2020年2月28日

被災地の子どもたちに夢を! サポートアワーキッズ2020年募集

今朝は、復興を担う被災地の子どもたちの、自立支援に取り組む団体「サポートアワーキッズ」の活動についてお伝えします。

サポートアワーキッズは2011年から、継続的に被災地の子ども達による海外ホームステイを実施していて、これまで、ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアなどで
455人の子どもたちが、海外を経験しています。この番組ではそうした子どもたちが成長していく姿もお伝えしてきましたが、今年も夏の実施へ向けた、募集がスタートします。

きょうは、今年1月にスイスへのホームステイに参加した岩手県立大船渡高校2年、熊谷秀人くんにその経験について伺いました。

◆IOC会長からもらった言葉を胸に
まずサポートアワーキッズの活動を知ったのが、学校で応募のチラシを見てだったんですが、僕は小さい頃からスポーツの力で何か人の為に役に立ちたいという思いもありましたし、僕が震災を経験したのは小学2年生の時で、自分がその時に受けた恩に対して何も恩返しができていなかったので、今度は自分が支えて下さった方々の手伝いや、加えて東日本大震災以降も様々な自然災害が起こったのでそれに対して自分が何かやっていきたいという想いで参加しました。スイスの中ではIOCの会長であるバッハさんとお話しする機会があったんですが、その中で「change or be changed」、変わることを恐れずどんどん自分から変わっていってほしい、変わったことがもし悪いことだったとしてもそれが自分がまた変わるチャンスになるからという言葉をもらって、これから僕たち東北に住む若者は自分たちでどんどん未来を切り開いていかなければいけないと背中を押していただいたような気がして、そういった経験が自分の成長にもつながっていったんだなと感じました。僕は今回のスイスでの経験を通して実際にユースオリンピックにボランティアとして携わる中で、スポーツの持つ国境を越えた力というか、人々を奮い立たせる力を感じて、僕も将来はスポーツを通じて国際的に役に立てることができれば嬉しいなというのがあって、今はそのIOCで働くというのが大きな目標です。このサポートアワーキッズのひとつの魅力として、海外の活動を通してのひとつの目的である「自立」という言葉があるんですが、自立は1人でやっていくことではなくて人とつながっていく中で自分の役割を見つけるものだと僕は今回参加して思っているので、そうした自分の中の自立を必ず助けて、そんな風なことを考える素晴らしいきっかけになると思うので、ぜひ皆さん参加していただきたいなと思っています。


この「サポートアワーキッズ」による海外ホームステイ
「復興アンバサダー海外研修プログラム」は、現在参加者募集中です。
行先は夏季がフランス・アイルランド・カナダ、実施は6月上旬から7月中旬、約2週間研修プログラムです。
(春季は2021年3月下旬)夏季の募集分締め切りは3月25日(水)です。
詳しくはサポートアワーキッズのホームページをご覧ください。


・・・ちなみに、サポートアワーキッズのプログラムで1月にスイスへ渡った熊谷くんはIOCバッハ会長に30分、復興五輪に対する自分たちの想いを伝えることもできたそうです。また熊谷くんは、東京オリンピック聖火ランナーにも選ばれ、地元の陸前高田−大船渡を走ることも決まっているそうです。海外での貴重な体験を機にいろんな道が広がっているんですね。現在高校2年生で陸上部でも活躍。来年は受験して大学進学をめざし夢をかなえたいと話しています。


※今年1月のスイスホームステイの様子

2020年2月27日

震災9年、ISHONOMAKI2.0のまちづくり?

今朝も、宮城県石巻市で進む、まちづくりの「いま」お伝えします。

東日本大震災をきっかけに、町の若い世代、ボランティアの人たちが立ち上げた町づくり団体、ISHINOMAKI2.0。移住者サポート事業、アート企画、観光コンテンツなど、この9年の間に様々なプロジェクトを立ち上げ、現在も走り続けています。

そしていま。9年前まだ子どもで、石巻2.0の活動を見つめてきた世代が次を担う時期が来ているようです。石巻2.0代表 松村豪太さんのお話です。

◆地方はもっと軽やかに
ポスト3.11というか、日本が変わりつつあって、人口が減ってきているというのもありますけれども、単にお金をいかに膨らませるか、稼ぐかということではなく、別な幸せの作り方、あるいは社会を良くする仕方が出てきていると思うんですね。例えば仕組みとして、資金調達のあり方としてクラウドファウンディングみたいなものがあったり、暮らし方としてシェアハウスがあったり、働き方としてコワーキングスペースがあったりします。別にこれは被災地発ではありませんが、そういう価値観は3·11を契機に膨らんでいると思うんですね。我々石巻2.0は震源地に一番近い街として、そこをちょっとリサーチ・研究したいなと思っていまして、ボランティアとして移住して素敵な生業を広げている人たち、そういった方たちのコツやストーリーを広げていきたいなと思っています。もっと個人的な思いですけれども軽やかになって良いんじゃないかと思うんですね。もちろんいま東京の人が地方に行こうということが地方創成として推進されていますが、地方側もあんまり縛りつけるのではなくて、いっぱいいろんなところを「見ておいで」と、自信を持って送り出せる気風があると、逆に地方は元気になるんじゃないかなと思います。石巻では震災後にたくさんのクリエイター、面白い素敵な東京の人や大阪の人と出会って、高校生が東京の大学に今までは行こうと思っていなかった子が、行っているような事例もあります。今は時期的にそういう子たちが卒業しだしているんですね。逆に東京で学んだことを石巻で生かしたい、石巻でビジネスを起こしてみたいという子が出始めています。なので、もっと自信を持って地方の側も、色々と「東京に行っておいで」「アメリカ行っておいで、フランスに行っておいで」と言える軽やかな状態を作りたいなと思いますね。


実はこの春、ISHINOMAKI2.0のメンバーと交流してきた地元の高校生2人が高校を卒業。一人は、地元石巻で、IT技術者を育成する石巻2.0の関連団体に就職。もう一人は、大変ずば抜けた才能を持っているそうで、東京のトップクラスの大学を目指すことになりそう。町づくりの楽しさを知る2人の若者はこれからどうなっていくのか、どんなことを石巻にもたらすのか。松村さんもこの2人の成長が楽しみでしょうがないと語っています。

2020年2月26日

震災9年、ISHONOMAKI2.0のまちづくり?


