2018年11月30日

Support Our Kidsリユニオン翔(1)

今朝は、東日本大震災で被災した中高生に、2週間の海外ホームステイプログラムを提供する「サポートアワーキッズ」のレポートをお送りします。

この「サポートアワーキッズ」、この番組では継続してお伝えしていますが、2011年からスタート。12か国の大使館が協力して、震災以降、400名ほどの中高生が海外ホームステイに参加しました。
11月11日。今年の活動報告会『リユニオン翔』が仙台市で行われ、フランス、アイルランド、オーストラリア、カナダを訪れた29人の学生たちが海外での気づきや、次の目標、これからの東北について発表しました。

●東北のイメージをポジティブに変えたい
ワールドラグビーでは「福島には今も人が住んでいないと思った」と言われたり、カレー屋の店主に福島出身であると伝えると、すぐに原発のことを言われ、今はとても元気だと伝えても「あなたの言っていることは信じない」と言われてしまいました。復興についてまだまだ知らない人が多くとても残念に思いました。しかし今回プレゼンテーションを行い、福島の原発のイメージを変えることができたので良かったです。海外の方々は東北にネガティブなイメージを持っていますが、震災の復興、原発の廃炉作業によって福島のほとんどの地域は安全でみんな元気に暮らしているというポジティブなイメージに自分の力で変えていかなければならないと思いました。

Love the life you live. これは「自分の生きる人生を愛せ」という意味があります。
オーストラリアには震災のプレゼン、英語を学ぶ思いで行きました。ですがそれ以上に自分自身に自信が付きました。オーストラリアに行きそれぞれ違う個性を持ち、それを認め合っている感じがしました。この経験を活かし自分の夢である国際公務員になれるよう頑張りたいと思います。

今回の参加で私は英語の力は素晴らしいと改めて感じました。コミュニケーションをとることできちんと感情を伝えたり伝わったりすると知りました。私は将来自衛官となり沢山の方の役に立てるようになり、これからはよりコミュニケーション力を上げると共にリーダーシップを供えられるよう頑張って残り少ない学生生活を送っていきたいです。


★★★

現在サポートアワーキッズでは、来年3月に出発するスイスのホームステイ参加者を募集しています。期間は来年3月下旬〜4月上旬まで2週間。応募の締め切りは応募期間2019年1月7日(月)。詳しいエントリーの方法は、サポートアワーキッズのサイトをご確認ください。
スイスホームステイ参加 復興アンバサダー募集のご案内

来週も「リユニオン」の模様をお伝えします。

2018年11月28日

東北を担う経営者の「右腕」になる(Venture for Japan)

東北の経営者の「右腕」として2年間限定で仕事をしながら経営や起業、地域活性のノウハウが学べるマッチング事業「ベンチャー・フォー・ジャパン」。

このマッチング事業は起業を目指す若者を求めて、様々な企業がエントリーしていますが、なかには、これから復興が進む福島で、まちづくりそのものに関わることができる企業もエントリーしています。ベンチャー・フォー・ジャパンを運営しているNPO法人アスヘノキボウ 代表の小松洋介さんに伺いました。

◆復興へ向かう「まちづくり」に関わる
福島県南相馬市小高区でで小高ワーカーズベースという団体をやっている和田さんが人を募集しています。彼らは何をやっているかと言うと、彼の言葉を借りれば「町に100の課題があれば100個の事業で解決する」。まさにまちづくりをやっているんですね。人が住まなくなった地域に明かりをともすところからはじまって、町に食堂がないけど復旧復興の作業員の方がたくさん来ているからそういう場所が必要だと食堂を始めたり、人が戻れるようになったらスーパーがない、じゃあスーパーをやろうと始めたり、いろんな課題を受け止めながらいろんな事業を通して地域課題を解決するということをやっている団体です。その中で募集しているのが、地域のコミュニティーを形成する、コミュニティーリーダー。地域を作るには、ただ課題を見つけて事業を作れば良いわけではなく、やっぱり地域の人たちと話をしながら事業を地域に根付かせていかなければいけないので、そういうことやってくれる仲間を探している、ということですね。まちづくりに興味がある人はものすごく増えているのでそういう子には結構面白い募集だと思います。私たちベンチャーフォージャパンもホームページが既に立ち上がっていますので、参加したい方はエントリーフォームに記入をして僕らと面談をして、行きたい企業を決めて企業と面談をして内定を頂くという形ですね。僕らが目指しているのは10年後に500人を送りたいということ。地方も都会も関係なくどこでもキャリアは作れる。田舎に行くことがキャリアになるということも1つの道だとちゃんと示したいと考えています。


小高ワーカーズベース。南相馬市小高地区で、まさに「まちづくり」に携われる!という仕事です。日本の地方はいま、どこも人口減など同じ問題を抱えています。町を元気にするノウハウを学べば、どこにいっても活躍することができるかもしれません。

ベンチャー・フォー・ジャパンの募集はすでにスタートしています。応募や説明会など詳細は
Venture fo Japan のfacebookをご覧ください。

2018年11月27日

東北を担う経営者の「右腕」になる(Venture for Japan)

東北の経営者の「右腕」として2年間限定で仕事をしながら経営や起業、地域活性のノウハウが学べるマッチング事業、「ベンチャー・フォー・ジャパン」。

普通に「企業に就職」したら、絶対できない貴重な経験ができそうな企業が、いろいろエントリーしています。ベンチャー・フォー・ジャパンを運営しているNPO法人アスヘノキボウ 代表の小松洋介さんに伺いました。

◆大船渡・ワイン作りのベンチャー
岩手県大船渡に、スリーピークスというワイナリーを立ち上げた方がいらっしゃるんですね。震災前は東京で、大手の監査法人でバリバリ企業の監査をやっていた方なんですが、ずっとワイナリーの構想を持っていたんです。海外でバックパッカーをやっていた時代に「ワインツーリズム」というのを見て、こういうやり方ってアリだなとずっと感じていたようです。
そして東日本大震災後に実家のある大船渡に戻って1人でワイナリーを立ち上げ、ぶどうの苗木から全部買って育てています。さらに、リンゴ農園で跡継ぎがおらず農園を閉じてしまうという話があり、「じゃあ借りちゃおうよ」とご両親と話し合って、いまは3つくらいの農園をやっているんじゃないですかね。
その農園で収穫したりんごで作るシードル、そしてワイン造りという事業をやっているんです。しかも全部お一人で。そして今年はいよいよ葡萄が育ってワインの仕込みに入り、ここから事業をしっかり拡大していこうとしている。そこで一緒に事業を大きくしてくれる仲間を作りたいと。だから本当に社長と二人三脚で、ぶどうの収穫も手伝わなければいけないですしウェブの広報もやらなければいけない、ツールも作らなければいけない。事業全般を一緒にやることになるんです。「言われたからやるのではなく自分から、こうやったらもっと良いんじゃないか、と話してくれる子が来るといいな」という話をされています。


株式会社スリーピークス。こちらは今年はいよいよ、ブドウの木が収穫できるまで育ち、初のワイン醸造が始まったところ!まさに本格的に事業がはじまろうとしています。可能性の広がる興味深い仕事。右腕として働けるのはすごい経験では?

