2018年7月23日

豪雨被害・広島の牡蠣(1)

今回の豪雨では農産物だけじゃなく、海で獲れる水産物にも被害が広がっています。
広島湾、美能島の牡蠣漁師、大越英樹さんと一緒に牡蠣筏へと向かいました。

◆漂流ゴミ
ちょうど月曜日なんですけど、船も航行できないくらいの大量のゴミが流れていたので、大木とか家屋の一部じゃないかというような建材も含まれてて、うちの漁協組合総出でゴミの回収をして、かろうじて船の航行ができるようにはしたという状態です。潮の流れや風の向きによって今日はなかったけど明日風で流れてきたり、という状態ですね。


幸いにも、大越さんの50台ちかくある養殖筏は無事だったそうです。

現在牡蠣養殖は、ホタテの貝殻に、牡蠣の赤ちゃんを付着させる大事な時期。漁師さんはタイミングを見計らって、ホタテ貝を海に投入させますが、今回の豪雨によって海の塩分濃度が変わってしまい、うまく付着ができていないようです。

◆塩分濃度が3%から0.6%に
牡蠣養殖するのにいちばん元となる牡蠣の稚貝がホタテに付着する時期とちょうど重なって今大変な状況です。6月後半に産卵しておよそ2週間ぐらいで牡蠣の赤ちゃんがモノに付着するという性質を利用してホタテ貝に付着させるんですが、大雨で雨水がたくさん出て海の中に「真水の層」が出来ているんです。
表層部分に雨水がたくさん流れ込んだ分、塩分濃度が普段は3%を維持しているのがこの雨でひどい時で0.6%に。ほとんど真水のような状態ですね。水深2mぐらいからは3%あるんですけど、とにかく表層面があまりにも塩分濃度が下がり過ぎて(牡蠣の赤ちゃんが)いい具合に付着してない状況です。
それを今、付着する海域に筏を移動させたりホタテ貝を海に投入する作業をしているんですが、とりあえず家のことはさておき、翌年を見越して牡蠣の赤ちゃんを確保するのにみんな放浪している状態です。


能美島の牡蠣漁師、大越英樹さんのインタビュー、明日も引き続きお送りします。

2018年7月20日

被災地での「感染症対策」

西日本豪雨の被災地で自宅の片づけをする方、そしてボランティアで活動する方へ。今日は「感染症対策」です。

お話は、感染症のスペシャリスト、関西福祉大学教授、勝田吉彰さん。
「感染症対策」のポイントは、
被災地に病気を持ち込まない
蚊やマダニに注意

この2つです。

◆被災地に病気を持ち込まない
外からボランティアの人が消化器感染症(下痢)を持ち込むと、とてもやっかいなことになる。もし具合が悪いと思ったらボランティアには入らないということを徹底してほしい。現地で調子が悪くなったら、すぐに外に出ること。電気や水道が止まってるなどインフラが壊れていて、清潔が保ちづらいところに、外から感染症が持ち込まれたら、ばっと広がってしまうので、調子が悪い人は(被災地には)行くな、持ち込むな、というのが大事。

◆蚊やマダニに注意
それから「虫」。特に蚊とダニに注意してほしい。まず「蚊」は発生を防ぐこと。いま(被災地には)ゴミなど、水がたまりやすいものがたくさんある。水がたまったらそれを逆さにするとか、薬をまくとかして、なるべくボウフラを生やさないことが第一。それでも蚊はでてくるので、「刺されない」という対策が重要。長袖長ズボン、虫よけのスプレー。濃度が濃いやつ、虫よけの成分「ディート」が30パーセント以上と書いてあるやつを購入すると、5―6時間はちゃんと持つ。もう一つは「ダニ」。広島県と岡山県は、「SFTS」と呼ばれる「ダニ」が媒介する病気が日本の中でも多い地域。これは「マダニ」なので野外にいる。山際の片づけをするときには、肌を露出しないように。蚊の虫よけスプレーも共通して使えるので、ぜひ使ってほしい。


感染症のスペシャリスト、関西福祉大学教授、勝田吉彰さんによる被災地での「感染症対策」。「被災地に病気を持ち込まない」そして「蚊やマダニに注意」ということでした。

※また、自宅の片づけやがれきの処理などでケガをすると、傷口から破傷風に感染する恐れがあります。作業の際は、厚手の軍手を使用して、ケガを避ける。ケガをしてしまったら、早めに処置し、必要であればワクチンを接種してください。