今朝も、宮城県石巻市で進む、まちづくりの「いま」お伝えします。

石巻の町づくり団体、ISHINOMAKI2.0。この団体はもともと、東日本大震災の直後、津波ですべてを失った町で、地元の若い世代や、町に集まったボランティアたちが立ち上げた団体です。

「町を元に戻すのではなく、新しく生まれ変わらせよう。」

そんな想いをもって様々なプロジェクトを生み出し、走り続けてきました。

震災からもうすぐまる9年。これからの石巻はどうなっていくのでしょうか。代表・松村豪太さんに伺いました。

◆世界で一番面白い街を
僕らは団体としては「世界で一番面白い街をつくろう」というキャッチコピーを掲げています。スタートの段階から石巻だけが復興すれば良いとか、石巻を元の状態に戻したいという事は決して思っていなかったんですね。石巻は典型的な地方都市で、商店街はシャッター通りになっちゃって、若い人は出たまま戻らない、高齢化が進んで、いわゆる面白い場所が少ない、ほとんどないような状態でした。でも僕らは地方の楽しい暮らし方とか、地方で稼ぐモデルをこの震源地に一番近い自治体からスタートしたいと思っています。実際いろんな小さな面白いビジネスを起こしている人たちが現れたりしています。もともと町の方でお寿司屋さんの二代目が家具メーカーを立ち上げたり、東京の某大手出版社でイケイケ編集者だった地元出身の方がUターンで戻ってきて、出版社をこの石巻で立ち上げつつあります。我々が意識的に大事にして発信しているんですが石巻は「とりあえずやってみようイズム」の街というかですね、しっかりと事業計画を立てて、収支を計算してといったことももちろん大事なんですが、震災後にとりあえずやってみることの大事さを、いろんな人が気がついて、そこで効果を発揮していると思うんです。僕らは今東京で「とりあえずやってみよう大学」という市民大学のプログラムも3年目になるんですが、とりあえずやってみることの大事さ、それでいろいろ生み出せる価値ことについて石巻は最前線にあると思いますね。ただ何よりも僕らがそういう、“とりあえずやってみる人たち”が大好きだというのが一番ありますね。普段から一緒に、このIRORIで飲んだりとか、そういうことが一番大事なんだと思います。




ISHINOMAKI2.0はこれまでにIRORI(いろり)という、誰もが自由に交流できてビジネスのチャンスを見つけることもできるコワーキングスペース作り、移住したい人をサポートするガイド事業、町の古い家を改修するリノベーション事業、観光コンテンツ、町を挙げてのイベント企画、小林武史氏とコラボしたリボーンアートフェスという芸術祭、町の若い世代からIT技術者を育てる教育プログラムなどなど、様々なプロジェクトを展開。地方でチャレンジしたい、新しいことをしたい人を受け入れる土壌づくり、地方でなにかを実現したい人を支援し続けています。

明日も石巻の町づくりです。

2020年2月25日

震災9年、ISHONOMAKI2.0のまちづくり?

今朝も、宮城県石巻市で進む、まちづくりの「いま」お伝えします。石巻市は、古くから「水運の町」として栄えたところとして知られています。
江戸時代は北上川を利用して、遠く江戸までコメの輸送を担う物流の拠点として。その後も、金華山沖の豊かな漁場による水産の町として発展。港湾都市として、たいへん栄えていたのだそうです。

そして、それを象徴する建物が、いまも石巻中心市街地で保存されています。石巻の町づくり団体・ISHINOMAKI2.0の松村豪太さんに案内していただきました。

◆古い建物も石巻の魅力
(聞き手:HAND IN HANDパーソナリティ 高橋万里恵)
ーーーお邪魔します。本当にいつも観慶丸は趣がある建物だと思うんですが、タイルが貼ってあってちょっと古い洋風チックな建物ですよね。
松村:そうですね。昭和5年、築90年という歴史があります。ここは石巻最初の百貨店だったというストーリーを持っているんですが、すごく面白い建築物で、外から見ると洋風なんですが、実は非常に和の技術を取り入れた木造3階建ての建築なんですね。おそらくすごいお金持ちの方がきっとここを作ったのでしょう。ここのタイルもタイルの専門家がわざわざ見に来るほど貴重なタイルがたくさんの種類貼られているんです。上の方にはキリンの絵を模したタイルが貼ってあったりとか。タイルを探すだけで非常にワクワク時間を費やせる場所ですね。

ーーーやっぱり石巻の町が港町だからこそ、モダンな文化が入ってきたんですか。
松村:そうですね。石巻は旧北上川を起点とした港町として栄えた町ですので、本当はこういうモダンな、西洋の気風を感じさせられるような建物がたくさんあったんですが、空襲で消失したり、あとは何よりも東日本大震災で被災したまま解体されちゃった場所が多いというのもあります。ただ実は目を凝らすと街には小さな、でも実は味のある蔵なんかも点在して残っていたりするんですよ。僕ら石巻2.0はそういったものを大事にしたいと思いますね。



旧観慶丸(かんけいまる)商店。石巻市の指定文化財です。なんと「デパート兼住宅」だったそうです。2011年の津波で1階部分が浸水してしまいましたが、当時のおもむきを残したまま補修をして、現在は1階が交流スペース。ライブなど様々なイベントもできる空間になっています。

2階はこの建物の歴史を語る資料などが展示。古きよきものをアイデアで活用するのも、石巻のまちづくりです。

★旧観慶丸商店

明日も宮城県石巻の町づくり、お伝えします。

2020年2月24日

震災9年、ISHONOMAKI2.0のまちづくり?

今朝は、宮城県石巻市で進む、まちづくりの「いま」お伝えします。

お話を伺ったのは、ISHINOMAKI2.0というまちづくり団体の代表・松村豪太さん。ISHINOMAKI2.0は石巻市の駅周辺・中心市街地で、東日本大震災の直後、地元の若い世代やボランティアが立ち上げた団体。その名の通り、町を新しく、バージョンアップすることを目指しています。

最初に案内していただいたのは町を横切る旧北上川の川沿い。ずっと護岸工事が続いていたのですが、ようやく一部が解放、この町の未来を象徴する、素晴らしいロケーションに生まれ変わっていました。

◆水辺と町場を分断しない町づくり
(聞き手:復興支援番組「HAND IN HAND」パーソナリティ高橋万里恵)
ーーーーいま連れてきてもらった場所は川の堤防の上で、目の前に旧北上川。その向こう側が中州で石ノ森章太郎漫画館が見えています。リバーサイドみたいな雰囲気です。テラスみたいですごくきれいな場所になっているんですね。
松村:旧北上川という日本で5番目か6番目に長い大きな川なんですけれども、震災前は堤防はなかったんです。これだけの規模の川では珍しいことです。もちろん堤防や防潮堤というのはいろんな意見があります。今までは、水辺、海や川との距離感が今までは近くてよかったのに、そこに壁を作って良いのかという意見も当然あります。それで石巻は命を大事にするということもあり、ここに初めて川沿いに堤防を作ったんですが、水辺と町場の人のなりわいを分断するだけではなくて、そこを人が気持ちよくお散歩したり、あとはこういう水辺空間では通常難しいんですが、商業活動・・・市を出したりキッチンカーを並べられるようにということができるように、地元の人が集まって協議会を作って、広くてとても気持ち良い空間ができました。

ーーーー朝の時間帯ですがお散歩している方もいらっしゃいますし、ここはマラソンしたりする方も気持ち良い場所ですもんね。
松村:いらっしゃいますよ。ワンちゃんを連れて歩いたり、家族で歩いていたり、カップルで歩いていたり、この川の空間は、正面に日和山と太平洋が臨めて良いところです。