ベンチャー・フォー・ジャパンの募集はすでにスタートしています。応募や説明会など詳細は
Venture fo Japan のfacebookをご覧ください。

2018年11月26日

東北を担う経営者の「右腕」になる(Venture for Japan)

東北の経営者の「右腕」として2年間限定で仕事をしながら経営や起業、地域活性のノウハウが学べる、主に就活中の大学生を対象としたマッチング事業、「ベンチャー・フォー・ジャパン」。

運営しているのは宮城県女川町に拠点を置くNPO法人アスヘノキボウ。代表の小松洋介さんご自身も、もといた会社を辞めてNPOを立ち上げ、地域活性のキーパーソンとして活躍しています。

ベンチャー・フォー・ジャパンでは、今まさに東北の経営者と、若者のマッチングをスタートするところ。小松さんに、どんな経営者が「右腕」を求めているのか教えてもらいました。

◆創業150年老舗漁具商社の7代目
例えば宮城県の気仙沼市で150年続く、漁師さんが使う道具・漁具をあつかう会社・アサヤ。そこの専務の右腕として経営企画を募集しています。専務は年齢も若くて36歳で、もともと東京でコンサルティング会社で働いて戻ってきて、様々な社内の改善、よりよくできることを変えていこうと動いたり、気仙沼の観光を盛り上げようと気仙沼のECサイトを運営していて、そこを改善してより事業として採算ベースに乗せ盛り上げるための責任者をやってくれる人を募集しています。本当に面白いと思います。お話を伺うと、本当にバリバリ外資系のコンサルタントだったので頭も切れます。話をしているだけで経営能力が身に付くでしょうし、さらに実務でも一緒に動きながら事業を作ったり拡大させたりするので。かつ、やっていることが手触り感を持って広がりを感じられると思います。大きな企業に入るとエンドユーザーはすごく遠くて、自分が作っている物が届いているかどうか分からないかもしれないんですけれども、中小企業はそれが変わっていく感じがすごく感じられると思うので面白いと思います。受け身じゃなくて成長意欲があっていろいろやりたい子、どんどん専務に質問して「こうしたい」と言う子が良いと、専務は話していましたね。


気仙沼の株式会社アサヤ。こちらの専務は元IBMのコンサルティング部門、ベンチャー企業を経て、東日本大震災後にご実家であるアサヤへ戻ったという方。7代目ということになります。漁具、つまり気仙沼の基幹産業・漁業をサポートする仕事。さらにさらに町を盛り上げるECサイトにも関われる。やりがいは相当ありそう!

ベンチャー・フォー・ジャパンの募集はすでにスタートしています。応募や説明会など詳細は
Venture fo Japan のfacebookをご覧ください。

2018年11月23日

東北を担う経営者の「右腕」になる(Venture for Japan)

引き続き、「ベンチャー・フォー・ジャパン」についてお伝えしています。
ベンチャーフォージャパンは、東北で、地域を背負って立つ経営者の「右腕」として2年間 仕事をしながら、経営・起業・地域活性のノウハウを学べるプログラム。

募集対象は、主に就活中の新卒、第二新卒の学生です。日本全体が、働き方改革という流れの中にありますが、若い世代はすでに、「会社に就職する」ことにこだわらない生き方を選び始めていて、そんな若者に、参加して欲しい・・・と言います。

ベンチャーフォージャパンを運営するNPO法人アスヘノキボウ 代表の小松洋介さんに伺いました。

◆会社に就職する、が全てじゃない
東日本大震災は1つ大きな契機になって、自分のキャリアをどうするのか、改めて自分の生き方みたいなことを本当に真剣に考えたんだと思うんですね。若い子たちと話していて、「行きたい企業が全てではない」という考えを持っていると感じます。変わったなと感じますね。僕らの時代は、僕のいたリクルートという会社だと将来起業したいから何年か仕事してやめていく人がいましたけれど、それは本当に一部。でもいまは拡大してきているなと思います。まだやっぱり地方に対する壁はあるかなと思っています。地方で本当にキャリアが築けるのか、誰も知らない場所で働くことへの不安を持っている子たちはいる。だからこそ僕らはまずは2年間期間限定の就職という形を取ることにして、まず2年間は“修行”ということでハードルを下げました。そしてポジションとして社長の右腕を最初からできる、キャリアをちゃんと作れる構造を、研修も含めて作る。 これによって壁を越えて行けたらいいなと思ってやっている感じです。私たちベンチャーフォージャパンのホームページが既に立ち上がっていますので参加したい方がいらっしゃればエントリーフォームに記入して僕らを面談して、行きたい企業を決めて企業さんと面談をして内定を頂く形ですね。すでにエントリーをしようと考えている方の中には、内定を全て辞退して、これに本気でかけて挑戦したいという子も出てきてくれていて、やっぱり僕らとしても都会じゃなくて、地方でもそういう優秀なやる気のある子がちゃんと集められるのだなと感じています。



ベンチャー・フォー・ジャパンの募集はすでにスタートしています。11月30日(土)には、東京渋谷で大きな説明会もあるそう。
詳細は 
Venture fo Japan のfacebookをご覧ください。

2018年11月22日

東北を担う経営者の「右腕」になる(Venture for Japan)

今朝は、就活の時期を迎えた学生さん、親御さんにぜひ聞いていただきたい情報です。

お話を伺ったのはNPO法人アスヘノキボウ 代表の小松洋介さん。 仙台出身。東日本大震災後、東北でのボランティアを経て、リクルートを退社。宮城県女川町のまちづくりのキーパーソンとなり、NPOを創設。現在も女川での起業支援などをはじめ、東北と東京を 「つなぐ」 様々な活動をされている方です。

そんな小松さんが代表を務めるアスヘノキボウはこの冬、新しい取り組みをスタートさせます。それが「ベンチャー・フォー・ジャパン」です。

◆「右腕」として経営を学ぼう
そもそもこの事業を立ち上げるには2つ、僕の中の大きな出来事があって、東日本大震災があって大学生の優秀な子たちがボランティアやインターンでたくさん来てくれたんですね。彼らと話をしていると、起業したいとか自分で何か挑戦をしたいという子たちがものすごく多くて、こういう子たちが被災地で経験をして世の中に出ていたらすごいことになるなと思っていたんですけれども、やはり就活が始まるとまずは就職しますとか、そういう高い志があるのになんとなく就活という波に揉まれていくのがもったいないなと思って。彼らが起業したいとか自分で道を切り開ける人間になりたいという想いを実現できる道を作れないかなと思ったのが1つです。もう一つは、たまたま女川のある企業から「事業を再建して忙し過ぎて右腕が欲しい」と。具体的には、「僕の頭の中にある事業のアイデアや数字みたいなことを隣でまとめてくれて、一緒に動いてくれる人がいてくれるといいんだ」と言っていたんですね。そういう2つの出来事があって僕がふと思ったのはこの2つをくっつけちゃえばすごく良いのではないかと。起業したいとか自分で道を切り開きたい子たちにとっては中小企業の経営者の右腕をやると言う事は、経営も勉強できるし地域社会を背負っている経営者の背中を見ることができるわけですね。そういう背中を見ながら自分はどういう道を作るのかを考えるすごく良い経験になると。企業側にとってはそういう彼らが右腕としていることによって、新規事業に挑戦できたりして、そういうことに取り組めると。お互いにwin winになれるんじゃないかということで、主に新卒や第二新卒と言われる若者たちを中心に、地方の中小企業の右腕人材として2年間働くプログラムを今やろうとしています。