2018年7月19日

観光施設にも土砂災害 呉市倉橋地区でボランティア募集

西日本豪雨の被災地、広島県呉市の倉橋島からのレポート。
「日本の渚100選」にも選ばれている「桂浜」。倉橋島の代表的な観光スポットですが、豪雨による土砂災害や断水の影響でこの夏休みシーズンは観光客の足が遠のいています。

まずは復旧に向けた動きを、倉橋島でカフェと宿を営む、天本奈津子さんに伺いました。

◆観光施設にも土砂が ボランティアの手で復旧作業
お店が営業できなくなったし、仲良くしている「カープボート」というマリンスポーツのレンタルをされている所があるんですけど、そこの物置小屋が土砂で全部埋まってしまって、主人はそこからボランティアで何か一緒にできないかということで今日も80人くらいの方が倉橋に来ていただいて、あちこちで土砂崩れの撤去をしていただいています。本当にありがたいですね。


ということで呉市倉橋地区では「くれ災害ボランティアセンター “くらはしサテライト”」が立ち上がっています。できれば、倉橋までお車で来られる方を希望しています。(呉市内からは、車で45分)
◼集合場所:「桂浜温泉館」
◼集合時間:08:30〜※登録と打ち合わせの後、09:00出発予定。
◼作業場所:作業場所は当日決定になります。呉市倉橋地区の作業になります。
◼用意するもの:作業に適した服装、長靴、手袋は必須。スコップはできるだけご持参ください。(短パン不可)※当日マスクはこちらで配布致します。※飲料、食事は各自持参。
■問い合わせ:くれ災害ボランティアセンター くらはしサテライト 
 電話番号  0823−53−2233
 問い合わせ時間は、朝9時〜夕方5時まで
 ★くらはしサテライトfacebook




最後に「シーサイドカフェALPHA」を営む天本さんに、桂浜の魅力を伺いました。

◆SAPで海の透明度をお楽しみください!
私たちのカフェは桂浜のきれいなビーチの隣に立っているので、毎年海水浴で賑わって海水浴の間にランチしに来られたり、うちでは夏美味しいかき氷を出しているのでそれを楽しみに来られるお客様もおられるので、ちょっと一息つきに倉橋へ来ていただきたいと思います。最近はSAPといってサーフィンのようなボードに乘ってパドルを漕いで海の上をお散歩するマリンスポーツが流行っていて、私もやるんですけどすごく気持ちが良くて、瀬戸内海って穏やかな波なので落ちたりとかもなく、5歳の息子も最近ハマっていて、できるんですよ。うちでも貸出しているので、ゆっくり海の透明度を楽しめるスポーツなのでぜひ体験してもらいたいなと思いますね。


宿は8月半ばまで予約が入っていたそうですが、今回の豪雨でキャンセルが相次いでいるとのこと。給水の復旧に合わせて20日に再開予定です。ぜひ出かけてみてはいかがでしょうか。

sea side cafe ALPHA サイト

シーサイド桂ヶ浜荘 サイト

2018年7月18日

豪雨災害 観光にも打撃 呉市倉橋島

夏休みシーズン、西日本豪雨で被害の大きかったエリアでは「観光業」にも大きな影響が出ています。


広島県呉市の倉橋島もその1つ。「日本の渚100選」にも選ばれた風光明媚な桂浜海水浴場や温泉が人気で、例年この時季観光客で賑わっているんですが、土砂災害による交通事情の悪化や断水の影響で各施設が営業停止を余儀なくされています。

倉橋島で「シーサイド桂ヶ浜荘」と「シーサイドカフェALPHA」を営む、天本奈津子さんに伺いました。

◆8月初旬までキャンセル相次ぐ
広島県の最南端にある倉橋島、桂浜のビーチの横に立っている旅館なんですけど、14日、15日は倉橋でも一番人が集まる遣唐使船まつりや花火大会があったり、15日はアクアスロンという大会がこの桂浜で開催される予定でしたがこの災害で中止となりました。楽しみにされていた方も多くいらっしゃって、中止のお知らせをすると「延期もないのですか?」と言う方もいるんですけど今年は延期ではなく(中止で)、来年に期待しようねと話しているんですけど。
(この島の被害は)まず土砂崩れ。私も当日豪雨のあった次の朝知り合いから電話で「土砂で一階が埋まってしまって着の身着のままで外に出た、服がないから届けてもらえないか」という電話で聞いて、そこではじめてすごく大きな被害なんだなと感じて、断水がはじまってしまったので旅館、カフェともに使えなくなってしまい休業を余儀なくされている状態です。キャンセルは相次いでいて7月中はほとんど、8月も上旬はキャンセルが出ています。でも家族で命と家があるだけ感謝しないとね、と前向きに頑張って行くしかないよねと言ってるんですけど。やっと倉橋は18日ぐらいから給水開始と発表があったので再開しようと今から準備をしようかと。お客様からもfacebookやInstagramを通じて「大丈夫ですか?」というのをたくさんいただくので再開したら頑張らないとなと思っています。