この旧北上川のリバーサイドには、網地島ラインの船着き場もあり、石巻周辺の島(猫の島として有名な田代島、網地島、鮎川)をめぐる周遊を楽しむこともできます。


船着き場はもともと河口付近にあったのですが、地元の方のアイデアで「川を船が行き来する風景」を実現させたのだそうです。暮らす人々の声、想いを反映したのが、この素晴らしい風景を生み出しました。

明日も宮城県石巻の町づくり、お伝えします。

2020年2月21日

復興グルメのせてみた〜信州のフルーツジャム

シリーズでお送りしてきました「復興グルメ、のせてみた」。ラストは、長野県長野市のフルーツ農家によるプロジェクト、「信州フルーツ農家のおすそわけ」が手掛ける「フルーツジャム」です。



去年10月の台風19号で千曲川の堤防が決壊。大きな被害を受けた長野市。リンゴ畑や観光農園が並ぶ「アップルライン」沿いの長沼地区も、広い範囲が浸水被害を受けました。県内の農作物への被害額は16億円以上。うちリンゴの果実や木への被害は約10億円。大半が長野市などの県北部です。

「信州フルーツ農家のおすそわけ」を束ねるフルプロ農園の4代目、徳永虎千代さんは、存続の危機に瀕している、地域の果樹産業を立て直し、未来へ繋がる復興を目指して、「長野アップルライン復興プロジェクト」を設立、クラウドファンディングを実施するなど、復興に尽力しています。

そんな徳永さんらによる「信州フルーツ農家のおすそわけ」のフルーツジャムは、もちろん無添加。素材を皮ごと使って、果肉がごろっと詰まった作りのジャムです。シナノスイート、サンふじ、秋映、紅玉など、信州のリンゴを使ったジャムのほか、シャインマスカットのジャムもあります。

通常、長期保存が可能なジャムを作るためには、50%以上の砂糖や、添加物を入れたり、高温で長時間加熱をしなければなりませんが、そうした“保存性”よりも、新鮮な生フルーツの風味にこだわって作ったジャムでもあります。

その中から今回は徳永さんにオススメ3種類をチョイスして頂きました。それが、「サンふじ」、「シナノゴールド」、「シャインマスカット」の3種。



ごろっとしたフルーツ感、自然な甘み、あと味のさわやかさ・・・ぜひ味わって頂きたい逸品です。

ということで今日はこの「信州フルーツ農家のおすそわけ」のフルーツジャム3種をセットにして、5名の方にプレゼントします。

ご希望の方はこのブログのメッセージフォームから、「『信州フルーツ農家のおすそわけ』のフルーツジャム希望」と書いてご応募ください。

なお「信州フルーツ農家のおすそわけ」の商品は、直販サイトでも購入できます。ぜひチェックしてみてください。

2020年2月20日

復興グルメのせてみた〜牡蠣の贅沢ソース

シリーズでお送りする、「復興グルメ、のせてみた」!えりすぐり復興グルメを、何かにのっけて食べて、プレゼントします。さぁ今日、のせるのは!?

先月、宮城県の水産加工品品評会で最高賞の「農林水産大臣賞」に選ばれた石巻市長面浦の「牡蠣の贅沢ソース」です!
今朝はこのソースを開発した、「まんま・まりーの」代表、浜畑千代子さんに伺いました!

◆浜の母ちゃんが作った牡蠣の濃厚ソース
長面浦の牡蠣です。4月〜7月の放卵する前、お腹に栄養をたっぷり蓄えて美味しくなる時期の牡蠣を使ってソースを作りましょうってことで。牡蠣をふんだんに、90%以上が牡蠣なので「牡蠣の贅沢ソース」になりました。作っているメンバー「まんままり〜の」というのは「浜のお母さん」という意味で、みんな牡蠣むき養殖の方です。
この商品を作るきっかけは、牡蠣を剥いていて、小さいのもあるし傷ついた牡蠣も出るんですけど、それを捨てるのももったいないし、近所にあげてたんですけど毎日あげても飽きてしまうのではないかってことで、さぁこの牡蠣をどうしようか、再利用できないかなということで、牡蠣のバーニャカウダ風ソースにしたんです。いちばんは、温めてご飯にかけて食べるのが美味しいです。あとはフランスパンに塗って食べても美味しいです。


石巻市長面浦地区“浜の母ちゃん”こと「まんま・まりーの」の「牡蠣の贅沢ソース」は、オリーブオイルやニンニク、アンチョビーを加え、濃厚な味に仕上げています。鈴村さん、今日はご飯にのせていただきました。「うまーーーーい!美味すぎる!」と素直な感想です(笑)
※野菜のディップ、大根の煮物や、パスタ、魚介類のソースとしてもおススメとのこと。


★★★★★
今日はまんま・まりーのが作った『牡蠣の贅沢ソース』を5名の方にプレゼントします!ご希望の方はLOVE&HOPEのブログ、メッセージフォームから
『牡蠣の贅沢ソース希望』と書いてご応募ください。

こちらの商品は、いしのまき元気いちば、道の駅「上品(じょうぼん)の郷」、仙台エスパル仙台本館地下1階/みやぎ水産の日アンテナショップなどにてお買い求め頂けます。
また取り寄せも可能。連絡先は浜畑さん090(9746)3660まで。

明日は、長野県の「りんごジャム」をのせてみます♪

2020年2月19日

復興グルメのせてみた〜枝豆のつぶつぶ感が美味しい野菜ジャム

 「のせる」。
 たったそれだけ。こんなシンプルなことなのに
 なぜ僕たちは、こんなにもトキメいてしまうのか。
 ああ・・・のせたい。のせてみたい。
 『復興グルメ、のせてみた』!


シリーズでお送りする、「復興グルメ、のせてみた」!
えりすぐり復興グルメを、何かにのっけて食べて、プレゼントします。
そして今日、のせるのは?

すべては「自然」の恩恵にあり。
太陽、雨、土、そして農家さんの真心を込めて育てた福島の野菜を味わっていただく「野菜ジャム」です!
作っているのは、福島県郡山市の東栄産業。全て福島の契約栽培農家から直接仕入れた野菜を野菜ジャムやお漬物に加工しています。
ラインナップは、にんじんジャム、トマトジャム、柚子ジャム、かぼちゃのジャム、生姜のジャムなど。中でも番組がおススメするのは『枝豆のつぶつぶ感が美味しい甘さ控えめお野菜ジャム』!郡山のブランド野菜、枝豆の「グリーンスウイート」を生産している鈴木農園の枝豆を、茹でて、一粒一粒手で薄皮をむいて、煮込んでいます。この「グリーンスイート」は、つややかな緑色で、人気の茶豆にも負けないほどの甘みと香りの高さが特長。収穫期は畑に甘〜い香りが漂うそうです。ちなみにこの商品、2016年「ふくしまおいしい大賞」優秀賞を受賞しています!