Venture for Japanは、東北で新たしいチャレンジを始めている経営者の「右腕」として、2年間“経営に関わる”という修行ができるというプログラム。オイシックス、メルカリ、READY FORなど名だたる企業の経営者から直接経営を学ぶ研修なども行われるということです。11月30日(金)には東京渋谷で、起業を目指す若者向けの説明会もあります。

詳細は 
Venture fo Japan のfacebookをご覧ください。

明日も、ベンチャー・フォー・ジャパンについて、お伝えします。

2018年11月21日

浪江町の酒蔵「鈴木酒造店」の鈴木大介さん

今週は、「鈴木酒造店」杜氏、鈴木大介さんのインタビューです。



震災のあと、浪江町から山形県の長井市に移り、酒造りを続けている鈴木さん。もともとこの長井の蔵は、「東洋酒造」という酒蔵でした。代表銘柄の「一生幸福」というお酒が、地元で親しまれてきましたが、後継者がいなくて酒造りが途絶え、縁あって鈴木酒造店が、蔵を継ぐことになりました。

そのときに、この「一生幸福」という銘柄も受け継ぐことを決めた鈴木さん。どんな思いでそれを決めたんでしょうか?

聴き手は、JFNパーソナリティの井門宗之さんです。


◆「酒は喜びを分かち合うもの」

「もともと福島でやってたころは、海の近くということもあって『硬水』に塩分の要素が働いた水だった。だから、がっちりとしたお酒でありながら、やわらかさも持っているという、ちょっと不思議なお酒だったが、ここ山形、長井の水は『軟水』。といってもある程度輪郭があるきれいな軟水で、お酒としては、クリスタルな雰囲気がでる。こちらで引き継いだ「一生幸福」という銘柄は、山形の長井の人たちにとってはなじみのある、お祝い事などに使われる酒になってきたので、できれば長井の米でつくりたいと思って。この蔵の上流で米をつくってもらって、そうすれば同じ水系の米と水でつくれるなと。「一生幸福」はそれでやってみようと。最初は被災した身の上で山形県長井にやってきて、たまたまこの銘柄に出会えたというのが皮肉に思ったんですが、酒というのは喜びを分かち合えるというのが素晴らしいところ。「一生幸福」に出会えたからには、そういう場をつくっていかなければと思いました。」





被災してふるさとに帰れないという時に出会った「一生幸福」。皮肉さを感じながらも、その名前に、酒造りの原点を思ったという鈴木さん。この「一生幸福」や「磐木壽」など、鈴木酒造のお酒はネット販売は無し。きちんと管理、販売をしている一部の酒屋さんでのみ購入できます。そろそろ販売される「磐城壽 季造り しぼりたて」は、番組スタッフもイチオシの一本です。

今回は、JFN15局ネットの旅番組、「KIKI-TABI 2 Thousand Miles」の取材で、JFNパーソナリティの井門宗之さんが、山形県の長井市を訪ねた模様の一部をお届けしました。

この旅の様子は、今週末放送の「KIKI-TABI 2 Thousand Miles」で放送されます。オフィシャルサイトでは旅のレポートや動画も掲載されますので、聴取エリアでない方も、ぜひチェックしてみてください。

2018年11月20日

浪江町の酒蔵「鈴木酒造店」の鈴木大介さん

今週は「鈴木酒造店」杜氏、鈴木大介さんのインタビューです。



震災のあと、浪江町から山形県の長井市に移り、酒造りを続けている鈴木さん。震災から7年が経った今年4月、ふるさと「浪江の米」と「浪江の水」で仕込んだ日本酒、「ランドマーク」を発売しました。

「ランドマーク」・・・「目印」や「象徴」という意味ですが、いったいどんな味わいのお酒なのか?聴き手は、JFNパーソナリティ、大の左党でもある井門宗之さんです。


◆「海、川、里、山、どんな食べ物にも合うお酒」
「ランドマークは、浪江のコシヒカリでつくったお酒。ラベルにも金色の稲穂が描かれています。この酒をつくるとき、どうせつくるなら浪江町から水も運ぼうということで、浪江の地下水からつくった。米は浪江で栽培されたコシヒカリ、食用米です。

(井門:試飲)とても風味が豊かで、ふわっと広がるお酒の香りとなんともいえない奥深い味わい。これは酒付きにはたまらんやつですね!

浪江町は東から西にすごく長い町なので、海のもの、川のもの、里ものも、山のもの、なんでもとれる。それをいずれ食べても合わせられるお酒にしたいという想いから、こういうお酒にしました。冷から燗までいろんな温度帯でも楽しめます。」



 

試飲だというのにぐい呑み一杯を飲み干してしまった井門さん。純米らしいやわらかな口あたりから、グッと広がる豊かな香り・・・確かに肴を選ばない懐の深さのあるお酒でした。「浪江の米」と「浪江の水」でつくった「ランドマーク」。ネット販売は無し。一部の酒屋にのみ卸しているのだそうです。手に入れるのはなかなか難しいと思いますが、酒好きな方にはぜひこの銘柄に込められた思いもろとも飲んで欲しいお酒です。


     
今回は、JFN15局ネットの旅番組「KIKI-TABI 2 Thousand Miles」の取材で、JFNパーソナリティの井門宗之さんが、山形県の長井市を訪ねた模様の一部をお届けしました。この旅の様子は、今週末放送の「KIKI-TABI 2 Thousand Miles」で放送されます。オフィシャルサイトでは旅のレポートや動画も掲載されますので、聴取エリアでない方も、ぜひチェックしてみてください。

2018年11月19日

浪江町の酒蔵「鈴木酒造店」の鈴木大介さん

今週は福島県浪江町の酒蔵「鈴木酒造店」の杜氏、鈴木大介さんのインタビューです。



これまで「LOVE&HOPE」で継続的に取材をしてきました「鈴木酒造店」。震災による津波で蔵が流出。原発事故の影響で再開することが出来ず、縁あって山形県の長井市にあった蔵を買い取り、酒造りを続けています。そして震災から7年。今年販売を始めたのが「ランドマーク」というお酒です。