宿は8月半ばまで予約が入っていたそうですが、今回の豪雨でキャンセルが相次いでいるとのこと。給水の復旧に合わせて20日に再開予定です。ぜひ足を運んでいただければと思います。

sea side cafe ALPHA サイト

シーサイド桂ヶ浜荘 サイト

2018年7月17日

西日本豪雨災害「心のケア」対策

今朝も西日本豪雨の被災地から、レポートをお送りします。



まずは、広島県の安芸郡阪町。砂防ダムが今回の豪雨で決壊、土石流が住宅地に流れ込み甚大な被害をもたらした小屋浦地区から、ある女性の声です。

「ここが川で土砂が二手に流れたんですかね。ここに実家の母屋があったんですけど、ただの瓦礫になっていて全く原型を留めていない感じ。
夢のような、夢であって欲しい。この1週間があっという間なのか自分でもよくわからない。混乱していて、私も住むところがないから次は何を考えていいのか、何が足りないのかも整理できていない感じです。」


このように時間が経つにつれ、被害の大きさに心にダメージを受けている方も多くいらっしゃいます。
こうした時間の経過とともに被災地で必要となってくるのが、「心のケア」です。NPOピースウィンズジャパン、レスキューチームの救急専門医、稲葉基高医師に話を聞きました。

◆話を聞く
これからの時期は徐々に医療や環境が整っていくと思うが、すっと緊張していた避難されている方の気持ちがすっととけて、そのときに気持ちが弱ることが起きうる時期。そういうところで精神的なサポートが必要になります。一つはそのひとのお話を聞くということ。それに対してアドバイスをするなどではなく、とにかく聴く。ボランティアの方にお話を聞いていただく機会もあるかもしれませんが、無理やり聴きださないということも重要なのでそこは気を付けていただきたい。つらい体験を思い出させることになりかねないので、話したがらない方には無理やり聴くということはよくないかなと思います。
ただ一つ気を付けなくていけないのが、聴く人もだんだんストレスがかかってくるので、支援する側の精神的なケアも考えていかなくてはいけない時期だと思います。


「被災した方のこころのケア」、ポイントをまとめると・・
1、被災した方は、被災から数週間たち、これから緊張の糸がほどける時期。精神的なケアが必要になってくる。

2、被災者同士、またボランティアも、被災した方の話を聞くことが、被災した方のこころのケアに繋がる。ただし無理に話を聴きださないこと。

3、ボランティアなどで「傾聴」にあたる場合、話を聞く側にもストレスがかかるので注意が必要。

「LOVE&HOPE」明日は夏休みを前に、被災地では観光地が大打撃、という話題をお伝えします。

2018年7月16日

西日本豪雨災害「熱中症」「感染症」「エコノミークラス症候群」


西日本豪雨の被災地では、いまも多くの方が避難を続けています。
今朝は被害の大きかった、岡山県倉敷市真備町で医療活動にあたっているNPO法人 ピースウィンズジャパン、レスキューチームの救急専門医、稲葉基高医師に「避難先で気をつけたいこと」を聞きました。

今日のポイントは、「熱中症」「感染症」、そして「エコノミークラス症候群」への対策です。
◆◆◆
避難所に関してはみなさん協力して避難されて、大きな混乱はないと思う。そんなに混乱はないが、まだ水や電気が回復していないところあるため、そういうところではこういう熱い環境の中で熱中症などに注意が必要です。

患者さんでやはり多いのは擦り傷や切り傷。家を片付けにいってそこで普段負わないようなケガを負ってこられている方が多い。また身体を清潔に保つことが難しいことから、目をこすったところからばい菌が入って、目の感染症とか、ケガをしたところからばい菌が入って傷が膿んだり。時期的なもので、夏は不衛生になりやすいということがあります。

