2020年3月30日

つなぐ〜10年目の春だより:浪江町 木村郁也さん

東日本大震災の起きた2011年から9年にわたりお届けしてきました『LOVE & HOPE〜ヒューマン・ケア・プロジェクト』は、この3月末をもって放送を終了。ラストは番組が取材を続けてきた東北の若い世代の声を届ける、シリーズ、「つなぐ〜10年目の春だより」をお届けしています。今日は福島県浪江町役場に勤める、木村郁也さん。



木村さんは今年23歳。中学1年の期末頃に被災し、以降、二本松市で避難生活を送りましたが、その避難生活のなかで、町役場の職員として、町民に寄り添い、支える仕事をしたいと思うようになり、現在はその夢を叶え、浪江町役場職員として教育委員会の仕事を担っています。

陸上競技が得意なスポーツ少年だったという木村さん。先日“思い出の場所”という、浪江小学校脇の公園で、お話を伺いました。



◆「震災が無ければ役場で働くことは無かった」

「私自身が浪江小学校の出身で、よくこの公園でも遊んでいた記憶が・・・今ちょっと寂しいんですけど、まわりに前はずっともっと桜の木がいっぱいあって、よく昆虫を、クワガタとかを友達と探すっていう、まあありきたりではあるんですけど、そういう思い出がありますね。でまあ震災以降、人に与えてもらったというか手助けしてもらった部分がかなり多くて、そういう感謝というか、ちゃんと言葉で伝えようとかっていうことは意識するようになって、まあ震災が無くてそのまま年を重ねてたらどういう人生になってたのかな?っていうのはすごい不思議に思ったりもするんですけど。震災が無かったら浪江町役場にも勤務することはもしかしたら無かったかもしれないなとは思います。ひとつ中学校のときに、避難してたぶん1週間くらい経った時に、学校を決めるとかにあたって、二本松の東和支所を借りてやってたんですけど、その時にやっぱりかなり皆さん疲弊されている、けれども住民の方が不安にならないように誠実な対応をされていたというのがすごく印象に残ってて、あとはずっと「駅伝」をやっていたので、その「駅伝」でも役場の方がサポートしてくださるんですね。「福島駅伝」というのがあって。で震災直後の開催の年も浪江町は出場しまして、そこでもはやはり選手側が不安にならないようなサポートをしっかりして頂いて、それも一つの働きたいなっていう考え、最初に思ったのは中学1年の終わりで、高校卒業・・・高校2年生の時には浪江町の役場を受けてみたいなっていう思いではいました。」




写真は以前番組で取材した時のオフショット。町の成人式で職員として働きながら、自身も成人を迎えた木村さんとお母さんです。

毎年秋に行われる「福島駅伝」は、県内の市町村がそれぞれチームを組んで競う駅伝大会です。スポーツ少年だった木村さんにとっても大切な大会で、それを支える町の職員の姿も、木村さんの進路に影響を与えたことの理由の一つということでした。そして2016年、高校卒業と同時に浪江町職員となった木村さん。2017年の一部避難指示解除とともに浪江町へ戻り、
じつは・・・今年1月に結婚もされて、秋にはパパになる予定なのだそうです!

一部地域の避難指示解除後、住民の帰還がまだ1割に満たない浪江町にあって、まさにこれは春だよりではないでしょうか。木村さん、おめでとうございます!

『LOVE&HOPE』、「つなぐ〜10年目の春だより」、最終回の明日は、宮城県女川町からの春だよりです。明日もぜひ聴いてください。

パーソナリティ 鈴村健一

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