これがいったいどういったお酒なのか?聴き手はJFNパーソナリティの井門宗之さんです。


◆「浪江の精一杯がつまっています」

「最初は原発事故の営業で(浪江の)農業は手がつけられない状態だったが、平成26年になんとか実証栽培という形で作付けができるようになった。いろんな方たちと話している中で、安全な米ができたら、いい広報にもなるし、酒をつくってみようじゃないかということになり、それで酒をつくろうということになりました。ただ最初の3年は実証栽培で販売ができませんでした。それを調整して、今年の4月から販売できるようになりました。足掛け4年。浪江の精一杯がここに詰まっています。いま私は山形県(長井)で酒造りを行っていますが、浪江の酒をつくるなら、浪江の背景もお伝えしたいし、これを販売することで伝わっていくということも強く願っている。「ランドマーク」というのは、一般的には目に見えるものだが、目に見えなくても、誰かの心の中で育っていってほしいという想いを込めてつくったお酒です。また向こうでなんとかやりたいとは思っていて、それも近々公表できると思います。」





鈴木酒造といえば代表銘柄は「磐木壽(いわきことぶき)」。“いわき”と名前はついていますが、いまは、山田錦や出羽燦々などの酒米を使って、長井の水で仕込んでいます。一方の「ランドマーク」は、浪江の米と浪江の水で仕込んだお酒。足掛け4年かけてようやく今年春にこのお酒が販売できることになった時にどれほど嬉しかったことでしょう。「浪江の精一杯がここに詰まっている」という言葉が印象的でした。

ランドマークは「目印」とか「象徴」という意味です。今年1月に放送したインタビューでも、いまは更地となっている浪江町の蔵のあった場所で、「ここは自分のランドマークだなというところはある・・・」と、鈴木さんは話していました。

「ランドマーク」をはじめ、鈴木酒造店のお酒は、きちんと管理ができる一部の酒屋さんにのみ卸しています。ぜひ“浪江の精一杯”を味わってみてください。



今回は、JFN15局ネットの旅番組、「KIKI-TABI 2 Thousand Miles」の取材で、JFNパーソナリティの井門宗之さんが、山形県の長井市を訪ねた模様の一部をお届けしました。この旅の様子は、今週末放送の「KIKI-TABI 2 Thousand Miles」で放送されます。オフィシャルサイトでは旅のレポートや動画も掲載されますので、聴取エリアでない方も、ぜひチェックしてみてください。

2018年11月16日

方言が日本を救う?(東京女子大学 篠崎晃一教授)

今週は、日本各地の「方言」の魅力や、方言を巡る問題についてお伝えしています。

実は東日本大震災による人口流出で、岩手県の一部地域の方言が「消滅危機」にあることが、分かっています。
きょうは、そうした消滅危機にある方言・言語、そして「言葉」という存在の不思議さについて、方言研究で有名な東京女子大 篠崎晃一(こういち)教授のお話です。

◆変わり続ける言葉を守るということ
例えば世界中、いろんな少数民族の言語が消えていくので、それは消えていく前に記録して残す動きはあるんですね。例えば八丈島なんかは消滅の危機に瀕する言語に位置づけられているので、そういうところは何らかの対策が講じられると思うんですけれども、それほど知られていないような地域の言葉と言うのはやっぱり消えていってしまうというのはあると思いますね。言葉が変化していくと言うのは時代の流れであるわけで、例えば我々が使っている「はひふへほ」の発音なんかは昔は、「ぱぴぷぺぽ」が「ふぁふぃふふぇふぉ」になって、はひふへほに変わっていたとも言われているんですね。そう考えるとこれから何百年、何千年後に発音がどう変わっていくか、変わっていく可能性は高いと思いますね。例えば沖縄の方言で、フラワーの花のことをファナということがあるんですね。その音声が地方に残っている。ヒゲをフィゲ、ヘビをフェビと言う発音は、東北の一部に残っていますね。方言を知ろうという事は、ひとつは日本語の歴史的な流れを解読すると言うことですかね、その変化の過程を捉えると言うことにもつながるし、方言が本来の姿のまま残っているものもあれば、方言が共通語とミックスして新たな方言を生み出したりとか、隣接地域の方言とミックスして第3の方言を生み出すとか、そういう現状もあるわけですね。ですからまだまだ方言も進化していく進化していく、そういう面白い夢を追求していきたいと思っています。


「はひふへほ」は、昔は「ぱぴぷぺぽ」だった・・・・これ、17世紀ごろに来日したポルトガル人が作成した日本語をポルトガル語で解説した辞書などで、わかったものだそうです。言葉はどんどん変化していくのは必然ですが、人口減少などの理由で方言が消えてしまうと、その方言が内包していた「文化」も消えてしまいます。地方が抱える大きな問題のなかに方言消滅があります。

2018年11月15日

方言が日本を救う?(東京女子大学 篠崎晃一教授)

年末年始、災害から復興を目指す地域へ「応援」の意味も込めて出かける方へ方言の楽しさ、魅力をお伝えしておりますが、
一方で、地域によっては 方言そのものの「消滅」が懸念されているケースもあると言います。

これも実は、みんなで真剣に考えなければいけない問題。方言研究で有名な東京女子大 篠崎晃一教授に伺いました。

◆消えていく方言
方言にも、もてはやされる方言があれば、だんだん消えていく方言もあると思うですね。まずジャンルで言うと、最初に言ったような感情や感覚を表す方言と言うのは、共通語に置き換えにくいので残りやすいと思うんですね。ところが、例えば昔は雨上がりにはちょっと道端にカエルがぴょんぴょんしてたりとかあったんですが道路が舗装されるとカエルを見かけなくなって、そういうもの自体が身の回りから消えていくとそれを表していた方言も一緒に消えていくんですね。時代の流れ、文化の発展とともに消えていく方言と言うのはたくさんあるし、生活様式や昔使っていた農具を使わなくなればそれを表していた方言も消えていくということはあるんですね。一方で、体系としての方言、まとまりとして消えていく。1つの事例で言うと山梨県に奈良田と言う集落があるんですね。ここは南アルプスの登山口で早川という川の上流にあたる集落なんですが、ここは室町時代に使われていた発音が残っている非常に面白いところなんです。伝説があって奈良時代に女帝が病気の療養に訪れて、そこにつき従ってきた人たちの子孫がそこに住み着いて、谷間の深い所にいると言うのでみんな深沢さんと言う名字なんですけども、そこが居住している人が20人前後なんでしょうかね、だんだんそこに住んでいる人が減っていくと、言葉も一緒に消えていくと言う事はあると思うんですね。だから限界集落のようなところが、そこが独自の方言体系を持っているとすれば、それは消滅していくと言うことでしょうね。


方言が消滅してしまう大きな理由の一つが、その地域の人口減少。実は東日本大震災による人口減少によって、東北・岩手県でも方言消滅の危機におちいっている地域があるということです。

明日も、方言消滅という問題についてお伝えします。

2018年11月14日

方言が日本を救う?(東京女子大学 篠崎晃一教授)

年末年始、災害から復興を目指す地域へ「応援」の意味も込めて出かける方もいるはず。そこで、その土地の方言をちょっと知っているだけで、
コミュニケーションはとっても豊かなものになり、その地域がもっと好きになるはず。