★★★★★

今日はこの『枝豆のつぶつぶ感が美味しい甘さ控えめお野菜ジャム』を5名の方にプレゼントします!
ご希望の方はLOVE&HOPEのブログ、メッセージフォームから『野菜ジャム希望』と書いてご応募ください。

東栄産業の野菜ジャムは、福島のうすい百貨店、コラッセふくしまで購入可能です

明日は、宮城県の「牡蠣の贅沢ソース」をのせてみます♪

2020年2月18日

復興グルメのせてみた 〜 熊本県益城町「MARS」の「オレンジラクト」

「のせる」
食材の上に食材を重ねることで広がるハーモニーは、
たゆみない、宇宙の営みを告げています。
これからのひと時、LOVE & HOPEがあなたにお送りするグルメの定期便、
「復興グルメ、のせてみた」・・・
お供を致しますパイロットは、わたくし鈴村健一です。

★★★★★

ジェットストリームファンの皆さま、パロッてごめんなさい。『LOVE & HOPE〜ヒューマンケア・プロジェクト』、シリーズでお送りする、「復興グルメ、のせてみた」!えりすぐり復興グルメを“のせて食べて”、そしてプレゼントします。今日のせるのは・・・熊本県益城町の“地域密着型食品ブランド”、「MARS」の「オレンジラクト」です。



2016年4月に発生した熊本地震で益城町は最大震度7を観測した町。「MARS」も一時は製造が出来ない状況に陥りましたが、無事に再開し、現在は以前にも負けない高品質な商品を世に送り出しています。農業や酪農、畜産がさかんな熊本の食材にこだわり、生産から加工、販売までを一体に、食品づくりをしているのが「MARS」。中でも人気が高い(というかLOVE & HOPEスタッフのオススメな)のが、この「オレンジラクト」。

シングルクリームのラクトに、甘夏の蜜漬けを細かくカットして散りばめ、熟成させたフルーツチーズ。爽やかな甘夏の香りとまろやかなチーズのバランスが絶妙な逸品です。

ということで今日はこの「MARS」の「オレンジラクト」を5名の方にプレゼントします!ご希望の方はこのブログのメッセージフォームから「MARSのオレンジラクト希望」と書いてご応募ください。

なお「MARS」の商品は、通販ページ「FarmQ」でも購入できます。ぜひチェックしてみてください。

「復興グルメ、のせてみた」、明日は、福島県の「野菜ジャム」をのせてみます!

2020年2月17日

復興グルメのせてみた〜RYO'S FARM『リリコイバター』

「のせる」。
それは、宇宙。
食材に、食材を重ねることで無限に広がる味覚のuniverse。
今朝もあなたを、無限の世界へといざないます。
『復興グルメ、のせてみた』!


シリーズでお送りする「復興グルメ、のせてみた」!えりすぐり復興グルメを、何かにのっけて食べて、プレゼントします。もちろん今日も、スタジオにはトーストを用意しています。そして今日のせるのは、千葉県の南房総、パッションフルーツ農家さんが作る「リリコイバター」です!
「リリコイ」とは、ハワイでパッションフルーツのこと。千葉の南房総でパッションフルーツ農園を営む、RYO’S FARMの梁寛樹さんは、8年前に東京から南房総に移住し、パッションフルーツ農園をはじめました。しかし、去年の台風15号でビニールハウスが被害を受け、その後の19号、21号でも大雨・浸水被害を受けたといいます。そんな中、無事だったパッションフルーツの中身だけくりぬいて作ったのがこの「リリコイバター」です。パッションフルーツを贅沢に1個まるごと使用し、北海道のバター、地元の卵とじっくり煮込み、種ごと入っているのでプチプチした食感も楽しめます。東京のパン屋さんからも数多くの注文が来るという、人気商品となっています!

RYO’S FARMの「リリコイバター」はとてもフレッシュ。パッションフルーツ独特の酸味や甘みがあって、つぶつぶもしっかり感じてすっごくおいしい〜!ヨーグルトにのせるのもおススメです!

★★★★★
今日はこのRYO’S FARMの『リリコイバター』を5名の方にプレゼントします!
ご希望の方はLOVE&HOPEのブログ、メッセージフォームから『リリコイバター希望』と書いてご応募ください。

こちらRYO’S FARMのウェブサイトで購入可能!

2020年2月14日

復興グルメのせてみた 〜 北海道安平町「夢民舎」の「クリームチーズはやきた」

この食材に、この食材をのせたらどうなるものか。
危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし。
迷わずのせろよ、のせればわかるさ。ありがとー!

「復興グルメ、のせてみた」!!

悪ノリナレーションでごめんなさい(笑)。シリーズで送る「復興グルメ、のせてみた」。今回は「LOVE & HOPE」スタッフが被災地取材を重ねるなかで見つけた、“これ、パンにのっけて食べたい!”という各地の逸品を集めました。

今日ご紹介するのは、北海道安平町のチーズ工房「夢民舎」の「クリームチーズはやきた」です!



2018年9月の北海道胆振東部地震で震度6強の揺れに見舞われた安平町。「夢民舎」も工場の機材が倒れたり、電気や水道といったライフラインの停止で製造が出来ない状況が続きました。廃棄した商品も5000個あまり・・・。

しかしその約2週間後、ライフラインの復旧とともに「夢民舎」は製造を再開しました。

ラインナップの中には大手航空会社のファーストクラスの機内食に採用されるものもあるなど、高い評価を得ているのが「夢民舎」のチーズ。中でも今日ご紹介する「クリームチーズはやきた」は、2019年の「北海道地チーズ博」における「地チーズセレクション」でグランプリを受賞している逸品です。

まさに昨日木曜日から今年の「北海道地チーズ博」が表参道ヒルズで開催されており「夢民舎」も出店しています。よかったら足を運んでください。

ちなみにこの「はやきた」という名前、じつは、合併して安平町になる前の“早来町”が、日本で初めてチーズの量産が行われるようになった場所、だったんですが、その後、工場の移転で一時チーズ作りの灯が消えてしまった・・・。そこで“伝統を絶やすまい!”と、現・代表の宮本さんが有志とともに「夢民舎」を立ち上げ、「はやきた」の名前を付けたのだそうです。今年で30周年を迎えます。

ということで今日はこの「クリームチーズはやきた」、山崎さんに試食して頂きました。



濃厚な味わいと香り、それでいて後味がすっきりしているのが「夢民舎」のチーズの特徴です。このクリームチーズも、パンにクラッカーに料理のポイントに・・・いろいろ試して欲しい美味しさです。ちなみに看板商品の「カマンベールチーズ」や、ブルーチーズとクリームチーズを合わせた「ダブルチーズ」、「カショカバロ」などもオススメです。“チーズってこんなに美味しいんだ!”って再発見させてくれる美味しさです。



今日はこの「夢民舎」の「クリームチーズはやきた」を5名の方にプレゼントします!ご希望の方はこのブログのメッセージフォームから「夢民舎のクリームチーズ希望」と書いてご応募ください。

なお「夢民舎」の商品は、オフィシャルページからも購入できます。ぜひ北海道地チーズNo.1の味、お試しください。

「復興グルメ、のせてみた」、次回来週月曜日は、千葉の「リリコイバター」をのせてみます!