(避難所で運動量が少なくなるなども?)一番心配なのは「深部静脈血栓症」という、足の静脈に血栓ができる症状。寝っぱなしや座りっぱなしだと、そういうことが起こりやすい。突然死につながる病気なので「深部静脈血栓症」には注意して、適度な病気と水分をしっかりとることが重要です。

◆◆◆

1)まず「熱中症対策」。
連日30度を超える猛暑が続いています。こまめに休憩と水分補給を行いましょう。汗で失われた塩分や糖分を補うことも重要です。

2)「感染症」に注意しましょう。
手を清潔に保つことが「感染症対策」の基本です。片付けの作業をした後やトイレの後は、かならず手を洗いましょう。手をふくタオルはなるべく共有せず、個人用タオルかペーパータオルを使用してください。手足に傷があるときには、傷を覆うなどの処置をすみやかに受けてください。

3)「静脈血栓症、いわゆるエコノミークラス症候群」にも注意が必要です。
避難先などで運動できない、日中暑くて外に出られないというかたは、足首のストレッチやふくらはぎのマッサージを行ってください。適度な水分補給も心がましょう。

LOVE&HOPE、明日も稲葉医師のお話です。
       

2018年7月13日

西日本豪雨災害・水害にあったときに(避難生活にあたって)

今週は「水害にあったときに」という生活再建の手引きについてお伝えしています。


これは水害を受けた方が、まず何をしたらよいかまとめたもの必要最低限な情報をまとめた“チラシ版”は、WEBで無料で手に入ります。この手引を元にお伝えしてきたのが・・・

・水害の後、まずすべきことは被災状況を写真に収め「記録する」こと。
・片付けはそのあと。
・ライフラインの復旧前には、電気ならブレーカーを落としておく、水道水は復旧しても
水質が安定するまで水を流す・・・など準備が必要といった情報、お伝えしてきました。

そしてこれからですが、まだしばらく避難生活が続く方も大勢いらっしゃいます。そんな中で心がけたいことはなにか。「震災がつなぐ全国ネットワーク」の共同代表、松田曜子さんに伺いました。

◆困っているときは「困っている」と。
元の生活に戻るまでにそれ相当の時間がかかってしまうことが多いです。特に今回のように広範な被災をした場合、例えば家を修理する業者ひとつをとっても依頼が殺到するので、3ヶ月待ち、半年待ち、あるいはもっと・・・ということも起こります。ですから落ち着いて今後これからしばらくの生活をどこでどのように送るのか、しばらく避難所生活が続くかもしれないですけれどもその後の仮設住宅とか、災害公営住宅だとかそういった選択肢も行政の方である程度用意できるところもあるはずですので、先までの生活の場所、生活の仕方を落ち着いて考えてから、家の片付けですとか、書類の手続きをされることをお勧めしたいと思います。生活の拠点が定まらないとなかなか日々の暮らしもストレスが溜まりますし、家族の中で行き違いがあっていざこざが起きたり、と言うことがおそらく出てくると思うんですね。それは仕方のないことなんですけれども、時間がかかると言うことを考えてからの行動ですと、多少は、それを知りながらやり過ごすこともできると思います。そのことだけ意識しておいていただけたらと思います。それから、助けの手、ボランティアが必ず入りますので、困っているときは困っている、助けが欲しいと遠慮せずに言い続けることも大事じゃないかなと思います。


ダウンロードできる「水害にあったときに」チラシ版
★震災がつなぐ全国ネットワークのサイト

2018年7月11日

西日本豪雨災害・水害にあったときに(家屋など片付けの注意点)

今朝は、「水害にあったときに」という名前の、生活再建の手引きについてお伝えします。これは『震災がつなぐ全国ネットワーク』という団体が制作したもので、文字通り、水害に見舞われた方が、次に何をしたらよいかまとめたものです。チラシ版はWEBでダウンロードできます。


きのうもお伝えしましたが、水害にあった際はまず、被災したご自宅など建物を『写真撮影』するのが大切。片付けをする前に、どこまで浸水したかを記録することで家財保険や罹災証明の手続きの助けになります。そして、その次は「片付け」という段階になるのですが、ここでの注意点を震災がつなぐ全国ネットワーク 共同代表の松田曜子さんに伺いました。