ということで、きょう紹介する会話のきっかけになる方言は、京都の「指づめ」、そして山梨県の「からかう」など。いわゆる共通語の意味とは大きく違うらしいんです。方言研究で有名な東京女子大 篠崎晃一教授のお話です。

◆富山県の人は「だいてやる」と大喜び?
共通語と語系が同じで意味が違う方言と言うのが、誤解されやすいんですね。京都のホテルの回転扉に「指づめ注意」と張り紙がしてありました。詰めると言うのははさむと言う意味。指を挟むなと言う意味だと思うんですけれども、私が泊まったホテルのシャワーブースのところにも、「指づめに注意してください」と書いてありました。注意書きに、方言だと気づかずに使っちゃっているんですね。あと誤解されやすいのが、広島だと満腹のことを「お腹が太る」と言うんですね。だから女性を連れて行って「お腹が太った?」と言ったら失礼にあたるんですけれども、お腹がいっぱいになったと言う意味なんですね。気をつけないと危ないですよ。他にも富山ではおごってやることを「だいてやる」と呼ぶんですね。これはお金を出してやるのだしてが、イ音便になって「だいて」になった。だから富山のサラリーマンは、男性の部長が若い男性社員に向かって「今夜はだいてやるぞ」と言うとみんな喜んでついていくと言うそういう笑い話もあると言う事ですね。山梨では、からかうと言うのは手を尽くすと言う意味なんですね。だから病院でお医者さんが「これからからかいます」と言う時落としちゃうとか。後は静岡ではくれると言うのは捻挫すると言う意味なので、おじいちゃんが来れちゃったなんて言われると他の人がびっくりするとかですね、そんな面白い話がありますね。



そのほか、佐賀県ではカワイイのことを「いやらしい」というそうで、「この赤ちゃん、いやらしかね〜」というのは、かわいい赤ちゃんだね、という意味。ぜひ佐賀へ行く方はお試しあれ。

あしたは、方言が抱える課題、お伝えします。

2018年11月13日

方言が日本を救う?(東京女子大学 篠崎晃一教授)

今朝も「方言」をめぐる楽しい話題、お届けします。

年末年始、災害から復興を目指す地域へ「応援」の意味も込めて出かける方もいるはず。そこで、美味しいもの食べて、その地域の人たちとコミュニケーションをとる。そんな時に、ご当地の方言を知っているだけで、ぐっと距離が近くなります。

例えば。東北の「いずい」、北海道の「あずましい」、そして新潟の「じょんのび」。
・・・さあ、どういう意味か知ってますか。
方言研究で有名な東京女子大 篠崎晃一教授のお話です。

◆あ〜じょんのび、じょんのび!
例えば感覚を表す方言と言うのは、なかなか共通語で一言で置き換えにくいんですね。それが方言であっても今でも使われ続けていると言う事はあると思うんですね。例えば東北地方では「いずい」「えずい」と言う方言があるんですが、これはなかなか共通語に置き換えにくいんですね。目にゴミが入ったときのごろごろするような違和感であるとか、セーターを着たときのチクチクして不快な感じであるとか、そういう身体的な違和感に加えて、3人掛けの椅子の真ん中に座っちゃってちょっと居心地が悪いと言う事まで「いずい」と表現できちゃう。非常に便利な言葉なんですね。それだけに今でも東北の人たちは割と使う頻度が高いというのがありますね。北海道・東北のほうは結構そういう感覚を表す方言が豊富で、北海道あるいは東北の北部の「あずましい」と言うのがありますね。これも居心地の良さのようなニュアンスで使うんですけれども、むしろ「あずましくない」と打ち消しの形で使うことが多いと言っていました。「この店、あずましくないな」と言ったら居心地が良くないなと言う意味になると言う事ですね。それから新潟だと今度は「じょんのび」と言う方言があってですね、よくロック歌手と間違う人がいるみたいですけれども、じょんのびと言うのは1日働いて疲れて家に帰ってきたときに、湯船につかって「あーじょんのびじょんのび」というのが1番ぴんとくるらしいですね。解放されたときのゆったり感と言うんですかね。これこそ共通語に置き換えられていないと言うものですね。


以前にも一度紹介していますが、あーーじょんのび、じょんのび。なんかイイ!
ちなみに新潟には「じょんのびの里」という道の駅もあるそうです。こういう言葉を知っているだけで、地元の人も喜んでくれたりするのは、外国の人が、日本のマニアックな言葉を知ってたら嬉しくなるのと一緒かも知れません。

あしたも方言の楽しいお話です。

2018年11月12日

方言が日本を救う?(東京女子大学 篠崎晃一教授)

そろそろ年末年始の里帰り、お出かけの予定を考え始める時期。そこで今回は、日本全国の地方の「魅力」の一つ、方言を楽しむ方法、お伝えします。

お話を伺ったのは、方言研究で有名な東京女子大 篠崎晃一教授です。実はいま、各地方独特の方言・・・僕の故郷名古屋でいう、だぎゃーのような方言は、地域の財産、地方活性のコンテンツになりつつあります。まずはそんなお話からどうぞ。

◆方言は地域ブランド
方言はかつては方言コンプレックスと言うような言われ方があって、方言を話すことが恥ずかしいと言う時代が結構長かったんですね。だんだん方言の価値が上がってきて、それは特に若い人たちにとっては恥ずかしいものと言うよりは、まさに自分がその方言の担い手であると言う事でプライドを高く持っている。それが地方の時代というか地域に焦点が当てられる流れができた中で、方言自体が各地域のブランドのようになってきてるんではないかと思うんですね。かなり前に、方言が女子中学生の間で流行った時代があったんですね。それは特に方言の意味を理解していると言うのではなくて、その方言の音型、例えば北海道の、強調を表現する〈とても〉〈非常に〉にあたる「なまら」と言ったりしますね。そういうものが普段の表現の中に散りばめられる。つまり彼女たちは方言を1つの語としてではなくて、新しい音楽を取り入れるように耳から、音型を取り入れて、その新鮮さを自分たちの日常の会話の中散りばめることで、一緒のアクセサリーのように使う。そうすると普段使っている言葉がマンネリ化してきた表現ではなくて、そこにアクセントを入れたりすることが可能になってきたと言うことだと思うんですね。しかもそれをSNSが流行ってきた時代の中では、相手の使っている地域の方言をポッと取り入れるとか、そういうことで関係が縮まったりとか、そこに親近感が生まれたりとか、そういうツールとしての役割もあるんじゃないかと思うんですね。 



また篠崎教授によれば、方言は観光誘致の重要なツールになってきているそうで、例えば、富山県の空港は「富山きときと空港」。方言が空港名にまでなっている。(きときと=お魚が新鮮だ!とか あの人は活気がある!などの意味)

また宮崎県小林市の移住促進のムービーは、この地域の方言がフランス語そっくりということで、それを楽しく紹介する映像でものすごく反響があった、というのも有名なケースだということです。