追記

16日まで開催されていた今年の「地チーズ博」での「北海道地チーズセレクション2020」において「夢民舎」は「ゴールド」(2位)でした!連覇はなりませんでしたが、堂々の2年連続入賞ということで、おめでとうございます!

2020年2月13日

復興グルメ、のせてみた〜石井農園・えごま生キャラメルミルク

「のせる」。
たったそれだけ。こんなシンプルなことで、
なぜ、僕たちは、こんなにもトキメいてしまうのでしょうか。
それはきっと、生産者さんの 「愛」…があるから。

『復興グルメ、のせてみた』。


きょうからはシリーズでお送りする、「復興グルメ、のせてみた」!えりすぐり復興グルメを、何かにのっけて食べて、プレゼント!
トップバッターは福島県・石井農園の「えごま生キャラメルミルク」を、のっけてみます。

もともと浪江で酪農を営んでいた石井絹江んご夫妻が震災後、避難先の福島市ではじめた石井農園。現在は浪江でもエゴマを栽培し、油、ラー油、ジャムなどに加工しています。中でもヒット商品が、「素材を食べるジャム えごま生キャラメルミルク」
*絹江さんが考案したこの商品は無農薬・無化学肥料のエゴマを炒って、すり鉢で擦ってから牛乳や砂糖、クリーム、そして沢山の「まごころ」を注入して作っています
*エゴマには現代人の食生活に不足しがちなカルシウムやオメガ3脂肪酸が豊富に含まれていて、健康・美容食材として大変注目されている
*熱々のトーストにかけたり、アイスクリームにかけたり、お餅やスコーンに、またクラッカーにチーズと一緒にのせても美味しい!とのこと

ということで今日は、この「素材を食べるジャム えごま生キャラメルミルク」をスタジオではトーストにのっけて、、、いただきました!

★★★★★

今日はこの石井農園の『えごま生キャラメルミルク』を5名の方にプレゼントします!ご希望の方はLOVE&HOPEのブログ、メッセージフォームから
『えごま生キャラメルミルク希望』と書いてご応募ください。

なお石井農園の商品は福島県浪江町の仮設商店街「まち・なみ・まるしぇ」の「ミッセなみえ」でも購入できます。

明日は・・・北海道安平町から、「北海道地チーズ博」でグランプリにも輝いた逸品、「夢民舎のクリームチーズ」をのせてみます!

2020年2月12日

エゴマで元気を! 浪江・石井農園(2)


今朝も福島の浪江町で「エゴマ」を栽培する『石井農園』のレポートです。
もともと浪江で酪農を営んでいた石井絹江さんご夫妻が震災後、避難先の福島市ではじめたのが石井農園。浪江の伝統食材であるエゴマを栽培し、油、ラー油、ジャムなどに加工しています。
また5年前から、浪江町で使われなくなった田畑を借りてエゴマの実証栽培を開始。避難から戻ってきたふるさとの仲間に、荒れ果てた田んぼのままにならないよう「一緒に作ろう!」とえごまの栽培を呼びかけています。

●「浪江の町民はまだ農業はじめられない」
町民は働きたくないのかな、まだまだ動きたくない、あの時恐怖を味わってるから「そんなことやったって…」という感覚。あと皆さん身の回りのものしかなくて、機械でもなんでも全部放射能に汚染されているから全部捨てたとか、トラクターも処分したとか物置もなにもなくて、始めようにも始められない、そこまでやる気が起きない町民が多い。
でもやれそうな人もいるので、一人ではできないからチームを組んで、浪江に今年7月に道の駅が一部オープンするんですけど、そこに加工商品を何か出そうってことでちょっとずつ、「えごまは石井さんに任せるから私はコンニャクを作って加工品つくる」とか、作付けしたら全部放射能検査も役場でできるから始めようって2年ぐらい言い続けています。そのように少しずつみんなそれぞれできることから始めようって、そういう仲間づくりからやっています。浪江には浪江にあった作物を作付けして、多くのお金を儲けるんじゃなくてそれなりのお金をいただければ、農家の人たちがこれからやりがいのある生業として生計を立てられるような形にしていきたいと思っているんです。そういったことで今頑張っています。


石井農園はえごまの栽培から、搾油、加工品の販売まで全て自分たちでやっていて、この事業をモデルに、浪江の元農家の方たちにもみんなで作って少しでも収益を得られるように、と励まし続けています。石井さんの声掛けはまだまだ続きます。


★明日からの「LOVE&HOPE」は、恒例プレゼント企画。【復興グルメ、〇〇をのせてみたシリーズ】はじまります!
 初回は、石井農園の「えごま生キャラメルミルク」をのせちゃいます。お楽しみに。

2020年2月11日

エゴマで元気を! 浪江・石井農園(1)

今朝は福島の浪江町で「エゴマ」を栽培する『石井農園』のレポートです。
もともと浪江で酪農を営んでいた石井絹江さんご夫妻。避難直後、飼っていた牛の処分や、帰る度に無惨な姿に代わっていく自宅の様子に落ち込むご主人を励まそうと、避難先の福島市で農地を買い石井農園を始めました。

●浪江に戻れるまで種をつなごう
「私は震災前から浪江生まれ、浪江育ち、浪江で結婚しました。浪江町の赤宇木地区は今でも放射能が高いところでまだまだ帰還できない地域。(田んぼの)作付けは30年は出来ないと言われたときに諦めたんです。赤宇木地区に戻れないんだったら私とお父さん福島で農業をつないでいくべねって。浪江に戻れるまで種をつなごうって頑張っています。」


石井農園は福島市で農業をスタートすると同時に浪江町でもエゴマの実証栽培を開始。放射性物質の検査もクリアして、今では浪江でも本格的にエゴマを栽培しています。
でもなぜ絹江さんは、浪江での作付けにこだわるのでしょうか。

●ふるさとの仲間を元気にしたい
「石井農園を開いたのは、震災後みなさん避難して、いずれは浪江に帰るだろうということで、みんなを元気にさせる、元気になる源を作りたいなとなったときに、誰でも簡単に作付できて食べられるものといったらえごまが手っ取り早いし、手もかからないというのがあって、葉っぱも実も油にすればαリノレン酸がたっぷり含まれているというのを震災前から知っていたから、作付けからえごま油まで全部やってみようと思って仲間に声かけてえごま作りが始まったんです。浪江は避難解除されていなかったんだけど私は試験栽培を「浪江で作りたいんだ」といって、遊休農地がこれから荒れ果てちゃうから、まだまだ田んぼを作るまで5〜6年は何も作らない田んぼを借りて、その土を有機栽培できるよう、自然の田んぼの状態にしようってことで浪江に作付をはじめて、今年で5年目になります。」


こうして、酪農家だった夫を支え、ふるさとの仲間にも「元気を届けたい」と福島市の自宅から片道2時間かけて浪江町に通い続ける石井絹江さん。えごま栽培を通じて多くの方を励まし続けています。今、えごまは健康食として注目されていますが震災前から浪江では作られていて、郷土料理として親しまれていたそうです。現在は「浪江にまた、またエゴマの花を咲かせよう」ということで広める活動を続けています。

石井農園のエゴマは農薬や化学肥料は一切使わず、小さな機械と手作業で、えごま油、ドレッシング、ラー油、ジャムなどに加工。浪江町の「まち・なみ・まるしぇ」などで販売されています。

欲しい!という方、なんと今週木曜日、石井農園の「えごまジャム」をプレゼントしちゃいます!
ということで明日以降も石井農園についてお伝えします!