◆捨てるかどうか、落ち着いて判断
捨てるものについて。泥だらけになっていると、これもあれもいいやと捨ててしまいがちです。あるいはご家族が手伝いに来て「これ捨てていいね」と言われて、ハイと言ってしまいがちです。そういうこともありますが、あとになって、あれは使えたかも、あれは取っておけばよかったという声もかなり被災地では聴くことがありますので、その選択もご自身が納得するようにされるのが大事だと思います。ただ、陶器だとかエアコンの室外機、襖や障子でもきちんとサッシを吹いたものはまだ使える可能性がありますので早急に判断せずに乾かすという手もあります。また貴重品などは取り出して別の所、安全の保てるところに保管するのが大事です。汚れた現金は一定の条件のもとで銀行に持っていくと新しいものに変えてもらえる。証券類や書類も大抵の場合、災害時は交換してもらえたり、証拠になるので処分はしないようにするべきかと思う。通帳もあればもちろん取り出しておくことに越したことはないが、実物がなくても銀行が対応する場合が多いです。ただコレばかりは、いつからそういう対応をしてくれるか、何が必要かは銀行それぞれの判断なので取引をされている金融機関に相談されるのが良いと思います。


ダウンロードできる「水害にあったときに」チラシ版
★震災がつなぐ全国ネットワークのサイト



2018年7月10日

西日本豪雨災害・水害にあったときに(片付けの前にしておきたい「被害状況の撮影」)

(※TOKYOFM「追跡」コーナーで放送された内容をテキスト化したものです)

お話を伺ったのは、震災がつなぐ全国ネットワーク、共同代表の松田曜子さん。震災がつなぐ全国ネットワークでは、「水害にあったときに」という
生活再建の手引きを、冊子とチラシにまとめています。まずは、この冊子「水害にあったときに」の目的を伺いました。


◆水害で立ちすくまないために
われわれは支援団体のネットワークで、阪神淡路大震災以降の日本の各種災害の支援を行ってきたNPOだとか、ボランティア団体の集まりなんですね。水害は日本全国でどこかで起きているんですけれども、そこで出会った被災者の方々がその日から一体何をしたら良いのかわからずに立ちすくむと。提供される情報はあるんですけれども、市役所に行っても何種類ものお知らせが上がたくさん置いてあるだけで、全然まとまっていなくて、どの順番に何をすればいいのかがさっぱりわからないと言うことを、何度も経験していたので、これは、見通しを立てるためにも1番下経験として被災者の方が何にぶち当たるのかということを知っている私たちがまとめるべきではないかと言うふうに考えて、2016年度に作成したものです。

基本的には水害にあったときには支援する私たち、NPO、ボランティア団体と被災者の方をつなぐ1つのツールだと思っています。ですので、ボランティアセンターだとか、おそらく支援に入る自治体のみなさんを通じて、ボランティアが配布すると言うことを考えていますがチラシに関してはある程度、いろんな方が目に出来るようにインターネットでも公開をして、ダウンロードできる方というのも限られているでしょうけれども、見られるようにしています。それから冊子は今言ったような理由で、あまり情報が一人歩きしないようにあえて、この時代にネット公開しないと言うのは逆行しているかもしれないんですけれども、支援者から直接被災者の手に鳥だけど今のところは直接配布という形をとっていて、希望される方には震災がつなぐ全国ネットワークの事務局にご連絡、メールでいただければその都度被災者の方には配布すると言う形をとっています。


ということで「水害にあったときに」、水害直後、最低限必要な情報に絞った4ページのチラシ版を、「震災がつなぐ全国ネットワーク」のブログからダウンロードできます。もちろん無料です。そしてこのチラシの一番最初に紹介されている項目が、「被害状況を写真に撮る」。しかも、「家の外、4方向から浸水した深さがわかるように撮影する」とかなり具体的なアドバイスが書かれています。これについて伺いました。

◆片付ける前に撮影を
まず、チラシには一番に「被害状況を写真に撮る」ということが書かれています。一旦片付けをしまったり、家の掃除を始めると被害の様子と言うのは二度とわからなくなってしまいますので、辛いかも知れませんけれども最初に被害の様子を撮影しておくと言うことが大事です。チラシには、4方向からと書いてあるんですが、実際にはお庭なんかもあって4方向撮影できない場合もあるんですけれども、どのぐらいまで浸水があったのかがわかるようにするのが大事で、どういうところと言うのは、水の線がわかるところが良いんですけれども、できれば同時に例えば人が立つとか、なかなかこういう状況でメジャーみたいなものは無いかも知れませんけれども、人の身長でおおよその様子がわかるとか、そういう風に目安にしていただくのも良いんじゃないかなと思います。それから家の中でも汚れたもの、シンク、高さのわかるものと一緒に撮影することもできると思います。この後、もし保険に入っていれば家財保険など保険金の請求の時にも役に立ちますし、罹災証明に関してはその後、今回のような状況だとおそらく役所の方が、何も言わなくても調査に来ていただけるとは思うんですけれども、それも、このように広範な被害だと時間がかかるので、その時に「直後はこういう様子だった」と見せることで認定調査の参考にして頂ことができると言うことです。