明日も方言の魅力、方言の楽しみをお伝えします。

2018年11月9日

11月9日 福岡県朝倉市 アダチ果樹園

きょうは、福岡県朝倉市の果樹園からのレポートです。

現地でお話を伺ったのは、去年の12月にこの番組でもお電話をつないだアダチ果樹園のご主人・足立裕俊さん。

この朝倉市の志波地域というのは志波柿という美味しい柿の産地として有名なんですが、去年は九州北部豪雨による土石流で 大きな被害を受け、復旧半ばの今年も、台風や集中豪雨が相次ぎました。

※いまも河川周辺は被害を受けた当時のままの状態

ただ、アダチ果樹園は、なんとか無事、今シーズンの柿の出荷がスタートしたということで番組は現地に行きまして、今年の状況、伺ってきました。

◆復興はまだまだ。でも柿はしっかり実った!
今年は雨が少なくて、やっぱり7月、8月の雨が一番欲しい時期に雨がふらなくてですね。今年は小ぶりかなと思ったんだけど、ある程度、8月おわりから9月はじめ頃に雨が振り始めたのでそんなに大きく影響はなかったんですが、高温でたまが日焼けしたり、ちょっと傷も多いですね。やはり最後の台風で擦り傷とかで、やわになったりしている部分も多いかなと思っています。それで、どうしても山手のほうが土砂が流れてきて、砂や木が流れてきて川が埋まってしまって、8月、9月は泥をトラックが出して、1ヶ月から1ヶ月半続きました。やっときれいになったと思ったらまた雨が降れば土砂としてたまって、雨がちょっとでも降ると怖い部分はありますね。やっと上の方も災害で崩れた家を片付け始めたりできて、道が修復できたけど7月の雨で道も流されて、また道を作って・・・というのを繰り返して、まだ避難して家がないという人もいるから、なかなか復興という形ではまだまだだと思っています。
  


ということで今年のアダチ果樹園、一部で被害を受けてはいますが、無事、しっかり実っているということでした。で、柿狩りは11月いっぱい楽しめるらしいので、まだチャンスあり!そして12月末〜3月までは富有柿というブランド柿の出荷が続くということで、こちらも楽しみです。

2018年11月8日

北海道厚真町のハスカップ農家・山口善紀さん4

今朝は引き続き、北海道厚真町「ハスカップファーム山口農園」の代表、山口善紀さんのお話し。



勇払原野の何千本の原木の中から、とりわけ甘く、苦みやエグミのない木を見つけ出し、「ゆうしげ」と「あつまみらい」の2種を品種登録。5000本にまで栽培面積を広げていましたが、9月の震災では500本が土砂に埋まり、今も流れ込んだ土砂はそのままになっています。

山口農園をはじめ、町に100軒あるハスカップ畑の復旧作業はこれから途につくことになりますが、費用の面など、先行きに不安を抱える農家も少なくないといいます。


◆「頂いた支援金で苗木を育てる」

「なかなか“木の支援”ということは難しいだろうなっていうのはなんとなく僕も感じてて、ただその“日本一の産地”をもう一回復興してく上で、いま僕が声を頂いてるそのチャリティをしてる人達、「ハスカップに使ってほしい」「支援したい」ってこと言ってくれてるんですね。それで僕のアイデア的には、そうやって頂いたチャリティとか義捐金を“苗木生産”に使おうといま思ってて、たくさんのハスカップ畑が・・・ウチもそうですけど・・・埋まって、苗木の予備が僕は有るんで、そういうお金で、1本2000円とか3000円とかで販売してる木を、供給していけたらなと思ってて、そうすると支援してくれた人達にもわかりやすいなと、これだけの支援を頂いて、これだけの木を生産して、これだけの面積を元に戻せました!みたいな、わかる形にすれば、きっとそっから生産されるものに対しても、支援してくれた人たちが、買ってくれたり、皆さんに美味しいハスカップを届けることにもなるし、結局はその回るよみたいな形にしていければなと思ってますま。いま左側の木、残ってますよね?あの裏も実は崩れてんですよ。もしそこの木が崩れたら苗木も全部そこに刺さってるんで、もう再起不能なぐらいに打撃を受けたんですけど、奇跡的に残してもらったので、やっぱり何かすれっていうメッセージなのかなと・・・」


土砂が流れ込んだハスカップ畑。奇跡的に苗木を育てているエリアが無事だったのは、山口さんが言うように使命を与えられたのかもしれません。さっそく山口さん、Facebookページで「ゆうしげの会」を設立し、現在、参加者を募っています。下記のリンクをチェックしてみてください。

「ゆうしげの会」


そんな山口さんは、甘いハスカップの「ゆうしげ」と「あつまみらい」を育てる一方、「ジャム」などの加工品も手掛けています。



一時は生産がストップしていた貴重な貴重な「ハスカップジャム」、町内の「こぶしの湯あつま」など、4カ所で買うことが出来るほか、電話を頂ければ郵送で販売することも可能ということです。番号はこちら。

「ハスカップカフェ」


2018年11月7日

北海道厚真町のハスカップ農家・山口善紀さん3

今朝は引き続き、北海道厚真町「ハスカップファーム山口農園」の代表、山口善紀さんのお話し。

町の特産品であるハスカップを約5000本育て、年間3トンを収穫する山口農園。ジャムやスイーツの加工、販売も手掛け、2012年には「六次産業化事業」の認定も取得。厚真町が“日本一のハスカップ産地”と呼ばれる原動力にもなりましたが、9月の震災では、そんな山口農園のハスカップ畑も、約500本が土砂に埋まるなど、大きな被害を受けました。



5代続く農業一家の山口家、もともとは稲作中心の農家で、ハスカップはお母さんが始めたのだそうです。


◆「昔は梅干しがわりだった」

「もともとハスカップはシベリアの方から渡り鳥が運んだって言われてて、勇払原野っていうのが日本一の群生地なんですよね。で、昭和53年にうちの母がハスカップを始める時に、3年くらいかけて1000本くらいを勇払原野から持って来て植えたっていうんですけど、僕が継いだ時には30種類くらいまで絞ってあって、さらにそこから20種類くらいまで絞って、その中で、“そのまま食べれるもの”・・・ハスカップって今こそスイーツでよく見ますけど、僕ら小さいときは梅干しがわりだったんです。塩漬けにして日の丸弁当のようにお弁当の中とかおにぎりとか、おじいちゃんが焼酎漬けにして・・・っていうような、もう飲み込めぐらい苦いか渋いか、すごい酸っぱいかなんですけど、そのまま食べられる物ってのは食味的には最高にいいってことなんで、それを2品種、品種登録したんです。それが「あつまみらい」と「ゆうしげ」です。その二つは糖度が12以上ですね。「ゆうしげ」はハスカップらしいくないぐらい酸味がないんです。で、「あつまみらい」は、美味しく食べれる程度の爽やかな酸味が丁度残ってる、で、糖度12以上っていう規格なんですけど、で、どちらも一般的な野生のモノの倍以上の粒の大きさ。やっぱり一番好きなのは品種登録したハスカップを、とくに僕は「あつまみらい」が好きなんですけど、凍ってるのをそのまま食べる、もしくはその凍ってるやつをバニラアイスの上に乗っけて砕きながら食べるとかが好きですね。」