2020年2月10日

宮城県の新税「宿泊税」について、あるホテルマンの声

今朝は、宮城県で導入が検討されている、宿泊者対象の新税“宿泊税”について、あるホテルマンの声をお届けします。

宮城県では今月、観光振興の財源確保策として検討しているこの新税について、税額を一律300円、宿泊料3000円未満を課税免除とする制度案を決め、これに関連する条例案を、12日開会の県議会に提出。2021年度の導入を目指して着々と段階を踏んでいます。

一方で県内の宿泊事業者は、突然ふりかかってきたこの新税導入について、「議論が拙速」「宿泊客が減少しかねない」など、反発を強めているんです。

そんな宮城県の宿泊施設の一つで、志津川湾を望む眺望で知られる、南三陸町の「ホテル観洋」のホテルマン、伊藤俊さんに、お話を伺いました。

◆「導入を急ぐというのは納得できるような状況ではない」

「今回宮城県の方で、復興10年が終わると観光の財源が間違いなく減ってくると。これから宮城県、観光を盛り上げていくために、そして海外の皆さんインバウンドの方々をたくさん迎えるためには、やっぱり財源が必要ですと。ただその財源を、突然何の説明もというか、私の私たちの声を聞かずに、他の観光施設ではなく本当に宿泊施設だけに特化した税金を課すというものが突然出てきましたので、驚きでもありましたし、逆に観光を盛り下げてしまうんじゃないかなという、そんな気持ちもあって、なかなかその、いま宿泊税が導入されている地域というのは明らかにたくさんの人が来ていて、財源確保のために導入されてるケースが多いんですけれども、まだまだこの地域はそういった状況ではなく、どの旅館の皆さんも必死に毎日を頑張ってる中で過ごしてますので、そういった“まだ人が来てない地域”に税を導入するというのは、ちょっとこれは理解に苦しむところではあります。この東北の地域というのは、とくにそのこの沿岸部の地域は、本当に公共交通もままならない中で宿泊税を導入すると、おそらく宮城県ではなくて他の地域を検討されるというのは少なからず出てくると思いますし、私たちも税金の使い道がまだあやふやなまま、“観光振興のために使うんですよ”という目的ながらも(具体的な)目的が定まってない状況での、導入を急ぐというのは到底納得できるような状況ではありませんので、300円という数字が出てきたんですけどその根拠が何かも示されずに金額が決まるのも不思議な感じがしますので、もう少しちゃんと考えて話し合うべきだと思います。」




現在この「宿泊税」を導入しているのは、東京都、大阪府、京都市、金沢市など。今回もし導入が決まれば、もちろん東北では初めてとなります。

2021年の導入を目指しているというが、たとえば修学旅行。観洋ではすでに、2021年の修学旅行の予約が決まっている状況です。県は修学旅行対策として、サービス券の配布や観光バス費用の助成など、負担軽減策を検討する意向ですが、今後、そんな修学旅行や、団体旅行への影響も今後懸念されます。

新税そのものはもちろん、導入の検討開始からここに至るまでの“拙速すぎる進め方”にも、疑問や不信感を感じる、と伊藤さんは話していました。

こうした事業者の声に、宮城県はどう向き合うのでしょうか。

余談ですが、我々番組スタッフも折に触れて宮城県沿岸部を訪ねていますが、伊藤さんの言う通り、復興応援旅行の需要がひと段落して、復興工事関係者の数も少なくなった今、一時期の賑わいが消えた地域も少なくありません。そんな時に「旅行者への優遇」ならまだしも「新税導入ですか?」というのが正直な感想です。

しかし宮城県沿岸には、アクセスの労を差し引いても余りある魅力が溢れています。美しい海岸線の風景、腰が抜けるほど美味しい海の幸、そしてどこまでも親切であたたかい町の皆さん。宿泊税は無いにこしたことはありませんが、たとえ仮に新税が導入されたとしても足を運んで頂きたいと思います。お話を伺った伊藤さんの「観洋」は、志津川湾を望むお風呂が最高です。昼も夜も。




※(オフィシャルサイトより)

2020年2月7日

「小高工房」廣畑裕子さん?

今朝は昨日に引き続き、福島県南相馬市小高区の「小高工房」代表、廣畑裕子さんのインタビューです。



2016年7月に避難指示が解除された小高区で、住民たちが集うコミュニティサロンとして工房はオープン。今は小高で収穫されたトウガラシを使って、さまざまな加工品の開発、販売もしています。

廣畑さんは震災後、隣町の仮設住宅から小高へ通うようになりますが、賑やかだった町が、当時は、ほとんど会う人もいない、訪れた人が立ち寄る場所もない、という状況。そんななか、“気軽に立ち寄れる場所を”ということで、ここを立ち上げました。そうしているうちに、ここに集う人たちも増え始めて、いよいよ町の新名物として、トウガラシの加工品が誕生します。

◆「トウガラシならイノシシも食べないから」

「平成28年の7月12日が避難指示解除ですよね。ただ家に帰ってきたはいいけれど何したらいいかわからないっていう人もいるし、隣はどこに行ったんだっていう風に、“何月何日みんなで手を繋いで帰ろう”っていうことじゃないので。で、今度秋ぐらいになると、今度は“とりあえず植えてみたさつまいもをイノシシに食べられた”とか、あとは“作ったはいいけどうちの子供達とか誰にもあげられない”とか、そういうなんか不安の話ばっかりだったね28年の秋くらいは。でもそっから、イノシシにトウモロコシもやられたキュウリもやられた何もやられたっていうけど、唐辛子はやられたって誰もいなかったね。だから試しっていうかね、唐辛子をとりあえず植えてみっかって。3人で15本の唐辛子をとりあえず植えてみた。そして秋の復興祭みたいなところで10グラムずつ入れた「一味唐辛子」を200本作って売りに出しただけれども、復興祭の一日目で小高の人がみんな来て買ってくれて全部完売することができたんですね。「いやなんだこんなことできんのかあ」みたいな話もあった。まだ放射能が心配だっていってたけども、とりあえずその15本で作ったものは放射能は測っても出なかったんですね。そして次の年、唐辛子を作ってくれる人の募集をしたんです。そしたら64軒の方が“やってみっか”っていう話。だから崩れ去ったコミュニティの中から、やっと繋がり・・・辛い繋がりができちゃって、そういうことが起きてきたんですね。だからこんど私がやらなきゃならないのは全部売り切ること。だからいろんな人の手を借りて商品開発してもらったり販路開拓してもらったりしながら、次々やることができました。」