「罹災証明」は、役場の方が被災したご自宅を「審査」して被害の程度を判断。罹災証明書が発行され、これが行政から受けられる支援の基準となります。
ぜひ、お知り合いの方にも伝えてあげてください。

ダウンロードできる「水害にあったときに」チラシ版
★震災がつなぐ全国ネットワークのサイト

2018年7月6日

九州北部豪雨から1年

福岡、大分を中心に、大きな被害をもたらした九州北部豪雨から1年。
災害関連死1人を含む40人が犠牲となり、いまなお2人が行方不明。
そして1000人以上が仮設住宅などでの避難生活を余儀なくされています。

今朝は、速水健朗が以前取材をした、福岡県朝倉市で観光バス会社を営む、
小嶋嘉則さんにお話しを伺いました。



速水  「ご自宅のあった石詰地区、ご自宅どころか集落ごと流されて、面影もありませんでしたが、あの豪雨被害から1年が経ちました。なかなか復旧や再建が進まない中、どんな思いでいらっしゃるんでしょうか?

小嶋  「そうですね・・・諦め?先に進まないもので。復興も手つかずで。いま工事やってるのは梅雨に向けての砂防ダム。下流に砂が行かないように堤防を作っただけですね。今のところは重機も何も引き上げてしまったところで、梅雨明け待ちでしょうね。

速水  「前回、お話しを伺ったときは、「みなし仮設」に住みながら、次どうしようか?って言ってましたけど、今どうしていらっしゃいますか?」

小嶋  「いままだ“みなし”に居ります。」

速水  「小嶋さんと同じように、避難生活をしていらっしゃる方はまだまだ多いんでしょうか?」

小嶋  「まだ皆さんそのまんまですよ。それどころか“長期避難”で、住める家の人たちも、もう強制的に避難生活に入っています。」

速水  「小嶋さん、去年も、自宅近くの被害の少なかった娘さんの家を自力で修復して、発電機を入れて、住めるようにしていました。あそこでの生活は出来るんですか?」

小嶋  「あれからしばらく住んでたんですけど、強制、長期避難で住めなくなったので、いま出てます。」



集落ごと流され、家も棚田も消えた石詰集落。ホタルが飛び交うのどかな山郷での暮らしを取り戻そうと、小嶋さんは、無事だった少し下流の娘さんの家を修繕し、発電機を購入して住んでいましたが、今は長期避難地区となって、住むことが出来なくなったのだそうです。避難期間がいつまで続くのか、集落の再生はいつになるのか、1年を経た今も、先の見えない状況が、朝倉市では続いています。

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そしてこの放送の翌日、降り続く雨の影響で、朝倉市をはじめ、西日本の各地に大雨特別警報が発令されました。甚大な被害が及んでいる地域もあります。繰り返し起こる災害、市町村から発表される指示に従い、身を守る最善の行動をとるようにしてください。

2018年7月5日

南相馬市小高区「フルハウス」(4)

今週は、福島県南相馬市小高区に「フルハウス」という本屋さんを開いた、芥川賞作家、柳美里さんのインタビューをお届けしています。

4月にオープンした「フルハウス」は、小高駅から歩いて2分くらいの場所にあって一軒家を改築したぬくもりのある雰囲気の本屋さん。本棚には柳さんの友人である24人の著名な作家や映画監督などが推薦する本がメッセージのポップ付きで並んでいます。