じつは勇払原野に群生していたハスカップ、木の一本一本、味が違っていて、ほとんどの木の実が、苦くて酸っぱくてエグくて、果実というにはほど遠い実ばかりでした。なので概ね塩漬けにされ梅干しがわりになったりしていましたが、中に奇跡的に、甘くて酸味は控えめ、エグさもない、美味しい実がなる木が見つかることもあって、お母さんは挿し木する木を30本に絞り込みました。そしてそれをさらにさらに絞り込んで、善紀さんは“究極の2本”を、「あつまみらい」と「ゆうしげ」に絞り込みました。

糖度はなんとリンゴや梨レベルの「12」。じつは番組スタッフが食べたそうな顔をしていたら、山口さんは今年収穫した実を凍らせていたものを出してくれました。これがまあ何と美味しいこと。「ゆうしげ」と「あつまみらい」、どちらも、ふっくら菱形っぽいの2センチくらいの濃い紫色の実で、「ゆうしげは」、苦みやエグミがまったく無く、食感はブルーベリーに近いけど、まったく違う独特の香りと風味が口いっぱいに広がります。「あつまみらい」はそこに少しだけフルーツらしい酸味が加わります。試食の手が止まりませんでした。

畑は500本の木が土砂にやられましたが、じつは加工品の看板商品「ハスカップジャム」も、加工場が使えず製造が出来ない状態が続いていましたが、こちらも今月初めに加工を再開。

明日はそんな「ハスカップジャム」の試食もしてみたいと思います。


ハスカップファーム山口農園

2018年11月7日

北海道厚真町のハスカップ農家・山口善紀さん2

今朝は引き続き、北海道厚真町「ハスカップファーム山口農園」の代表、山口善紀さんのお話し。

ジャムやワインなどに加工される厚真町の特産品「ハスカップ」。甘酸っぱくて香りが良い果実で、町には約100軒のハスカップ農家がいるといいます。

9月の震災では、山口さんの農園をはじめ、多くのハスカップ畑が、土砂に埋まるなどの被害を受けました。しかもハスカップは、きちんと実をつけるまでには長い時間がかかる果実なんだそうで、生産の継続には赤信号が点滅する事態となっています。

そんな中、じつは山口さんのハスカップづくりの師匠でもある、お母さんの美紀子さんが細々と続けてきたことが、
いま希望の光になっているといいます。


◆“そんなの売れるのかい?”と言われながらも続けたこと

「まだハスカップって40年ぐらいしか経ってないんですよ。北海道で栽培が始まって。うち40年ぐらいやってんですけど例えば苗木として植えるのに挿し木で増やすんですね。で、だいたい5〜6年のものを、僕ら挿し木として土地に植えるんですよ。で、そこから1キロくらいになるのに、10年ぐらいかかるんで。僕はたまたま、ハスカップの苗木を積極的に作って販売してるので、苗木は何千本かあるし、2年とか3年とか経ってるのが何万本かあるので、それがほとんど大丈夫だったので、植えられる苗は確保できてることはできてる感じですね。ウチのお袋に、“なんで毎年・・・何千本も挿すんですけど、毎年よくバカにしてたんですね。“そんなの売れるのかい?”みたいな。でもなんかずっとこの農園を2005年に継いでハスカップ農家になったんですけど、その日からずっと苗木を挿すっていうのをやってて、余してる苗木がいっぱいあるのにまだ挿してるみたいなことを・・・だからいま思ってるのは、これからどんな復旧支援になるかわからないですけど、どっちにしてもハスカップ農家100軒以上あるんですね厚真町って。その人たちが土地が整備されて土砂取り除いてもらって植えられる状態なっても、すぐには苗木、植えられるものは手に入れるの難しいと思うんです。あまり皆さんやってないので。そういう意味では、苗木の供給がすぐに出来そうなので、まあ苗木を少し積極的に生産した方がいいかなっていうのは、いま思ってますけどね。」




もともと勇払原野に群生していたハスカップから、苦みやエグミが少ない優秀な木を挿し木しては苗木を作り続けた美紀子さん。“売れもしないのに”と言われながらも、地道に作りつづけました。それを受け継いで、善紀さんはとりわけ苦みやエグミが少なく、甘く香りのよい奇跡的に美味しいハスカップを見つけ出して苗木の確保を繰り返し、「あつまみらい」と「ゆうしげ」という2種を、品種登録しました。

いま多くの畑が被災する中、山口農園が多くの苗木を確保していたことが、あらためて見直されているといいます。母から子へ受け継がれ続けられてきた地道な活動、それが皮肉にも震災によって“間違いではなかった”と証明されることになったわけです。

『LOVE & HOPE』、明日も北海道厚真町のハスカップ農家、山口善紀さんのお話しです。


ハスカップファーム山口農園

2018年11月5日

北海道厚真町のハスカップ農家・山口善紀さん1

今朝は「北海道胆振東部地震」で大きな被害を受けた震源地の町、厚真町でハスカップ農園を営む「ハスカップファーム山口農園」の代表、山口善紀さんのお話しです。

「ハスカップ」はスイカズラ科の木で、1センチほどの小さな紫色の実は、ジャムやお菓子、ジェラートやワインなどに加工されて、北海道の空港や産直店などで扱われていますので、味わったことがある!という方もいるのではないでしょうか。

じつは厚真町、栽培面積日本一になったこともあるハスカップの一大産地でもあって、町の中にも“ハスカップの町”という看板が立っていたりします。

9月6日に起きた震災では、そんなハスカップ畑にも、大きな被害が及びました。


◆「被害は500本、500キロ」
「9月5日の日の深夜、とにかくあまりにも振動にびっくりして飛び起きて、食器棚というか茶ダンスがバンと開いて、もうがっちゃんがっちゃんがっちゃんって、ずっと目の前でどうすることもできずに食器が割れてくんですね。だからめちゃめちゃやばいなあと思って、で、まず一回出て、薄くぼやと空がちょっと明るくなってきてから、近所の安否確認しなきゃなと思って、安否確認して、で、途中にすごい土砂崩れ。田んぼがほとんど埋まってるような。で、とんでもない地震だったっていうのを本当でそこで感じながら、安否確認して皆の無事を確認して、戻ってくる途中に道路からあの木が見えたんですよね。“畑の真ん中に木がある!”と思ったんですね。で、この山崩たな・・・ということを確認して。これハスカップです。これ列、1列2列って数えていくと、こっから上にあと15列あったんで、これだけの面積が埋まったことになるんです。ここは「ハスカップ狩り」用なんですよ。だから開放する面積が減る。だいたい約500本くらい。僕らが「成木」って呼んでるこれくらいの大きさになると、1キロ以上(実が)なるんですよね。で単純に500本ぐらいいったら500キロぐらいは、来年から取れなくなるのが確定したので、もうため息も出ないぐらい、愕然としましたね。」