当時はイノシシが我が物顔で町に下りて来ていて畑の野菜が荒らされる一方。でもトウガラシはイノシシも食べなかった。そんな理由から栽培を始めて、いまやいろんな加工商品が出るまでになりました。





住民たちが作ったトウガラシを工房で買い取って、作った商品たち。なかでも人気なのは、ラー油ではなく、菜種油を使った「辛油」。すっきりとしていていろんな料理に合うということです。

「小高工房」のオフィシャルサイトで購入できるほか、南相馬の道の駅でも買うことが出来ます。

小高の新名物、「小高工房」のトウガラシシリーズ、ぜひ味わってみてください。



2020年2月6日

「小高工房」廣畑裕子さん?

今朝は、福島県南相馬市小高区の「小高工房」代表、廣畑裕子さんのインタビューです。



2016年7月に避難指示が解除された小高区で、住民たちが集うコミュニティサロンとしてオープン。今は小高で収穫されたトウガラシを使って、さまざまな加工品の開発、販売もしています。

まずは工房の立ち上げの経緯について聞いてみました。

◆「誰かに会いたかった」
「小高工房は平成29年3月1日、開業届を出して始まるんですけども、平成27年の春くらいから、街なかに来て「双葉屋」さんの女将さんと「浮舟の里」の久米さん、いつも合う3人と会っていろんな話をしてたけども、3人くらいしか会わなかったつったらいいのかな。小高の街に仮設から通ってるけど、誰かないないかなと思っても、いなかったんだね。そして女将さんと久米さん・・・駅前で花植えてる人と変なところで鯉のぼりあげてる人と集まって話をするってことをずっと過ごしてきたんだけれども、平成27年の時に、駅前の、今はダイナーボンズになってるところのおじさんが“ここで誰かやんねーかな”みたいな話になって、“誰か使ってくれるんだったらタダで貸す”みたいな。で、じゃあ貸してもらえるんだったらみたいなことで、1ヶ月間かけて津波のところ洗ってペンキ塗って、そして27年10月1日に一応「開所」っていうかたちになるんだけれども、ほとんど人、来ませんでした。“なんでやったの?”ってその時言われましたけども、たぶん自分が誰にも会わないっていうこの違和感というか寂しさというか、そういうところで誰かに会いたかったんだと思いますよ。誰の為でもなくて私がたぶん誰かに会いたかったんだなってすごく思います。うん。」




平成27年から廣畑さんは、隣町の仮設住宅から小高へ通うようになりますが、ほとんど会う人もいない、訪れた人が立ち寄る場所もない町に、“気軽に立ち寄れる場所を”ということで「小高工房」を作りました。

お話にあった「双葉屋旅館」の女将、小林さんは、“誰もいない駅前にプランターを置いて花を植えてた人”。今は小高駅前にある旅館も営業を再開しています。“変なところに鯉のぼりを上げてた人”の久米さんは、小高産のシルクによるアクセサリーなどを手掛けるNPO「浮船の里」の代表。3人は姉妹のように仲がよく、そしてそれぞれに、避難指示の解除前から、小高の再生に尽力されています。

開所したころは“誰も来なかった”「小高工房」。その後徐々に集う人が増え始め、そのうち、ここから、トウガラシを使ったオリジナル商品が生まれます。明日はそんな「小高工房」の商品についてもお伝えします。

小高工房

2020年2月5日

南相馬市小高区で活動する「オムスビ」代表 森山貴士さん?

今朝は引き続き、福島県南相馬市小高区で活動する、一般社団法人「オムスビ」の代表理事、森山貴士さんのインタビューです。

2016年7月に避難指示が解除になった小高区に、2014年に移住。「課題に立ち向かえる人材を輩出し、まちの課題を解決していく」をミッションに「オムスビ」の活動を続けています。



駅前の目抜き通りにお店を構え、コーヒーやスイーツを提供するほか、店内のスペースを使って、「パソコン教室」や「プログラミング教室」、また「クリームソーダを作ってみよう」とか、「経営、ビジネスの知識の勉強会」といったものまで、
いろいろなプログラムを開いています。駅前はまだ閑散としていて開いている店も少ないのが現状ですが、「オムスビ」はそんな街の“オアシスのような存在”でもあります。

気になるカフェのメニューについても聞いてみました。

◆「住民のアイデアでいろんな商品が生まれる店」
「メニューとしてはいちばん主力として出しているのはやっぱりコーヒー。いまは千葉と仙台のロースターさんに焙煎してもらった豆を仕入れています。それを一杯一杯ハンドドリップで提供してるものなんですけど、それ以外のメニューとしてクリームソーダとかココアあたりはすごく売れていて、見た目も可愛くて味も美味しいっていうので、けっこう女性の方が好んで買って下さってるような感じですね。それ以外だと去年の7月からタピオカミルクティを始めまして、これはもともと高校生のインターンシップの受け入れの時に企画提案してもらって作ったんですけど、ものすごい好調な売れ行きを示しましてちょっと冬になったんでさすがに落ち着いてきたんですけど、そういった商品がどんどんどんどん変わり変わりで出てくるのもウチの魅力ですね。」


  

スタッフもそのコーヒーをいただきましたが、丁寧にハンドドリップで淹れてくれるコーヒーは、じつに上質そのもの。地元の高校生も働いていて、カフェで高校生がバイトをしている光景は日常的なものではありますが、一時期、若者の姿が消えた町では特別な感慨があると感じました。しかし高校生がタピオカミルクティ好きなのは全国共通なんですね。


Odaka Micro Stand Bar

南相馬市小高区の、日々何かが生まれる場所、「オムスビ」。今後、森山さんが描いているプロジェクトのほんの一部を、聞いてみました。

◆「地域で支えあうITネットワークを構築」
「せっかく僕ITエンジニアなので、ちゃんと自分のこういったスキルを地域の中で生かそうっていうのを考えたいなって思っていて、今やっぱり地元の方って半数が高齢者なんですね。7割が50代以上っていうことで、もうあと10年20年経っていったときに、もう高齢者の方が多数の町になってくるんです。で、今できてたことがなかなかできにくくなったりとか、頼る方が減っちゃったみたいなことが出てきたときにも、なんか地域の中でそれを支えられたらいいなって思ったんですね。それをつなぐためのコミュニティっていうかネットワークみたいなものを、ITを使って今作れないかなというのを考えてます。詳細はまだ秘密ということで。」


これは少子高齢化の日本全国にも当てはまる課題でもあります。森山さんの取り組みが、将来は日本全国に波及するかもしれません。

「オムスビ」は日月金が定休日。ぜひ機会があれば訪ねてみてください。

『LOVE & HOPE』、明日は同じく小高区の「小高工房」についてお伝えします。

2020年2月4日

南相馬市小高区で活動する「オムスビ」代表 森山貴士さん?