そんなオープンしたばかりの「フルハウス」で、あらためて開店を迎えての思いを伺いました。

◆特別な場所づくり それが本棚
本も被災したんですね。津波で家が流され、家と一緒に本も流されたんです。あと警戒区域になった時に、家に動物が入り込んでしまった。そうすると地震で本棚倒れて本が散らばったうえに動物の糞尿のようなものがされてしまったお宅が多いんですね。やっぱり本に対して胸を痛めている方が多かったんですね。もう手に入らない本がこんなになってしまってもう廃棄せざるを得ないと。そういう方が開店前からふらっと訪ねてきて、“本屋さんまだ?”って。“本屋さん出来たらもう一度、空の本棚を、一冊一冊ゆっくり選んで家に持ち帰って読みたい”っておっしゃるお年寄りも多いわけですよね。だから私は特別な場所を作りたいと思ったんです。で、友人の角田光代さん、村山由佳さんとか、中村文則くんとか、いろんな小説家に声をかけて、誰も断らなかったですね。“20冊、選奨してください、手書きポップを掲示します”、で、みんなやっぱり本って憧れのまなざしで眺めますよね。そういうものがこの地域に必要だと思うんですよね。というのがやっぱり“汚染地帯”というふうに思われている中で、やっぱり私は美しい場所が必要だと思って、力を尽くして、心を尽くして、棚を作りました。



いま一軒家の一階の二間が本屋になっています。
夏の終わりには、坂茂さんデザインのブックカフェが完成予定、さらにそのあとは、子供たちが自由に使える「学習室」、「ギャラリー兼Bar」、「小劇場」も作る!と決意を語っていた柳さん。資金はまったく足りてないけど、とにかく「やる」と決めているんだそうで、「人口は増えなくても交流人口を増やしたい!そのきっかけの一つになれれば」と話してくださいました。

「フルハウス」は、常磐線「小高駅」から歩いて2分。火曜から金曜の午後1時から午後9時20分まで開店しています。
さらに毎週土曜日にはゲストを招いてのイベントも開催しています。
詳しくはコチラから。

2018年7月4日

南相馬市小高区「フルハウス」(3)

今週は、福島県南相馬市小高区に「フルハウス」という本屋さんを開いた、芥川賞作家、柳美里さんのインタビューをお届けしています。

4月にオープンした「フルハウス」は、小高駅から歩いて2分くらいの場所にり、一軒家を改築したぬくもりのある雰囲気の本屋さん。本棚には柳さんの友人である24人の著名な作家や映画監督などが推薦する本がメッセージのポップ付きで並んでいます。


おととし夏に避難指示は解除されていますが、まだ住民の帰還は2割程度。そんな町で本屋さんを開こうと思ったのは、どんな理由からだったんでしょうか。

◆帰りの列車を待つ間の、第二の駅舎のような存在に
2015年の4月に転居をしたんです。ちょうどその頃に、小高工業高校という高校があるんですね。避難区域の中にあった学校なんですけど、小高工業で講義をしてくれないか”というご依頼があったんです。やりましょう!ということで現国の時間に自己表現と文章表現の講義を行なったんです。小高工業高校と同じく警戒区域、避難区域の中にある小高商業高校が統合して2017年4月に小高産業技術高校となって(小高に)戻るという話を聞いたんですね。それは旧警戒区域ではじめて戻る高校というふうになるわけですけど、まだ住民が現時点でまだ2500人しか戻ってないわけですよ小高区。今ここは駅のすぐ近くなんですけど、下校時に真っ暗なんです。この中で生徒たちが部活帰りに、冬真っ暗な中帰るのかというふうに不安になったんですね。それで小高駅というのが駅舎があるんですけど小さいんですよね。二つの学校が統合して約500人の生徒を収容できないんですよ。ていうことがあって、なにかこう、第二の駅舎のような場所を作れないかなと思って、本屋さんだったら居場所になる、なり得るんじゃないかな、入りやすいじゃないかなと思って、本屋をやろう!と思ったんです。


にぎわいが消えた小高区で、高校生たちが集える、“ともしび”のような場所を作りたいというのが「フルハウス」を開いた理由。そして4月にオープンを迎えて、柳美里さんがエプロンをしてお店に立っています!

明日はオープンを迎えての思い、そしてこれからについてのお話しです。

2018年7月3日

南相馬市小高区「フルハウス」(2)

今月から時間を変更してお送りする『LOVE & HOPE〜ヒューマンケア・プロジェクト』。引き続き、防災減災と地域活性の「いま」、そして被災地の「声」をお届していきます。

今週は、福島県南相馬市小高区に「フルハウス」という本屋さんを開いた、芥川賞作家、柳美里さんのインタビューをお届けしています。
東日本大震災と福島第一原発の爆発事故があった2011年4月に原発20キロ圏内を訪れたという柳美里さん。その後も警戒区域となった町を度々訪れ、ついには南相馬市に移住して本屋さんを開くことに至ります。