山口さんは代々農家を営んできた家の5代目。地域の自警団もしていて、9月5日は地域の祭りで走り回っていたのだそうです。そして帰宅し疲れて居間で寝てたら、深夜の6日未明、震度7の地震が起きました。自宅のすぐ裏がハスカップ畑になっていて一部が土砂にのまれましたが、その時はまだ暗かったので自宅周辺がどうなっていたかは分からなかったといいます。ガラスの割れる音で土砂崩れの音や地鳴りも分からなかったとか。その後、近所の安否確認をして、明るくなって初めて、町や自宅裏の畑の土砂崩れを見て愕然としたということ。

そのあと、自宅と畑がある宇隆地区は「危険」ということで強制避難になりました。お母さんは町指定の避難所に入ったんですが、山口さんと奥さんは、猫がいたので避難所には入らず、18日に避難指示が解除になるまで車中泊を続けたんだとか。

町に約100人いるハスカップ農家は、大なり小なり地震の被害を受けましたが、避難指示が解除されたあと再建に向けて歩み始めます。

「LOVE & HOPE」明日も北海道厚真町のハスカップ農家、山口善紀さんのお話しです。




「ハスカップファーム山口農園」

2018年11月2日

トリチウム水の海洋放出を懸念する浪江町の漁師の声

今朝は福島県浪江町で試験操業を続ける、ある漁師の声。   
   
廃炉工程にある福島第一原発では、原子炉建屋に流入、汚染された地下水を汲み上げ、ALPS(アルプス)という浄化システムで処理、構内のタンクで保管しています。その量は現在90万トンを越え、いまなお増え続けています。

この処理されたあとの水、“浄化された”とはいえ、ALPSでも除去できない“半減期12年”の放射性物質「トリチウム」が溶け込んだ廃液です。

この溜まる一方の“トリチウム水”について、政府の汚染水処理対策委員会は今年春、「海洋放出が最も短期間に低コストで処分できる」とする試算を明らかにして、8月には経産省が初めての公聴会を開きました。

トリチウムを含んだ水は、国内外の通常の原発の運転過程でも発生、これまでも各地で“海に放出されてきた”という事実がじつはあって、“科学的に問題はない”とされていますが、これまで風評被害に耐えながら、こつこつと試験操業を続けてきた福島の漁師にとって、もちろんこれは簡単に受け入れられるものではありません。しかも8月には、河北新報によって、この「トリチウム水」には基準を超える「ヨウ素129」などの放射性核種が含まれていることが報じられてもいます。

去年、避難指示解除を機に、船を移していた南相馬市から、6年ぶりに母港の浪江町請戸漁港に帰還した漁師の一人、小松諒平さんのお話しです。


◆「またマイナスに戻ってしまう」

「3月11日の震災があって原発事故があって、うちら漁師としてはマイナスからのスタートだったんですよね。獲っても最初は売れないっていう懸念がいっぱいあって、先行きが見えない不安というのもありましたし、その中で少しずつ一歩ずつ前に向いて歩んできて、マイナスからのスタートがやっとゼロに。東京の市場からも、“福島県のものはいま検査ちゃんとしてるから安心ですよ”って言ってもらってるのに、そういうものを流したら、またマイナスからのスタートになってしまうじゃないですか。せっかく我々漁業者頑張ってきたのが何なんだろうとつくづく思いますね。一度“フクシマ”ってレッテルが貼られている以上、流してしまったら、また俺たち魚獲れなくなったり、魚だけじゃなく福島のものがまた「買い控え」っていうことも出てくるし、そういうことはしてもらいたくない。流さない方法をちゃんと模索してもらいたいというのが本音ですね。」



厳しい検査を重ねながら、信頼を取り戻そうと慎重に行われてきた試験操業。対象魚種も増えて値も震災前に戻りつつある中で、また振り出しに戻るかもしれないという懸念。それは福島の漁師たちの共通した思いであるはずです。

“トリチウム水の海洋放出が最も低コスト”という試算を報告した政府の汚染水処理対策委員会は、処分方法を絞り込むための小委員会を設置、技術的な観点だけでなく風評被害も含めて検討を重ね、適切な処分方法をまとめる、としています。

決してそれが「海洋放出」への社会的同意を狙ったものでないことを祈らずにはおれません。

2018年11月1日

葛尾村・佐久間牧場(4)

福島第一原発事故の影響で多くの牛を失い、7年越しでようやく、酪農再開への道筋をつけた佐久間農場。

8頭の牛と、生まれたばかりの かわいい子牛たちとともに、いよいよ牛乳の再出荷へ向かおうとしています。ただ、やはり気になるのは「風評」。佐久間さんはこの問題、どう捉えているのでしょうか。

◆風評被害はないと思って
風評被害、買う側の人がそう思うだけで、僕らはちゃんとした、みんなが納得するような、行政が考えているよりも厳しいやり方をして、絶対に線量が出ないものをやるつもりで、そこには念には念を入れてやろうと思っていたので、どこに出しても遜色ないものを自分のところで作っていると思っているので、風評被害はないと思って始まっているんです。今は試験的に8頭ですが、出荷等を考えると、もともと持っていた牛乳を入れるタンクというのが3500リットルなので、ちょっとの牛乳ではクーラーが壊れちゃうんです。最低限の乳量にしないと凍ってしまう。うちの3500リットルのタンクだと最低限出荷のときには1000リットル入らないとダメ。だから1回に500リットル。これをコンスタントにやるには20頭の牛がいないとできない。なので今月20頭、来月20頭の40と今回の8頭で48頭で、それなりの量になるんではないかと思ってはいるんです。出荷の目標としているのは来年の1月の第2週から第3週くらいに、クーラーが壊れない位の乳量になるんじゃないかと。  


風評を吹き飛ばすようなものを作る、そういう仕事をする。それが佐久間さんの結論。ただ、葛尾村はもう一つ課題があります。40代前半の佐久間さんのような人やもっと若い世代、これから村をになう若い世代がどうやったら村に戻るか。葛尾村は戦後に入ってきた農家・酪農家も多く、先祖代々の土地という意識が薄いそうで、一度、村を出ていった人が、帰ってくるというのはそれなりに魅力を感じないと難しいようです。そこをどうするか。行政や国の力も必要ではと佐々木さんは話していました。

パーソナリティ(月ー水)中西哲生・ケリーアン(木)中西哲生・綿谷エリナ(金)速水健朗・綿谷エリナ

メッセージ、ご意見、プレゼントご応募はこちら

LOVE & HOPE スペシャル 7年目の春便り〜ふたつの故郷(ふるさと)〜

TOKYO FM サンデースペシャル やさしい日本語 Supported by ヒューマンアカデミー

「LOVE&HOPE〜防災ハンドブック2015」PDF版ダウンロード配信中

アーカイブ

  • いのちの森
  • Support Our Kid's
  • TOKYO FM
  • JFN