今朝は引き続き、福島県南相馬市小高区で活動する、一般社団法人「オムスビ」の代表理事、森山貴士さんのインタビューです。

2016年7月に避難指示が解除になった小高区。鉄道や学校が再開したものの帰還した住民の数はまだまだ少なく、にぎわいの再生には今なお遠い地域です。そんな小高区で、「課題に立ち向かえる人材を輩出し、まちの課題を解決していく」をミッションに活動を続けているのが「オムスビ」。

はじまりは「Odaka Micro Stand Bar」というキッチンカーでのスタートでしたが、今はお洒落な店舗を構え、帰還した住民や高校生たちがやってくる、“集いの場”にもなっています。




そこでは美味しいコーヒーやタピオカミルクティを提供しているほか、お店のスペースを使って様々なプログラムが行われています。火曜日の「パソコン教室」、水曜日の「プログラミング教室」、森山さんの奥さんが教える「英語教室」が常設。それ以外にも「クリームソーダを作ってみよう」とか、「ウイスキーの飲み比べをやってみよう」というカジュアルなものから、「経営、ビジネスの知識の勉強会」といったストイックなものまで。

「課題に立ち向かえる人材を輩出し、まちの課題を解決していく」という森山さんが「オムスビ」で目指していたカタチには、かなり近づいてきているのではないでしょうか??

◆「地域の“リソース”を集める」
「やっぱり地域のいろんな人、その人が持ってる能力とか資源っていうのがあるじゃないですか。たとえば農家さん、その人が持ってる農業のスキルとその人が育ててる作物がある。僕はよそ者なのでそういうのを全然持ってなかったので、地域の中でできることってものすごい小さかったんですね。なのでこのオムスビで、人と、人の持ってる・・・僕らは“リソース”って呼んでるんですけど、その“リソース”っていうのを、出来るだけたくさん集められる場所にしようっていうのを考えていて、それがこの2年くらいでだいぶ結果に結びついてきているので、だいぶやれることが広がってきたなという意識が感じられるようにはなってきてます。一方でやっぱりこの先にビジネスにしてちゃんと事業を継続させていくための壁って思ってるよりは高いなっていうふうに感じるところがあって、いまは復興支援だったりとか、みんなの気持ちで走って行って勢いがあってっていうのが出来てると思うんですけど、そこが少しずつ穏やかになっていったときに、そこを乗り越える、継続していくだけの力になってるかというと、僕はまだなり切ってないと思ってるんで、そういう意味ではそこを、このオムスビっていう場所を使って、地域のリソースをいっぱいかき集めて、ちゃんとビジネスを作っていくぞ!っていうカタチ、そういったものを作らないといけないなっていうふうには思っています。」


課題と向き合いながら地域の資源“リソース”をもっともっとかき集めたいという持山さん。

ちなみにカフェの収益はあるものの森山さんの給料が出るほどではなく、どうしているのか聞いたところ、“ITエンジニアとしての収入があるからそこは大丈夫”なのだそう。今でも全国に顧客をお持ちで、今のところカフェの収益は重要視していないということでした。

日々何かが生まれる場所になっている「オムスビ」。タピオカミルクティが大人気!ということですが、『LOVE & HOPE』、明日はそんなカフェのメニューについてもお伝えします。


2020年2月3日

南相馬市小高区で活動する「オムスビ」代表 森山貴士さん?

今朝は、福島県南相馬市小高区で活動する“まちづくり団体”、一般社団法人「オムスビ」の代表理事、森山貴士さんのインタビューです。

地域の大半が福島第一原発から20キロ圏内にある小高区。一時は住民の居住が制限されていましたが、2016年7月に避難指示が解除。鉄道や学校も再開して、震災前には及びませんが住民の帰還も少しずつ進んでいるという地域です。

そんな小高区で、「課題に立ち向かえる人材を輩出し、まちの課題を解決していく」をミッションに活動を続けているのが「オムスビ」。その活動は「Odaka Micro Stand Bar」という、小高駅前でコーヒーを販売する小さなキッチンカーから始まりました。(ちなみに「オムスビ」は「Odaka Micro Stand Bar」の頭文字OMSBから命名)

代表理事を務めるの森山さんですが、じつは地元出身ではなく、震災後に小高区へやってきた“移住者”なのだそうです。

◆「地域の中で教育に携わる活動がしたかった」
「もともと前の会社を2014年に辞めて、なにかしら地域の中で教育に携わる仕事がしたいなって思ったんですね。それで仕事を辞めた後に、いろんな地方を見て回っていたタイミングで、宮城の石巻に行ったのがじつは初めて東北に行ったきっかけなんですけど、その時にIT関連のイベントがありまして、南相馬で活動してる方と出会って“まだまだ南相馬の震災復興は進んでいない、風評被害もある中で、新しいビジネスを立ち上げていきたい、ITが一つ突破口にならないか??と考えてる・・・”という風に言っている人がいて、それだったら自分の思ってたことと何か一緒に協力できることがあるかなっていうことで、最初南相馬に来たのがきっかけですね。」



(真ん中が森山さん)

プログラミングが専門のITエンジニアである森山さんは、そうして避難指示解除に先立つ2014年7月に、東京から小高区に移住。小高区や周辺の地域で、プログラミングを教える活動を始めます。そして・・・

◆「コミュニティの場としてキッチンカーを」
「そうやって2年ぐらいやってきたんですけど、どうにもうまい結果が出なくて、なかなかやっぱりプログラマーという切り口だけだと、そもそも地元にそういうIT系の企業がほとんど無いですし、そういったロールモデルがない、コミュニティがないんですよね。で、学びに来てくれた子たちも高校2年、3年になると自分の就職先とか進路を決めて市から離れちゃうっていう問題があって、これだけだとちょっと難しい、もうちょっとドメインを広げて考えたいなと思って、で、発起人というか言い出しっぺにハナオカというのがいるんですけど、彼が何か小高でコミュニティカフェみたいなのをやれないかと考えると。で、ITだけじゃなくて地域で何かしたいっていうのをもうちょっと軸にしてコミュニティつくっていけば、何かできることあるかなっていうふうに考えてはじめたのが、キッチンカーを始めるさわりになったとこなんですけど・・・」


そのキッチンカーは、2018年にお洒落なカフェとなって、駅前の目抜き通りにオープンしました。



Odaka Micro Stand Bar

『LOVE & HOPE』、明日も「オムスビ」の代表理事、森山貴士さんのお話し、続きます。

パーソナリティ 鈴村健一

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