決して簡単な決意では無かったと思いますが、移住に至るまでの経緯をあらためて聞いてみました。

◆暮らしてみなければわからない苦しみ、悲しみ、楽しみ
最初の時に4月21日警戒区域の前日に、夜の森の桜を撮ってツイッターにアップしたんですね。そしたら、“私の町の桜も、柳さん撮ってきて。心配なので”っていう声がたくさん集まったんですよ。それで三春に行って滝桜を撮って、二本松の合戦場の枝垂れ桜を撮ってっていう桜めぐりから始まったんです。とにかく歩いたりして“知ろう”という気持ちが強かったので。そういうふうに通っているうちに、臨時災害放送局の「南相馬ひばりエフエム」の今野聡さんというディレクターの方からツイッターを通して依頼が来て、“柳さん、南相馬に通っているならラジオに出てくださいよ”という依頼だったんです。それで毎週金曜日の「柳美里のふたりとひとり」という毎回住民お二人の方と私がお話しをするという番組が始まったんです。1年1年更新されていって、6年続けることになり・・約300回で600人の住民の方のお話しを収録した訳ですけど、1つには通うのが厳しいというのがあったのと、もう一つはお話しを伺う中で、たとえば大家族で暮らしていた、みんな原発事故で散り散りになってしまって暮らしが壊れてしまったという、暮らしの中に苦しみ哀しみがあるわけですね。だとしたら、暮らしてみなければ、その苦しみ、悲しみ、楽しみもですけど、分からないのではないかと思ったのが、大きいですね。


福島県南相馬市小高区に「フルハウス」という本屋さんを開いた芥川賞作家、柳美里さんのお話し、明日は「フルハウス」開店の経緯についてのお話しです。

2018年7月2日

南相馬市小高区「フルハウス」

今月から時間を変更してお送りする『LOVE & HOPE〜ヒューマンケア・プロジェクト』。引き続き、防災減災と地域活性の「いま」、そして被災地の「声」をお届していきます。

今週は、福島県南相馬市小高区に「フルハウス」という本屋さんを開いた、芥川賞作家、柳美里さんのインタビューです。
小高区は福島第一原発から20キロ圏内の町。おととし7月に避難指示が解除されましたが、住民の帰還は20%弱にとどまっています。じつは柳さん、原発事故の直後、帰還困難区域として町が閉ざされる前に、富岡町や浪江町を訪れたんだそう。そのあとも縁が繋がって、南相馬市などに足を運び続けた柳さんは、いつからか、“暮らしの中にある苦しみ、悲しみは、暮らしてみないと分からない”と思うようになり、移住を決意、本屋さんを開くことになりました。

前回6月18日の放送で、福島県南会津とのかかわりを話してくれた柳さんですが、じつはもう一つ、柳さんが福島に導かれた理由があるといいます。

◆故郷を失った母と繋がる
母が福島県の只見町というところで、ダム開発の時期に青春時代を送ったということもあるんですけど、その後家族が南相馬に転居したんです。母たち家族が。それで原町区でパチンコ屋を営んでいた・・・というのは、じつはちょっと私、母と仲があまり良くなくて、そのことを母から聞いたわけではなくて、地元でいろんな人と話をしてるうちに、祖父を知ってるっていう人が何人かいらっしゃったんですね。というので縁があったという話をすると、地元の人がみんな、“柳さん呼ばれたんだよ。土地に呼ばれたんだよ”というふうな言い方をするんですけど、まあそういうことも有るのかもしれないと思いますし、あともう一つは、私は在日韓国人なんです。母、祖父母は、朝鮮戦争の時に住んでいた町が、左右の対立というか南北の対立に巻き込まれて家族が殺害されるということがあって、本当に小さな漁船に乗って逃れてきたわけですね。そうすると、原発事故と戦争ということは違うけれども、ある日、着の身着のままで住み慣れた場所を離れざるをえなかったというところはおなじな訳ですよね。そういう意味で私の中ではずっと故郷って何だろう?母たちは故郷を失った。私はその子供なわけですけど、故郷って何なんだろうっていうのがすごくずっとあったので、そういう意味で私の中では繋がっているんですね。


『LOVE&HOPE』、今朝は福島県南相馬市小高区に、「フルハウス」という本屋さんを開いた芥川賞作家、柳美里さんのお話し。明日は南相馬へ移住を決意した経緯についてのお話しです。

パーソナリティ(月ー水)中西哲生・ケリーアン(木)中西哲生・綿谷エリナ(金)速水健朗・綿谷エリナ

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LOVE & HOPE スペシャル 7年目の春便り〜ふたつの故郷(ふるさと)〜

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