりして、 なんかね、笑い声を聞くと、勇気とか希望を貰えて、なんかね、凄く元気を貰えて、 なんかね、私たちがしょぼんとしている場合じゃないなって。
そのこたちの為に私も力になりたいと思って、今いる移住者の子たちは実はここの出身です。
支援する側から共に暮らす側へ。泥だしや炊き出しから始まって、
漁業支援やイベントの企画など、地域との関係が深まるほど、
また来たいではなく、ここで生きていきたいという気持に変わっていった
と学生ボランティアをきっかけに移住した一人は話します。
水産加工会社に就職した人もいれば、ゲストハウスやカフェを開業する人
漁業に関わる社会課題に取り組む人など様々。
文化の魅力の継承にも移住者が大きく関わっていると菅野さんは言います。
移住者の子たちがいなければなかなか、成り立たない、じゃないかなっていうくらい、 伝統芸でも七福神舞いまつばたけとらまい、という太鼓、なかなか担い手が・・・ でもそれを移住者ががんばってくれているんですよね。
若い子たちが入らない中で、震災をきっかけに入ってきてくれたんで・・。
若い子たちが、見る視点が違うんですよね。気が付かないですよね。生まれ育った場所の良さって。 で、気が付かされることが多くて、地元の若い人たちもどんどんどんどん、いいところなんだとってわかってきて、 一緒に魅力を発進する。ここに生まれてよかったって言うようになったんですよね。
地域の魅力を再発見してくれた移住者の存在。
移住者の夢や目標を応援する地域の力。
気仙沼人の前向きで強気心。
その力が合わさって新たなブランド・価値を生み出しています。
気仙沼は、復興の街から、挑戦できる地方都市へと姿を変えつつあります。